2007年12月30日

万年青                           杢兵衛 寺田慎太郎

%E4%B8%87%E5%B9%B4%E9%9D%92.jpg


私の担当日が30日ということで、去年もさすがにこの日だけは
いつものように好き勝手なことを書くのでなく、
何か大晦日やお正月に関係することを書かなければいけないと悩みました。

ある意味こういう時だからこそ書くことは多い筈なのですが、
落ち着いて書けないし、本を調べて書く余裕もないし。

悩んだ挙句、去年同様「床飾り」、特に「万年青」のことを
少し知ったかぶったように書くことにしました。

「烏木毒」とか「於毛止」等とも書く万年青ですが、
この植物の発祥地は中国だそうです。

万年青に関する記述は中国「呉」の時代(3世紀前半)には既に出てくるそうで、
祝い事に用いられたのだそうです。

日本では「本草類篇」(1390年)に登場し、当時は薬草として用いられていたそうです。

生け花においては「仙伝抄」(1445年)に万年青の記述が見られ、
室町時代には花材として用いられていたようです。

万年青は正月花や祝い花として古くから使われていて、
株を分けて増えるので子孫繁栄に、また延命・不老長寿の象徴でもあるそうです。

これを生けてみようと思ったわけですが、良い水盤が見つからない。
そこでその代わりに鮑をかたどった焼物に生けてみました。

鮑もまた「のし鮑」から長寿を象徴するものですし、丁度いいのでは、
と勝手な解釈の元写真のような室礼になりました。
掛け軸は近衛豫楽院家熙公の和歌懐紙です。

それでは皆さんよいお年を。

投稿者 academy : 23:55

2007年12月28日

おふらんす 第四話                     木乃婦 髙橋拓児

%E3%81%8A%E3%81%B5%E3%82%89%E3%82%93%E3%81%994.jpg


この連載も四話目となりました。
いい加減、飛ばして読んでおられる方もおられるでしょうが、
気にせず続けさせて頂きます。

さて、厨房研修も3日目に突入し、今度は魚を扱うポジションに張り付きました。
相手をしてくれたのは、ユネス・ボッカウィイとロバート・ジャケット、メジ・バハです。

3日目ともなれば、私も馴れ馴れしくなり調理場で飛び跳ねていましたし、
皆も結構からんできます。

ユネスが、「タカアシ、とりあえず、全種類食べてみ~な!(関西弁が似合いそうな人柄)」と言い、
仕込みが進んでいくそれぞれの過程でぺろり!、味を付けてはぺろり!と食べてばっかり。
営業中はお客さんの料理に1セット加えて、「ボナ・ペティ!」ってな感じです。

このセクションでの印象的な3品は、『もやしのリゾット』、
『バールの粘土焼き カカオ風味』、『オマールのバプール ヴェルヴェーヌの香り』です。

最初の一品は、素直に美味しい。
もやしがお米のサイズに切られ、若干火の入ったしゃきしゃきとした食感で、
それにシャンピニオオン・ド・パリ、トリュフ、エシャロット、マスカルポーネ、
磯香をたっぷり含んだ牡蠣が入ってきます。

二品目は、写真の通りで、でっかいチョコレートって感じです。
バールをこのサイズに切り、カカオを塗り、硫酸紙でくるみ、
粘土で成形し、オーブンで焼きます。
温度は芯温が、55度になるまで火を入れます。
それをお客さんの前で割って提供し、岩塩などで供します。

なんか日本料理の宝楽焼に似ています。

私も東京での修行中、節分献立に『壬生大念佛』と書いた宝楽を
木槌で割って料理を提供することがありました。
どこかで料理の発想って繋がっていますね。

さて、3品目ですが・・    うっ眠い!   ・・ぐうぅ・・・

投稿者 academy : 23:49

2007年12月24日

九条ネギ                           萬重 田村 圭吾

本日は冬の京野菜の代表格九条葱についてお話いたします。

九条ネギは伏見の稲荷大社が今の地に移された時に
葱を栽培する様になったと口伝されてきたのが事実ならば和銅4年(711)が起源となりますし、
七・八世紀の文献によると九条附近で葱が栽培されていた記述もあり、
定かでないですがこの葱が九条ネギの元祖と言えましょう。

1684年には東寺附近の南にうまい葱があったとあり、
これは明らかに九条ネギでしょう。

また昔、弘法大師が大蛇に襲われた時に葱畑に隠れて難を逃れたとの言い伝えがあり、
東寺附近には弘法さんの縁日の21日には不幸があるとして葱を食べない風習があるそうです。

九条ネギの栽培は昔からの方法で、収穫までに1年以上かかる大変な作業行程があります。
農家の方々がおいしい九条ネギを作るために伝統を守られている事には頭が下がります。
口当たりの軟らかさと甘味のある深い風味、切り口から出るトロリとしたゼリー状のぬめりが
美味しさの特徴です。

栄養価は香り成分に殺菌作用や肉体疲労を改善する効果があるとされています。
身体を温める作用があり風邪の予防に良いとされます。   

投稿者 academy : 23:42

2007年12月23日

「米噛み」と前頭葉の発達                嵐山熊彦 栗栖 基

今から2500年以上前、縄文時代末期に東南アジアから黒潮に乗って日本に古代米が伝わり、
農耕民族としての日本民族史は始まった。云わずとも、その原点は稲作からである。

稲は「米」の母体であり、その稲は春に植え、夏に成長して、秋に実り、そして冬に収める。
これが稲の一生である。この大原則によらない限り、米は食膳に上ってこない。
この自然の大原則は低温から始まって高温となり、再び低温に戻り完成する。
春・夏・秋・冬の温度変化、3ヶ月ごとに変転する地球のリズム、
すなわち四季のエネルギー(太陽・水・大地)が、生命の源であると古代人は考えていた。

春の気が満ちてくると、南は薩摩から北は津軽あたりまで、
あっという間に木の芽が吹いて花が咲き、秋の気がたつと稲の穂は一斉に黄金色に染まる。
しかも天地のこの仕掛けは地域、地域によって若干の時差はあっても極めて正確にやってくるから、
農作業もそれぞれの四季のリズムに乗り遅れたら満足な収穫は望めない。

そこで春が来れば一斉に種を蒔き、秋になると一斉に刈入れを行う。
しかしながら自然が相手となれば、時にはプログラムも狂い、長雨、冷害害虫などの
思わぬ被害が発生する。つまり収穫を終え、収穫物を穀庫に収めるまでは気が休まらない。
それ故に古代人は自然界、農耕の神を崇拝し畏怖の念を持ったのである。

たとえば、家屋の中心をなす太い柱を大黒柱と呼ぶが、この柱は農家にとっては
建築上の重要性とは別に、豊作の神が天下る「依代」でもあり、
神は天上から降臨されると言う認識を古代人は持っていた。
つまり穀物が成長するために必要な2大要素は天から授かる「太陽」と「雨」であり、
その神様が降臨される場所が家屋の中で最も重要な大黒柱であった。

米の最も原始的な食べ方は「蒸して食べる」方法と、他に米を粉砕し粉にして食べる方法があった。
もちろん当時の米は古代米であり精米など施さない玄米で、「蒸して食べる」場合は
現在の「おこわ」の作り方とほぼ同じで、コシキを使い、蒸気の熱と圧力で
米の中に含まれているベータデンプンをアルファ化(加水・加熱して柔らかくする)して食べていた。

黒潮に乗って北上した古代米が日本列島に上陸したのが、今から2500年以上前で
縄文時代の晩期である。コシキは米が渡来する以前から縄文人によって、
すでに使用されており、縄文人は土製のコシキでデンプン(山芋、根菜類)などを蒸していた。
デンプンと言っても、自然物採取生活の時代であるため、栗や木の実類、芋などで、
堅果類や木の実を粉末にして、パン状に成形しコシキを使って加熱して食していたようである。

米はまず加水し、それからコシキの底に空けられた穴の上に小枝や藁などを敷き詰め、
その上に米を乗せて蒸し上げる。つまり「おこわ」で、現在のおこわよりもはるかに、
歯ごたえのある「強飯」と言うもので、よく噛みこまないと消化不良を起こす原因となった。
実はこの「おこわ」が日本人の頭脳開発にきわめて効果的な役割を果たしてきた。

そこで、何故「おこわ」が古代人の脳細胞の機能を発達させたかというと、
「よく噛む」という行為が、当然ながら普通に炊飯した米よりも多く行われ、
ましてや古代米は玄米を用いるので、充分に噛まなければ喉も通過しない。
この一生懸命に噛む毎日の食生活が頭脳開発に実に効果的に作用したのである。

脳はたえず刺激を与えておかないと退化し、萎縮するという特徴があり、
脳を刺激すると言う意味において、思考するという事だけでなく、
食べる「噛む」と言う行為も脳に刺激を与えることになった。

つまり、咀嚼して顎や歯を充分に使用すれば、そのたびに頬の咬筋に電気が発生し、
それが脳への刺激となるわけである。


我々、日本人は古代米を常食としていたおかげで、顎の骨格が角ばり、
目尻と耳の間にある筋肉が非常に発達した。
そして、この部分を「コメカミ」と呼び、「米噛み」からきたと考えられる。

左右コメカミの間、額の下に組み込まれているのが前頭葉であり、
コメカミを刺激することによりこの前頭葉が刺激される仕組みである。
発達した前頭葉を持つ動物は、人間にかぎられ、この脳があるからこそ、
今日の文明・科学が発達し高度な言語表現による意思の伝達や創作活動が
出来るようになったのである。

日本における21世紀の食生活は飽食と言う言葉が生まれるように、
多種多用であり、戦後、日本人の美食追求がもたらしたものは、
欧米型の動物性脂肪分を多量に含む食材で、柔らかく、やや甘味のある食物が増加し、
その結果、肥満が原因となり古来、日本人にはあまり見られなかった成人病が急増している。

今こそ、日本型食生活の基本である主食(米)と副食(大豆の加工食品)、穀類、
旬の食材(魚、野菜、海草、肉類)、日本古来の発酵食品等々、
日本人を世界有数の長寿民族と共に先進技術国家に成長させた要因である
和食を見直すべき時代である。


投稿者 academy : 23:50

2007年12月21日

飛行機よもや話                      美山荘 中東 久人

DSC00837.jpg


今、空の上にいます、とはいっも死んだ訳ではありませんので、、、。
今回は飛行機にまつわる ちょっと面白い話を聞いたので皆さんに、いくつかお話しようと思います。

知ってました? 
フライト中 機長と副操縦士の食事が違うということを! 

これは階級の違いによる差別化だと単純な私は思ってしまいましたが、
実はそうではなく長距離の飛行中、機長も副操縦士も食事とらなければいけませんよね、
その時の食中毒が心配されるらしいのです。 

うんうん、確かに飛行機を操縦できるのは一つの飛行機に2人しかいませんよね! 

操縦士が2人ともお腹が痛くなって我慢できず
トイレに入ったままになるという状況を考えたら怖すぎます。 

飛行機は車や 船や電車のように停止=墜落ですもんね、
だから 機長と副操縦士のメニューは同じ調理師が作ることも
同じ包丁やまな板を使用することも同じキッチンを使用することも禁じられているんですって! 

400人近い人間を恐怖のどん底に陥れる事を思えば、納得です。

次に、機内食お持て成しについてです。 世界に様々な宗教の方々がおられます。 
イスラム教では豚やアルコールはご法度だし、牛肉のダメなヒンズー教。 
また、ユダヤ教に至ってはユダヤの教えによって調理、
お祈りされ封印され搭載されたものじゃないとダメだそうです。 

ベジタリアンにおいては ベジタリアンミールとピュアベジタリアンミールに別けられるのです。 
また個人的に何かを制限して修行しているという方や
ただ好き嫌いが激しい単なるワガママもいるわけです。 
かと言って 町場のレストランのようにすぐにそうった方々に
対応する食事が揃えられる事は不可能です。 

そんな事をしていたら積載量は多くなるし、CAは大変ですし
需要のなかったものは処分されもったいないですよね!
そういった食事制限のある方にとってもうれしいお話があります。

国際線では、フライト24時間前(一部の食材は72時間前)に
航空券の予約受付に申し出ておけば対応してくれるのだそうです。 
そんな宗教上だけのものの他に、健康上の事を配慮した糖尿病食、低コレステロール・
低脂肪食、低カロリー食、低塩食などがあるらしく 大変細やかな配慮がなされてますね!

 いや~ 本当にお客様に搭乗してもらうための努力が美味しいだけではなく、もっと
生き方そのものの事まで配慮されている事に料理人の私としては感動してしまいました。

そんな中 飛行機を頻繁に使用する私にとって一番安心できる情報を手に入れました。
飛行機事故に遭う確率です! なんと毎日搭乗して、438年に1回だそうですよ!
なんかこれを聞いて安心しました、、、 

 これは、残念な情報です。CAが離陸・着陸の時に座る場所の前の席は
事前予約ができないですって、、、、多分一番の人気席なのですってね! 
これはかなり興味深い情報でした。

投稿者 academy : 23:53

2007年12月20日

京の師走                            美濃吉 佐竹洋治

京都は1200年余の歴史を経て、今、なお生き続けている大都市であり、
世界的な歴史都市であり、当然、京都には1200年にわたる、
時代の変化と営みの諸相が凝縮されたかたちで、いたるところに刻みつけられている。
つまりこれらが「京の伝統文化」と一般的にはいわれている。
では、今月の師走の京の文化事項に関して少し触れていきたいと思う。

・針供養
 日頃、お世話になっている針に感謝し、使い古した針を納めて供養する法要。
 左京区岩倉の針神社、嵐山の法輪寺にて開催されている。

・吉例顔見世興行
 歌舞伎発祥の地でもある京都の四条大橋の南座にて東西の人気役者が
 文字通り顔を見せる行事で、いわゆる一足早いお正月で、この日のために着物を新調し、
 重箱にお弁当を詰めて出かける昔ながらの京都人も今でも多々おられる。

・事始め
 京都の町ではこの日を区切りにお正月の支度をはじめる慣わしがある。
 商家では、分家から本家へ鏡餅を持って伺い、一年間の恩義に感謝し、
 本家の繁栄を願うしきたりがあり、近年はあまり見られなくなったが、
 現在でもお世話になった恩師へ一年間のお礼の挨拶に伺うことが多々見られる。

・冬至
 24節気の22番目で、一年中で最も昼が一番短く、夜が一番長い時期になる。
 京都では古来よりこの日に柚子湯に入り、冬至かぼちゃを食べる風習がある。
 柚子湯は厳しい寒さの中でも健康に暮らせるようにという意味にて
 冬至に湯につかって病を治すという意味で、また、かぼちゃは
 中風除けのまじないになるという古来よりのいい伝えがある。

・市民クリスマス
 河原町カトリック教会が行うクリスマスイブのミサ。参加者のキャンドルサービスにて
 京都の平和と来る年の幸せを祈る行事。
 クリスマス行事は近年になって始まったものであるが、
 茶道においても度々クリスマス茶会を催している京都の茶家も見られる。

・鳴滝大根焚き
 鳴滝の了徳寺にて行われている行事で、この大根を食すると中風除け、
 長寿延命のご利益があるとされている。

 上記の他にもまだまだ多々、京都古来の伝統行事というものがあるみたいですが、
 やはり、京都に生まれてずっと京都にいるわけですから、できるだけ京都の文化を知るために
 伝統行事に参加していきたいと思う。


投稿者 academy : 23:54

2007年12月19日

オールインワン                  山ばな平八茶屋 園部晋吾

最近は、何でもオールインワンの方向に向かっている。
確かにいろいろな機能を複合で1つの機械に取り込むことは、
製作面でも、利用面でも、なにかと都合がよく便利なものである。

ひとつでコンパクトにまとまり、いろいろな機能がついていると、
それひとつで、様々なことが出来る。

なんとも便利なのだが、逆に、欠点もある。
どこか一箇所が故障しても、複雑に絡み合っているために、
結局全部取り替えになり、買い替えになってしまう。
部分的に、そこだけ直すというのが、非常に難しいらしい。

さて、それとは対照的に、昔の機械というのは、部分部分でひとつのものを構築していた。
悪ければ、そこだけ変えれば済んだ。

うちにある真空機は、業務用で非常にシンプルなものだ。
真空する以外、何も出来ない。

そんな真空機も、20年ほどの間に、何度も故障をした。
簡単な故障なら、会社に電話すると、すぐに対応して、部品を送ってきてくれる。
メンテの人が来て、直してくれるのではなく、部品を送ってきて、
懇切丁寧に取り替え方を説明してくれる。そのとおりにすると、直る。

「こんな症状が出た」といえば、
「どこどこを見てください。チューブが外れてませんか?」
「チューブが切れています。」
「じゃー、送りますね。」
「この様にして取り変えてください。」と、こんな調子だ。

何にしても、人件費が一番高い。
1回来たら、1~5万の修理代は取られる。
これならば、部品代だけで済む。

そんな機械も、先日とうとう壊れた。
中枢の真空ポンプの故障らしい。

その部分だけの取替えも出来たのだが、周りもかなり、
古くなっていたので、買い換えることにした。

どんな機械なのか楽しみにしていたのだが、新しく来た機械は、20年前のものとほぼ同じ。

デザインも機能も。

20年も経ったのだから、さぞかし便利な機能がついているかと思ったのだが、
何も変わらずただ普通に真空することだけできる。

「窒素充填や液体真空など便利な機能は、ついていないのですか?」と尋ねたら、
「つけることはいくらでも出来るが、どのくらいその機能を使うの?
付けても利用しないのなら、お金はかかるし、故障する機会も増えるよ。どうする?」と。

確かに無駄のない合理的な考え方だ。
何かといろいろな機能をつけて少しでも高く売るのとは違う。
完全に、顧客の立場に立った考え方だ。

そういえば、うちの風呂の濾過器は、昭和48年製造と書かれていた。

昔の機械ほどシンプルで長持ちする。
そして部分的な修理や消耗品の交換で使うことが出来る。
畳なども最たるものだ。

大量生産大量消費の時代、古き日本のよさを思い起こさせる貴重な会社だ。

投稿者 academy : 23:51

2007年12月17日

食のバランス                         瓢亭 髙橋義弘

先日、近くの小学校で授業をしてきました。

初めての授業は“だし”。
昆布だし、昆布と鰹節のだし、
さらに調味料を加えて吸地に仕立てたもの、
を試飲してもらいました。

反応は、日本でも海外でも、
小学生でもシェフでも同じこと。
昆布のおいしさについては認識しにくいものの、
鰹節が入るとみんな興奮してました。
昆布と鰹節の関係や五味である「うま味」についてもお話しました。
非常に理解が早く、かなり興味を持ってくれました。

二回目は、聖護院かぶら。
かぶらを一口サイズに切り、そのまま蒸したもの、
塩をふって蒸したもの、
だしで煮たもの、
を試食してもらいました。

食材自体の味を自分なりの言葉で表現してくれて、
受け継がれていく伝統野菜のありがたさを感じたようです。

三度目の授業は、調理実習。
簡単なカブラのお汁を作ってもらいました。
材料は、だし・かぶら・油揚げ・醤油・塩。

慣れない手つきでも、調理の変化を楽しみ、
最後に味わってるときの美味しそうな子供たちの表情は忘れられません。


活動の場所や対象者が変わっても、日本料理で伝えたいことは同じ。
ここ数年で、海外からの日本料理に対する注目度はとても高まってきています。
大変喜ばしいことではあるのですが、
こうした活動を通して、危惧する面も多々見えてきます。

昆布や鰹節・伝統野菜といった日本の食材は、
“高価だ”という声を耳にします。
そして、海外でこのような活動をすると、
“どうすれば手に入るの?”という質問ばかり。

また、生産者の方々の努力によって
おいしい野菜や果物が作られているにも関わらず、
日本の自給率は40%に満たないといいます。

日本には、乾物や発酵食品などがたくさんあります。
寿司文化を持ち、生食に対する技術や意識が高いにも関わらず、
賞味期限の問題から、たくさんの食料を廃棄しています。

“もったいない”という言葉を持つ国が、
いつの間にか、一番もったいないことをしているような気がします。

日本料理に限らず、食で大事なことは世界共通だと思います。
今の日本の食のバランスは決して良いとは言えません。
そして、これらの現象は食に限ったものではありません。

日本を表現するときに、歴史・文化・伝統・技術といった言葉が使われます。
様々な分野で世界に誇れるものを日本は持っています。
しかしながら、今日それらが継承されていくことよりも、失うことのほうが多く、
その根幹までも失っているような気がしてなりません。


“もったいない”という意味は、見た目だけではありません。
環境や労力、エネルギーや時間など、いろいろなことが関係しています。
決して自己満足ではない、本当の意味での“もったいない”ことの意味。
もう一度、考えてみたいと思います。

投稿者 academy : 23:53

2007年12月15日

師走                              菊水 髙橋 正人

朝晩の冷え込みが厳しくなってきましたね。

この時期、夜の冷え込みはクリスマスに向けてムードを盛り上げていってくれますが
朝の冷え込みは布団の恋しさとクルマのフロントガラスの霜取り作業で哀しい?かぎりです。

さて、京都では13日、14日と毎年恒例の京料理展示会(京都料理組合)が開催されました。
今年はアカデミーの出展はありませんでしたが、京都料理芽生会からの出展や
料理講習などもありました。

私は組合からの出展(店として)の他、芽生会のブース(銘品に盛る)、
そして組合写真同好会の写真展示、さらには組合のお手伝いとして
京野菜の販売コーナーと大忙しでした。

この展示会を過ぎると京都は本格的に師走の雰囲気になってきます。
ちなみに京料理界はクリスマスはあんまり関係ありません・・・。
年末進行? に向かってしまいます。


そんななか、うちの店のカラオケがやっと新しくなり、
リモコンで曲を検索できるタイプになりました。
やっと街中のカラオケ店並みになりました。

思いついたのですがこのリモコンを「マイリモコン」として
忘年会に持っていくのは極悪でしょうか・・・(笑)

ちょっと早いですが、皆さん良いお年を!!

投稿者 academy : 23:53

2007年12月14日

鰤の血合い                           修伯 吉田修久

先日、店を休みにして金沢のお寿司屋さんに行ってきました。

というのも、今年の夏にこの寿司屋に行った時にそこのご主人が
「金沢の鰤は12月で終わります。」というのも12月の下旬になると
正月用のために海で鰤を囲うそうです。

そうなると鰤の質が下がり美味しくなくなるのだそうです。

それで、鰤の食べごろは12月の上旬らしく、
中でも鰤があがったその日にだけ食べられる鰤の血合いが絶品らしく、
レバーのようらしく、どうしてもそれが食べてみたくて店を休みにして行ってきました。

その店は本当に良い魚を扱い、東京の築地など全国から魚を仕入れています。

まず最初はつまみで雲子、新鮮さ濃厚さは完璧で、
次は能登の平目、赤いか。どちらとも甘みは素晴らしく続いて蟹、
そして、油の乗ったのど黒。自家製唐墨、ぼたん海老の卵の塩漬け。

これも美味。
そして、握りになります。

「いつ鰤は出てくるかな?」

「楽しみ、楽しみ」

握りは赤いか、

甘エビ昆布〆、ウニ、コハダ、マグロ、トロ、さば、穴子、玉子、

ん?鰤は?

聞いてみると今日は鰤の入荷はなかったそうです。

本当に残念。

天然ものなので入荷がなければ仕方がないのですが、
それを食べるために店を休んだのにー。

また来年チャレンジ!!

投稿者 academy : 23:48

2007年12月12日

日本料理コンペティションの本選         梁山泊  主人 橋本憲一

年が明けると、日本料理コンペティションの本選に向けての準備が始まる。
2月8日決戦はブラックボックスという方式だ。食材が何かわからない。

会場で食材が入った箱を初めて開き、それらを見てから献立を考えるという方法だ。
そこで、運営実行委員会としての食材選びは地方差の不利益が極力でない工夫を
念頭に選ばなければならない。

この選択は神経をすり減らす作業になるだろう。
寒帯から亜熱帯までをカバーするわが国の地形では、同時期の季節が大きく違っている。
しかも、季節感が重要なポイントになる日本料理だ。前提におおきな矛盾を抱えている。
これを克服して行く覚悟で、ブラックボックスを詰めていくことになる。

さて、選手にとっては即応力と、構成力それに意図というか、
料理を通じて何を伝えたいかという哲学まで競うことになるだろう。
レベルの高い真剣勝負が繰り広げられる予感がある。
調理の腕にとどまらず、幅広い分野への関心が総合力として
最終的に勝敗の鍵を握りことになると思われる。
とりもなおさず、料理人としての生き方が問われることになるだろう。

一般には、文章は書いた人そのものだということから、「文は人也」と言われるが
「料理もまた人也」ということだ。人が作るものには、作った人の人柄が反映すると言う。

しかも、作られた料理を作業審査・試食審査・外見審査という三方面から審査することで、
「料理もまた人也」が浮き彫りにされる。

審査する方とされる方の真剣勝負でもある。
いくつもの真剣勝負を重ねて第一回優勝者が選ばれるわけだ。

選ばれた者は素直に誇りと思っていいとおもう。
きっと勝利を驕り高ぶるような軽薄な者は選ばれないからだ。

この事業に関わって、丁寧に配慮し、積み重ねることでしか得られない質があることを知った。

2月8日の本選にはできるだけ多くの会員諸君に触れていただきたい。
組織としてだけでなく、一料理人として得ることが必ずあるように思える。

料理人の誇りが共有できる一日になるだろう。

投稿者 academy : 23:55

2007年12月08日

私の好きな言葉15                       鶴清 田中信行

今回はマザーテレサの言葉を載せようと思います。

「この世の最大の不幸は、貧しさや病ではありません。
誰からも自分は必要とされていない、と感じる事です。」

マザーテレサは、貧しい人々、病んだ人々を生涯にわたって愛し、助け続けました。
そして、その活動は高く評価され、1973年にテンプルトン賞、1979年にノーベル平和賞、
1980年にバーラ・ラトナ賞などの多くの賞をうけました。
また、1996年にはアメリカ名誉市民に選ばれています。
アメリカの名誉市民はわずか6人しかいない中で選ばれているのです。

彼女のつくった「神の愛の宣教者会」は「孤児の家」「ハンセン病患者の家」
「死を待つ人の家」「結核患者、精神病患者の家」などを運営し、
常に貧しい人々の中の一番貧しい人々、病んだ人々、
社会の人々から必要とされていないと感じるような立場におかれた人々を、
今、現在も愛し、助け続けています。

私もこのような貧しい人のために何をしたらいいのだろうと考えました。
その答えがマザーテレサがノーベル平和賞を受賞した際に、
インタビューで「世界平和のために私たちはどんな事をしたらいいですか」と
問われたときの言葉に答えがあるように私は思えました。

それは「帰って家族を大切にしてあげてください」という言葉でした。

身近な人も大切に出来ない人が、人を助けるなど出来ないことなんだと思えました。
なかなか家族には出来ない事もありますが、まずは身近な人を大切にしていこうと思います。

投稿者 academy : 23:51

2007年12月06日

落水荘                            右源太・鳥居宏行

%E5%B7%9D%E4%B8%8B%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9C%9B%E3%82%80%E8%90%BD%E6%B0%B4%E8%8D%98%20002.jpg
%E8%90%BD%E6%B0%B4%E8%8D%98%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%81%AE%E5%85%83%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%B2%A9%E5%A3%81%20006.jpg
%E8%90%BD%E6%B0%B4%E8%8D%98%E3%81%A7%E8%B2%B7%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%85%A7%E6%98%8E%E5%99%A8%E5%85%B7%EF%BC%88%E5%B7%A6%E7%AB%AF%EF%BC%89%E5%8F%B3%E6%BA%90%E5%A4%AA%E6%B4%8B%E5%AE%A4%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%AB%E3%81%AB%E7%BD%AE%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82.jpg

ウエッ…

胃のムカつきを覚えて目を開けた。
頭が割れそう、それに昨夜の記憶が無い。
どうやって帰ったのか…
枕元の時計を見る…「!!!」

「あかーん! 飛行機に乗り遅れるぅー!」
とにかく家を出て関空に向かう。

昨夜は業界の研修会があった。
二次会でテキーラを一気飲みした事は覚えている。
そして、カラミ酒だったような自覚もある…

やばい、またやってしまった…

なんとか無事チェックインに間に合い、恐る恐る、
昨日最後まで一緒で、迷惑をかけたと思われる中東君と才木君にお詫びの電話を入れる。

しかし、どっちも留守電…

自己嫌悪に陥りながら、デトロイト経由ニューアーク行きの便に乗り込んだ。
機内でワインをがぶ飲みして暴睡!する筈が二日酔いで一滴も飲めず、
気持ち悪さで一睡も出来ない。

それでもニューアークに到着するころには酒も抜け、
レンタルしたシボレーに荷物を積み込み、ルート78を西へ向かう。
今日中に行ける所まで行こう。
明日の11時までに、フォーリングウォーターに着かなければならない。

翌日、予約時間ギリギリに目的地に到着した。
ペンシルバニア州ピッツバーグ近郊の山中にある、
フランク・ロイド・ライトの名作「落水荘」だ。

10年前、左源太を改装する時、同じように川沿いに位置する事から
密かにディテールをパクっていたのだが、実物を見た事が無かった。
近い将来、再改装する前に、どうしても見ておきたくて、今回の旅に組み込んだのだ。

目の当たりにした落水荘は、想像していたよりも巨大だった。
山肌の岩壁がイメージの元だそうだ。
ガイドの案内で、玄関を入るとすぐにリビングがある。
床は石張りで窓が最大限に開けている。
暖炉の傍にはダイニングがある。
斜面に這わせるように3層のフロアとテラス、
川面へ降りられる階段、3階から上に続く別館…どこを見ても流石に絵になる。

片持ち式で川面に張り出したテラスは勿論の事、写真では解らなかった間接照明も興味深い。
窓枠の下部や各家具の上部、梁等に細かく照明器具が仕込んである。

辺りが暗くなると、相当いい雰囲気なんやろう。
そしてやっぱり、これはライト流川床なのだ。

日本にも数々の名作を遺しているライトは、貴船の川床を知っていたのではなかろうか?
川面に降りる階段には、床机をならべるつもりやったのでは?
等と勝手な解釈をライトに語りかけながら、つかの間の滞在を楽しんだ。

1.川下から臨む落水荘
2.落水荘のイメージの元となった岩盤
3.落水荘で買った照明器具(左端)右源太洋室のサイドテーブルに置いてみました。

投稿者 academy : 23:52

2007年12月05日

まとい会                             天喜 石川 輝宗

いつもなら御チャラけるか皮肉を込めたブログを書くのですが
本日は真剣に書きます。

本日我が店で上京消防署の会合がありました。
消防にちなみ、まとい会です。

皆様まといをご存知ですか。
纒とは江戸時代火消しが我が隊が消火を始めたぞ、
1番乗りだと組名を記した表札みたいなものです。
暴れん坊将軍で、‘め組’とかいて振り回されてるやつです。

このとき上京消防署長はおっしゃられました。それで私凍りつきました。
もし花折断層が阪神大震災並みのM8級で暴れたら
上京区は震度6強で48000世帯のうち25000世帯が全半壊します。

これは脅しではありません。20000人以上怪我をして200人は亡くなります。
そして後50年以内に70パーセントの確率で起きます。

そしてけが人の40パーセントは家具や電化製品の落下によるものです。
これは阪神大震災からこの前の中越沖地震までパーセンテージは変わっていません。
とおっしゃられました。

例えば夜に地震が起こったとき宴会中のお客さんを誘導できるか。
また天麩羅油が発火しないか。本当に色々考えさせられました。
多分私ならパニックって何も出来ないだろうとも思いました。

日ごろから対処しなければ。
ニュースで神戸のルミナリエを見て・・・・・


投稿者 academy : 23:53

2007年12月03日

冬の鍋                               岡庄 岡 豊雄

%E5%86%AC%E3%81%AE%E9%8D%8B.jpg

寒くなってまいりました。今日は鍋にしようかと思います。

ふぐかな~?

ぶりしゃぶも捨てがたいな~

牡蠣もいいな~

「おでん」というてもあるぞ!

でもやっぱり蟹にしよう。

そこで蟹を買ってまいりました。
12月にはいってから蟹が安くなりありがたいかぎりです。

野菜は定番のはくさいと菊菜・椎茸・えのき茸にしました。

蟹は足の食べやすいところばかりを用意しました。
腹の食べにくい部分は調理場に寄付しました。

ちょっとブーイングですね。

鍋はやっぱりあたたまりますね。美味しくいただきました。
最後はやはり雑炊でしめました。

ぞうすいは思ったよりたくさん出来たので、明日の朝食も雑炊にします。

今度はおでんにしようかなと考えてます。
冬はやっぱり鍋がいいですね。

投稿者 academy : 23:53

2007年12月01日

京都中央市場 市場まつり(鍋祭り) 学校法人 大和学園 仲田 雅博

11月23日に今年も鍋祭り(今年度は市場祭り)が実施されました。

特に今年は、京都中央市場第一市場が出来てから80年となります。
昭和の2年に、日本ではじめて京都で中央市場が出来たのです。

中央卸売市場法が制定される契機となったのは、
大正7年の米騒動であったと言われています。
お米やその他の必需的な食料品を安価に供給し、
国民の消費生活の安定を図るために設置されたものです。

しかし、今日では市場を取り巻く諸般の状況が著しく変化し、
魚や野菜の需要が大きく減少してきています。

今回、私がかかわった鍋祭り(市場祭り)とは、これから寒くなる季節に、
もっと中央市場経由の食材を買っていただき、
寒い季節を元気で乗り切っていただこうとする趣旨で開催されおります。
また、京都の冬の美味しい野菜を食べて頂こうとするものです。

寒くなれば、どの家庭でも鍋を囲んでの食事が普通のような時代から、
今では、個食の時代となり、一家団欒も食事の楽しさも失われつつある現在です。

市場では五年前から、小学生の子供たちを対象として、
子供たちに美味しい鍋料理を作ってもらい、
それをコンテスト形式で評価するこのコンテストがはじまりました。

この趣旨の最大の目的は、家庭で一人でも多くの人達が、
市場から購入した野菜を少しでも多く食べて頂き、需要の拡大を進める物です。

その為に、子供さんに作って頂く事が、家庭での団欒や家族揃って
食べるといった場が演出できると言う事です。

現在では、スーパーに行けば、鍋セットなるものが売られており、
手間を掛けること無く家で鍋が簡単に作れるといった世の中です。

今の人達は、手間は無駄であると考えられているのでしょうか。

私たちは、手間は=美味しさと判断するのですが、
私が間違っているようにも思ってしまいます。

私も、京都の中央市場が、食材の番人となって頂き、
私たち市民に、安全で安心な食材を提供して頂く事を願っております。

今年は、市場祭りとなり、まぐろの解体即売や
全国の地方からの食材の展示があり、大変楽しい一日でした。
日本には、本当に素晴らしい食材があることに改めて感動した次第です。

投稿者 academy : 23:56