2008年03月30日

乾山(深省)                        杢兵衛 寺田慎太郎

尾形乾山とは、私たち日本料理人特に京都の人間にとっては非常に重要な、
というより欠くことの出来ない存在ではないでしょうか?

先日、京都文化博物館で開催中の「乾山の芸術と光琳」を見に行ってきました。
素晴らしい作品が数多く展示されていました。

実に驚きだったのは元禄時代を生きた乾山の作品が
非常にいい状態で数多く残されていることでした。

懐石器にしても1客、2客だけが残っているのでなく、
かの有名な「色絵竜田川文向付」なんかは10客、しかも完品で残っています。

300年もの昔に焼成された陶器が、今も色褪せることなく輝き続けられるのは、
これらの乾山の作品に触れた全ての人々がその素晴らしさに魅了され、
大切に扱ってきたからだと思います。
 
私も「乾山写し」と呼ばれる器を何点か持っていますが、実に良いものです。
特に「色絵竜田川文向付」は好きです。

黄色、緑、赤、白そして金色と五色で彩られた器ですが、
料理を盛り付けてもその色が邪魔にならず、料理を際立たせてくれます。

今回の展覧会で乾山の陶器にも非常に感動したのですが、
それ以上に私が魅了されたのが掛け軸です。

以前より乾山の軸は非常に好きしたが、なかなか本でしか見ることが出来ませんでした。
今回は多くの掛け軸が展示されており、実に素晴らしかったです。

乾山は絵の場合落款を「乾山」とせず「(紫翠)深省」と書いていることが多いようです。
そして画賛が圧倒的に多いようです。

その中でも私が最も気に入り、絵の前で釘付けになったのが「茄子図」です。
実はこの絵は私が持っている本に載っており知っていました。
ずうっと本物を見たいと思い続けていた絵です。
 
ふっくらした茄子が二つ中央に描かれています。
棘がぴんと立ち、瑞々しさすら感じます。
薄墨で描かれ、絵の中から浮かび上がっているようにも見えます。
そしてこの絵の最大の魅力は賛です。

茄子を取り巻くように賛が書かれ、その字も空いた空間を
フルに使い勢いよく書かれています。茄子と共に楽しそうに踊っているようです。
「なれ茄子なれなれなすびなれなすびならすは棚の押絵ともなれ」と賛は書いています。

この中に「な」が8回使われていますが、同じ字があまり重ならないようにしています。
「奈」、「茄」、「南」、「那」といった字を上手く配置し、バランスを取っています。
なんとも遊び心の感じられる作品です。

乾山は1730年代から江戸に居を構え、江戸の地で没しています。
いわばこの「茄子図」は晩年の作品になるわけですが、
「まじめ一筋」といわれた乾山からの脱却を感じる作品であるように思えます。
何のためらいもない筆遣いは正に達観の境地であるように感じます。

そしてその影には兄光琳の存在が非常に大きくあったのではないでしょうか。
弟に借金するような兄ではあったでしょうが、乾山はその才能を見抜き、
嫉妬すら感じていたかもしれません。
「茄子図」は兄の存在なくしては生まれなった名品だと強く感じます。
 
なんとも今回もえらそうなことを書き綴りましたが、
私もまた乾山の魅力に取り憑かれた人間として、
今後料理の世界を通して乾山(深省)の素晴らしさを
1人でも多くの人に伝えていきたいと思います。

投稿者 academy : 23:51

2008年03月28日

Fat Pig                            木乃婦 髙橋拓児

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3月20日、日本料理アカデミーの「日本料理リテラシー事業」を無事終え、
安堵した私達は、パリからユーロスターに乗って、ロンドンから一時間ほどの
Brayの『Fat Duck』という今話題の店に行ってきました。
(真面目ネタの事業報告ブログは、竹林の下口君にしてもらいます。下口君よろしく!)

お店の近くをてくてく歩きながら、
村田理事長が「この辺、空き家がようけあんねん。ほら、見てみ~」と仰るので、
私が「村田さん、となり買わはったらどうですか?店の名前は、そうですね~『Fat Pig』で!」と
笑いを取るために申し上げましたら、きついお叱りを受けました。はずした!!

実際、はっきり言って外見は三ツ星レストランとは思えません。(失礼やな~)
中に入っても、何かビストロちっくです。

どうなのでしょう?と思いながら、デキュスタシオンのコースを注文しました。
メニューはやたら沢山の品数です。

楽しみにして待っていると、繰り出される料理は、
「おおっと~、おおっと~、おおっと~、凄い!!」の連発でした。
ここ近年に見る最高の感動でした。

特に、“Sound of Sea”という一品には皆、絶賛です。
この料理は、この写真の物以外に、大きな巻貝がセットになっています。
その中には、i-podが入っており、波の音や鳥の鳴き声を聞きながら、料理を食べるのです。

砂浜に打ち寄せる波を想像しながら、タピオカの砂、様々な個性溢れる貝、
潮の味・香りのエマルジョンを手前から奥へと箸を進めていく。

どんどんヨードが強くなり、深海に潜っていくようです。

何とも、メルヘンチックでノスタルジック、圧巻でした。

また、研究室や最新の調理器具まで見せていただき、ご説明いただきました。

「Fat Pig」間違った!『Fat Duck』,thank you very much!

投稿者 academy : 23:56

2008年03月24日

新たまねぎについて                     萬重 田村 圭吾

本日は春の味覚、新玉葱についてお話しします。

たまねぎの原産地は中央アジアで紀元前から栽培されてきました。
日本では「らっきょのおばけのよう」と忌み嫌われ定着しませんでした。

しかし明治20年ごろ流行したコレラの特効薬によいと言う噂が
流れてから食されるようになりました。

新たまねぎはもともと甘味の多い秋の種まき種の極早生(わせ)で、
水にさらさなくても辛味がなく、甘くてみずみずしく口当たりが優しいのが特徴です。

栄養価は各種の硫化アリルという成分が含まれ、
血栓・胃潰瘍(いかいよう)・胃がん・糖尿病・高血圧と多機能にわたり
予防効果があると言われています。

たまねぎは切って細胞を壊すと酵素が働き、辛味成分ができます。
この成分が血をサラサラにしてくれますが、水・熱に大変弱いのです。

辛味が少なく硫化アリルの成分が少なそうな新たまねぎですが、
生のまま水にさらさなくても食せるので効果的に硫化アリルを摂取できるはずです。

投稿者 academy : 23:15

2008年03月23日

新入生 諸君!                      嵐山熊彦 栗栖 基

この季節、世間一般に卒業式が執り行われ、
いよいよ社会人1年生が誕生する時季を迎えます。

我々の店もそれに漏れることなく、今年も料理人人生の
第一歩を踏み出す若者が入社してまいります。

日本料理に大志を抱く、彼らの夢や希望はとても純粋無垢なもので、
入社式の顔色からは明日への期待と不安が交差する心境を窺うことが出来ます。

当然のことながら、入社式では当社の創業理念や
新入生に対する激励の言葉がかけられ、各人の仕事に対する心構えや
社会人としての常識、良識について各社役員より訓示が述べられます。

そして明くる日より、各店舗にてプロの料理人としてのスタートを切り、
個々に一人前の料理人になるための人生を歩むことになります、
その間の修行は言葉では言い表せない、苦悩の日々の連続であり、
そのような過酷な修行期間を耐えてこそ、時として料理人だけが味わえる
至福のひと時を持つことが出来ます。

しかし人生、苦も楽も表裏一体で時には自分の描いた夢や
希望を見失うことも多々あり、職場での挫折感を味わい将来の社会的不安に悩み、
自分自身の進路が見えなくなる時季も必ず訪れてくるでしょう。

そんな時こそ、料理人として仕事に対する誇りを今一度、
見直し信念を持って新たなる難関に挑戦していただきたいのです。

新入生 諸君!

我々は現代社会において、「人は生まれながらに社会に貢献する義務があり、
各々個々に適正に応じた職種を選択し、その仕事を通じて世の中の役に立つことが
一つの人徳である。」と教えを受けてきました。

しかし仕事を通じて社会貢献をしていると実感できるまでには、
幾多の試練を乗り越え、その時代の社会環境の中で人間的にも成長し、
職業人としての技術や知識を取得しなければなりません。

そのためには自分自身の労力、精神力を費やし自己研鑽に努めることが肝要です。
それともう一つ大事なことは自分自身の仕事に誇りをもつことです。
店の規模など関係なく一人ひとりが自分の仕事を愛し、誇りを持つことです。

組織とは本来、一人ひとりが作り上げているものです。
国家も同じように人々の集合体なのです。

時として人は自己の誇りや自信を失うと、目先のことに振り回され
仕事に対する自分自身の信念が揺らいでまいります。

そしてついうっかり自己中心的な考えや行動をとり
社会人としての目的を見失しない末梢的なことにしか反応しなくなるものです。

そのような日々が長く続けば続くほど、人は人を信じられなくなり
社会に対して不平不満をぶつけるようになるのです。

このような空虚な心が蔓延すれば、自己の仕事に悪影響を及ぼすばかりか、
組織全体として本道を見失うことになりかねません。

今日のように日本人の心の病が叫ばれている時代にこそ、
永い歴史のなかで古来より受け継がれてきた、日本料理はとても崇高な食文化であり、
その食文化力の中に今の時代に必要な、人が人らしく生きていくための、
無限の救済力が秘められていると感じるのです。

そのような想いを一人でも多くの料理人と分かち合う機会が多ければ多いほど、
自己の中に料理人としての誇りや自信がより太く強固なものとして形成されていくと信じております。


さあ、これから料理人として仕事に就く新入生 諸君!

今の平和な時代に生まれ、自分たちの意志で選んだ仕事に敬意と尊厳の念を抱き続けながら、
日本料理の世界で思う存分、貴方たちの無限の可能性にチャレンジしてください。


投稿者 academy : 23:57

2008年03月21日

伊豆での休暇                       美山荘 中東 久人

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今から記述する事は、とあるオーベルジュの褒め言葉ばかりでございますが、
決して その店の営業をしているのではないので、、、(笑い、、)

私は 年に一度 家内と休暇を頂き海外にいっているのですが、
今年はなにかと忙しく国内の旅行に行く事にしました。 
何箇所か宿泊したのですが、その中で非常に私たちの感性に
ぴったりあったオーベルジュがあったのでご紹介したいと思います。

正式には湯が島という場所にあり、“arcana”という すごくモダンな宿です。
宿は全室スウィートとなっており伊豆の自然がパノラマとなって
部屋の大きな窓から迫ってきます。

自然というものを演出した宿は世の中に沢山ありますが、
これほどコンセプトが美山荘に近い宿は見たことがありません。

まず大きく取った窓!
部屋に居ながら自然の中にいるという感じをリアリティーに感じさせてくれます。 

そしてアメニティーですが、これも最小限必要なものしか置いてありません! 
これは私的にもっともストレスがない環境といえます。 
過分にものがあると、それらに気をとられ本質を見失いがちになるのです。 

ここでは、お客様に何を感じてもらいたのか?という事を言葉で告げる必要なく
お客様はそこに宿があるという意味を理解し癒されるのだと思います。
それ以上 必要なものがあるのであれば バトラーに連絡すれば何でもあります。 

それと、、、ここで出される料理と設えが また良く考えられています。
まず、お客様の80%は同じ方向を向き、座り心地のよい椅子に座りながら清潔な
オープンキッチンで伊豆の幸を程よい緊張感をもって料理している料理人たち、、、
そしてその後ろには大きな窓から自然が映し出されており、本当に気持ちの良い空間です。

料理自体も淡い味わいながら、力強さもあり、
本格的なフランス料理でありながら“お箸”も添えてあり
アミューズなんか細かいものを食べる時に非常に便利です。 

それがこれ見よがしにお箸を置いてあるのではなく、本当に自然になじんでいるのです。 

何もかも自然であります! 
これが一番難しい事なんですよね~。 

ちなみに ここのレストランのシェフは、ミクニ マルノウチ総料理長をしてられた、
武井智春さん(写真の人)です。

ナチュラルに上質のお持て成しを感じられるarcana! 
是非一度行って頂きたいお勧めの宿です。

念の為 HPのアドレスを書いておきます。(http://www.arcanaresorts.com)

投稿者 academy : 23:52

2008年03月15日

日本料理コンペティションの放送              菊水 髙橋 正人

皆さんは昨日のNHK総合で放送された「プレミアム10」、ご覧になったでしょうか?

実は日本料理コンペティションはアカデミーメンバーでも
コンペティション実行委員以外の会員はほとんどその現場に
行っていなかったので放送で見たのが初めて言う人も多かったのです。

何しろ当日はフェローシップ事業の最終日(日仏ワークショップ)が
京都調理師専門学校のほうで行われており、こちらの担当者もいた為、
夕方からの合同レセプションまではコンペティション出場者の顔を
見ることもできなかったと言うのが実情です。

もちろんTV放送ですから放送局側の演出的な部分もあったわけですが
出場者の普段の仕事ぶりなども見ることが出来ましたし、
それでいて会場の緊張感も伝わってきて非常に興味深く見ることが出来ました。

今朝、中央市場でブログメンバーでもある天喜の石川君に「昨日TV見た?」と
声をかけられ、、「フェローシップも良かったけど、あっち(コンペティション)のほうも
面白そうやったなぁ。見に行きたかったなぁ。」と二人で話してました。

実際、京都とはまた違った食材、料理法、献立が見られましたし、
日本料理の可能性を信じさせるものでした。

一方で和食を目指す料理人の減少と言う部分にも触れていただいた通り、
このコンペティションの存在が少しでも和食の業界に若者を引き付ける
一助となってくれればと思いました。


投稿者 academy : 20:01

2008年03月12日

3月14日10:00pm~               梁山泊  主人 橋本憲一

NHK総合「プレミアム10」で第1回日本料理コンペティション決勝大会の模様が放送されます。

地方選手権を勝ち抜いてきた選手たちのうち数人に対して、日頃仕事をしている現場を訪ねます。

そのレポートは「WASYOKU」の著者で自ら和食の料理教室を主宰されている
エリザベス・安藤さんと江戸の漢文学を専門にする東大教授・ロバート・キャンベルさんが
受け持たれました。お二人とも西欧文化はもとより、日本文化に精通されその「機微」まで
感受される方々です。

決勝大会のレポートはお二人に加え、パリで9年間スーパーモデルとして
世界を舞台に活躍され、ついこの前までは「ニュース0」のコメンテイター。
或いはエッセイスト、もちろん女優として、モデルとして活躍されている川原亜矢子さんが加わり、
決勝大会を質の高いコメントいただきながら、盛り上げていただきました。

この第1回日本料理コンペティション決勝大会が日本料理の新しい扉を開く
記念すべき第一歩になるように、今後を築いて行かなければなりません。

海外における日本料理と国内とでは、かなり温度差があります。
コンペティションで日本全国を回ると、調理師学校で日本料理コースが
消滅している有名校が数校ありました。

有名校でさえこのような状況が日本料理を取り囲んでいます。

魅力的な若い才能がこの業界に入ってくる機会が狭まっています。
この業界がわかりやすく、努力をすれば報われることが認識できる環境を明示しないと、
素敵な若い才能は振り向いてはくれません。

その危機感はフレンチのMOFのような料理人の物差しを明確にすることで、
料理人の流通が簡単にできるようにしなければなりません。

その準備段階としての日本料理コンペティションなのです。
この会が目指しているところはかなり高いところにあります。

優れた人的資源の確保をどのようにするのかという基本的なテーマの解決を目指しているのです。

この業界を希望する人が将来独立するときは、このような資格は銀行融資の際の担保になり、
資格保持者は社会的地位が確保されるという、他の業界からも認知される
資格にしなければなりません。それが、人的資源の確保につながるからです。

日本料理人をやっていて、よかった! そんな業界にしようと意気込んでいるのです。

個人個人の儲け話の問題ではなく、次の世代を口説ききれるかどうかの
瀬戸際の緊張感を背負っているのです。

投稿者 academy : 23:15

2008年03月08日

私の好きな言葉17                       鶴清 田中信行

今回はトヨタの会社の改善をテーマにした本を読んでいて、
いいなと思った言葉を載せさせていただきます。

人が変わって初めて、会社は変わる」という言葉です。

どのような改善を行ったところで、人が変わらなければ、
それは一時的な変化で終わってしまいます。

つまり、改善の考えや視点を共有し、実行できる人が増えて初めて職場に改善が定着し、
継続的に職場を変え、会社を変えていく事ができるのです。

会社の中にはお金さえ掛ければすぐに解決できてしまう問題がたくさんあると思います。
しかし、一人一人の意識が変わらないと、すぐにもとの状態に戻り、
意味のない事になってしまいます。

会社は人によって成り立っていると思いますので、
会社は人が変わる事によって初めて変わるのだと思います。

私はこの言葉により、また改めて人の大切さを実感しました。

投稿者 academy : 23:53

2008年03月06日

ジョージ・ナカジマ                      右源太・鳥居宏行

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(前々回よりの続き・・・)

思ったとおり、何も変わっていない・・・
14年後の自分がタイムマシンで過去に戻ったかのように、まわりの空気まで同じ匂いだ。

ハーマン・ミラーやチャールズ・イームスと並ぶ、現代でも世界中で
人気の高い家具作家「ジョージ・ナカシマ」は、1905年、米国ワシントン州に生をうけ、
1944年、ここニューホープ近郊のペンシルヴェニア州バックス郡の
小さな家のガレージを工房として 、デザインから製作まで一貫した木製家具作りを始めた。

現在は後継者のミラさんとケビンさんらの手によって、
以前と同じように家具の製作が続けられている。

初対面の時から14年経って、今はナカシマの家具を扱うギャラリーと、
この家具を配した宿泊施設を完成できた事へのお礼と報告を兼ねて、ここを訪れたのだ。

ナカシマが作った工房「コノイド・スタジオ」では、明日開催されるという音楽会のために、
彼の作品である椅子がたくさん並べてあった。

その中の一つに腰を掛け、ケビンさんと話をしながら、
ゆったりと流れる時間を楽しんでいると、まるでナカシマの魂と対峙しているような気分だ・・・

時は遡って1941年、日本軍の真珠湾攻撃によって太平洋戦争が勃発し、
当時ワシントン州に居たナカシマは、敵国民として、アイダホ州ミニドカ・キャンプに
家族とともに抑留されてしまう。
そこで日系二世の大工と知り合い、基本的な木工技術と木についての知識を得たという。
皮肉な事に、戦争が家具作りのきっかけになったという事だ。

京都にて千利休と楽長次郎が「楽茶碗」を完成させたのは戦国時代だった。
人は明日をも知れぬ境遇に置かれたとき、自分の生きた証として、
究極の美を創造し、遺そうとするのか?

時代が移って、戦中は敵同士だった人たちも、今は仲良く暮らしている。
明日の音楽祭には、近隣の友人・知人が大勢来るらしい。
私も誘って頂いたが、予定を組んでいたので残念ながら辞退した。

全くの平和とは言えないこの国においても、楽家同様、
山にアメリカン・ブラックウォールナットの木がある限り、
ナカシマ家は代々家具を作り続ける事だろう。
私は嬉しい気分で、ニューホープをあとにした。

投稿者 academy : 21:15

2008年03月05日

春は別れの季節                       天喜 石川 輝宗

春はお別れの季節です。みんな旅立って行くのです。花びらも・・・・

制服の胸のボタンを下級生たちにねだられー・・・・

朝市場へ向う車中のFMラジオからこんな歌が流れるシーズンとなりました。

我が店でも6年間の修行を終えた若者が一人実家の小料理屋を手伝うため卒業していきます。
これは毎年繰り返される風景です。柳包丁の柄に‘天喜’と焼印をいれ送り出してやるのです。
これ以外にも我が店では悲しい別れがありました。

店の池で30年以上生きていた黄金の鯉が死んでしまったのです。

テレビの華麗なる一族からお客様に‘将軍’とニックネームをいただいた
体調94cm体重9,4キロの大鯉が昇天してしまったのです。

朝まで元気にえさ食べていたのに昼に姿を橋の下に隠していました。
我が生涯に一片の悔いなし’とでも言っているような大往生でした。

調理長など‘俺より先輩なのに’などと言っていました。

それで記念に魚拓を取りました。
こんな大鯉になりますと死体の始末も大変です。
線香をたいて般若心経をとなえ、葬式をしてから水洗い場で解体いたしました。
1年生に三枚卸にされてしまいました。
人間の年にしたら100歳を超えるおばあさん鯉だったのですけれどなんと卵を持っていました。
彼女の子供は元気に店の池の中を泳ぎまわっています。

又この前ネットには載っていたのですけれど、私の父の故郷余部鉄橋の桜も
今年の春の散り染めのあと伐採される事が決まりました。
この鉄橋桜どこかに移植出来ないものですかねえ?。

寂しい話だけでなくもうすぐ新入生も入社してきます。
辻調の杉浦先生のお墨付きの子ですけれどどう育っていく事か楽しみです。 
しょうもないことうだうだ書いてすみません。
何も書くことなかったもので。

投稿者 academy : 23:53

2008年03月03日

雛祭り                              岡庄 岡 豊雄

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今年もおひな様の季節がやってきましたね。
その際に飲む甘酒はいろんな作り方があるってご存知でしたか?
今回は甘酒の作り方をご紹介します。

ポイント1 生姜を入れないこと。生姜を入れることによって酒粕の香りが飛んでしまいます。
ひな祭りを楽しみながら酒粕の香りをお楽しみください。

ポイント2 ひとつまみお塩を入れること。ひとつまみの塩でさらに甘酒の甘みが引き立ちます。

この2点さえ押さえてしまえば後はとっても簡単に甘酒が作れます。
ぜひ今年のおひな様は手作りの甘酒でお祝いしてみてください。

投稿者 academy : 23:36

2008年03月01日

日本料理コンペティションを終えて   学校法人 大和学園 仲田 雅博

第1回日本料理コンペティション事業が2月8日の金曜日実施され無事に終了致しました。

昨年の4月に「日本料理コンペティション」の実施要綱が纏められ、
栗栖 基実行委員長を責任者として、コンペティションの成功を目指して、私たちは動き出しました。

最初の仕事は、インターネットや各調理師養成施設、料飲の関係事業団体を通じて
日本全国にコンペティション事業を広報させていただき、多くの参加者に出場していただくことでした。

第1回ということでエントリー数においては、大変心配ではございましたが、
全国から160余名の日本料理にかかわる方々にご参加いただき安堵いたしました。
その後、厳正な書類審査を経て、予選大会の参加者を6月に選出させて頂きました。

今回、私どもが大会を厳正に行なうにあたり、留意いたしましたのは、
審査員の先生方に作品の提出者が誰であるかを全く分からない様にする事でした。
出場者は全て、番号での呼び名で最後まで進めさせて頂きました。

当然、最後の本選大会においても、誰の作品であるかは審査結果が出て、
順位が決定してからしか、名前や出身地が明かされないようにいたしました。

このように、全国各地での予選大会からおよそ10ヶ月に及ぶ事業活動を経て、
2008年2月8日(金)に京都の『キャリエールホテル旅行専門学校』の校舎をお借りして、
「第一回日本料理コンペティション決勝大会」を滞りなく終了することが出来ました。

今回のコンペティションは、第一回目ということもあり、マスコミ各社も大変多く、
テレビカメラや報道各社を入れますと30名以上の方々が、会場一杯に来ていただきました。
当日の夕刊から翌日の新聞、各テレビ局のニュースにと大変大きく取り扱って頂きました。
さらに、NHKにおいては、90分の特別番組を作成していただきました。

今回の大会が成功裏に終えられたのも、私どもの開催主旨にご賛同いただいた
オフィシャルスポンサーならびに協賛企業・関係者各位のお力添えの賜物と
深く感謝申し上げる次第です。

また、決勝大会までご協力いただきました関係各位にも本当に感謝する次第であります。

この大会が日本料理界の新たなる船出とし、今後、「日本料理コンペティション」を継続することが、
各地域で活躍されている料理人の資質向上や郷土料理の重要性を
今まで以上に見直す機会になることと信じて、これからも努力していきたいと思っています。

投稿者 academy : 23:25