2008年01月29日

京料理                            菊乃井 村田吉弘

この料理は洋皿に盛り付けられているだけで、明らかに京料理やなぁ
実はこれ、パリでフランス料理を食べたときの私の率直な感想である。
ここ数年、京料理が世界の美食の舞台で大きな影響力を及ぼしていることを
肌で感じている。

フランスでは、ミシュランの星のついた高級店であればあるほど、濃厚な
ソースを身にまとい、しっかり味のついた、ボリュームたっぷりの料理は
見当たらない。むしろ限りなく京料理に近いと思われる料理が、次々と目の前に
現れる。繊細で美しい盛り付けのみならず、考え抜かれた食材と調味料の組み合わせ、
火の通し方など、京料理の手法に近い。

「フランス人も、公家化したんやないか・・・」と、思わずつぶやいてしまった。
なぜなら、京料理は「公家が育てた食文化」だと思うからである。

京都の公家たちは、食に対して相当に好奇心が強かったのではないかと想像する。
明日のご飯にも困る庶民と違って、経済的にも時間的にもたっぷりと余裕のある
暮らしのなかで、公家が食を徹底的に追求する楽しみを見つけ、その「成果」が
京料理の礎になっていると思う。

たとえば、京料理の特徴でもある「出汁」。昆布とかつおぶしから出汁をとって
それを煮炊きに使うと言うアイディア自体が、当時の食環境を考えると、身分の高い
公家ならではの贅沢な発想であろう。流通の不便な時代、日本の北の昆布と
南のかつおぶしを京都で出会わせ、しかも、そのまま食べられるものを
出汁という形にわざわざ変化させて、料理のベースにしているわけだから。

さまざまな試行錯誤の繰り返しのなかで、昆布とかつおぶしという最高の出会いを
発見した背景には、料理人の存在があったのはいうまでもない。

当時、公家たちにとって食事は、単に命を養うためとか食欲を満たすためではなく、
最高のエンターテインメントであったから、たっぷりと時間をかけて楽しみたい。
そのためには、少量多品種の料理、しかも色々な調理法で食べてみたいと望み、
それを叶えたのが料理人だった。つまりは、公家が料理人を育て、それが京料理の
発展につながったと思う。

時代がかわり、公家にかわってその役割を担ったのが、室町や西陣の旦那衆だった。
粋に楽しむ」と言う観点から、料理の味や質、季節感の表現法、器とのバランスの
美しさ、器選びの趣向など、さまざまな要素を料理人に要求し、その期待に応えようと、
勉強に励む料理人が登場し、鍛えられていった。その伝統が時代の流れのなかで
脈々と続き、その結果、京料理は、非常に洗練された文化性を多く含んだ料理として
実を結んだ。
 
そう言う意味で、京料理は京都と言う土地の個性が生んだ「郷土料理の結晶」だと思う。

そして21世紀の今、日本の食文化に目を転じてみよう。

私の目には「1億2000万人総公家化」の時代に突入しているかのように見える。
なぜならば、日本のあちこちで、京料理に極めて似た料理が好まれ、郷土性と個性を
どんどん失っているのではないか。

しかしながら、日本列島が、京料理一色に染まってしまうのはおかしい。
日本各地にクオリティの高い郷土料理が誕生させ、互いに切磋琢磨することがこれからの
日本料理の世界では必要不可欠なことだと思う。

そのためには、従来の郷土料理を見直し、「地産地消」に基づいた新たな郷土料理を
創造することで、日本料理全体のレベルを上げるための起爆剤になるのではないかと
考えている。

さらに、その流れのなかで、京都の食文化を継承する次世代の料理人たちが、京料理を
どう発展させていくべきか。京都のもの作りの現場には「一子相伝」と言う文化があるが、
その精神を引き継ぐことが大事だと思う。

一子相伝されるべくは「形」ではなく、それに携わる「姿勢」や「志」だと言うことを忘れてはいけない。

時代とともに技術や手法は変容を遂げて当然だが、
京都人ならではの豊かな感性を大事にし、節度と品位をもって
社会の役に立てる料理人になることを願ってやまない。


投稿者 academy : 2008年01月29日 19:26