蕪村 ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
先日、家族で信楽のミホ・ミュージアムまで「与謝蕪村」展を見に行ってきました。
例の如く嫁には嫌がられましたが、何も分かっていない娘達は行ったことのない所に
行けるというので喜んでいるように見えました(多分)。
今回ミホ・ミュージアムに訪れたのは2回目ですが、
相変わらずスケールの大きさにびっくりさせられました。
何せ美術館の入り口まで小さなバスというかカートみたいなものが走っていて、
それに乗って3~4分かかるのですから。
無論歩いても行けます。
桜の木が道の両側にたくさん植えられていて、4月はさぞかし綺麗なのでしょう。
暫く行くとトンネルがあり、そこを抜けると吊り橋が架かっています。
その周りの勝景は実に見事なものです。
自然の中から出てきたような美術館は非常に美しく、
長野県のポーラ美術館を想起させます。
余談ですが、ポーラ美術館に行かれたことの無い方は機会があったら是非行ってみて下さい。
霧がかかっていると幻想的で、美しく、何とも非現実的な光景に驚いてします。
収蔵品も素晴らしく、一見の価値ありです。
私は逸翁美術館で「牛若丸画賛」を見たとき以来蕪村ファンですが、
今回の展覧会は思っていた以上に良かったです。
蕪村の絵を多く見てきたつもりでいましたが、
初めて目にするものが非常に多かったので正直びっくりしました。
新聞でも紹介された銀屏風の「山水図」はすごい迫力でしたし、
重文の「鳶・鴉図」は鳥の描き方や雪の表現がいかにも蕪村らしく面白かったですし、
今回私の一番印象に残ったのが円山応挙との合作「蟹蛙図」です。
応挙が蟹を書いたんでしょうか?
墨のみで勢いよく描かれた蟹の右横には細く非常に丁寧に書かれた「応挙」の落款があります。
絵と落款を比べると蟹の方が早く描き上げたのではないか、と思うぐらい書(描)き方に差があります。
左上には背を向けて佇む三匹の蛙が描かれています。
その左横には蕪村が落款を書いています。
背を向けあった状態の蟹と蛙の間には空間があります。
全く両者は意に介してないようですが、絵としてのバランスは絶妙です。
ほのぼのしたその風景に、蕪村と応挙の心が映し出されているようにも感じました。
もうすぐこの展覧会はおしまいです。
興味のある方は是非見に行って下さい。
京都にゆかりのある蕪村が残した作品は本当に良いものですよ!
投稿者 academy : 17:58
とうもろこしについて ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
トウモロコシは米、麦と並ぶ世界三大穀物です。
原産地は熱帯アメリカ説が有力です。
紀元前2000年以前からマヤ・アステカ文明によって栽培され、
スペインのアメリカ大陸征服後、世界中にわずか100年あまりで広まったことを考えると、
いかに利用価値の高い作物であったのかをうかがい知れます。
現在スーパースイートという甘味の強い品種が青果用として出回り、
黄色単色の「ハニーバンタム」。白と黄が混じる「ピーターコーン」が主流です。
遺伝子組み換え品種はアメリカの作付け面積の26パーセントになっています。
栄養価は主成分がでんぷんですが、竹の子を上回る食物繊維を含み、
便秘、大腸がん予防に良いと言われています。
エネルギー代謝を促進するビタミンB1・B2・たんぱく質・カリウムなどを含む
バランスのとれた食品です。
ただし糖分が多く高エネルギーのため糖尿病患者には
「食べ過ぎに注意する食品」になっています。
表皮が消化に悪いので、胃腸の弱い方は注意しましょう。
投稿者 academy : 23:58
大堰川 三船祭 ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
新緑の祭りの歌をよむことも嵯峨風流の一つなるべし
吉井 勇
毎年、五月第三日曜日に大堰川の川面では王朝絵巻さながらの光景を楽しむことが出来る。
三船祭は昭和三年、昭和天皇御即位の大典が京都で行われたのを記念すると共に、
車折神社の祭神(清原頼業公)の御心を慰め申すために行われた。
この祭りはかつて平安朝の歴代天皇がしばしばこの嵯峨の地に行幸され、
大堰川に船を浮かべられた先例に倣ったもので、龍頭船では管絃、迦陵頻伽、胡蝶舞、
鷁首船(げきしゅせん)では献茶が行われ、扇流し、俳諧、謡曲、糸竹、書画、舞踏、
小唄、長唄、常磐津など約20艘の船が新緑の嵐山に映える優雅な舟遊びである。
まさに京雅を彷彿とさせる祭りであり、多くの芸能関係者が
芸能の神様として車折神社を信仰している。
ここで少し車折神社について、お話をさせていただこう。
車折神社は京都市内から嵐山にいたる三条通りに面して朱塗りの鳥居が目印となる。
祭神は清原頼業公で、この地は元々、天龍寺の塔頭寺院である宝寿院の領域であったが、
明治改革のときに独立して神社となった。
車折の名の由来は車前石と言う石が下嵯峨にあり、伝えによると、
後嵯峨天皇が嵐山へ行幸されたとき、この石のために御車が止まって、
牛も地面にうつ伏せになって動こうとしない為、お供の人たちが不思議に思い調べたところ、
ここに清原頼業公が祀られていることがわかり、天皇はすぐさま御車よりお下りになり
参拝されたと言う。
それからこの石を車前の石と呼ぶようになり、車折の名が生まれたようである。
この石は今も保存されていて社務所の前に置かれている。
尚、昭和三十二年十二月、天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祭神として社殿が建設され、
芸能の神様として尊ばれている。
今ではこの芸能神のほうが有名になった感はあるが、それ以前より様々な史実があるようである。
特に明治から大正にかけて京都画壇で活躍した文人画家富岡鉄斎が明治中期に宮司を勤めており、
今もその作品百点余りが車軒文庫に収蔵されている。
ここ嵯峨嵐山周辺には四季折々の自然があるだけでなく、
平安朝から連綿と続く歴史的史跡が点在し、多くの人々を魅了する。
その背景には古来より人間同士が創り上げてきた史実があり、
それを紐解くことにより、今を平和に生きるための手がかりが多く記されているように思う。
今月、第四日曜日は地元嵯峨の愛宕神社・野々宮神社の嵯峨祭還幸祭が執り行われる。
前週の三船祭とは一変して、大宮人の雅な遊びから庶民の活力が歓喜される祭りとなる。
古来より、祭りは人が人らしく生きるための風習であり、八百万の神々に感謝し
ハレとケの生活習慣を通じて自然との共生を見直す機会としてとても重要な日であった。
今日、文明と文化が混在する時代にこそ日本人の精神的な根幹を成す、
祭りを大切にしたいものである。
投稿者 academy : 23:59
ドンぺリニョン新ビンテージを試飲してきました、、、◆ 美山荘 中東 久人 ◆
先日、16日 木乃婦さんで、ドン ぺリニョン ヴィンテージ2000の試飲をしてきました。
その時 シェフ・ド・カーヴ(醸造最高責任者)のリシャール・ジェフロワさんも来日されていて、
ドン ぺリニョンの楽しみかたや、歴史など色々お話いただきました。
話を聞くと、ドン ぺリニョンの味わい方がクリアになり、
日本料理のどういったものと合わせると良いのかが脳裏に浮かんできます。
木乃婦さんとこで出して頂いたお料理の中では、
白身魚の昆布〆とドン ぺリニョンが最高の組み合わせだと、私は個人的に感じました。
ドン ぺリニョンが白身魚の昆布〆の旨さを引き立て
口の中でふわ~っと甘味と旨味が広がり、程よい時間 お口の中に残ります。
実際に、リシャールさんがおっしゃってられてました、、、
“ドン ぺリニョンは、料理との相性がとても良い、
決して料理の味を損なうことのない味に仕上げられている。
そのためのドン ぺリニョンは骨身を惜しまず その配合に気を配っている”、、、
うんうん! 頷けます!
実際 シャンパンだけを飲むのであれば、個人的にクリュグなんかが好きですが、
料理を食べながらとなると、きちんとした温度帯で飲むドン ぺリニョンのほうが
絶対に良いと感じました。
これから夏に掛けての料理に是非、
このドン ぺリニョンで楽しむ料理を考えてゆきたいとおもいます。
投稿者 academy : 23:52
オパリン ◆ 修伯 吉田修久 ◆
3月にフランスで行われたリテラシー事業の参加の空き時間にミシュランの三ツ星レストラン、
Restaurantトロワグロの支店で一ツ星レストランのシェフパティシェ長江さんにお願いをして
研修をさせていただきました。
2月に日本料理フェローシップで来日されて、そのとき、デモンストレーションを拝見して、
その繊細な味覚の構成にビックリして是非デザートを習いたいと思いお願いしました。
長江さんは快くOKしてくださり、そして、本当に丁寧に教えてくださいました。
その中にオパリンという飴細工があり、長江さんがデモの時にされて、
是非習いたいと思っていました。
オパリンとは薄い飴の板状のもので、丸い形や四角いもの、
飴が冷え固まる前に筒状にしたり、いろんな形に変えることもできます。
一通りやり方を教えていただき、実際やってみるとなかなかうまくいきません。
飴をミキサーで砕き粉にして、長方形の型紙の上に振るい長方形の飴の粉の塊を作り、
それをオーブンで一度溶かし冷え固まる前にきれいに筒状に丸めるのですが、
早すぎると形が汚くなり、遅いと固まってきれいな形になりません。
何度となく黙々とやっているとだんだんとコツがつかめてきました。
新しいことが出来るようになるとすぐにそれを何処かで試してみたくなる性格で、
フェランディ校でのデモで急遽してみたくなりました。
「慣れない場所で覚えたての事をするなんて勇気あるなぁ~」と言われながらも
どうしてもやってみたくてやってみることにしました。
すると、まず、飴を溶かすためのガスコンロが5分~10分おきに消え10分間着きません。
飴の温度を測りたいので温度計を頼むと20分後100℃までしか測れない温度計が持ってこられて
200度まで計れるものが欲しいとお願いするとまた20分後ようやく持ってきていただき、
消えたり着いたりするとっても気難しいコンロで飴を溶かして、ようやく目的の温度まで上げ、
飴を冷やしミキサーで砕きコンベクションオーブンに入れるとオーブンの風で飴が散らばり大失敗。
ここまでの時間約2時間。
これ以上は出来ないと思い料理を変更しました。
後で聞けばコンベクションオーブンの場合は飴を入れた後電源を切れば風が来ないとの事でした。
失敗をして経験を積む。実感しました。
投稿者 academy : 23:33
もう一つの「醬」 ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
昨日、日本食学会の面々と芦屋の山中にある蕎麦屋さんで勉強会を持った。
もちろん、蕎麦を食うわけだが、もう一つ野菜鍋というのが誘いであった。
普段は鍋には使わない野菜類も鍋にして食うという仕掛けだ。
レタス、コゴミ、タラの芽などの山菜がそれを代表していた。
もっとも、ゴボウ、大根、人参、芹などの定番も入る。
雰囲気からすれば、クレソンなどを食うと西洋鍋でもあり、
青梗菜にあたると中国風でもある。
要するに、鍋野菜ということを無視して、
目についた野菜をこの鍋は選ぶということだ。
では、どうしてこれが可能なのかを考えてみた。
昨今の野菜に個性が失われているということもある。
それは個性の源の一つ、「アク」がすでに畑で抜かれていることに原因がありそうだ。
品種改良という作業の結果かも知れない。
おかげで、野菜同士がバッティングしなくなった。
実のところ、姿は異なるが、味に差異はさほどない?
確かに山菜も野生の存在感は既に無い。とはいえ、気の強いゴボウや人参はクセがある。
そこで、出汁に注目した。
牛のほお肉のスライスを多分八方出汁に入れて、沸かしている。
しかし、このほお肉、先ほどから煮立ったっているのに縮んでいない。
む〜〜う。これからは想像になる。
ほお肉を塩漬けにしたかもしれない。ハムの初期過程の作業だ。
ハムは燻製するが、これはしていない。
中華の金華ハムを思い出した。
金華ハムほど熟成させずに、使っている。
こういうことだ。豆醬や魚醤はよく知っているが。
これは肉醬の一種だろう、と思い当たった。
普段は、肉醬のことはすっかり忘れている。
肉醬は野菜の個性を和らげ、バッティングを押さえ、しかもうまみを際だたせていた。
この働きは和食で十分に使える。
ちょっと肉の種類や部位と塩漬けの時間等含めた方法を研究してみようとおもった。
投稿者 academy : 19:30
私の好きな言葉19 ◆ 鶴清 田中信行 ◆
今回は皆さんもよくご存知のガンジーの言葉を載せさせていただきます。
「暴力に暴力で対抗しても、暴力はなくならない、かえって憎しみが深まるばかりであります。
自らが犠牲になることで、相手を改心させるのが最善の方法であるとガンジーは訴えました。」
自らが犠牲になって耐え忍ぶ行為ができるようになるには、
死をも恐れない本当の信仰がなくてはできないことです。
『肉体が滅びることで、魂が解き放たれるのであるから、死は決して恐れることではない。
ただし、この世に生を受け、手足を授けられた以上、命のある限り手足を最大限に使って
奉仕するのが我々の生きる道である。』とガンジーは書いています。
戦争は本当に多くの人の人生を狂わせてしまいますが、
たとえ戦争に至らなくても、例えば軍隊で訓練を受ける事は、
人を野獣に変えることであると言って、ガンジーは戦争の準備行為にも強く反対しました。
インド・パキスタンの対立、コソボでの紛争、NATO軍による空爆など
ガンジーの想いとは正反対のことが繰り広げられている今の世の中だからこそ、
ガンジーの想いを発掘し、伝えていくことは重要です。
投稿者 academy : 23:35
新緑の頃 ◆ 右源太・鳥居宏行 ◆
♪夏もち~かづく八十八夜 トントン♪ ♪野にもや~まにも若葉が茂る トントン♪
立春から早くも88日が経ち、歌の通り、ここ貴船の野山では、爽やかな若葉が目に眩しいくらいです。
この頃になると、京の夏の風物詩と云われる、納涼川床が鴨川・高雄・貴船で始まります。
我が家でも、真新しい青竹と葦簾を使って覆いを組み、提灯をぶら下げ、
床几を並べ、無事に川床を開く事ができました。
落ち葉の掃除が忙しかった広葉樹の葉っぱもあらかた入れ替わって、
楓は新芽をふき出したかと思うと急激に勢いを増し、新緑が川床を覆っています。
年々歳々、季節はきっちり着実にやってくるのですね。
宇治では、そろそろ茶摘みが始まっているのでしょうか?
「炉のあとは一畳青しほととぎす」如心斉
炉を伏せて丸畳に替えると、替え畳は他の畳よりも青く、
茶室もなんだか新鮮な雰囲気になります。
茶の師匠より、「爽」=「あざやか・新しくさっぱりしたさま・清々しさ」が
この時期のお茶には大切だと教えられました。
煙草盆の灰吹きに使う青竹、棕櫚箒(しゅろぼうき)、蹲(つくばい)で使う赤杉の柄杓、
茶筅、茶巾、柄杓、黒文字箸などに新しいものを用い、
新緑の露地の美しさと共に、「爽」を味わってもらおうという、もてなしの心です。
今「爽」の気分を充分に楽しんでこそ、また夏の終わりには、
「名残りの茶」の風情がいっそう高まってくるものなのでしょう。
この春、我が家では、新料理長と新支配人を迎え入れる事になりました。
新メンバーは、先日の日本料理コンペティションで優勝した
黒木美順さんの元で煮方を務めていた長谷川充弘(39歳)と、
ホテルマンとして経験を積んだ後、とある旅館の支配人を務めていた石川徹(43歳)です。
新緑の時期にふさわしく、社員一同、爽やかなおもてなしを目指して、
心機一転、リニューアル・オープンのつもりで頑張りたいと思っています。
お客様・先輩諸兄、新メンバー共々、今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします!
投稿者 academy : 23:53
但馬の食材 ◆ 天喜 石川 輝宗 ◆
今から書く文章郷土愛の塊の文章ですので他産地の方々笑ってお許し下さい。
前回のブログでも書いたのですが私但馬が大好きです。
僕の血の半分は但馬ですし、幼稚園小学生のころ忙しい時には
実家に預けられたせいで、但馬のおじいちゃん子になっていました。
私とこの店一度但馬づくしという献立をしたことさえあります。何処の料理屋や?
今回の里帰り、鉄橋桜を目に焼き付けるためとか前回で綺麗ごとぬかしていましたが、
本当は珍しいもの鱈腹食べて来たのです。
但馬といえばまず松葉蟹、それも津居山よりも柴山です。
越前蟹など・・・・禁漁の後に行ったのですが中には間抜けな松葉蟹がいまして、
カレイの刺し網にのこのこ入って来る馬鹿がいるのです。
もちろん市場には出回っていません。でもしっかり食ってきました。
蟹満寺縁起に従うと僕は死後地獄に落ち蟹に手足をもがれ、
鮎に皮をはがれ、海老に油の煮えたぎった釜の中に落とされ、
鯛に食われてもだえ苦しむのだろうな・・・。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
次は泥海老です、これは死後数時間で身が溶けてしまう厄介な海老でして
取れたての旨さ及び甘さは車海老など問題になりません。
海老を見たら燃える私は何とかこいつを天麩羅にしてやろう努力したのですが、
身が衣の中で溶けてしまい勿体無いからやめました。
殻ごと焼いて溶けそうな身と海老味噌をズルズルすするのが一番旨い食べ方でした。
次は天麩羅屋にとっては最高のねた銀宝です。
江戸前の穴子でも比べ物にならない旨さです。
この銀宝にも思い出がありまして、築地での修行時に‘輝たのむわ’と
先輩に丸投げされ生きたまま背開きにしてました。
生命力が非常に強く、目打ちをしても噛みつくは、ひれで刺すはで
良い経験できたけど非常に苦労した思い出です。
今では非常に貴重となり銀宝と言うより幻の珍宝です。
極め付けは但馬牛世界に冠する神戸牛とはこいつの事です。
三田牛、京都牛の元牛でもあります。
松坂、近江、佐賀よりも・・この魅力魔力がありまして
佐賀牛にラベルをはってましたが・・・他産地の方々ごめんなさい。
私のおじさん最高の但馬牛わざわざ但馬農協から
僕に食べさせるために仕入れてくれたもので。真剣に旨かった。
夏に今度は香住沖の白烏賊の烏賊刺しと矢田川の鮎、
じいちゃんの墓参りのついでに食ってきます。
誰かご一緒にどうですか?キスつりも面白いですよ。
写真は但馬農協前の世界に冠たる但馬牛の銅像、泥海老の鉄板焼き、
釣り上げられたとこの銀宝です。
投稿者 academy : 23:51
バーベキュー ◆ 岡庄 岡 豊雄 ◆
先日、裏庭でバーベキューをしました。
赤身のお肉の方は【らんぷ(お尻の方の部位)】にしました。
他には【カルビ】【タン】【ミノ】といった具合の定番メニューです。
お野菜の方は、春なので【新玉葱】【トウモロコシ】【オクラ】といった具合にしました。
天候にも恵まれ友人達と楽しく過ごす事が出来ました。
一緒に自家製梅酒を飲もうと思っておりましたが、
まだ二ヶ月で浸かりが浅かったのでもう少しねかせる事にしました。
昨年強引に浅い梅酒を開けて残念な結果でしたので
今年は満を持してきっちり三ヶ月浸けておきます。
来月が楽しみです。
これで来月もバーベキューをする口実が出来ました。
梅酒の浸かり具合は来月報告します。
投稿者 academy : 23:52