2008年04月23日

成果主義                          嵐山熊彦 栗栖 基

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今年も、桜が散り新緑の季節を向かえる時季となりました。

一年を通じて、当店の2階座敷からは嵐山の四季の移ろいを眺めることが出来ます。

それとは別にこの季節、奥座敷に併設した空中庭園(猫の額ほど)に
著莪(シャガ)の花が咲き始める頃となり、日ごとに皐月の様相を呈してまいります。

満開の桜を美しいと思う心、それは生命の育みの美しさ、つまり厳冬の時季を経て
木々に少しずつ命が芽生え、それが三分、五分咲きと移り変わっていく過程があるからなのです。

懸命に咲こうとする健気な花の美しさに心を打たれるのです。
そして自然の周期に合わせ花は散り際を向かえ、また次の年に花を咲かせます。

人間社会において、人は一度、人生の花を咲かせると
その栄華に浸り続けることが出来るものと錯覚をおこします。

人間が築いた文明も花の一生と同じで、満開を迎える時代もあれば、
散り際となり再び冬の時季を過ごし春の訪れとともに新たな文明を開花させるのです。

先日、出張先に向かう車中のなかで何気なく目を通した雑誌のコラムに
以下のようなことが書かれていました。

「脱成果主義の課題」要約すると、バブル崩壊後、企業はこぞって
自社収益が落ち込む中、人件費を抑制すること目的として、
成果主義による人事制度や結果重視の利益追求を第一目的に掲げ、
課長、係長などの中間管理職を全廃し「個人の力」を高めて、
組織の意思決定をスピード化し一定の成果をもたらしてまいりました。

しかし、その反面職場内のコミュニケーションや
人材育成を基盤とした「職場力」は弱体化したのではないか?と言うような内容で、
「成果」中心の人事制度を敷いた結果、最終的に組織としての集団力が欠如し、
個々の力を重視したことにより先輩、後輩の関係が希薄となり
社内における社会的なモラルや共同体意識を低下させる要因を作り出したのです。

結果、世間を騒がすような企業の不祥事が続発し、個々の社員が誤った判断で
偽装した製品が世間に出回ってしまう仕組みを作ってしまいました。

ある企業はそのような成果主義から脱却をはかるべく、
いままでの業績を数字のみで評価するような会社のシステムを見直し、
業績結果重視からプロセス重視へ答申をまとめ改革に乗り出しています。

つまり、結果ではなくそれまでの過程を重視することにより、
個々の役割分担を明確にして、仕事に対する社会的貢献度、
正当性などを高揚させることで、働く意欲を高め社員同士が敬意を持って
よりよく育まれていくようなシステムに変えることが
必要な時期であると捉えているようです。

花の開花日にも地域差があるように、人間も一人ひとり花を咲かせる時季が違います、
他と比較し自己を研鑽することは大事なことですが、あまりに気に留めると自分らしさを見失い、
焦燥感に苛まれることになります。

今ここを無心に生きて、その積み重ねを糧として自分だけの美しい花を咲かせることが肝要であり、
その花が満開になるまでの道程が、その人の生き様となるのです。

そのような想いを抱きつつ、青山緑水を眺める今日、この頃です。


「道程」  高村 光太郎 

僕の前に道はない 僕の後に道は出来る   
    
ああ自然よ 父よ

僕を 一人立ちさせた 広大な父よ

僕から目を離さないで 守る事をせよ

常に 父の気魄を僕に充たせよ

この遠い 道程のため この遠い 道程のため 

投稿者 academy : 2008年04月23日 23:46