人と自然と7 ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
「庭を眺めながら食事をするのと、山の中でまわりを眺めながら食事をするのでは、
何か違いがあるのでしょうか?同じような気がするのですが。」
「それはぜんぜん違うね。」 庭師の方は、こう言われた。
「山の中で見るものは、まさしく自然そのもの。
それに対して、庭は自然をわざわざ取り入れているのだから人工的な自然。
本来、無かったものをわざわざよそから持ち込んでいるから、
言ってみれば不自然かもしれんね。」
「なぜ、わざわざ自然を持ち込んだんでしょう?」
「あらゆる生物の中で、人間だけが文明を持ち、どんどん自然を遠のけるようになった。
気がつけば、周りにほとんど自然がなくなっていた。だから自然に触れるために庭を造った。」
「それって極端なことを言うと、人間のエゴなんじゃないでしょうか?」
「エゴ?ある意味エゴかもしれないが、エゴというよりむしろ本能なんだよ。
人間も、本来、自然の生物。自然から隔離された世界にいると、
自然に近づきたいという欲求が湧き起こる。
人間は、自然に触れると、心がまろやかになり落ち着く。
人間の体には、太古より、大地や海が潜んでいる。
自然に触れることで、魂のふるさとに帰った気がする。
人間は、他の生物より、自然対して敏感になった。
その人間が、自然を愛で、そして、自然と一体化する感性が養われていき、
その感性をもって美しい庭が出来た。」
“庭は何のためにあるのか?”その答えに、たどりついた気がした。
人間も自然そのもの。
人と自然は、壊すものでも、保護するものでもない。
自然の一部である我々が、自然をつかさどるなど、出来るはずもない。
自然の懐の中で、癒され、安らぎを得、そのことに感謝する。
我々が出来ることは、ただそれだけ。
“人と自然と”、今までの経験から出たひとつの答えであった。 (完)
投稿者 culin : 2007年06月19日 23:51