2007年05月19日

人と自然と6                    山ばな平八茶屋 園部晋吾

%E4%BA%BA%E3%81%A8%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%A86.jpg

「私が見せていただいたところ、ここの庭は、縦に長く、水の流れがある。
一番奥に、滝があり、池に落ちた水は、川となり、ずっと先に流れていってる。

今日では、根締め(根元に植える草木)が大きくなりすぎて、
川の存在が目立たなくなっているが、お客様は、入口の門から入られ、奥に進まれる。

そして、その川に沿って歩き、座敷に入られる。
すると、座敷の向こう側には、高野川の風景が広がっている。

つまり、庭を流れている水が、高野川へつながっていく、
先代は、そういう水のストーリーを考えたんやろね。
これは、座敷にいながら自然と溶け合う面白い仕掛けになってる。

一方には、ダイナミックな本物の自然が広がり、もう一方には、緻密な庭がある。
そしてその二つは、水の流れというもので見事に繋がっている。
陽の庭と陰の庭。そしてそこに、繊細な料理が運ばれてくる。
そのバランスが、非常に趣き深いものとなる。」

「なるほど、言われてみると確かにそういう気がします。」

「庭造りに、『絶対』なんてものは、ないんだよ。今ある庭が絶対というわけじゃない。
今生きていて、これから受け継いでいくあんた自身がどう考えるかや。」

「私は、この庭を作り直したいと思っています。座敷から眺めて、美しいように。
余計な物が見えないように。そして、歩きやすく機能的な庭に。
うちは、料理を運ぶときに、庭を通っていかないといけません。
そのため、雨の日などは、足元がぬかるんで、大変なんです。」

「なるほどね。今言ったことを、あんたの庭造りの目的にすればいい。
今の3つは、ちょうど、お客さん、店の主人、お運びさん(従業員)の視点で捉えられている。」

「そのために、高い木を剪定して、裏の山を見せたり、大きな石を取り除き、歩きやすくしたり・・・。」

「それは違うね。そうすると、この庭のよさが、なくなってしまう。
大きな木や石は、そのまま活かさなあかん。

大きな木は、平八茶屋とともに歴史を歩んできたもの、まさに歴史そのものや。
また石は、その家の格を表すもの。この2つは、財産として活かさなあかん。
歴史があるからこそ味わえる庭のよさや。」

その言葉で、はっとしました。
きれいにこじんまりと剪定された繊細な庭だけをイメージしていて、
今ある庭のよさがぜんぜん見えていなかった。

一から作り直すのではなく、先代の造ったものを生かしていく。
それが、代を継いでいく私の役目ではないかと。

一代では得られないものがそこにある。庭を通して、気づかされた。

投稿者 culin : 2007年05月19日 20:15