2007年10月11日

てんぷら                        懐石・宿 近又 鵜飼治二

幼いとき、母に「今夜はてんぷらにするし」と言われると、
海老やきす、薩摩芋、南瓜などに衣をつけて揚げたもの、いわゆる天麩羅だと想像します。

「今夜はてんぷら買ってきたし」と言われると、
かまぼこ屋で買ってきたすり身を揚げた平天や牛蒡天、生姜天を想像します。

関西と関東ではそれぞれそのてんぷらの言い方が違うのは皆さんご存知ですが、
関東ではすり身を揚げたてんぷらをさつま揚げと言い、衣をつけたものを天麩羅といいます。

衣揚げの天麩羅は関東で発達した料理で、
幕末関西では、てんぷらはすり身を揚げたもので、
衣をつけた天麩羅はつけ揚げと言ったそうです。

しかし東京の天麩羅が普及して、関西では次第につけ揚げという名称が忘れられ、
天麩羅と呼ぶようになり、二種類のてんぷらが生まれたと言うことです。

明治のころ東京では薩摩の人が、大勢押しかけてこのすり身を揚げたてんぷらを
好んで食べたそうです。それで薩摩揚げと呼んだのでしょうか?

関西の天麩羅は一般的には、サラダ油を使い、白っぽい衣に揚げ、
天つゆではなく塩をつけて食べる工夫を考えました。

この関西流の天麩羅が反対に関東に伝わり今は主流となったと言うことです。

年配の江戸っ子は、昔のごま油や、かやの油で赤茶色になるまで揚げた
天麩羅を懐かしく思うそうです。

投稿者 academy : 2007年10月11日 23:57