2008年02月21日

博多のもつ鍋から考えた事               美山荘 中東 久人

%E3%82%82%E3%81%A4%E9%8D%8B.jpgあ~、なんて美味しいんでしょう~。

本日 仕事の関係で博多にきております。 
博多と言えば、“もつ鍋”“水炊き”
“長浜ラーメン”などなどありますが、
やっぱりもつ鍋が私は大好きです。
京都やその他の都市でももつ鍋は
食べられますが、博多で食べるそれは
格別ですね、、、。

同じもつ鍋でも博多で食べるのと、
その他の都市で食べるのとで何故こんなに違うのか?
バクバクと もつ鍋をほおばりながら考えました。 

それはやはりもつ鍋が生まれたのが博多であるから
地元の人々に愛されているから
すなわち博多の空気・環境そのものだと、、、。

私は料理を食べる時、常にこの場で何を食べるのが
一番美味しく感じる事ができるのかを考えます。 

まず山菜を食べるのであれば、それが取れる環境下で
食材を最も生かそうとする気持ちをもった料理屋で
食べるのが一番美味しいですよね! 

銀座で最高のマグロのトロの握りを最高の技術で食すのもいいが、自分で釣った魚を船の上で山葵なしで食べるのも格別です。 

人が“食事を摂る”という事は何処で何を食べるかという事で 
それがミスマッチであれば食事に対する楽しみは半減するのだという事を
もつ鍋を前にしながら再認識しておりました。

“食事”というものは口に食材を入れ栄養を取るという事だけではないという事、
食べるという行為をしながら人を豊かにするのもでないといけないとつくづく思いました。

いい食事でした、、、。 調子にのって帰りに春吉の屋台でコップ酒とラーメン、
おでんをも平らげメタボを気にしなくてならなくなりましたが、、、

投稿者 academy : 2008年02月21日 23:32