酒器 ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
写真の徳利は最近購入したものですが、非常に気に入っています。
この写真を見る限りでは全く分からないと思いますが、実は唐津焼なのです。
しかも朝鮮唐津だというのですがとてもとてもそうは見えません。
この徳利の作者は「窯変朝鮮唐津」と言っていますが、
間近で見ても、手に取りじっくり触ってみても、「これが朝鮮唐津?」って感じです。
これは施釉陶器というよりも寧ろ無釉の焼締陶器のようで、
胴部分にでている火色はまさに備前焼のそれに近い気がします。
口辺部をじっくり見ますと、なるほど、確かに釉薬が流れた痕跡が
僅かではありますが見ることが出来ます。
しかし私にとってそんなことはどうでも良いことでして、
この気色、重さ、感触、使い勝手全て素晴らしく、
ピサの斜塔のようにやや斜めに傾いていても、
メタボリックシンドロームのように下腹が突き出ていても、
私にとってはそれがかえって良い気色を作り出しているのだと思います。
青山二郎氏旧蔵の有名な無地唐津の盃「虫歯」を何となく想起させるような可愛らしさがあります。
私はこの徳利はやはり素人の手によるものでなく、
しっかりと計算されて作成されたものだと思います。
どっぷりしている割に案外軽く、火色が美しく出て、口の部分は非常に丁寧に削られ、
すぼみ気味の腰の部分とのバランスが良く、美しい造形となっています。
徳利の横の盃は、入角に形成された志野です。
徳利と同じく現代に作られたものですが、桃山時代の志野盃を精巧にうつしたもので
これまたお気に入りの盃の1つです。
私は個人的には所謂「土もの」に於ける日本製の徳利は
唐津か備前が最も良いと思います。
桃山時代の織部や志野の徳利も見たことはありますがあまり好きではありません。
盃に関して言えば唐津、備前、萩、志野、黄瀬戸が好きです。
特に無地唐津か皮鯨の盃、もしくは黄瀬戸の六角盃で「油揚手」で
「胆ぱん」が出ていれば最高です。
えらそうに書きましたが、実は私はお酒があまり強くありません。
けれど徳利や盃といった酒器は大好きで、良い物を見つければ直ぐに欲しくなります。
二つの違う土地で作られた徳利と盃を並べてみましたが、意外としっくりきているようです。
徳利の傾き加減で二つの酒器が仲良く寄り添っているようにも見えます。・・・私だけでしょうか?
因みに私は決してコレクターではありません。お客様に使う器を集めているだけです。
投稿者 culin : 21:06
お金がない ◆ 武庫川女子大 大森いさみ ◆
現在、今年度の日本料理フェローシップの実施にむけて、
毎日何度も、フランスとやりとりをしています。
昨年度の参加者であるパスカル・バルボ氏、ジャック・デコレ氏、
そしてセバスチャン・ブラス氏の協力を得ながら、
フランス人シェフたちとの面談を在仏コーディネーターの相原さんが行っています。
昨年度の日本料理フェローシップ、華やかな(?)表舞台のかげで、
当然のことながら、いろいろありました。
が、期間中を通しての大騒ぎが「お金がない!!」でした。
ご存知のように欧米の人たちは、日本人に比べて現金を持ち歩きません。
ご他聞にもれず、来日したフランス人たちも、現金をほとんど持ってきていませんでした。
所持金は数千円程度。
“クレジットカードを持っていれば、世界中どこでも、いつでも現金をおろすことができる♪”が、
今や、世界の都市では常識となりつつあります。
しかし!!1200年の都、京都は違ったのでした・・・。
来日4日目、「お金がない!銀行に連れて行って~」と懇願する彼らをつれて、
銀行に行ってびっくりしました!
なんと、ATMが海外発行のクレジットカードに対応していなかったのです。
現金をおろすことができないことを知って、フランス人シェフたちは、
四条烏丸にある銀行のロビーで大騒ぎ。
(「日本の銀行ではクレジットカードが使えないのか?」
「使えるようにする方法はないのか」などなど、
バカでかい声で口々にまくしたてるので、まさに蜂の巣をつついたような騒ぎ!)
シェフたちは、研修にいかなければならないので、
私が3人のシェフたちのクレジットカードを預かり、お金をおろしに行くことになりました。
ところが、海外対応のATMがどこにあるのかを知るだけで、
3つの銀行と郵便局に聞いてまわらなければならなかったのです。
カード会社の海外発行カード担当窓口に電話しても、
銀行の窓口の人に聞いてもわからないなんて…。
なにが「YOKOSO,JAPAN」や!!って思ってしまいました。
そして、四条河原町から新町までの間にある海外発行カード対応のATMは、わずかに4ヶ所。
信じられますか?(今は、もう少し増えているのかしらん??)
それだけではありません。
やっと見つけた海外対応のATMでも、フランスの銀行が口座の開示拒否をしているとかなんとかで、
出金できたのはジャック・デコレ氏のカードのみ。
当然のごとく、その結果を聞いて、フランス人シェフたちは、
「どうして??3週間前、NYでこのカードを使って現金をおろしたよ!」
「出金金額を少なくして試してくれた?」と、大騒ぎ!!!
結局、フランス人御一行は、フランスから同行した
コーディネーターの相原さんに多額の借金を重ね、
京都での日程を終えたのでした。
(研修先で、包丁、味噌、杉板などなど大量発注をした、
まではよかったのですが、品物が届き、代金を払う「お金がない!」だったのでした。)
ところが、京都では、半日駆けずりまわってもおろすことができなかった現金を、
フランス人たちは、大阪では、到着1時間後に、手にすることができたのです。
唖然としました。
後で聞くと、外国人にとって、京都に「銀行がない!」のは有名な話だとのこと。
京都の偉い皆様がた!国際観光都市を標榜するのなら、
海外発行カード対応のATMぐらい、ごく当たり前に、
街なかに設置していただけませんか?
せめて、対応ATMの設置場所の地図を
各金融機関に置いてくださいませ。
できれば、今年度のフェローシップ実施までに!!!!
投稿者 culin : 21:59
素晴らしいフレンチⅠ ◆ 木乃婦 髙橋拓児 ◆
2日間、東京出張に行っておりました。
仕事はそこそこにしておいて、私の楽しみはフレンチ!
今回は2泊なのでディナー2回!なんて、贅沢!!
白金台のK店と三田のC店というお店に行きました。
前者はシェフが32歳、かたや後者はフレンチの重鎮で57歳、
東京で最も注目されているお二方です。
今回のブログはK店についてお話したいと思います。
K店には初日に寄せていただきました。
私は料理評論家ではないので、彼の料理に対して、
「まったりとしていて、それでいて、すっと消える。」なんてことは言いません。
同じ料理を志すものとして(自分のレベルは無視するとして)、
素晴らしい哲学にいつも感動するのです。
K店のKさんは、「プロデュイ(素材)を尊重する」・「キュイソン(火の入れ方)を追求する」
「アセゾネ(味つけ)を配慮する」を掲げておられます。
新しいフレンチの発想です。
これは彼の師であるパスカル・バルボ氏の影響だと思います。
今年の冬、アカデミーのメンバーとフランスに事業で行ったとき、
バルボ氏に市場を案内していただきました。
彼は、全ての食材を同じところで買うのではなく、
15軒以上回ってその店の得意な最高の食材だけを買っていきます。
そして、値段は言い値で買っていきます。
鶏肉、鴨肉、フォアグラも生で食べられそうなくらい美味しそうでした。
おそらく、Kさんもバルボ氏と同じなのでしょう。
そして、ソースを脇役にし、素材を究極まで突き詰めて構築していくK氏の料理は、
日本料理自体の哲学に非常に近いと思いました。
それでいながら、自分自身のアイデンティティを追及されるその姿勢には感銘を受けます。
本当に「やる気」を頂いた有り難い一軒でした。
ちなみに、彼のスペシャリテはオリーブオイルが主役の「山羊乳のババロア」です。
投稿者 culin : 12:29
おじいちゃんのまな板 ◆ 銀水 山岸裕明 ◆
私の店には4枚の木のまな板があります。
90cm×180㎝ぐらいの大きさで造りを引くのに活躍しています。
銀杏の木が2枚と檜が2枚です。
銀杏の方は20年ほど前に買ったものですが、
檜の方は祖父が作ったカウンターを昭和45年になくした時にまな板に造り替えた物です。
祖父がカウンターを作ったのが昭和26年頃ですから、
木自体はその頃の物と推察されます。
今年は今まで造り場にいた伯父が体調を崩したので、
私が造りを引いているのですが私が子供の頃に祖父がその前に立っていたまな板の前に、
いま私が立っていると思うと感慨を覚えます。
祖父の鱧の骨きりをしている姿や、鯛を三枚におろしている姿などが思い出されます。
また、そんな昔のまな板がまだ現役で頑張っている、命あるものへの畏敬の念も感じます。
しかし毎年少しずつ削るので今では厚さ5㎝ぐらいに薄くなりました。
今でも削りたてを使う時には檜のいい香りがします。
投稿者 culin : 22:18
昆布生産の視察と生産者の方との交流◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
先般、近又の鵜飼さんも書いておられましたが、
7月4日~6日まで京都市教育委員会の管外視察として
「昆布の産地の視察と生産者の方との交流」を目的として
礼文島へ行ってまいりました。
礼文島は香深,船泊と特級の品質を
保持する昆布が取れるところで有名です。
意外にもそれらの昆布は浜の目の前の
海辺で取れるのに驚きました。
岸辺から2~3メートルも
沖に出たところに群生していました。
さて、昆布のことを書き出せばいっぱいネタは
あるのですが今日は昆布そのものより
私が現地との交流で感じたことを書きたいと思います。
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今回は昆布サミットと言うものが開かれ、
そこで町長さんを初め、観光業界、漁業業界の方々と
お話をさせて頂く機会があり昆布全般について
いろいろ伺いました。
我々料理の業会では礼文島の香深、前泊の昆布は
上質でピュアなだしが取れる昆布と言うことで
大変値段も高く、重宝されておりますが、
礼文島の人は(というより北海道の人は)
あまり昆布を食べないそうです。
ましてやそれらの昆布がどれだけ高級で
料理の世界で大切にされているかということを
知らない人が多いようです。
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ですから昆布の収穫、生産に携わっている人口は
どんどん減っていっているそうです。
昆布は見た目以上に収穫から製品化、出荷と労力と
時間を要する食品ですのでなおさらなようです。
我々アカデミーのメンバーは3人視察に参加させて
いただきましたが、みな昆布の重要さを熱く語って来ました。
そうすることによって礼文の方々にも我々料理人から見た
昆布の素晴らしさ重要さのみならず、
ホンマものはこれだけ多くの人の手に係り時間をかけて
出来上がってくるという食育にもつながることを
認識していただき、より一層の昆布生産に誇りを
持っていただき、さらによい昆布を作っていただく。
そうすることによって島全体の人にそういう空気が
流れればより多くの人々が昆布生産に携わるようになり、
昆布の安定供給へ繋がるのでないかと感じました。
島から出て行く若者も減っていくことでしょう。
投稿者 culin : 23:26
胡瓜 ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
胡瓜の名前の由来は中国西域(原産地はインド)の「胡」の国より伝来したとか、
昔は現在の様に緑色のものを生で食べるので無く、
瓜の様に黄色くなったものを火を通して食べていたため
「黄瓜」から「きゅうり」と呼ばれるようになったなど諸説があります。
実際に胡瓜は「サラダ」と言う概念が戦後に広がるまでは葛引きにしたり、
漬物として食べるのが一般的でした。
とくに白胡瓜「あさかぜ」はそんな昔ながらの在来種で、
味は白い部分の皮は柔らかく中心の種の部分は多いですが甘味もあり、
美味で京都の昔ながらの野菜です。
大阪では「ケマ胡瓜」とも呼ばれているようです。
あと「四葉(すうよ)胡瓜」と呼ばれる、イボイボ胡瓜も有りますね。
歯切れがよくカリッとした食感がいいのですが、共に日持ちがしない為、
最近はあまり流通しないのが、残念なところです。
胡瓜には「カリウム」が多く含まれており、むくみやだるさの解消効果が期待できます。
但しアスコルビナーゼという物質を含み、これがビタミンCを壊す作用があるので、
生で食べる場合、酢を加えると抑えることが出来ます。
そういう意味では「胡瓜の酢の物」と言うのは理にかなった食べ方で
昔の人の智恵には改めて驚かされますね。
投稿者 culin : 23:50
夏休みの宿題 ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
ある朝、何気ない家族の会話の中で小学校3年の娘が夏休みの宿題について、
今年の自由研究のテーマを何にするか?思い悩んでいる様子であった。
因みに去年の宿題は沖縄旅行の際に海辺で収集した貝殻の生態研究であり、
私としては可愛い娘のために少し手を貸すつもりで、何気無く娘の社会科の教科書を覗いた、
すると偶然にも「古都京都の世界文化遺産17社寺・城」というタイトルが目に入ったので、
私から不用意に今年は京都にある世界文化遺産巡りを自由研究のテーマにしてみてわぁ!と
娘に問いかけたところ、娘もあれこれ考えるのが面倒くさいのか、
スンナリと私の意見を受け入れてきた。
しかし、夏休み中に京都に点在する世界文化遺産巡りをお互いのスケジュールを調整して
決行するのは、よほど緻密な時間スケジュールを組むか、身内の手助けがない限り難しく、
これには発案者自信、少し戸惑いを感じた。
けれど父親として言い出した以上は今更、仕事の都合で娘の自由研究のテーマを
変更させるのも誠に忍びがたく、結果として夏休みに入る前からこの計画を実行する事になった。
そこで娘が最初に選んだ場所が、金閣寺・銀閣寺でそこに向かう途中、
竜安寺が近いのにきづき、まずは竜安寺、ついで金閣寺、銀閣寺の順に拝観することになった。
その日は、梅雨前線が活発に活動する中、時折降り出す激しい雨に足もとを気にしながら名所、
旧跡を見学することになり、観光客もさほど多くなく、思ったよりゆっくり石庭や墨蹟と対座し
思慮することができた。
何よりも素晴しかったのは、この時候により幽かに靄がかかった木々の緑と
庭一面を覆いつくす種々の苔が創り出した幽玄の世界、おそらく晴天時には見ることのできない、
神秘的で人為的に創られた庭とは想像もできないほど自然に同化した回遊式庭園、
おそらく500年以上の月日をかけて今日まで受け継がれてきた日本古来の自然美はまさに、
わが国独自のものであり、心行くまで内面的な美しさを堪能できたことである。
その後、これまた中世期の日本を代表する建造物として名高い鹿苑寺・慈照寺、
いうまでもなく北山文化(3代将軍 足利 義満)と東山文化(8代将軍 足利 義政)の
象徴ともいうべき建造物であり、鎌倉末期から室町時代の日本的文化の発展過程を
目の当たりにでき、とても有意義な時間を過ごすことができた。
質実剛健であり明るく華やいだ雰囲気を醸し出す鹿苑寺、
これまたそれ以上に内面美と幽玄性を追求し義政公の美的センスを投影した枯淡の極め慈照寺、
この一見対極にあると見える二元的な両仏閣は見る者の感受性によって
どちらの美意識をも超越したところに存在し、華やかさと侘びた風情の両面をあわせ持っていて、
その中に宇宙的空間を創り上げている。
このような歴史的建造物がわが町京都にはいくつも点在し、
文化・芸術レベルの高い環境の中で日々生活できること自体、幸と感謝の念を抱き
京都に愛着を感じる。
その日の最終見学地である慈照寺を後に、帰宅途中、娘との会話の中で
金閣寺と銀閣寺のどちらが好きかと質問したところ、娘は間髪いれず、
なんとなく銀閣寺のほうが好きと答えてくれた。
まだ小学校3年生に何がどのように好きで、
どの部分が比較して好ましいなどと答えられる理由がなく、
ただ漠然と庭園を散策して視覚的に直感で答えているのである。
しかしながらこのような経験を数多く体験することにより
日本人としての文化的アイデンティティーも育まれ、
この年代であればこそ、予備知識に頼ることなく素直に体感し、
自己のなかに日本的自然美を蓄積していくことができるではなかろうか?
現在、拝観できた文化遺産は5箇所、残る12箇所に馳せる想いを親子ともども
楽しみに待ちわびながら、次の目的地に向かうスケジュール調整に追われる今日である。
投稿者 culin : 23:03
京の夏 ◆ 料亭旅館 清和荘 竹中 徹男 ◆
7月の祇園祭も後半にはいって「宵山」、「山鉾巡行」の頃になると
梅雨も明け「夏本番」となります。
加茂川の納涼床、貴船の川床、そして上七軒のビヤガーデンと
蒸し暑い京の夏を少しでも涼しく過ごそうと、昔の人は良く考えた
ものだと思います。
しかしこのごろは「地球温暖化」の影響でしょうか、梅雨も長引き
スコールのような雨が降り、挙げ句の果てに地震も多発!
「やっぱり神さん 怒ったはるわ!」
ちょっとクーラーも消して、テレビもラジオもスイッチを切って
水浴びをしてから浴衣か甚平に着替え、子供と縁側ですいか
の種飛ばしでもしましょうか?
風鈴の「ちりんちりん」と言う涼しげな音色と共に蚊取り線香
の香がしてくると、本当に京都の「夏」!
こんな過ごし方が出来る国「日本」を残しましょう。
夕暮れは打ち水をして、胡瓜と茄子のおどぼ(どぼ漬け)で
冷酒を一杯やりますか?
日本人に産まれて良かった。
投稿者 culin : 21:27
京都の祝膳 ◆ 美山荘 中東 久人 ◆
私は とっても感動しております。
と言いますのは、芽生会という老舗料理屋の会で年4回
大和学園で料理フォーラムを行っているのですが、
今回は 天ぷらで有名な料亭“天喜”のご主人 石川輝夫さまに講師としてお越しいただき
“京の祝膳”を何品か作っていただきました。
内容は、祝肴三種(数の子粕漬け・巻するめ・結び牛蒡)・ひれふくさ仕立て・
合せはまぐり・雲竜豆腐・くじら豆腐・鼈甲生姜・御所柚子の合計9品です。
これらは本当に手間のかかる料理ばかりで、一週間とかかけて仕込むものや(数の子)
これどうやって結んだのか何回聞いてもできないもの(むすび牛蒡)などなど
昔の料理人の発想の凄さに驚かされてしまいました。
“手間”とは料理人の為にある言葉ではなく、お客様の為にある。
そのことを今回の小さな一切れ一切れの料理には煌びやかな豪華さは無い、
しかしその奥ゆかしさを感じた時、じわ~と涙がにじみ有難い気持ちにさせられました。
昔の人は、これらの料理を出され感動を覚えた、、、
それは、昔の人はその料理人の苦労(手間)を解っていたからこそ、
その地味な祝膳に“持て成し”の心を感じていたのだと思いました。
やはり、小手先だけでは人をびっくりさせられても、感動はさせられないという事を
再確認させられたフォーラムであり、日本人を感じたフォーラムでもありました。
次回フォーラムは9月18日で「文人会席」がテーマです。
今度は何が学べるかな~。
投稿者 culin : 23:51
祇園万灯会に参加して ◆ 美濃吉 佐竹洋治 ◆
祇園祭りも始まり、京都全体が「祭り気分」にて賑わっている中の7月10日の日に
私は「祇園万灯会」主催の「お迎え提灯」に参加しました。
昨年より初めて参加するようになり、
当時、私は正直「単なる祭りの行事で歩くだけで、その辺りの暇人が参加しているのかな?」と
軽い気持ちで指定された集合場所に行ったら何と、京都の料理界を代表する方ばかりが
集まっておりまして、身が縮んだ記憶があります。
そもそもこの「祇園万灯会」はかなり昔から結成されており、
まず、当日の昼過ぎに集合しまして、皆、着物に着替え、
その後夕刻前に八坂神社を出発して四条通りを練りながら市役所へ。
そして子供たちの小町踊り、祇園祭り音頭の舞踊が披露され、再び八坂神社へ戻るわけであります。
その後、八坂神社の三基の神輿を鴨川の水にて清める神輿洗いが行われ、
この日は終わるのであるが、今年は運悪く大雨の影響で、八坂神社を出発したものの、
市役所まではたどり着けずに結局、例年の市役所前での舞踊は決行できずじまいでした。
それにしても、この日に行われる神輿洗の行事は優雅でスローな山鉾巡行とは対照的な
勇壮な神事で、間近で見ると、圧倒されるぐらいなものでありまして、
内心、皆、忙しい方ばかりが集まってよくこんな大掛かりな行事をしているなあとつくづく思います。
京都の料理屋のご主人の共通点を私の個人的な視点からみてみると、
前述した「伝統行事」には皆、真剣になって必死にその行事を盛り上げようと
されるところにあると思われます。
無論、無償でしかもどんな忙しい時期においても参加されるので、
それだけ、「京都の文化」というものを継続させてまた、発展させるためにはどうすればいいか?
ということも常に考えていらっしゃるので、まだまだ私にはその余裕もないし、
そのような意気込みもないですので、今後のビジョンとして今回のような
京都全体の伝統的な行事には可能な限り参加して「京都」という土地を
盛り上げていきたいと思います。
投稿者 culin : 22:47
情報について ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
マスコミの報道は最たるものだが、世論調査なども含め、
あらゆる調査や統計は、ある程度、その調査を実施している人の意図どおりに動かされている。
質問も、人間の脳というものの特性をうまく利用してなされるため、
知らず知らずのうちに大半の人がその答えを導き出すように仕向けてある。
「あなたは、今の生活に満足していますか?」なんてよくある質問だが、
よほど不満を抱いている人以外は、「はい」と答えてしまう。
また逆に、「あなたは、今の生活に不満がありますか?」という質問に対しては、
同様に、よほど今の生活に満足している人以外は、「はい」と答えてしまう。
まったく同じ内容の質問であるにもかかわらず、結果が正反対になるのである。
どういうことかというと、人間の脳のというものは、「満足していますか」と言う質問に対して、
「満足していること」だけを今までの記憶の中から探し出していく。
また、逆に、「不満ですか」と言う質問に対しては、「不満なこと」だけを、探し出していく。
1つでも見つかったら、「はい」と答えてしまうのである。
この二つの質問で、人間の脳は、満足している内容と不満の内容とをどちらも出してみて、
比較し、よりたくさんある方を選ぶということは、決してしないのである。
つまり、調査や統計というものは、質問の仕方によって、ある程度、
調査する人の意図どおりの結果になるのだという。
大学時代に情報学で学んだことは、情報を正確に読み取るためには、
「この情報で、一番得をする人は誰か?」ということを常に考えてみよということであった。
それがわかれば、情報の全容が掴める。
それともうひとつ。「うまい話は絶対にない」ということ。
わたしにとって魅力のある情報に出くわしたとき、私がいつも尋ねるのは、
「私に対してのメリットは十分わかりました。しかし、あなたにとってのメリットは何ですか?」
あなたにとってのメリット。
それが納得のいくものだったら、話しの続きを聞いてもいい。
情報は意図的なものである。
「この情報で、一番得する人は誰か」その一言に尽きる。
投稿者 culin : 23:58
鉾の事故現場から ◆ 嵐山辨慶 礒橋輝彦 ◆
昨日は日本の三大祭の一つ祇園祭の山鉾巡行が開催されました。
私はボランティアで四条新町で鉾の辻回しの際の沿道整理をしてました。
みんな中々言う事を聞かないですねー
自転車から降りてくださいといっても降りない人
注意すれば条件反射に目をそむける人
まったく無視を続ける人たちを日中整理しておりました。
しかし、鉾全部の辻回しを拝見でき、とてもよい経験をしましたし、
祭の大切さや、文化の保存への興味が少しづつではありますが
こんな私にも芽生えた一日でした。
そしてすべての辻回しが終り後は直進の船鉾を見送るだけとなったその時、
止まらず通過の鉾が急ブレーキ!!
見事に信号に屋根がぶち当たっていました。
うがっている私はすぐにあ~ぁ何千万円かかんにゃろーと
文化財にお金がかかる瞬間を感じました。
皆さん重要文化財は大切にしましょうね
投稿者 culin : 21:43
観能 ◆ 瓢亭 髙橋義弘 ◆
最近、能に触れる機会が増えました。
というより好きで自分で見に行くようになったんですが、
今はただ、その世界観の広さに、圧倒されています。
これまでにも能に対して興味を持っていましたが、
はじめて目の当たりにしたとき、
涙があふれてしまいました。
それはとても衝撃的でした。
笛・小鼓・大鼓・太鼓・謡、
囃子が始まり、その独特の間合いに期待と興奮が沸き起こりました。
調子の良い部分はもちろんですが、
音の無い部分にも自分が何を思っていたのかわかりませんが、
手に汗がにじみ出て、ドキドキしていたのを覚えています。
そして、静寂と躍動が入り混じる調子に合わせ、主役が登場する。
鬼の面をつけ、派手やかな衣装を身にまとい、
ゆっくりなようで激しく舞う様は、人の気配ではなく、
鬼のオーラを放っていたように感じました。
作られた面であるにもかかわらず、その面に豊かな表情が現れる。
目つきや口元、頬の辺りに変化が見られたように思う。
そんな人を超えた舞と躍動する囃子の調子に
ものすごい緊張感を覚え、息を呑みました。
それからというもの、少しずつですが、
実際に観にいったり、能に関する資料を集めたり、本を読んだりしています。
はじめは知識がないと観るのが難しいと思っていましたが、
どこの舞台でも、初めての方にも能がわかりやすいように、
演目の解説や囃子のことなど、簡単なしおりが付いていて、
見やすくなっていました。
先日、観にいった演目(隅田川)の中にも、
我が子をさらわれた母親が、非業の死を遂げたその子の霊を見る場面がありました。
しおりを読んであらすじを理解していたこともありますが、
それはとても感慨深い場面でした。
母親の振りとしては、両手で自分の目を軽く覆うだけ。
大して大きな動きがあったわけでもなく、
微妙なまでの所作であるにもかかわらず、
こんなに悲しいことがあろうか、と思うほどでした。
お客さんの中にもすすり泣く声が聞こえていました。
世阿弥が能を完成させたのは600年前の室町時代といいます。
伝統芸能として今日まで受け継がれてきたことの意義は深く、
そこに「日本の美」があるといいます。
遅ればせながら、私は今、世阿弥が書いた『風姿花伝』を読んでいます。
限られた空間で、人の思いがどのように表現され、
そこに何を観るのか。
世阿弥の芸術論を探ると同時に、少しでもその人となりを知りたいと思い、
能の世界に興味を持ちました。
こうした現代に息づく伝統芸能には、様々な日本的要素が存在しています。
現代のようなグローバル社会においてこそ、
必要な要素が多聞にあるのではないでしょうか。
これからさらに楽しくなりそうです。
投稿者 culin : 23:54
祇園祭 ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
台風4号による被害の出た地域の皆さん、お見舞い申し上げます。
さて、京都では丁度祇園祭の真っ只中、梅雨の長雨と台風のダブルパンチで
どうなる事かと心配でしたが山鉾に被害も無く、無事本日宵々山、明日宵山、
そして明後日の17日には山鉾巡行を迎えます。
台風のさなかはさすがに山や鉾は飾りを取り払い、骨組みだけの状態でしたが
本日より、再び飾り付けをしての本来の姿で夏の京都を代表するイベント、
山鉾巡行を待っています。
さて宵山、宵々山ですが、私の子供の頃は風情があったものですが
最近は少し様子が変わってしまったようです。
昔は床机などが並び、色々な夜店が並んだものですが
今は四条通はひたすら人の行列、後ろも前も人だらけ、
夜店はと言うとたこ焼き、焼そば、カキ氷とビールにジュースぐらい、
それが延々と続いている感じです。
また、日本全国、どこの祭もそうなのでしょうが
暴走族がバイクでの乗り入れができないので特攻服?を着たままで
旗を振りながら歩く様は異様な雰囲気です。
どうにかならないものでしょうか・・・。
昔の祭の雰囲気はもう取り戻せないのかもしれないと思うと寂しい気もします。
大切な日本の文化ですから日本人自身が守っていかなければならないのですけどね。
投稿者 culin : 21:01
French regular customer ◆ 修伯 吉田修久 ◆
ここ最近約2ヶ月ごとにフランス人のお客様がわざわざ
フランスのパリから京都に観光に来られて私の店に訪れてくれます。
先日も予約を入れていただきお越しいただきました。
海外のお客様は多いのですが、なぜかフランス人というと
いろいろと彼らの好みを聞きたくなります。
その方は日本の食に大変興味を持っておられて、
聞けば毎回滞在期間3週間の食事はすべて和食だそうです。
彼はしきりに京都の和食はほんとに美味しいといっています。
2月に来られたときは天然のふぐの焼き白子をお出ししたら大変感動されて、
説明するのに苦労しましたが、「仔牛の脳みそと似てる?」と聞くと、
「似ているがそれよりもピュアな味だ」と言っていました。
今回はいろいろ貝類をお出ししたところ、
蛤を「海の味と香りがしてトレビア~ン」と言っていました。
ウニもお出ししたところ「海の味がして大変美味しい。
フランスでは食べることが出来ない」と言っていました。
ウニは昨年パスカルがフェローシップで来日したときに、
淡路のウニと北海道のウニを食べ比べたときにしきりに「海の味」に注目していたので、
味の強いウニを出したところ大変喜ばれました。
鮎の内臓も問題なく、しかし、少し物足りなく思ってるように感じました。
80歳のボキューズの奥さんが3人いてみんな一緒に暮らしている事や、
パリのワインのストック種類で有名なベトナム料理店の裏話など
毎回いろんな話を聞かせてくれます。
こういった海外のお客様はホテルのコンシェルジュからの紹介もありますが、
ほとんどの方は一度来られたお客様の紹介が多くかなりの高い確率で
二度、三度と来ていただけます。
海外のすべてのお客様が共通して
「自分の国の日本料理店と京都の日本料理店と本当に違って、
京都に来てみて日本料理の美味しさが分かった」と言ってくれます。
まだ海外では日本料理のことはあまり知られていない事が分かります。
日本人がフランス料理を理解しているように、パリのレストランに日本人が多いように、
もっとたくさんの外国のお客様が日本の日本料理店で食事をする姿を
見られる日は近いような気がします。
投稿者 culin : 22:22
本日のぼやき その12 ◆ 滋賀 比良山荘 伊藤剛治 ◆
先日、何気なくテレビを観ていたら、
「北の国から」でも有名な倉本聡さんが出ておられました。
平成17年に、「富良野自然塾」というNPO法人をつくられたんだそうです。
その事業内容は、もともとゴルフコースだった土地を昔の森に還す事業、
そしてそのフィールドを利用した環境教育事業だそうです。
その自然塾の施設の中に「地球の道」という460メートルの遊歩道があります。
地球の誕生から今日までの自然や生物の移り変わりを回りに描写してあります。
この道がなぜ“460メートル”なのか?
それが大変ユニークなんです。
みなさん!!地球ができて何年か知ってはりますか?
46億年ですって!!
だから、「地球の道」は460メートルなんです。わかりますか?
わからない人もいるだろうなぁー!!
1メートル1000万年 10メートル1億年
つまり460メートル46億年 わからはりましたぁ?
地球の誕生から現在までの、なが~い なが~い時間を、
460メートル歩く事によって体感して貰おうという趣向なんです。
地球をミニチュアにしたのではなく、地球誕生からの時間をミニチュアにした訳です。
どうです、みなさん!!ユニークでしょう。
このアイディア考えた人、天才やと思いますわ。
それでは、これからが本題です。
人類が誕生して約20万年やそうです。
ヘェー。人類って長い間続いてるんやなー。そう思いませんか?
でも、この460メートルの内のどれだけやと思います?
たった2センチです!!!
キリストが生まれて約2000年・・・ということは0.2ミリ
産業革命から約200年・・・つまり0・02ミリ
(この約200年間は、世界中の食文化も大きく進化を遂げた時期)
エーーーーー。ウソでしょう。
そう言いたくなります。
この、0・02ミリの間に、地球が今まで経験した事のないスピードで
自然破壊は、進んでいるそうです。
合掌
投稿者 culin : 20:24
ウィスキー考 ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
先日サントリーのチーフブレンダーをされている輿水精一さんを交え料理人の方々と対談をした。
もちろん、「ウィスキーと料理の相性」がテーマになった。
対談は新地・「カハラ」の森さんの「ワインは意外と料理を選ぶんですよね」から始まった。
そう、酒から見た料理という視点からのスタートになった。
いつもは料理を軸に酒を考えてきた。
ところが、今回は料理人というよりは、無邪気な酒飲みに戻って、
どのような料理で飲みたいかということを対談することになった。
ワインを飲むときは料理を選ぶわりには、
ウィスキーの時は選ばないということを、森さんは仰った。
意外な展開になってきた。酒の中でオールマイティーはウィスキー?
銀座・「バードランド」の和田さんも「寿司でも行けちゃうように思うんですよね」と受けて立つ。
「ぼくもそう思います」は福島・「あやむや」の永沼さん。
この秘密はどこにあるのだろう?
ウィスキーの評価は、スモーキーな香り、コク、色、キレ…、
最後に酸というのが出てきた。
輿水さんの説明によると、樽を作る木の酸で、樽の内側を焼いて焦がすために
よけい酸がウィスキーに溶け出しやすくなる。
この酸、即ち木酸とワインなどの果実酸の違いが、
受け皿を広くするのかもしれないとのこと。
最初意外に思った答えが返ってきた。
そして、ブレンダーと料理人は似ていると、話ははずんだ。
数ある個性豊かなモルトを微妙な分量で合わせていく。
モルトはあたかも食材だ。それが、作り手の感覚で左右されるわけだ。
ブレンダーの方とも手を結ぼう! と思った矢先、
おみやげに輿水スペシャルブレンドのウィスキーを一本頂いた。
それまで、夢中で酒談義をまじめな顔でしていた料理人は、
おやつを貰った子供の顔になった。
投稿者 culin : 23:49
礼文島昆布研修 ◆ 懐石・宿 近又 鵜飼治二 ◆
7月4日から6日まで京都市教育委員会主催で
地域食育推進委員会の研修の一環として
食材研修【利尻昆布】のため北海道礼文島に行ってまいりました。
参加者は7名。京都市から6名、日本料理アカデミーからの参加者は、
私と中村元計君と竹中徹男君の3名でした。
梅雨入りした本州と違い、梅雨のない北海道はその通りの天候で、
地元の方も驚くほどのすばらしいこの上ない天候に恵まれました。
京都を朝8時に出て飛行機を乗り継いで利尻島に着き、
船に乗り礼文島に着いたのが午後4時ごろでした。
(時間的にはこんな距離になります)
地元の方の温かい歓迎を受け到着して早々船を出していただき、
天然昆布と養殖昆布の育成地に出向きました。
透明度の高い美しい海でした。
昆布は以外にも海岸近くの手のとどかんばかりの場所に生息しており、
海の栄養分と太陽の光を浴びてこそ上質の昆布ができると言うことでした。
ここ礼文はリマン海流と対馬海流がぶつかるところ、
荒波にもまれてしっかりと海底に根付きますが
1年目のものはまだまだ成長段階でその荒波に流され
2年目に芽吹いた昆布が肉厚で味のいいものが出来るそうです。
養殖もロープに種付けされ1年経てば間引きして良いものをもう1年育てるそうです。
素人目には天然か養殖かはわかりにくいものですが、
だいたい天然物は80cmぐらいで養殖ものは1mぐらいがいいそうです。
夏になり天候のいい日に収穫し、すぐさま8時間ほど天日干し、
そして、小屋に整頓よく並べ手作業で昆布の等級分けをし、
そしてはさみで耳をそろえ製品化するという作業です。
去年の焼津で見た鰹節の製造工程も大変なものでしたが、
この昆布も大変な作業工程です。
島も高齢化が進み、島の人たちとともに本州からのアルバイトで来た
助っ人の若い人たちがこの天日干しの作業を進めていました。
さて、今回の研修のメインは、【昆布サミット・in・礼文2007】が行なわれたことです。
敦賀の昆布問屋【奥井海生堂】社長・奥井隆様の音頭で開かれたもので、
NPO法人うま味インフォメーションセンター理事二宮くみ子様の司会で
奥井隆氏、礼文島町長はじめ香深,船泊漁業組合長、理事、
京都市から京都市教育委員会教育長門川大作氏、
日本料理アカデミーからは私がパネラーとなり、
「昆布漁の現状と今後」、「京都での昆布とのつながりと食育などについて」
それぞれが思いを述べ、最後に共同声明が発表されました。その内容をここで紹介します。
「父なる森と母なる海、森と海を両親として生まれ、
育まれた極上の昆布は、はるか昔から、北前船に乗り、
日本海の荒波を超え、敦賀、琵琶湖を経由し京の都に辿りつきました。
そして京料理を支えるだし汁として、持ち味を発揮、花開きました。
美しい四季と周りを海に囲まれた日本にはすばらしい乾物文化に恵まれました。
世界に誇る『乾物』を食育を通じて次の世代につなげ、
豊かな恵みを次の時代にも引き継げるよう環境問題を真摯にとらえ
文化と環境を守り伝えていくために次のことを宣言します。」
礼文島の自然、環境を守り昆布をはじめ、すべての水産物の生産を次の世代に
正しく継承するため努力を惜しみません。
海と森の大切な恵みである昆布や乾物の調理を次の世代に伝え、
日本料理のベース、だし文化の発展、継承に寄与します。
日本の食文化における昆布や、他の食材に関する正しい歴史や知識を食育を通じて
次の世代に伝えていきます。
世界から注目されるうま味「だし」の正しい文化をさらに広めて生きます。
消費者に安心安全な食材を届けるため、安心、安全な昆布の生産、流通に努力します。
以上
こうして島民の方とともに無事サミットも終え、
その後島民の方の心温まるおもてなしを受け、
皆、心地よく美しい礼文をあとにしました。
すばらしい島です。
皆さん機会があれば是非行って下さい。
利尻富士も美しく、高山植物もいっぱい咲いていました。
本州が梅雨に入る6月、7月がもっともいい季節だそうです。
投稿者 culin : 20:45
私の好きな言葉10 ◆ 鶴清 田中信行 ◆
今回は「つきを呼ぶ魔法の言葉」を載せたいと思います。
この言葉を言っていると仕事も恋愛も金運もよくなって幸せになれるそうです。
なんだと思いますか?気になるでしょう。
これは五日市剛さんという工学博士のセミナーで教えていただきました。
その言葉とは「ありがとう」「感謝します」というごく普通の言葉です。
これは、五日市さんがイスラエルに行ったときにあるおばあさんから教えていただいた言葉です。
さらにそのおばあさんから、より効果的な使い方も教えてくださいました。
それは、
1、まず、嫌なことがあったら「ありがとう」と言うこと。
2、逆にいいことがあったら「感謝します」と言うこと。
もちろんどんなときに言ってもいい言葉ですが、
このように使い分けるととても効果的だとそのおばあさんは言ったそうです。
「ありがとう」を口にする際のポイントは、つらいときやピンチのときに「すぐに」言う事です。
時間がたてばたつほど「魔法」の効果がなくなってしまいます。
すぐに「ありがとう」と言えると不思議な事に、それ以上悪い気分にはなりません。
そして、不幸の連鎖を断ち切る事が出来ます。さらにはやがて良いことが起こり始めます。
「感謝します」はうれしいとき、楽しいときに素直に言うと、
またそう言いたくなるような素敵な出来事が起こりやすくなります。
この「感謝します」は、もう一つ使い方があります。
こうなりたいという願望を口にし、それが実現したこととして言い切ってもいいのです。
心でしっかり確信すればするほど、言ったとおりになりやすくなるとおばあさんは言いました。
ある医師の話では、「人は感謝の気持ちを持つと『気』が出やすくなる。
その結果、脳波が安定し、リラックスした状態になる。さらに呼吸が深くなり、
力が出やすくなる」という検証結果があるそうです。
まさに感謝の状態こそが、集中力を高め、
力を無理なく発揮できるのだということが分かりました。
「ありがとう」といわれ気分を悪くする人はいないと思いますし、
私もその話を聞いてから口癖のようにつかっています。皆様も試してみてください。
投稿者 culin : 20:00
魔法の粉!「トレハロース」 ◆ 日本橋ゆかり 野永 喜三夫 ◆
最近やたらとよく耳にする「トレハロース」皆さんはご存知ですか!?
トレハロースは、砂糖と同じ天然の糖質です。
あまり一般には知られていませんが、トレハロースはさまざまな植物や動物
微生物などに含まれていて、命に関わる大切な役目を担っているそうです。
たとえば、昆虫の血糖はトレハロースで、その活動エネルギーの源など。
あと、乾燥した砂漠などに生えている植物が、少しの水を与えただけで生き返るのも
トレハロースの力は「復活の糖」、「命の糖」とも呼ばれています。
トレハロースは私たちが日常口にしている身近な食べ物の中にも存在しています。
豆類、海草類、海老類、きのこ類など・・・・あげればきりがなく。
例えば、干し椎茸を水に着けてしばらく置くともとの状態に戻るのも、
トレハロースのなせる力です。
このように、自然に体内に取り入れているトレハロースは、食品を加工したり
作る際にも、とても優秀な働きをしているそうで。
トレハロースは糖質なので甘味料として使われますが、甘さは砂糖の約半分!
料理に使うと素材の旨味を引き出し、まろやかで上品な甘さに仕上がります。
他にも「素材の持つ自然な色や味わい、香りを守る」
「鮮度を保つ」「食感を高める」「保水力がある」など・・・・機能は実に多種多様です!
皆さんの周りにある食品の原材料表示を見てみてください。
トレハロースはあんな物、こんな物に使われていますよ。
実は、食材以外にも広く利用されていて身近な生活にも大変役立っています!
化粧品や医療の現場や衣類業界や農業や農園関連など
幅広い分野で利用され役立っている粉です。
皆さん知れば知るほど未知の可能性の有る粉ですよ。
こらから日本料理界も当たり前に使う日も近いかも知れませんね。
魔法の白い粉トレハロース!
投稿者 culin : 23:00
水に沈む木 ◆ 京都吉兆 徳岡 邦夫 ◆
水に沈む木があります。
それは「沈水香木」と呼ばれ、色は茶褐色から赤黒いもの、
黄みを帯びて浅いもの、濃い黄土色、 尋常の木質色と
樹脂色の斑模様などと、いろいろと種類があるらしいです。
水中で沈んでしまうほどの比重を持つことから「沈水」と称され、
加熱することで不可思議な芳香を 醸し出すために「香木」と呼ばれてきたそうです。
今日では「沈香」として知られています。
東南アジアのかなり広い地域に分布するらしいですが、
他の地域には絶対に見当たらないと聞いています。
全く偶然の産物として自然条件が揃わないと生み出されないモノのようで、
特に良質の木塊を手にすることは大変に難しいらしいです。
古来、中国の歴史においても、主要産地であるベトナムの歴史においても、
王侯貴族にのみ許された貴重品として認識されてきたようで
勿論、我が国においても、舶載されて来る限られた品を一つ一つ慈しむように評価し、
家の宝として末代に伝えるまでの存在になったようです。
いわゆる御香、香木です。
さまざまな種類の香りがあり、見た目だけで判断すると間違いの元となります。
手にとってその質感を感じる事によって、はじめてその木塊中に凝縮された
天然樹脂の集中力を感じることができると専門家より聞いております。
香りを聞いて楽しむ事と、視覚的に楽しむ事、味覚的に楽しむ事、
その他の五感を使っての楽しみ方もそうですが、それらには共通点があるように思います。
それは、 単一の感覚だけで認識しているのでないと言う事です。
つまり嗅覚だけで感じているのではなく視覚や触覚など
複合的な情報の取り込み方を知らず知ら ずのうちに行っていると言う事だと思います。
そして、今取り込んだ情報を、自分自身が今まで得た情報と比較し、
もしくは他の人の情報と照らし合わせて共感する部分、
もしくは違う部分を見つけ出し優劣を感じたり、
共有感を持って安心した りして楽しんでいるように感じています。
それらはどうやら、われわれ人間が生き続けようと感じる為に
必要な行為なのではないでしょうか。
特に協調して生きていこうとする人々には そういう事が必要なのかも知れません。
ですから身体能力が低く助け合って生きていく事を良しとしている日本では、
こういう独特の文化が途絶えずはぐくまれ、受け継がれてきたのでしょう。
その様に考えられんないでしょうか?
ただ時代は変わりつつあります。
香りを聞いて楽しむような文化は、このままでは本質の無い、
ただのトレンドに形を変えてしまいそうです。
そして それらが本質の無 い物になってしまった瞬間、
そういう文化的な価値観は、影も形も無くなってしまうかも知れませんね。
たぶん、文化的な行為と言う知識欲は、
生き残る為に得る知恵(生存欲)とは違い、他の人との比較する事で生きる目的、
或いは生きる喜びを感じ、 生きる事を意識せずその事に熱中する事が出来る事によって、
その事の為に懸命になり、継続しようと思う為に食糧を取る方法を工夫し、
食事 を取り、その食事の取り方にもこだわりを持ち、自分自身の存在価値を見出し、
結果的に生きてい る喜びを味わっているという 良質な思考循環を行っているのでしょう。
最終的には生き続ける為の欲につながるとは思いますが、
二次的な効力の為に直接生きる事と結びついている様に
感じられていないのではないでしょうか。
「アートは、生きる為に必要ない!」と認識されている方が殆どだと思います。
私は、アートは生きる為に必要だから形を変え、
人間界に存在し続けているのだと考えています。
皆様はどのようにお考えですか?
形を変えてまで 、受け継がれてきたのはなぜでしょうか ?
人間界に、 必要だったからではないでしょうか?
必要とされない物は 自然に淘汰されていくと言う事ではないでしょうか?
その反対も真なりで 、今存在する物は 今必要とされている物なのでしょう。
人間も一つの要素ですから 必要無ければ 消滅の道を歩むのでしょう。
大きな枠組みの中で 、人間は、その大きな枠組みに必要とされないで
自らを崩壊していこうとしているのでしょうか?
私は、今だからこそ、今の方々に伝わる方法で、今までの経験を活かし本質を探り出し、
それを形にして 伝えていく必要があるように思えます。
特に今、世界で協調して生きていこうとする動きが少しでもある今こそ、
人間が生き続ける為に必要な文化の本質を見極め 、
わかりやすく伝える必要がある様に思います。
その為には 体験してもらう事が必要ですよね 。
短絡的に考えると、簡単に、そしてお手軽に体験出来るようにしてしまう事が
良策の様ですね。
ただ簡略化しすぎると 本質が なくなってしまいそうです。
バランス、タイミング、順番が 難しい様に感じます。
もっと難しいのは、 言葉や習慣などや価値観が違う事です。
その問題に対しては、伝えるというより それぞれの地域、世代、性別が違う事により、
価値観が違う事自体を、まず知る事が、大事かもしれません。
それぞれがそれぞれの為に懸命に生きる事は素晴らしい事なのですが、
楽しいゲームをしながらその違いが埋まったり、違いに付いて話し合えたり、
徐々に皆で建設的な事が出来たり、互いの気持が伝わり合えれば
素晴らしい未来になると考えています。
「聞香」というのは、その様なゲームに おもえます。
一歩一歩 私なりに トライしていきたいです。
皆さん 力を かしてください !!
投稿者 culin : 22:21
えっ!! カルチャーショック!? ◆ 平等院表参道 竹林 下口英樹 ◆
店 「おこしやす ようこそ どうぞ、お席は宇治川の見える
お二階でご用意させて頂いております。お足元はこちらでぬいで、お上がり下さい。」
店 「どうぞ、どうぞお上がり下さい。」
玄関で一人清楚な女性がおろおろしている??
店 「どうかなされましたか?」
客 「あのー サンダルは脱がなければいけませんか?」
(はぁー当然、ここから畳みやん、もちろん脱いでもらわんと困るにきまっとるやんけぇ)
店 「さようでございますね、ここからは畳みになってございますので...
皆様も、もうお履物をぬいでお上がりになって、二階の席にお付きですので...」
客 「どうしても、脱がないといけませんか...」
(そーか!! サンダルで素足やし、足が汚れていて気持ち悪いのか!
もっと早よ気付いてあげればよかったなぁ)
店 「足を拭く、おしぼりと乾いたタオルか何かお持ちいたしますね」
客 「どこか、靴を脱がずに食事を出来るところは無いですか?
この玄関先でも、いいですし」
(ちょっと待ってよ、今日は満席でまだ、見えてないお客様もいやはるし、
もうすぐお帰りになられるお客様もいやはるし、ホコリっぽいし
それに他のお客さんに『この店、玄関先でお客様に飯食わせとる』
と思われなくたないしなぁ ちょっと それは困るなぁ)
店 「そうですね 玄関先でしたら、他のお客様も出入りされますし
ホコリっぽいですし、やはりそれはちょっと申し訳ございませんが...」
客 「ほら、靴を脱いで上がると、畳とか床は、ばい菌やホコリだらけでしょ
他の人もべたべたと歩いた後なのでねぇ!! ウン やっぱり困るわぁ!!
どうしましょ...」
(そうか、そっちの方か 痛いなぁ こっちが、どうしましょやんかぁ)
そして、3分経過
客 「お食事止めようかしら?どうしましょ?」
(おいおい こっちに聞かれても...
お連さんはとっくに上がって、お茶を飲んで、あなた待ち!! どうするあなた?)
客 「じゃぁ 仕方がないわぁ 上がりましょうか」
何かかばんの中を探り始めるお客さん、そして取り出した物は!!
ジャジャジャジャーン ポケットティッシュ2個!!
(この人、ポケットティッシュ出して、何しやはるのかなぁ??)
まず ティッシュの紙を取り出し、そのティッシュナイロンだけを2つ持ち
右足にひとつ
左足にひとつ
(ああ 履いちゃった ちょっとショック↓ うちの店、改装して一年と二ヵ月
まだ、木の香りや畳の香りが残っていて、毎日 掃除のおばさんも休まず来てくれて
奇麗にしているつもりやったのになぁ 何か凹むなぁ↓↓)
そして、お客様はつま先歩きで2階の部屋に堂々と向かわれました。
言うまでも無く「階段にひとつ、廊下にひとつ」
ポケットティッシュナイロンだけが無残な姿で置き去りになっておりました。
食事を終えられ、その清楚な女性はこう言って帰られました
「畳の上でご飯を食べるなんて、初めての体験で少しカルチャーショックでした
靴を脱いで食事をするって、外国の方々も嫌な方が多いと思われますよ!!」
(えっ!! カルチャーショック!?どっちが...
どう見ても日本人やったし、日本に住んだことも無い、帰国子女風でもなかったし
他の人もみんな普通やったし 訳分からんし)
さて皆さん 日本料理のグローバルスタンダード、
いや 日本文化のグローバルスタンダード
日の出は、何時 来るのでしょうか...
投稿者 culin : 07:03
からすみ ◆ 岡庄 岡 豊雄 ◆
からすみは中国から渡来した墨に似ていたことから名前がつきました。
三河のこのわた・越前のうに・長崎のからすみが江戸時代は、
天下の三大珍味とされていました。
その本場の(台湾産)からすみを今日は食べてみました。
いままで食べたからすみとは別格の味でした。
塩加減も程よく、滑らかな食感で、抜群のできでした。
半分はスタンダードに皮をむき、薄くスライスして大根と一緒に食べました。
もう半分は台湾での食べ方にのっとり皮を取らずに、
フライパンでじっくりあぶり、白葱と一緒に食べました。
ほの温かいからすみと白葱の辛さが絶妙でした。
お中元やお歳暮でいただいた際は一度ためして見てください。本当に美味しかったです。
ちなみにからすみは、ぼらの卵を塩漬けし天日で干してできますよ。
投稿者 culin : 20:51
半夏生 ◆ 下鴨福助 安念尚志 ◆
昨日近くのスーパーで蛸の安売りをしていました。
そういえば今日7月2日は「半夏生(ハンゲショウ)」でしたね。
最近はスーパーなどではこういった時節のネタを使って商売に生かしてますね。
土用のうなぎや節分のまるかぶり寿司などもそうですね。ちょっとやりすぎかなと思うくらいです。
「半夏生」ってご存知ですか?植物が思い浮かばれる方もいらっしゃるかと思います。
「半夏生」とは、夏至から数えて11日目にあたる日で今年は7月2日になるそうです。
名前の由来は、この季節に「半夏(カラスビシャク)」という薬草が生えることからきています。
京都府立植物園の「かえる池」にも今の時期に「半夏生」が見られます。
(写真は「かえる池」で撮ったものです。バックにかえるが見えますか?)
別名「半化粧」や「片白草」ともいうそうです。葉の半分だけ白くなっているからそう呼ばれるのでしょう。
梅雨明け近いこの時期に半分白い葉を見せる「半夏生」は
湯上りの浴衣をさらりとはおった女性のようなイメージがあります。みなさんはどうでしょう?
この季節は田植えも終わる時期で、関西地方では稲が「たこ」が吸い付くように
しっかりと根を張り豊作になるようにと「たこ」を食べる習慣になっています。
「たこ」といえばお喰い初めの時にも「たこ」を用意しますね。意味合いはちょっと違いますが。
ちなみに「半夏生」には讃岐ではうどん、福井では鯖を食べるそうです。
いずれもこの夏の田植えの終わる時期にせいをつけるためなのでしょうか。
関西では「たこ」が習慣づいていますが、せっかくなら「鯖」も食べて欲しいものです。
投稿者 culin : 22:39
夏越祓と水無月 ◆ 学校法人 大和学園 小笠原 淳 ◆
毎日暑い日が続きまして、体調管理が難しい季節です。
私は園部町に住んでおりまして、周りには山があって、
どちらかといえば涼しいイメージをもたれると思うのですが、
自宅周辺は家が密集しており、窓を開けても風が流れず、蒸し風呂状態です。
早くもクーラーが欠かせない日々が続いております。
話は変わりますが、昨日は「夏越祓(なごしのはらえ)」ということで、
水無月は食べられたでしょうか?
京都では6月30日に水無月を食べる風習がありますが、
今年は食べるチャンスを逃しました。
ちなみに「夏越祓(なごしのはらえ)」とは、一年のちょうど半分にあたる6月30日に、
半年分の罪や穢れを祓って、残り半年を無病息災で過ごせるようにと祈願する神事の一つです。
また、「夏越祓(なごしのはらえ)」は古くから寺社で行われており、
各神社の鳥居の下や境内には、茅萱(チガヤ)で作られた大きな輪が用意されます。
その茅の輪をくぐるにも作法があるので以下に記述します。
まずは茅の輪の前で一礼し、1・左方向側に茅の輪をくぐります。正面に戻って一礼、
次に2・右側にくぐって正面に戻って一礼、再度3・左側にくぐって、正面で一礼し、
最後に茅の輪をくぐって神前に向かいます。
ちなみにくぐるときには「1・水無月の 夏越(なごし)の祓(はら)ひする人は
千歳(ちとせ)の命 延ぶといふなり 2・思ふこと みなつきねとて 麻の葉を
切りに切りても 祓ひつるかな 3・蘇民将来(そみんしょうらい) 蘇民将来」と
唱えながらくぐるそうです。
そしてその日には、必ず水無月(小豆ののった三角の外郎)を食べるのが慣わしです。
(*小豆には疫病・悪魔祓いの意味が込められ、三角の外郎は氷の代わりとした見立て)
さて今日・7月1日から祇園祭の神事が始まるということで、
1ヶ月という長い間にわたって各種の神事・行事が行われていきます。
祇園祭のメインイベント山鉾巡行が近づくにつれて、観光客も多くなり、町に賑わいが感じられます。
これから日ごと暑くなり、京都特有の蒸し暑い夏が始まりますが、
暑さに負けないように体力を保ちつつ、日々精進していきたいと思っております。
投稿者 culin : 22:12
海上(揚)がり ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
海の底深くに沈んだ沈船等から引き揚げられた
壺や徳利をこのような愛称で呼びます。
写真の壺は日本列島周辺で
引き揚げられたものではありません。
カムチャッカ半島沖で引き揚げられたものです。
恐らくタイかその周辺の国で何百年もの昔に
焼かれたものではないでしょうか。
口は小さく、口辺には釉薬が僅かながら残っていますが、
胴部分はすっかり釉薬が剥げ落ちています。
長い時間をかけて貝殻や砂がひっついてしまったようです。
壺の中には上手い具合に小さな貝殻が入っていますが、
これは恐らくおまけでしょう。
体の中に染み込んだ塩が吹き出したような様相です。
残った釉薬の感じから茶色っぽい釉薬が
掛けられて焼かれたのだと思います。
もしこれがその当時のままの姿で残っているならば、日本にやって来なかったかもしれません。
もし日本にやって来て骨董屋さんに飾られていても私は興味を示さなかったかもしれません。
何らかの理由でこの壺を載せた船が沈み、潮流に弄ばれながら随分その気色は
変化を遂げたものの何とか原型は保ち、何百年ぶりに陽の目を浴びて
再び地上に舞い戻った奇跡の壺!
なんて話を勝手に考えたりすると非常に面白いものです。
「事実は小説より奇なり」というように本当は全く想像の及ばない運命を
くぐり抜けてきたかもしれません。
また古いものに見せかけようと誰かが釉薬を剥ぎ落とし、
貝殻をくっつけただけの所謂“贋物”かもしれません。
けれど私にとっては事実がどうであれ、この壺を愛して止まないということが
最も重要ですので、これを某番組に鑑定に出して「20世紀後半の瀬戸焼です」、
と言われても全く気にならないです(おそらく)。
私はこれを花器として使っていこうと思います。
これから夏場にかけて花と共にこの壺にも水をかけてやればまた違った様相となるでしょう。
ただ底にも貝殻がくっついて凸凹していますので塗りの敷板は良くなく、
木地板を引くのが良いでしょう。
出会うべくして出会った、とこの壺を撫でながら感じます。
考えてみれば今まで一生懸命集めてきた器全てにいえることなのでしょう。
喉から手が出るほど欲しいと思いながらも手に入らなかった器もたくさんありましたが、
そういったものはきっと私が手に入れるべきものではなかったのでしょう。
そう考えると今私の手元にある器たちを本当に大切にしていかなくてはならないと思います。
これからも運命の出会いを楽しみにしながら頑張っていこうと思います。
投稿者 culin : 09:00