端渓 ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
先日、夏のセールといってある書道具屋から葉書が一枚送られて来ました。
見ていると、筆や硯、墨など多くの物が安くなっているので、
丁度硯が欲しいと思っていたこともありお店の方に行って参りました。
早速ご主人に硯が欲しいことを述べますと、セール品の中でも一番大きいものを指差し
「これが一番のお奨め品」と教えてくれました。
頭に思い浮かべているものより大きかったので「少し大きいですね」と言いますと、
「大は小を兼ねます」と今これを買っておかないと後悔しますよ、
なんて口ぶりで言うもので少し悩んでいますと、
更に硯に付いた値段票を見て驚いたそぶりをしながら
「ほんまかいな?」“こんな安くつけてんのか?”といわんばかりです。
更に更に言葉は続き、
「この硯の素材は“端渓”で、中国の工場で我々の注文通りの形に形成させて・・・」。
「“端渓?”これは端渓ですか?」、
「そうです。端渓です」。
「では買いましょう。」
てなことで私は硯を購入しました。
余談ですが、ご主人のお奨めするところの古墨まで購入してしまいました
(古墨といっても昭和50年ものですが)。
上手く買わされた感もありましたが、良い買い物が出来たと満足して帰りました。
「端渓」とは中国広東省の中央部分に位置する広州市から
約100k離れた所にある肇慶市で取れる硯材を指します。
大河西江の周辺は硯材の宝庫のようですが、
中でも斧柯山と呼ばれる山の周辺で取れる硯材が端渓石だそうです。
硯材の採掘は非常に悪条件の元で行われるので、作業は困難を極めます。
何せ大河の横ですので水を掻き出す作業が必要ですし、
採石作業は現在でも昔と変わらずハンマーとのみで行われるそうです。
「老坑」と呼ばれる坑道は約32度の傾斜で下って行き、
「大西洞」と呼ばれる採掘場に辿り着きます。
これは清の乾隆年間(1736~95年)に開かれ、最も美しく優れた硯材が取れたそうです。
この大西洞は隣の西江の水面よりも約30メートルも下に位置するというから驚きです。
ここでは硯材は採り尽くされ為、現在大西洞の横の少し高い位置での採掘が行われているそうです。
以前このお店で所謂「古端渓」と呼ばれる古い端渓の講習会が行われて、
それに参加して以来古端渓に憧れていました。
とにかく古いものだけに困難入手の上、品物があっても非常に高額で売られています。
今私の経済力では現代のものを買うのが精一杯なので、
いずれ購入出来る日を夢見てこの手に入れた硯を大事にしていこうと思います。
投稿者 academy : 23:52
初心忘るべからず ◆ 監事 太田 守 ◆
オープンキッチンの店が最近好きです。
カウンターに座り、中のスタッフ達が真剣な目で作業をして、
皆がきびきびと動き、チームワークよくひとつの料理が完成していく、
そんな姿を見ているととても気持ちが良く、こちらまでシャキッとします。
そんな場合はたいてい出される料理も美味しいものです。
先日行かせていただいたお店のスタッフの一人が、
まだ新人なのでしょうか、真剣な目で与えられた作業をしていました。
慣れない作業なのでしょう、おぼつかない手つきですが
ひとつひとつ丁寧に作業をこなしています。
その姿は一生懸命で、料理に対する想いがこちらまで伝わってきます。
思わず心の中で「ガンバレよ!」と応援していました。
やっと、その作業が終わったとき、その子はフーッと大きく息を吐き、
そして何やら先輩から何か声をかけられ、二人とも満足そうな笑みをうかべ
ひとつ大きくうなづきあう姿をみて、料理人の世界がうらやましく感じました。
そんな光景を見て、ちょっと得をした気になり、
その店のファンになってしまったのとともに、
私も初心の頃の初々しい心を忘れないようにしようと思いました。
投稿者 culin : 23:59
素晴らしいフレンチⅡ ◆ 木乃婦 髙橋拓児 ◆
前回に引き続き、東京出張で2日目に寄せていただいたC店について、お話したいと思います。
今を遡ること17年、まだ穢れを知らぬ頃?!
私は東京の日本料理店で修行をさせて頂いておりました。
その修行1年目の時に「ひな!(雛鳥の略で私のあだ名です。)
フレンチでC店って言う、旨め~とこ、あっからよ、食いに行ってみ~。」と先輩から言われ、
更に「『赤ピーマンのムース』と『エイとキャベツ』、それにデザートは『桃のスープ』と
『ブランマンジェ』を注文しろ!!」とアラカルトの内容までご親切に決めて頂きました。
丁度、C店のSさんが40歳の頃で、そして私にとって自分の働いたお金で、
初めて行ったフレンチがC店でした・・・
その17年後、再びC店を訪れ、『赤ピーマンのムース』と『エイとキャベツ』を注文しました。
前回のブログ同様、私は料理評論家ではないので、味の批評はしませんが、
そのムースを口の中に入れた瞬間、17年前のここにいる自分をはっきりと感じることが出来ました。
時空を超えて感動をもたらしてくれる、料理の素晴らしさはともかく、
これこそ継続であり伝統であると再認識しました。
加えて、それ自体が人に感動を与えるものであることを痛感しました。
変わらず洗練され続けていく凄さに、あらためてC店のパワーを感じました。
結局、当時の私のフレンチ好きもこのお店から始まり、
四谷のM店・K店、銀座のC店・L店、南麻布のP店、南青山のL店、
西麻布のQ店と本当に沢山、お金の続く限り、東京にいる限り、食べに行きました。
常に感動と衝撃を与えてくれるフレンチが楽しくて楽しくて仕方が無かったのです。
こんな、人に感動を与えられるような料理を作れるようになりたい、
以前と変わらず、今でもその一心一身のような気がします。
あっ、ちなみに私はフレンチではなく、日本料理の料理人ですしね、お間違えなく!!
投稿者 culin : 22:49
黄色の緊急車両 ◆ 銀水 山岸裕明 ◆
8月10日、快晴。
辻調理師専門学校様でニューヨーク事業の予行演習を行う日です。
前日は、午前3:30まで自分の担当である椀物の試作を繰り返し行い、
当日は8:30に辻調さんに集合ですので、祇園 丸山の丸山さんと
八百忠別館の吉田さんと7:00前に出発しました。
車の中には前日に、たん熊北店の栗栖さんよりお預かりした
講義用の食材と割烹着、包丁類も積んでいます。
抜けるような青い空の下、車は快調に進み高速道路に乗りました。
車の中ではみかんやらジュースやらで半分遠足気分で浮かれておりました。
すると1台の消防車がサイレンを鳴らしながら、大急ぎで前から高速に乗ってきました。
嫌な予感がしたのですが、降りることもできずトンネルにさしかかりますと、大渋滞。
そこから一歩も動けずにいると横をパトカーや救急車がサイレンを鳴らしながら通過していき、
最後に表題の道路公団の黄色い車がサイレンを鳴らしながら通って行きました。
辻調さんで栗栖さんと丸山さんの講義が予定されていたのですが、
栗栖さんの道具一式は私の車の中、丸山さんにいたっては、体も道具も食材もです。
今は携帯電話があるので、こんな時でも連絡だけはとれるのですが
車はいつ動くとも知れず、排気ガスの充満するトンネルの中になんと2時間半。
そこから少しずつ動き出すのですが渋滞は続きます。渋滞の最後に炎上したトラックが
牽引のため鎖で吊るされていました。
(直線の坂道の手前で渋滞しているところにトラックがつっこんで
1人お亡くなりになったのを翌日の新聞で知りました。 合掌)
結局、辻調さんに着いたのが午後1:00になりましたが、なんとか講義には間に合いました。
わかっていることですが、皆さんもどうぞ事故にはお気をつけ下さい。
家族が大事です。
道路公団の緊急車両、私の前を通過中。 何時になったら着くのやら。
投稿者 culin : 22:08
阿蘇の自然に触れて ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
8月も残りわずか。
涼しい秋はもうすぐそこと心待ちにしているのは私だけでしょうか?
当分涼しい秋はきそうにないですが・・・。
昨年は家族旅行に知床に行きました。
このブログでも書いておりますが今年はその正反対の九州は阿蘇へ行ってきました。
3年前には阿蘇、高千穂、天草と回りましたが、今年は阿蘇の雄大な自然に触れて、
のんびり、ゆっくりうまいもん食って温泉に浸かって、
日頃の疲れを癒すと言う子供の為の旅行と言うより私の為の旅行のようになりました。
阿蘇は野菜の有機栽培がさかんらしく、
それ専門の料理屋さんへ(料理屋さんといってもおばさんがやっているのですが)行ってきました。
ですから料理自体にはそんな華やかさはありませんが、
おいしい野菜を心をこめて作られたのが感じられる素朴で非常においしい料理でした。
馬刺しも予め食べたいとお願いしておきましたので非常によいものを食べさせていただきました。
又次の日も野菜料理が中心のバイキング形式(バイキング形式は非常に合理的ですが、
食べる側のマナーが非常に問われる形式ですので、
基本的に今のこの時代我々は足るを知ると言うことを
心の片隅に持っておいたほうがよいと思うので個人的にはあまり好きな形式ではない)の
レストランに行きましたが、ここも阿蘇周辺の有機栽培(牧場の堆肥を乾燥させ土に戻す方法らしい)で
作られた野菜を中心に、乳製品、豆腐等の食材が一つ一つ丁寧に料理されており
非常に安価で大変おいしかったです。
ところで、「万物の根源は水である」。
古代ギリシャのタレスはこのように言っています。
根源かどうかはよくわかりませんが、私自身、水と言うのは料理するうえで重要な位置を占め、
それだけでも興味深く、又、日々の生活においても、健康においても、
昨今の環境問題を鑑みても大変興味深いものです。
水はいろんな姿を現すとも言われます。
美しいピュアな水は美しい氷の結晶をつくり、人の感情をも結晶にして表すそうです。
実は今回の旅行の最大の目玉と言うのは大げさですが阿蘇の水源めぐりでした。
阿蘇はいたるところに水源があります。
勿論阿蘇の雄大な自然を子供たちに触れさせてやるのはいうまでもなく
(遊覧ヘリコプターにも乗りました)、ある所では杉の巨木が生い茂る中を滝のように
湧き出している水源、苔むした大岩の中を泉のように滾々と湧き出る水源、
神社の横を小川のようにさりげなく流れている水源、
砂糖を入れたらサイダーになる炭酸水の水源等等、
どれもみな本当にきれいな美しい透き通った水でした。
眺めていて惚れ惚れするような素敵な美しい水でした。
一番印象に残ったのは、あるホテルの前の丘に遊歩道
(距離500メートルほどの山道)があり、その中にある水源でした。
小川のように流れておりました。水温約8度、九州の中でも
おそらく一番水温が低いと書かれてありました。一口飲みました。
冷たい。
うまい。
五臓六腑に染み渡る。身体が洗われる。そんな感じでした。
子供たちもいろんないい思い出を持ってくれたことだろうと思い、
小学生の息子に「この旅行で何が一番印象に残った?」と聞きました。
息子曰く「旅館の前でやった花火」
投稿者 culin : 23:54
夏のお野菜 ささげ ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
お盆も終わり、少しばかり過ごしやすい時期になってまいりました。
今年は梅雨明けが遅く、気温が40℃近くになる日もある「酷暑日」があったりと
年々暑さが厳しくなっているのが気になります。
さて本日は京野菜ではありませんが、
お盆時期には欠かせない「ささげ」についてお話します。
ささげの名の由来はさやを牙に見立てて「細々牙」とか、
さやが物を差し上げた形をしているので、「捧げ」の意味など諸説があります。
原産地は熱帯アフリカとも、中央アメリカとも言われ、エジプトからアラビア半島、
地中海、アジア南部と古くから世界各地で生産されています。
日本でも穀類としての記録が古事記にあります。
実際関東方面ではささげ豆を使用して赤飯を炊くそうです。
また江戸時代の「百姓伝記」に連作障害について記載されているほどです。
栄養価はビタミンAがあるぐらいですが、
京都ではお盆のお供えにかかせない野菜のひとつです。
ささげが畑になる姿は「緑の滝」を連想させるほど爽快なものです
投稿者 culin : 23:54
酷暑の修行 ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
先月、夏の土用の真っ只中、茶道の師匠宅に伺い
数名のお稽古さんと一緒に炉の時季に使う湿し灰つくりの研修会に参加してきました。
この研修会は毎年恒例で行われ、真夏の太陽が我々の頭上にかかる頃に始められます。
まさに真夏の行として我々の稽古場では恐れられている(少し大袈裟)研修の一つであり、
おそらく、お茶の稽古を経験されたことがない方には何のことについて書いているのか、
今一つピンとこないと思います。
そこで茶の湯で使われる灰について少し説明を加えることにしましょう。
灰には大きく分けて風炉の時季用(5月~10月)、炉の時季用(11月~4月)の2種類があり、
風炉や炉、また火入れや香炉、さらには冬季の手焙りや火鉢にも使うなど、
茶事・茶会を催すときだけではなく、通常の稽古のときにも灰は常に重要な役割を演じます。
茶の湯の1年は灰と切っても切れない関係にあり、
時季に応じて、また用途に応じて、幾種類もの灰があります。
特に風炉灰は粒子が細かく袱紗灰と呼ばれ、
炉灰は炉の下地に使うものとその炉灰に湿り気を与えた湿し灰があり、
今回の研修でつくったものが、この湿し灰にあたります。
ここで簡単に当稽古場の湿し灰の作り方を紹介しておきましょう。
炉の時季に使った炉灰は炭の燃えカスや埃、また灰汁がたまり、
そのまま次の炉の時季に用いることができません。
そのため、たまった灰汁やゴミを取り去る作業が必要となり、
一度、木桶などの容器に灰をいれ、水を加えて上澄みの不純物などを取り除きます。
このとき素手で作業を進めると皮膚の弱い方は、まさしく灰汁の洗礼を受け、
手の皮がつるつるになりその後、手のひらがカサカサになるので要注意(筆者経験済み)。
次にゴザなどに灰を広げて乾かします(まるで幼稚園時代の泥んこ遊びを彷彿とさせる)。
このときに真夏のお日様の力がとても重要になります。
強烈な日差しうけて、より早く乾かすことが良い湿し灰をつくる条件となります。
灰が一通り乾いたところで事前に用意しておいた煮出し番茶をまんべんなく灰にかけ、
灰が番茶を吸い取るよう、両手で揉みほぐします。
ここまでの作業工程を、できれば(午前11時~午後1時頃)までに終えておきます。
その後、熱中症を避けるため小休止。
その間、稽古場では別メニューの研修が行われています。
一つは、お稽古の経験年数が浅い人向けで水屋道具の扱いや、
お茶碗が終われる際に必要となる桐箱、紐の結び方(四方掛け、葛籠掛け)の研修。
その他、上級者向けとして風炉の灰形つくりが行われます。
余談になりますが、この風炉の灰方つくり、これもまた精神の集中を必要とするもので、
灰匙を使う技術と経験の積み重ねが必要です。
様々な形の風炉に対して数種類の灰形を形成します
(二文字押切り・遠山・丸灰等々)。
その後、少し遅めの昼食を頂いたのち再び湿し灰つくりの最終作業に入ります。
十分に直射日光を浴び、ほどよく乾いた湿し灰を専用の灰篩にかけ、
専用器(甕等)に収納して、炉開きの時季まで保存します。
以上、これまで述べたことが、湿し灰つくりの一連の流れになります。
お茶の稽古をされた方でも、おそらく、このような湿し灰つくりの経験を持つ方は
そう多くは無いでしょう。
しかしこのような経験を持つことはとても有意義なことであり、
11月を迎え炉開きが終わり、当稽古場において各人、炭手前の稽古を行うとき、
灰器にたっぷり入った湿し灰を見るたびに、今年の酷暑の中で丹精を込めてつくった思い出が
よみがえり、すがすがしい気持ちでお稽古を始めることができます。
そのような想いに浸れるとき、師匠に感謝し、
茶の湯がいかに自然のサイクルと共鳴して、実践的であり、
内面的な修練の場であるかを再認識するのです。
この湿し灰つくりのように半永久的に毎年、
同じ時季に同じことを繰り返し、繰り返し行う様に見える作業であっても、
その年の時候により一度たりとも同じ情景などあるはずが無く、
自然のサイクルに合わせて、すべからく、その時の天候を受け入れ、
それに習い知恵を働かせ、先人より受け継いできたものを大事に伝承してきました。
そのようなサイクルのなかで、古来より日本人は農耕民族としての儀式、
儀礼にかかわる生活のリズム、歳時記を見出してきたのでしょう。
そんな想いを一人つぶきやながら、今年も研修会に参加できた喜びと、
この想いを次世代に伝えるべく、今ここを無心に生きたいと思います。
投稿者 culin : 23:43
日本料理フォーラム・サミット2007 ◆ 料亭旅館 清和荘 竹中 徹男 ◆
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先日この10月にニューヨークで開催される事業「日本料理フォーラム・サミット2007」に
向けてのリハーサルが辻調理師専門学校で行われた。
講習として、栗栖正博氏の「鴨」を使った料理、荒木稔雄氏の「豆腐」を使った料理、
そして、丸山嘉桜氏の「ごはん」についての三つのテーマが用意されている。
料理講習としては野永氏の「前菜」、丸山氏、吉田氏の「向附」、竹中の「焼物」、
石川氏の「天麩羅」、そして佐々木氏の「鯖すし」である。
それぞれの料理講習のデモンストレーションを行い、今後どのような部分を強調し、
主張が重なって講習のテーマにならないようにするなどの細かい打ち合わせへと向かう事になった。
そこで、私が個人的に注目している事は、佐々木氏の「鯖すし」が
アメリカ人にどのような印象をもたらすのかという事だ。
彼らにとっての「鮨」はいわゆる「棒ずし」のスタイルではなく
「握り」や「海苔巻き」であろう。
現に「カリフォルニア巻き」や「ステーキの握り」など、
彼らの文化を取り入れた新しい「鮨」も登場し、日本に逆輸入(?)されているぐらいだ。
しかしながら「甘めのしゃり」に「塩をして酢〆した魚」を合わせ
「竹の皮」でつつんで「慣れ」させてから、しかも「醤油を付けずに」食べる「すし」を
彼らはどう受け止めるのだろうと言う事だ。
日本人でも「鮨」と言えば「にぎり」と答える方が多いこの世の中で、
はたしてアメリカ人がこれを「鮨」と捉えるだろうか?
私の疑問は先日のリハーサルの途中で一切解決した。
それは佐々木さんの淡々とした「鯖すし」の講習の中で、なぜ「鯖すし」なのか?
腐敗しない為に「酢めし」を練り空気を抜き、竹皮でしっかりと締めて外気と遮断する、
そして鯖は塩をして酢締めにする事で腐敗を防止すると共に旨みを出す。
そして締めてから時間をおく事でその旨みが凝縮されさらに美味しい物となると言う説明が、
おそらくプロの料理関係者に十分理解され、彼らの「すし」と佐々木さんの作っている「鯖すし」が
全く違う物だと分かると同時に、日本人の古くからの「知恵」を理解してもらえるのではないかと思った。
佐々木さんのそれは「鮨」でもなく「寿司」でもなく「鯖すし」であったのだと。
投稿者 culin : 23:59
夏には何を食べる ◆ 美山荘 中東 久人 ◆
お盆が過ぎて酷暑がましになるかと思いきや、まだまだ暑い毎日で
集中力の乏しい毎日が続いております。
そんな中、この夏バテにも似た現象を何とか解消するべく
何を食べたらよいかを考えてみました、、、。
ま~馬力を付けるために“レバ刺し”? “牛カルビ”? いやいや“豚肉”がいいですね!
豚って本当に良いですよ、、、 三大栄養素の代謝を助けるビタミンB群が豊富で、
動脈硬化・疲労回復・夏バテ・美肌・精神安定などを解消する効果があり、ご飯や、
パンに含まれる糖質の分解を助けエネルギーに変えてくれるビタミンB1が牛肉の
10倍もあるそうで、私のようにご飯大好き人間にはデブ防止の効果もあるのでは、、、
まー、運動などしないと豚肉を食べたからって痩せはしませんけどね!
仕事面においてもビタミンB1のおかげで集中力の働きも良くなり、
しかも“鉄”“リン”“カリウム”なども豊富で“貧血予防”“神経や筋肉の機能を正常に保つ”などなど
夏を乗り切るための要素をふんだんに含んでいる豚肉はすばらしい!!
でっ、もっと豚肉の効果を高めるためにはアリシンという成分をふんだんに含んだ“葱”や
ビタミンCを多く含んだトマトなどを一緒に食べると効果絶大p(^_^)q
そんなこんなで実際 今年の夏は豚肉とトマトを中心とした食事を普段良く食べるように
心掛けたところ 結構その効果があったようにおもいます。
体がなんとなく軽く、仕事するときのエンジンのかかり方も速かった!
今年の夏はもう終わりに近づいておりますが、皆さんも是非
来年の夏は豚肉を意識的に食べてみて下さい。
例えば、暑いお昼は、トマトとねぎをいっぱい入れた冷シャブサラダ
ご飯 味噌汁 胡瓜の糠漬けというのは最高の夏メニューですね!
酷暑を乗り切る食材でした、、、。
投稿者 culin : 23:53
日本料理におけるサービス ◆ 美濃吉 佐竹洋治 ◆
毎年、この時期に私どもは家族で定例の「家族旅行」に出かけます。
大体、2泊3日ほどで、国内ばかりですが、年に一回の楽しみでもあります。
今までに近江八景のひとつとして知られる竹生島が
部屋より眺められる琵琶湖畔の旅館や、近郊のホテルなど色々ですが、
そういった際に「感動のサービス」というものを体験させていただきます。
例えば前述した琵琶湖畔の旅館に関しては、
到着した際に着物姿のサービス係りの方が本当に心底から、
「ようこそ、お越し下さいました。」と言って下さったり、
「夜半にお子様が起きられたらすぐに少し温かめのミルクを
ご用意させていただきますので、何なりとおっしゃって下さいませ。」といった
きめ細かいサービスを受けた際には本当に来てよかったなあと思います。
しかしながら、その逆の場合もあります。
いきなり到着するなり、「部屋はあっちです。」と言われたきり、
どこかへサービス係りのものが去ってしまったり、
夜中に子供が起きた際のミルクも頼んだらぶっきらぼうに
「そんなん、自分で温めて下さい。」と言われて一人、旅館の厨房にて湯煎する私、、、、。
また、夕食の際にも急に合間がかなり空いたので、
「すいません、次の料理はまだですか?」と配膳さんに言ったら
「すいません、ただ今、板長が帰る時でして、、、、。」とわけのわからないことを言われたり。
(ちなみに前者と後者は値段帯はほぼ同一です。)
前述した事項を体験した方々が、
私が思ったよりはるかにおられることがわかったのはYAHOOサイト上の
「2007年度 わが国における外食産業 業種別サービスランキング」というものを見たときでした。
何と「日本料理店及び旅館」業種はほぼ最下位ではありませんか!!
納得がいかず、詳細を調べてみると主に
「値段のわりにはサービスレベルが伴っていない。」ということが主な要因でした。
この「サービスレベル」という表現は予約時の電話での対応、
サービス係りの配膳さんのもてなし、料理の美味しさ、
玄関及び部屋などの空間などすべての意味をひとつにしたものであると思われます。
によってもっと細かく述べればその店の経営方針のあり方、
配膳及び調理場のシステムなども当然、「サービスレベル」に反映されるわけであります。
我々の日本料理という業界においてはまだまだ、
近代化されてないシステムが多々あると思いますので、
私は今後一つでも多く、そのようなものを是正して
日本料理業界全体のレベルの向上というものをコンセプトに心がけていきたいと思います。
投稿者 culin : 23:58
日本語の変化 ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
「子供におもちゃを買ってあげた。」
「犬に餌をあげる。」
「花に水をあげて。」
この言い方に違和感を覚える人も、
だんだん少なくなってきたのではないでしょうか?
本来、「あげる」というのは、「やる」の謙譲語。
だとすると自分の子供、犬や花に与えることを「あげる」というのは、
おかしなことですが、最近は、この「あげる」が謙譲語ではなく、
丁寧語として使われ始めています。
上記の言い方に違和感を覚える人たちも、
「部長にお茶を入れてあげた。」「おじいさんにお饅頭をあげた。」
なんて、「やる」の謙譲語として使うと逆に横柄な言い方に感じてしまうのではないでしょうか?
最近よく話題にのぼる言葉の乱れに、「ら」抜き言葉もあります。
「これ食べれますか?」「星が見れるよ。」という言い方です。
うちの子供たちは、みんな「ら」抜き言葉を使います。
最初は、その言葉遣いを矯正しようかと思っていたのですが、
周りの大人たちも含め、あまりにも多くの人が「ら」抜き言葉を使っているので、
ひょっとしたら、これも世の流れなのかなと思い始め、
ひとまず矯正するのはやめにして様子を見ています。
私自身の言葉遣いも、どれほど正しいのかわかりませんし、
専門家から言わせるとその言葉遣いはおかしいと言われるかもしれませんが、
「ら」抜き言葉には違和感を覚えるので、「ら」抜かず言葉で話しています。
そのうち、「ら」抜き言葉が定着し始めたら、「それ死語。」なんて言われるでしょうね。
平安時代の言葉をそのまま使っている人もいなければ、
言葉の意味も、時代時代でまったく違った意味になっていたり、
言葉というのはどんどん変化をしていきます。
文法的に合っていないから間違いなのではなく、
変化して違和感をもつ人が少なくなり、変化した言葉が定着してきたら、
その言葉に文法を合わせていけばいいのではないでしょうか?
投稿者 culin : 23:56
トマトの魅力 ◆ 瓢亭 髙橋義弘 ◆
グッと冷やして、サッと洗ってかぶりつく。
ほんのりと青臭い香りがふっと鼻をかすめ、
ザクッと噛み入れた瞬間に、
ジュワッと中から汁があふれ出す。
キンとした冷たさが歯を刺激し、
汁が口の中にあふれ出て、
おさまりきらずに頬を伝う。
口中がかゆくなるくらいの甘味が伝わり、
清涼感ある酸味が追いかけてくる。
あふれ出る汁が、なんとかこぼれない様に
息を吸い込みながら、さらにかぶりつく。
興奮度も高まる。
気が付いたら手はベタベタ。
それでも最後まで汁も残さず食べようと、必死でかぶりつく。
食べた後も口中だけでなく、
顔中にその香りと味の余韻がまとわり付く。
丸ごと一個食べ終わると、
いつの間にか汗も引いて、ほっとした気分。
あっ、手と口を洗わなきゃ!
赤く丸々として、はじけそうなくらいに身が詰まったトマト。
圧倒的に存在感のある、何者にも替えがたいこの風味。
こんなにもいろんな味を持った野菜が他にあっただろうか。
生で食べることが多いトマトは、加熱してもその存在感は変わりません。
トマトはうま味を持った野菜。
その活用法は無限大です。
今年の夏は、特によくトマトを食べました。
と言っても、ただ私がよく料理に使っていただけですけどね。
熱々で食べるトマトと若布の茶碗蒸し、
ホタテを使って冬瓜と一緒に炊いたトマトの冷やし鉢。
トマトと鱧の骨でだしをとって吸地に仕立てた鱧の煮物椀。
トマトをそのまま生で使うのではなく、
加熱することで食べやすく、違ったおいしさが楽しめる。
火を加える加減で適度な酸味を残してみたり、
じっくりと時間をかけてうま味を抽出してみたり。
組み合わせによっておいしさに広がりがある野菜、
魅力的です。
でもやっぱり冷たいトマトをかぶりつくのは大好きで、
微妙な青臭さがなんともたまりません。
今日も一個食べました。にひ。
投稿者 culin : 23:32
う゛~、暑い! ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
う゛~、暑い!
毎日暑い日が続きますね。
連日35度を超えるような猛暑でへばっております。
元気なのは子供たちだけでホースの水を掛け合いながら
キャッ、キャッと走り回ってるわけですが
大人の方はと言うとクーラーの効いた部屋の中にいたいと言うのが本音です。
これだけ暑いと不機嫌なのは人間だけではないようで
最近我が家のパソコン君も少々バテ気味。
クーラー全開の時と止めてる時とでは
かなり動きに差が出るようになって来ました。
2002年に買ったパソコンなのでもう5年。
この手のものは早い目に手を打っとかないとクラッシュしてからでは話にならないので
一大決心をしまして新たに買い換えることにしました。
新パソコンは現在、国際便で日本に向かってる途中です。
次回のブログを書く時は多分、新しいパソコンで書いてる事でしょう。
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さてさて、早いものでこのブログがスタートして1年が過ぎました。
そうしている間にも4月にはNPO法人化、
今月からは日本料理コンペティションの地区予選もスタートしました。
アカデミーメンバーも公私共に多忙でブログが書けない日も出てきました。
と言うことで原則は"日替わり"ですが100%毎日更新ができない状況もありますので
ブログのタイトルを「日替わりブログ」から「気まぐれブログ」に変更させていただきました。
タイトルはちょっと変わりましたが極力、更新はしたいと考えておりますので
ブログ担当者各位、ご協力をお願いいたします。
そして御覧の方々には今後とも当ブログを宜しくお願いいたします。
投稿者 culin : 23:59
残暑お見舞い申し上げます・・・ ◆ 修伯 吉田修久 ◆
残暑お見舞い申し上げます
お中元の時期も終盤ですが最近、
私はお中元にお肉を贈ることがあります。
それが結構喜ばれることが多くて、ふと考えると最近でこそ
贈り物にお肉は普通の事ですが、今から20年前では今ほどスーパーにも肉の種類も少なく、
霜降りの肉なんて見なかったように思います。
昨年、フェローシップでパスカルたちが来日したときパスカルたちが
スーパーなどでなぜもっと肉の内臓などがないのか?
日本人は内臓はあまり食べないんじゃないか?
食べるとしたらどんな食べ方をするのか?と質問してきました。
言われてみると、フランスでは脳みそや仔羊の舌など
日本では見かけることのないものまでたくさんありますが、
日本ではまず見かけることはありません。
内臓料理にしても、焼肉?土手煮?あまり思い浮かびません。
次に彼らは日本人は牛肉をいつからよく食べるようになったのか?と質問してきました。
牧場研修先でお伺いすると、明治時代から、今から約120年ほど前からだそうで
東海道本線が全線開通して東京に近江牛が流通するようになり全国に広まっていったそうです。
120年前と聞き彼らは納得していました。
ちなみに、東海道本線が開通するまでは、牛を引いて東京まで運んでいて、
すき焼きが主流だったそうです。
狂牛病などで少し肉離れする時期はありましたが、
牛肉好きの人はかなり増えてきたのではないでしょうか?
傾向は霜降りの柔らかい肉が人気がありますが、
柔らかく味のある肉、旨味成分の多い肉で
欲を言えば香りの良いものが良いんですが、
セバスチャン・ブラスも牧場に牛の歩くスペースがないと言ってビックリしていました。
聞くと肉を柔らかくするために歩かせる必要がないからで、
彼らに言わせると歩かせないと肉の旨味、香りが出ないそうで、
週に1日で良いから牛を歩かせてくれないか?と言ってました。
それはおもしろい、あまり牛肉の好きじゃない私は前から牛肉よりも
よく運動した地鶏のほうが好みで、断然、肉より魚です。
今いるそこの牧場長はフランス人の言ってることが理解できてないように見えましたが、
代が変わればひょっとすると理解してもらえるかもしれません。
柔らかい、旨味成分の多い牛肉を送ることができる日は近いかな?
投稿者 culin : 21:51
本日のぼやき その13 ◆ 滋賀 比良山荘 伊藤剛治 ◆
「 われ~は♪♪ う~みの~こ ♪♪ さす~うら~あいの~ ♪♪」
これは、「琵琶湖周航の歌」の歌い出しの部分でございます。
なになに? 琵琶湖は、淡水やのに、何で海の子なのかって?
なに言うたはりますねん。
近江の人間は偉大な琵琶湖の事を昔から“うみ”と呼び、この水がめに
生活をゆだねてきたのでございます。
昔は「近江を制する者は、天下を制す」と言われた要所であり、ほんまに恵まれた
土地やったのに・・・・。
まぁまぁまぁ・・・そう落ち込まんとガンバって行きまひょ。
ところで皆さん!! 世界中の海水と淡水の割合て知ってはりますか?
なんと、海水97%に対して淡水はたったの3%ですって!!
と、いう事は、3%しか生活用水は無いということか?
なに言うたはりますねん。
淡水すべてが生活用水になるとでも思うてはりますの?
まだまだ驚くのはこれからです。
生活に使える水は、全体のわずか0.008%ですって!!
ニッポンはありがたい国ですなー。
そして、わが近江も世界の要所になれるかも・・・???
合掌
投稿者 culin : 20:30
日本料理コンペティション地方予選大会始まる◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
8月7日京都調理師専門学校において第1回日本料理コンペティション、
近畿中国四国地区予選大会が行われた。
これを皮切りに全国で五箇所の予選が順次行われる。
大会の幕は切って落とされたわけだ。
来年二月八日の本選に向けて、
全国の日本料理人たちの熱き戦いが始まった。
私は大会副実行委員長として近畿中国四国地区予選大会に参加させていただいた。
思えば、委員長の栗栖基さんの招集でコンペティション委員会は
夜中の貸し会場に集まり、何度と会議を繰り返した。
最初の会から京都調理師専門学校の先生方には積極的に意見を述べて貰った。
もちろん、事務的な段取りの検討も幾度となくした。
しかし、本心は日本料理界を活性化させたい思いであり、
この明確な目標がどのように達成できるかを話し合った。
とりもなおさず、これからの日本料理を志す若い料理人たちに
いかに魅力的な夢が提案できるかという責任という
自らに向けられた刃を背負った話になっていった。
一番問題になったのは、どれだけ公明正大に行われているかという説得力であった。
それはコンペティションの信頼性でもある。
神経質なまでの気配りは京都調理師専門学校の先生方の原案があってこそ、
はじめて具体化できた。
予選会場は三十分の調理準備を経て、
すでに各人が提出したレシピに従って三時間の実技が始まる。
食材はそのレシピに従ってそろえられている。その点検に準備時間を当てる。
二人一組で十分おきに六組が調理を開始するスケジュールだ。
京都の夏。ただでさえ蒸して暑い。冷房が効いているとはいえ、
開場の雰囲気はいつになく重く暑い。
張りつめた緊張感は壊れそうにない。これも熱い。
息詰まる会場の雰囲気も調理が始まると、徐々に緩んでいった。
選手の強張った気配が調理に移っていったのだろう。
各人の頭の中は次の段取りがグルグル回っている。
そんな作業を通じて、人柄が顔を覗かせる。
さすがに予選を通過してきた人たちだ、
仕事の合間に見え隠れするそれがいかにも気持ちいい。
料理に一生懸命な人たちこそが醸し出せる雰囲気に接していると
不思議なありがたいという気持ちがこみ上げてくる。
次の世代がこのコンペティションを目標にしてくれるように
この会を育てて行ければと思った。
投稿者 culin : 21:38
New York CityとBroadway ◆ 懐石・宿 近又 鵜飼治二 ◆
休暇を利用して憧れのニューヨークへ1週間行ってまいりました。
8月1日関空よりデトロイト経由、ラガーディア空港着でした。
あまり飛行機の好きな私ではないのですが、
死ぬまでに世界の大都会ニューヨークだけは見ておきたいと
かねがね思っておりました。家族4人連れ。妻と娘と、息子です。
今回の目的は、第一にブロードウエイでミュージカルを見ること。
第二にエンパイヤーステートビルに昇ること、第三に自由の女神を見ること。
この三つでしたが、完全におのぼりさん状態ですね。
とにかく写真でよく見るとおりの街とビルの高さでしたが、
不思議にも古いビルと新しいビルとが調和しているように思えました。
知り合いの方に案内してもらったのですが、裏ニューヨークも見てきました.
Broadway Musical
BROADWAYはさすがにアメリカの魅力満載。そこにいるだけでわくわくしてしまいます。
【MAMMA MIA】と【HAIR SPRAY】
この2つのミュージカルを見ました。満席でした。ホールもすばらしいです。
英語の理解力がないので雰囲気だけを味わった感じですが、
ミュージカルは英語があってこそ出来たのではないかと思ってしまいます。
あの滑らかなことばの流れ。アメリカ人ならではの雰囲気、
ポーズが決まった瞬間のそのカッコよさは日本人にはちょっと無理なのではないでしょうか。
Empire State Building
最近の子にこのビルの名前をいっても知らない子がいます。そんなものなんですね。
確かに古くなったビルでした。このビルの中で1万人ほどの人が働いていると聞きました。
このビルは、気球のステーションとして作られたとも言われているそうで、
気球をてっぺんにつけてそこから乗り降りできるように考えたそうですが、
強風のため一度も実現しなかったそうです。
ここからマンハッタンを一望できますが、
もう一つ北に位置するTop of the rock というビルのほうがEmpireも見えて美しいですね。
自由の女神
まさに観光地です。船に乗っていかなければならないので、
順番待ちで長蛇の列、時間がもったいないので遠目から見ておきました。
傍の海辺にBattery Gardensというレストランがあります。
ここの食事は割りあい美味しかったですよ。
そのほか、CENTRAL PARK は穏やかな広すぎるほどの公園でした。
有名なGRAND CENTRAL Station も見る価値のある駅です。
駅構内には構内を見渡すことが出来るマイケルジョーダンがオナーのステーキハウスもあります。
マンハッタンには確か3つの橋がかかっています。
どの橋も見事な美しいものですが、その橋脚下がこれまたニューヨークらしかったです。
ただ夜はちょっと怖いかな!
いいところばかりを書きましたが、
日本のほうが優れているところがたくさんありました。
しかし、この街を見て力が湧いてくる人がいるそうです。
もし、そうなるのなら、訪れる価値は十分あると思います。
投稿者 culin : 22:30
ニューヨークに向けて。 ◆ 辻調理師専門学校 小山伸二 ◆
10月に迫ったニューヨークでの「日本料理フォーラム」に向けて、
渡航者ほぼ全員が集まっての講習のシミュレーションを行いました。
8月の大阪。辻調の日本料理の実習室、そして講習室。
その模様は、竹中さんとか、他の会員の方がブログに
あげていただけると思いますが(竹中さん、よろしく!)。
さて、みんな気になるのは、アメリカで、ニューヨークで、
日本料理をどんなアプローチで伝えるかということ。
もちろん、国内でもそうだが、講習会、講演会、シンポジウムなどなどで、
他者に、どんなコンセプトで、何を伝えるのか。
この部分は、参加者のあいだで共有していかなくてはいけない。
そのためにも、机上の論議だけではなく、実際に、集まり、話し、
料理を目の前にしての議論も欠かせない。
日本人のぼくたちでさえ引き込まれるお話。
その地見の深さを、どう、ニューヨークの料理人やジャーナリストに伝えるか。
まだまだ、議論はつづく。
それにしても、「鯖寿し」のミニ講習。
思わず職務を忘れて引き込まれました。
職人さんの仕事。やっぱり、凄い。
そして、なによりの、その場で試食できるシアワセ。
皆さん、ご苦労様でした! そして、ご馳走様です。
では、10月に向けて、がんばりましょう。
投稿者 culin : 23:44
私の好きな言葉11 ◆ 鶴清 田中信行 ◆
今回は世界一のエステティシャンと言われている、
今野華都子さんの言葉を載せさせていただきます。
「人生は楽しまなきゃならない。でもそれは決して楽をする事ではない。
小指でちょちょいとできる事をやっても誰も楽しくない。
どうせやるなら難しい事を乗り越えてこそ、本当の楽しさが得られるのだと。」という言葉です。
楽しい事ばかりしていても、人間は飽きると思います。
ですから、苦しい事を乗り越えたときの喜び、
そしてその後に来る楽しい出来事は、それを乗り越えた人とそうでない人とでは、
その喜びの大きさが何倍も違うのではないかと私は思います。
ですから、壁にぶち当たったときには、そこから逃げ出さず、
その壁を乗り越えていかなければいけないと思います。
もし、そこから逃げ出しても、また、すぐに壁にぶち当たると思います。
ですから、それを乗り越えない限り、壁は一生私たちの行く手をふさいでいくものだと思います。
しかし、その壁を乗り越えたとき、そこには大きな喜びがまっています。
そう考えると、どんな大きな壁にでも、どんな大きな苦しみでも、
それを乗り越えたとき、苦しみが大きければ大きいほど、
楽しみもまた、大きいものだと思います。
私も、嫌なことがあると、ついつい避けようとしますが、
これからは、その先の楽しみを期待して、立ち向かっていこうと思います。
投稿者 culin : 23:54
夏は川床茶会 ◆ 右源太・鳥居宏行 ◆
暑い日が続きますね。
ちょうど一年前の今日、「夏は朝茶」という題で、
茶の師匠にお招き頂いた朝茶の事について書きました。
京都の夏は無茶苦茶暑いので、この時期には暑さを避けて、
早朝の涼しい内に朝茶が催される…という内容です。
畳の上に藤むしろを敷き、障子を葭戸に替えた夏仕様の座敷は、
日本人の季節感を表現した、素晴らしい設えです。
ここ貴船では、夏季は貴船川の流れの上に床を張って川床料理を供していますが、
先日、お客様のリクエストにお応えして、この川床を使っての茶会を設えてみました。
①先ずは、床となる二本の青竹を立てて固定し、一方に短冊を、
もう一方には花入れを掛けます。(これがホンマの川床か…)
②次に、金屏風を立て、水屋と茶席を区切ります。
水屋には点て出し用の座卓を置いておきます。
③手前畳の場所に藤むしろを引き、風炉先屏風の代わりに竹で作った結界を置きます。
④今回は冷茶を点てるので、氷を削って瓶掛け?を作ります。
市場の氷屋さんで適当な大きさに切ってもらい、銀瓶を乗せる部分を少し削りました。
氷の下にはネル生地を敷いて、懐石盆に置いて、「氷瓶掛け」の完成です。
⑤客畳に紺毛氈を敷いて、川床茶席ができあがりました。
点前は略点前(お盆点)で点てます。
で、実際にお茶を戴いてみると…これはホントに楽しい!!
ちょっとやみ付きになりそうな位面白いので、
次回は川床茶席での、「夜咄しの茶事」をやってみようと思います。
茶の師匠が仰るには、夏季に夜咄しの茶事が行われないのは、
露地で明かりを点けたら、虫が大集合して大変な事になるからだそうです。
蝋燭の雰囲気は棄て難いが、虫には勝てへんやろし…
でも普段の川床の照明では面白ないなあ…
こればっかりは、実際にやってみんと解らんので、次回のブログでご報告させて頂きます。
写真① 客側から亭主側を見たところ。「氷瓶掛け」が涼しげでしょ?
写真② 亭主側から客側を臨む。短冊は師匠筆「清流間断無」、花は鉈籠に桔梗。
写真③ 氷瓶掛けと結界。氷が溶けたら、懐石盆から溢れてしまうので、
たまに拭き取ってやらないとエライ事に…
投稿者 culin : 21:33
七月十七日のフォーラム顛末記 ◆ 天喜 石川 輝宗 ◆
何回か前のブログで中東君が書いてくれていたのですが、
私たち石川親子は第3回芽生会フォーラムの講師をさせていただきました。
さて、いざするにあたり今回のテーマが温故知新と言うこともあり
親父と何やろうかと相談していた時に、ふと村田理事長が
'石川君の親父の源氏柚子バシッと決まってきれいやったわ'と
言ってくれたのを思い出し、まず1品目がこれに決まりました。
次に’今の若いもんこんなんしらんやろう’というわけで
古い婚礼料理をすることになりました。
'ごぼごぼ・・するする・・・まきまきや’と意味深な言葉なと共にです。
’夏やったら何か涼しげな料理がいいな'と言うわけでくじら豆腐と雲竜豆腐に決まりました。
さて、とりあえず試作やと言うことになり七月一日から
1日1品ずつ調理長と共に試作していきました。
どれも本当に中東君の書いていたとおりです。
特に雲竜豆腐など某有名店の豆腐を買ってきて試作したら
父が'輝宗か?試作ケチってこんな寒天で固めた豆腐買ってきたのは?’
'ちゃうで一番ええ豆腐や’昔からある古い豆腐店の豆腐で作ったらきちっと決まりました。
'豆腐100珍も昔の豆腐で無かったらできひんのやなー'と親子でしみじみと感じました。
そんなこんなで七月十七日のフォーラム終えることができました。
私にとっても料理長にとっても本当にいい経験となりました。
久しぶりに親父とひざ交えで会話することもできました。
祇園祭巡航当日にこんな試練を与えてくれた芽生会西地区の皆様、
試作の改良型くじら豆腐をおいしいといって食べていって
お褒め下さったお客様本当に感謝しております。
投稿者 culin : 23:58
床机 ◆ 岡庄 岡 豊雄 ◆
床机の歴史は古く500年位前と言われております。
昔の文献の中に武田信玄と上杉謙信が戦った川中島の戦いの中に
「信玄公は床机に腰を掛けたまま軍配団扇で謙信公の三尺の太刀を受け止めた。」とあります。
元々の床机のきっかけは河原の浅瀬に床机をおき、毛氈(もうせん)を敷き、
仕出しを頼んで芸妓・舞妓と遊んだのがきっかけだったようです。
それが床のきっかけだったのかも知れませんね。
実際、明治時代に鴨川の橋の下で、床机をだし料理を食べたと祖父に聞いたことがあります。
昔は七月・八月になると茶店や夜店で床机がそこら中に出て、
大にぎわいになりお祭り状態だったようです。
最近は縁側などで床机をだし、将棋を指している姿などはほとんど見かけなくなりましたね。
夏の風情を感じる床机をあまり見かけなくなり少し残念です。
投稿者 culin : 23:23
家庭料理が心配です ◆ 大和学園 仲田 雅博 ◆
家庭料理が心配です。
近頃の家庭では、料理を作って食べるから、
買って食べる時代へと徐々にシフトして来ています。
現在では、外食産業より中食産業が、本当に盛んです。
平成15年の総務省「家計調査」の資料では外食は少し鈍っているが
中食においては、まだ伸びている傾向であるといわれています。
この原因は、私たちの生活サイクルが大変忙しくなって来ていることと、
中食業界の躍進的な営業努力と社会のニーズが合致した事の原因が挙げられると思います。
また、料理を作る楽しさが忘れ去られる時代ともなってきました。
料理を作る楽しさや家庭料理の大切さを感じる人が、
大変少なくなっているのは残念で仕方が無い事です。
しかし、今の時代食べる楽しさを求めている人たちは、
テレビや雑誌を見ている限りでは大変多いのではと感じています。
食べるのは好きだが、作るのは手間で、
後片付けも手間で邪魔くさいと言うことで、
料理をする人が無くなるのではと心配になってきます。
今の家庭環境を見てみると、多くの家庭では料理を教えるお母さんや
おばあさんが少なくなっているのも事実です。
大変残念なことでもあります。
今では、家庭料理を教えるのは、家の人たちではなく、
私どものような料理教室や料理本、雑誌、テレビ等が多くなっています。
家庭料理は私たちが健康で元気に生きていく上で一番大切な食事だと思っています。
家庭料理が無くなることで、現代病と言われている生活習慣病の予備軍を
大勢作ってしまう事になってしまうように思っています。
私たちの料理スクールでは、家庭で手軽に出来る、
簡単で美味しい料理を柱に家庭料理を指導させていただいております。
これはプロの料理ではなく、家庭を楽しむ家庭料理のプロが
作り上げると言った姿勢で指導させていただいています。
私どものインストラクターは、料理を教えるだけでなく、
料理の楽しさを教える指導にも力を入れております。
私どもの小さな力が、将来の大きな家庭料理の伝統の力になれるよう
頑張りたいと思う次第です。
ぜひ、料理に関わる全ての人に、
料理を作る楽しさを伝授していただきたい物です。
投稿者 culin : 21:48