先生も築地も、えらい! ◆ 辻調理師専門学校 小山伸二 ◆
日本の黄金週間も終わり仕事に復帰。
この連休中に、たくさん本を読もうと思ったけれども、結局、挫折。
いつものパターンで「積読」になってしまいました(笑)。
というわけでも今回は、読んでもないのに書評すると言う
離れ業で、お送りします。
まず、いま、もっとも注目されている書き手の一人である、
内田樹(たつる)さんの『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)。
内田さんは神戸女学院の教授。
専門はフランス現代思想なのだが、
この教授、なんと古武道の実践者でもある。その彼が書いた「教師論」「教育論」だ。
かつて、教育とは、教えないものであった。
師匠がいる。その師匠を無条件に弟子は尊敬する。
師匠の一挙手一投足を弟子は見つめる。感じる。
そして、いずれ、その身のこなし、口ぶり、空気を弟子は体得し、
いずれ、自分の世界を作っていく。
そんな「前近代的」な修行のスタイルが、やがて、「近代的」なカリキュラム、
手取り足取り教え込む「近代的教育」へと、進化する。
しかし、それは、ほんとうに進化だったのか。
一方的に、詰め込むだけの教育。
尊敬されない教師から、打算的に(試験のためとか、進学のためとかで)学んでいく。
そこには、教育される者の能動的な行為が圧殺されていく。
そこで、最新の教育論では、学び、気づき、成長という、
成長モデルが注目され始めている。
つまり、教育とは、学習者の自発的な、
学びたいと思う気持ちをお膳立てしてあげる、
時間と空間を提供する装置なのだ、という考え方だ。
私自身も教育機関のはしくれで仕事をしている人間として、
この新しい教育論には、共感を覚える。
単に、前近代的な師弟関係の賛美ではなくて、そのなかにあった、
教育の真髄のようなものを、現代に蘇らせる作業は、
ぜひとも、教育なり、お店での従業員の教育なりにも必要な視点ではないだろうか。
では、学びの自主性を誘発させるための、最大のツールはなにか。
それは、「先生はえらい」と、学習者に思わせること。このことにつきる。
ひとは、どうやって、他者を、尊敬できるのか。
相性はもちろんあるものの、おおざっぱにいえば、先生の人間としての「魅力」、
そのことにつきるのだろう。あるいは、「愛」かもしれない。
この親方は、シェフは、ほんとうに料理を愛している。
かけがえのないものとして、料理を大切にしている。
だから、ぼくたちがへまをしたら心底、怒るし、
お客さんが料理を通して幸福になることを、なによりも自らの幸福となす、
その姿に、弟子たちは、しだいしだいに、尊敬と憧れの念を持つようになる。
そして、いつか、自分も、親方やシェフのような料理人になりたいと思うようになる。
そのために、自らの発意で、学び、気づき、成長しようとする。
先生を慕う気持ちが、たとえ「美しい誤解」に基づいていても、
先生はえらいと、思う学生のその心根に教育の場所がある。
それは、恋愛と、同じではないか、と、内田先生も看破してらっしゃる。
現実は、なかなか、こうはいかないかもしれないが、
やはり、率先垂範、先生、先輩、上司は、それぞれのスタイルで、
学生、後輩、部下に、尊敬されないようではいけない。
と、ここまで書いて、デスクのまわりの部下たちを眺める。ああ、まだまだだ。
私が、かれらに「えらい」といわれる日は、当分、やってきそうにない。
さて、以上のようなことをきっと内田先生は書いているはずだ
(なにせ、読んでいないのでわからない)。
しかし、私は、考えた。私の尊敬する内田先生なら、
きっと、こんな風に言いたかったはずだ。というわけで、これが、私の学びと、気づきだった。
先生はじつは何も教えない。
存在そのものが、「学び」を創出する、
そんな存在でなければいけないのだ。
こんな本を中高生むけにさらさらっと書ける内田先生は、ほんとうにえらい。
これは、新聞の書評でもかなりとりあげられているので、
ご存知の方も多いと思う。
アメリカ人の人類学専攻のハーバード大教授、
テオドル・ベスター教授の『築地』(木楽舎)。
ベスターさんは、少年時代、東京で過ごした経験をもつ。
その後、人類学のフィールドワークで、
なんと、日本を代表する市場「築地」を研究対象としたのだ。
1989年から2003年にわたる綿密な調査によって、
あるいは、人間らしい交流を重ねながら、
この大部の本(翻訳で600ページを超える分量)を書きあげた。
目次を拾うと、「東京の台所」「掘られた溝」「埋立地が築地市場に変わるまで」
「生ものと火を通したものと」「見える手」「家族企業」「取引の舞台」「丸」。
日本料理が世界に旅立とうとしている昨今、
こういう形で、「築地」が世界に紹介される意義は大きい。
アメリカのアカデミズムの懐の深さを思い知らされる。
ぜひ、わが国の若手の学究のひとびとからも、
食のジャンルに果敢にいどむ俊英が登場することを切望したい。
投稿者 culin : 2007年05月10日 23:51