酷暑の修行 ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
先月、夏の土用の真っ只中、茶道の師匠宅に伺い
数名のお稽古さんと一緒に炉の時季に使う湿し灰つくりの研修会に参加してきました。
この研修会は毎年恒例で行われ、真夏の太陽が我々の頭上にかかる頃に始められます。
まさに真夏の行として我々の稽古場では恐れられている(少し大袈裟)研修の一つであり、
おそらく、お茶の稽古を経験されたことがない方には何のことについて書いているのか、
今一つピンとこないと思います。
そこで茶の湯で使われる灰について少し説明を加えることにしましょう。
灰には大きく分けて風炉の時季用(5月~10月)、炉の時季用(11月~4月)の2種類があり、
風炉や炉、また火入れや香炉、さらには冬季の手焙りや火鉢にも使うなど、
茶事・茶会を催すときだけではなく、通常の稽古のときにも灰は常に重要な役割を演じます。
茶の湯の1年は灰と切っても切れない関係にあり、
時季に応じて、また用途に応じて、幾種類もの灰があります。
特に風炉灰は粒子が細かく袱紗灰と呼ばれ、
炉灰は炉の下地に使うものとその炉灰に湿り気を与えた湿し灰があり、
今回の研修でつくったものが、この湿し灰にあたります。
ここで簡単に当稽古場の湿し灰の作り方を紹介しておきましょう。
炉の時季に使った炉灰は炭の燃えカスや埃、また灰汁がたまり、
そのまま次の炉の時季に用いることができません。
そのため、たまった灰汁やゴミを取り去る作業が必要となり、
一度、木桶などの容器に灰をいれ、水を加えて上澄みの不純物などを取り除きます。
このとき素手で作業を進めると皮膚の弱い方は、まさしく灰汁の洗礼を受け、
手の皮がつるつるになりその後、手のひらがカサカサになるので要注意(筆者経験済み)。
次にゴザなどに灰を広げて乾かします(まるで幼稚園時代の泥んこ遊びを彷彿とさせる)。
このときに真夏のお日様の力がとても重要になります。
強烈な日差しうけて、より早く乾かすことが良い湿し灰をつくる条件となります。
灰が一通り乾いたところで事前に用意しておいた煮出し番茶をまんべんなく灰にかけ、
灰が番茶を吸い取るよう、両手で揉みほぐします。
ここまでの作業工程を、できれば(午前11時~午後1時頃)までに終えておきます。
その後、熱中症を避けるため小休止。
その間、稽古場では別メニューの研修が行われています。
一つは、お稽古の経験年数が浅い人向けで水屋道具の扱いや、
お茶碗が終われる際に必要となる桐箱、紐の結び方(四方掛け、葛籠掛け)の研修。
その他、上級者向けとして風炉の灰形つくりが行われます。
余談になりますが、この風炉の灰方つくり、これもまた精神の集中を必要とするもので、
灰匙を使う技術と経験の積み重ねが必要です。
様々な形の風炉に対して数種類の灰形を形成します
(二文字押切り・遠山・丸灰等々)。
その後、少し遅めの昼食を頂いたのち再び湿し灰つくりの最終作業に入ります。
十分に直射日光を浴び、ほどよく乾いた湿し灰を専用の灰篩にかけ、
専用器(甕等)に収納して、炉開きの時季まで保存します。
以上、これまで述べたことが、湿し灰つくりの一連の流れになります。
お茶の稽古をされた方でも、おそらく、このような湿し灰つくりの経験を持つ方は
そう多くは無いでしょう。
しかしこのような経験を持つことはとても有意義なことであり、
11月を迎え炉開きが終わり、当稽古場において各人、炭手前の稽古を行うとき、
灰器にたっぷり入った湿し灰を見るたびに、今年の酷暑の中で丹精を込めてつくった思い出が
よみがえり、すがすがしい気持ちでお稽古を始めることができます。
そのような想いに浸れるとき、師匠に感謝し、
茶の湯がいかに自然のサイクルと共鳴して、実践的であり、
内面的な修練の場であるかを再認識するのです。
この湿し灰つくりのように半永久的に毎年、
同じ時季に同じことを繰り返し、繰り返し行う様に見える作業であっても、
その年の時候により一度たりとも同じ情景などあるはずが無く、
自然のサイクルに合わせて、すべからく、その時の天候を受け入れ、
それに習い知恵を働かせ、先人より受け継いできたものを大事に伝承してきました。
そのようなサイクルのなかで、古来より日本人は農耕民族としての儀式、
儀礼にかかわる生活のリズム、歳時記を見出してきたのでしょう。
そんな想いを一人つぶきやながら、今年も研修会に参加できた喜びと、
この想いを次世代に伝えるべく、今ここを無心に生きたいと思います。
投稿者 culin : 2007年08月23日 23:43