2007年06月19日

人と自然と7                    山ばな平八茶屋 園部晋吾

「庭を眺めながら食事をするのと、山の中でまわりを眺めながら食事をするのでは、
何か違いがあるのでしょうか?同じような気がするのですが。」

「それはぜんぜん違うね。」 庭師の方は、こう言われた。

「山の中で見るものは、まさしく自然そのもの。
それに対して、庭は自然をわざわざ取り入れているのだから人工的な自然。
本来、無かったものをわざわざよそから持ち込んでいるから、
言ってみれば不自然かもしれんね。」

「なぜ、わざわざ自然を持ち込んだんでしょう?」

「あらゆる生物の中で、人間だけが文明を持ち、どんどん自然を遠のけるようになった。
気がつけば、周りにほとんど自然がなくなっていた。だから自然に触れるために庭を造った。」

「それって極端なことを言うと、人間のエゴなんじゃないでしょうか?」

「エゴ?ある意味エゴかもしれないが、エゴというよりむしろ本能なんだよ。
人間も、本来、自然の生物。自然から隔離された世界にいると、
自然に近づきたいという欲求が湧き起こる。
人間は、自然に触れると、心がまろやかになり落ち着く。
人間の体には、太古より、大地や海が潜んでいる。
自然に触れることで、魂のふるさとに帰った気がする。
人間は、他の生物より、自然対して敏感になった。
その人間が、自然を愛で、そして、自然と一体化する感性が養われていき、
その感性をもって美しい庭が出来た。」

“庭は何のためにあるのか?”その答えに、たどりついた気がした。

人間も自然そのもの。

人と自然は、壊すものでも、保護するものでもない。

自然の一部である我々が、自然をつかさどるなど、出来るはずもない。

自然の懐の中で、癒され、安らぎを得、そのことに感謝する。

我々が出来ることは、ただそれだけ。

“人と自然と”、今までの経験から出たひとつの答えであった。 (完)

投稿者 culin : 2007年06月19日 23:51