2007年05月30日

動植綵絵                         杢兵衛 寺田慎太郎

先週の金曜日、雨が激しく降りしきる中、
承天閣美術館に「若冲展」を見に行って来ました。

去年当たりから随分話題になっていましたが、
宮内庁所蔵の「動植綵絵」が今回120年ぶりに里帰りするということで
心待ちにしていた展覧会です。

伊藤若冲は、何年か前に京都国立博物館で開催された「若冲展」以来
広く人口に膾炙されるようになり、去年の「プライスコレクション」で
その人気ぶりは更に高まりました。

そんな中行われている今回の「若冲展」では
この先見られることは無いであろうという「動植綵絵」と
「釈迦三尊蔵」との同時展示が行われています。

これを一目見ようと詰め掛ける人々の多さは大変なものだと聞いておりましたので、
敢えてどしゃぶりの中を出掛けて行ったのですが、考えは甘かったです。

先ずチケット売り場で並び、「動植綵絵」の展示されている
第二展示場までの通路では20分以上待ちました。

けれどもやはり見に行った甲斐はあったと強く感じました。
30幅(釈迦三尊像を含めると33幅)もの素晴らしい絵が横並びし、
一挙に見ることが出来たのですから本当に感動でした。

 「動植綵絵」は若冲が40代前半から10年間掛けて描き上げた絵だそうです。
私はこのことをしっかり頭に入れて絵を鑑賞しました。

そして強く感じたのは10年間気持ちが揺らぐことなく、
非常に固い意志をもって「動植綵絵」の作成に従事したのだなということです。
この「動植綵絵」には最初から最後まで若冲が貫き通した仕事があると思います。
若冲ならではの色使い、異常なまで細部にこだわった(若冲的)写実、
時には力強く、時には柔らかい全く迷いの無い1本1本の線などです。

個人的に一番驚いた絵は「牡丹小禽図」です。
日本の絵画史上類を見ない絵だと感じました。

空間が殆ど無く、画面一杯草花で埋め尽くされていてこれは中国絵画、
元の時代の花鳥図に近い気がしました。

専門家ではありませんので詳しいことは分かりませんが、
紅白の牡丹の配置や葉の描き方、小鳥の体色などが
上手く噛み合いバランスが取れて構成されているのかなと感じました。

意外だったのは落款でした。
統一性があまり無く、「若冲」落款のもの、
「斗米庵」落款のもの、印章のみもの、
初めて見たものでは「錦街」なんて落款までありました。
これに関してはどういう意図があったのか分かりませんが、
その時その時の気分的なものだったのかななんて勝手に想像していました。

 明治時代の廃仏毀釈の時までこの絵は相国寺の参拝者なら
誰でも見ることが出来たそうです。
この絵が再び封印され、陽の目を浴びることがないと考えると悲しいものです。

もうすぐこの展示会も終わりです。
興味のある方は是非是非見に行って下さい。
それなりの覚悟は必要かもしれませんが。

投稿者 culin : 08:25

2007年05月29日

お米一粒には7人の神様がいるんだよ!          監事 太田 守

「お米一粒には7人の神様がいるんだよっ!」

もう20年以上前に、給食の時間中、
クラスの片思いだった女の子に言われた言葉です。

当時はまだ米飯給食が珍しく、給食の時間も終わりの頃に
米粒をとばしたりして遊んでいたのでしょう、その女の子に注意され、
当時からおバカだった私は注意された恥ずかしさと照れ隠しのため、
内心はその子が正しいと思いながら素直に謝ることもできませんでした。

さらには「神様なんかどこにいるんですかぁ?」などと
今となっては恥ずかしいばかりの逆ギレをして、
その女の子と言い争いになってしまい、
淡い恋も無残に終わってしまった苦い記憶があります。

上記の言葉は昔から伝わるもので、
お米の大切さを説いた言葉であることは皆さんご承知のとおりだと思います。

昔は食料も豊かでなくお米は本当に大切に扱われ、
またその一粒を作るため多くの労力が必要であるため、
感謝しつつ最後の一粒まで食べることが当たり前だったのでしょう。
そしてそれは多くの日本人の共通認識であり理解できる価値観だったのだと思います。

飽食の時代と呼ばれる現代、大量の残飯やコンビニでの廃棄物を目にすると、お米を含めて食物への感謝の念が薄れているような気がしてなりません。

食事の際、満腹でご飯を残そうとすると、
今でもその女の子の「お米一粒には7人の神様がいるんだよっ!」という声が
頭の中によみがえり、ついつい残さず食べて後で苦しい思いをしてしまうのでした。

投稿者 culin : 16:28

2007年05月28日

迫真のエキストラ                      木乃婦 髙橋拓児

先日、『魔法のレストランとびっきり上等な京都~京都人おすすめうまいもんSP』に
出演させて頂きました。
当会の村田理事長が、水野真紀さんを始めとする芸能人御一行を
京都のおすすめ所にご案内されるという番組でした。

お蔭様でかなりの反響があったのですが、
それはともかくとして個人的に非常に考えさせられましたので、
その事について書き記したいと思います。

それは、『100人の料理人』というコーナーで、
私の生い立ちから今までの経緯を再現フィルムを織り交ぜながら
追っていく企画の中でのことでした。

但し、100人と謳っていますが、実はファイル#117つまり、すでに117人目でした。
100人越えてるやん!!

その中で、吉兆の修行中、先輩に怒られるというシーンがありました。
番組ディレクターから、「店の方で標準語の方おられますか?」ということでしたので、
関東から来ている調理師を2人出しました。

すると彼らは本番で「京都へ帰っちまえ!!」
「どけ!!」「かせっ!!」とまた、役者顔負けの迫真の演技を見せました。

日頃の私に対する鬱憤が溜まっているのでしょうか。

いや、そうでは無くおそらく毎日の訓練の成果だと思います。

木乃婦では料理が作れるだけでは、料理人として認めません。
自分の作ったもの、考えを他の人に理解できるように、
言葉で表現出来て初めて認められます。
その中に笑いやスノッブな要素があればなお一層良しとします。
更にボケつっこみが出来れば一流です。

つまり、「自己表現力」の高さが料理人としての能力に比例すると私は考えていますし、
常々よりそんな会話のやり取りを調理場で楽しんでいます。
そして、毎日「終礼5分スピーチ」で自分の思うまま話をする機会も設けています。
その小噺に魅力が無ければ、その個人の評価が落ち、仕事内容にまで影響します。
そういった事の積み重ねではないかと考えます。

現在、調理場は40名を越えましたが、それぞれの個性を引き出せるように
みんなとつき合っていきたいと今までに増して思いました。

えっ、珍しく真面目ネタ?!

投稿者 culin : 17:25

2007年05月27日

床                                 銀水 山岸裕明

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私どもの店では、5月から「床」をしています。

これは鴨川の支流の禊川(みそそぎがわ)のうえに土台を組んで
すのこを上に置いて座れるようにしたものです。

南座や東山などが眺望できるのですが、この1ヶ月の間に
山々の緑が新緑から、命の息吹を感じる濃い緑へと変化していきます。

気温も暑い日と寒い日が繰り返され、
季節が春から初夏へと劇的に変わっていくのがわかります。

先日、ある会で料理講習のお手伝いをしたのですが
講師の先生は昭和14年生まれの大ベテランの料理屋さんの大将なのですが
近所の八百屋さんへも走って買い物に行かれたり、
颯爽と自転車にまたがって走っておられます。

その方が講習の時に青寄せ(ほうれん草など緑の葉を塩ゆでして裏漉したもの)で
色を付ける時は、山々の色を見てその色に合わせて緑の濃淡を決める。
と、教えていただきました。

私はこれまでただ漫然と色を付けていたので、
「あー、こんなところにも気を配って季節を表現するんやなぁ」と
目から鱗がおちました。

まさに温故知新ですね。
そんな先輩方の貴重な意見をこれからもお聞きしたいと思っています。

投稿者 culin : 20:24

2007年05月26日

一体どうなっているのか?        相伝京の味 なかむら 中村元計

一体どうなっているのか?

やりきれない理解の出来ない事件が多すぎる。

子が親の首を切り腕を切断して植木鉢にさしたり、
道端に子供を捨てたり、その他いっぱい。

何ともいえない事件が多い。

昔からこういうことって今と同じような割合であったのだろうか?
情報網が発達した故にいろんなニュースが耳に入って来るからだろうか?
よくわかりませんがいろいろ考えさせられます。

時の流れというか、物の流れというものが非常に速くなってきていると思います。
医学にしろ、通信技術にしろ、生活の利便性にしろ凄い速いスピードで
日々発達していると思います。

この速さは過去においても一番の速さではないかと思います。
勿論環境破壊も言うに及びません。

先日、父が孫に「アイポッド」を買ってほしいとせがまれました。
父はすぐに出入りの電気屋さんを呼んで
「アイポッド」を持って来るように言いました。

ところがその電気屋さんが言うには
「アイポッド」って「どんな魔法瓶ですか?」。

料理も言うに及ばずかなりのスピードで変化していると思われます。
輸送技術、保存技術が発達したおかげで世界中の食材が手に入るようになり、
必要に応じて保存できるようになってきました。

調理器具も新しいものがいろいろ開発されて、
新しい料理技術も生まれてきました。

最近では真空器、温度設定の出来るマイクロウェーブの調理器具、
圧力鍋の反対を行く真空状態で加熱する器具など。

普通の状態でない状態を作り出す機械が
今までにない料理を生み出してきました。

よいか悪いかはわかりませんが、そのうち、無重力状態で調理する機械や、
レーザーを使った調理器具などが出てきたら、
見たこともない料理が出来るようになるかもしれません。
確かに興味本位では楽しみなんですが・・・。

昨今心の時代といわれ続けていますが、ホンマにそうだと思います。
料理人が食べられる人のことを考えることはいうに及ばず、
お客さんも料理を食べる準備をしていただき、
お医者さんは患者さんの身になって患者さんは先生を信じて、
先生は生徒の身になって生徒は先生を信じて、
その他お互いがお互いのみになって心を通わそうとする気を
少しでも今まで以上に持てばちょっとは世の中よくなるとは思うんですが・・・。

そのためにはやはり教育というものが
一番大事になってくるのではないかと思う今日この頃です。

投稿者 culin : 23:59

2007年05月25日

昭和の時代                           魚三楼 荒木稔雄

先日、CS放送にて「三丁目の夕日」と言う映画を見ました。
昭和30年ごろの時代背景の映画でした。

私が生れた昭和35年より、少し前の時代です。
しかしながら、懐かしいような、こんな時代もあったなあとぼんやり見ていました。
CGにて、作成された背景、また、どこで調達されたのか、自動車やその他諸々の道具類、
なんとも懐かしく思い出させていただいたようです。

東京のどこかだと思われますが、
京都とは雰囲気が多少異なっていましたが面白く見ていました。
私が物心付いたときに母親が使っていたような洗濯機、
織物のカバーの付いたテレビ、冷蔵庫など、子供の頃の思い出がよみがえってきました。

中でも、一人の少年の空想の21世紀の場面など、
私たちが思い描いた21世紀であり、漫画の世界そのものを感じさせられました。

しかしながら、当時、今私がたたいているパソコンや携帯電話、
自動車のシステム、新幹線など今の社会生活に必要なものを予見していたでしょうか。
人間の知能の素晴しさには、つくづくすごいものを感じさせられました。
しかし、人と人の温かさは、当時のほうが密であったように感じさせられました。

料理の世界では、どうでしょう。
当時は食生活に満ち足りてはいなかったでしょうが、
人の愛情が感じられる料理が多かったように思われます。

確かに、今の料理には、すごい技術や鮮度、
世界中の食材など考えもつかなかった料理が氾濫しています。
本当に、どれもおいしい料理ばかりです。

しかしながら、人と人のつながり、そして、愛情はどうでしょう、少し考えさせられます。
私自身、商売で料理を作っておりますが忙しさに追われて
惰性で作業をしているようなことにならないよう気をつけて料理しなければと
映画を見ながら考えさせられました。

投稿者 culin : 22:03

2007年05月24日

京都の唐辛子                        萬重 田村 圭吾

この時期になると、夏野菜の走りのものがボチボチ市場にも顔を出します。
夏の京野菜として代表的なのが茄子類と唐辛子類ではないかと思います。
今日はその中でも唐辛子についてお話しましょう。

唐辛子はメキシコ中部で紀元前6500年~5000年が起源といわれ、
アメリカ各地で2000年以上前から栽培された歴史があるぐらい古くから栽培されています。
日本では安土桃山時代くらいから栽培の歴史があるようです。

元来、唐辛子類はピーマンも含めて非常に交雑しやすく、
その為、自然発生的にいろいろな種類の唐辛子が生まれています。
まずはいろいろな唐辛子類の原型ではないかと言われている伏見唐辛子からお話しましょう。

伏見唐辛子は別名「甘長唐辛子」と言われる様に
唐辛子の辛いというイメージを変えてしまうほどおいしい
京野菜のトウガラシ系(万願寺唐辛子・鷹峰唐辛子など)の原種である。
「ひも」という別名を持ち、ヒョロリと長く、柔らかで青臭さもないのが特徴です。

次に最近すっかり京野菜の唐辛子類の代表格になった万願寺唐辛子。
大正末期に伏見唐辛子がカルフォルニアワンダーというピーマンの大型種と交雑して
舞鶴市の万願寺地区で誕生したといわれています。
長さ15cmくらいの細長、肉厚で種も少ない大型種です。
ガクから1cmぐらいのところに、くびれがあり、風味はピーマンに似ていますが、
青臭さもなく甘さと柔らかさが特徴です。

その他に鷹峯唐辛子は中太で太さが上から下まであまり変わらないのが特徴です。
私の店は鷹峯から車で5分程度のところなので、私にとってはなじみのある種類ですね。

おじいさんが良く夏場に魚焼きの網で焼いたものを鰹節に醤油をかけて
食べていたのを良く覚えています。
「おじいちゃんとんがらし(京都弁かな?)辛ないの?」というと
「辛ないさかいに食べてみよし。」といって一緒に食べたことを思い出します。

後は田中唐辛子、イメージ的にいうと万願寺唐辛子をギュって小さくした(5~6㎝)感じで
緑が他の唐辛子よりも一番色鮮やかに思います。

しかし伏見唐辛子以外の3種類は伝統野菜に準ずるもので
伝統野菜と呼べるのは伏見唐辛子だけなんです。 

唐辛子の栄養素はビタミンA・C・E、俗称ビタミンエースを含み抗酸化作用を発揮して、
がん予防や老化に良いといわれています。
また食欲増進効果と抗酸化性をもたらす、カプサイシンを含んでいます。
味の強い唐辛子は少量しか食べられませんが、これらの唐辛子は甘唐の為、
栄養素を取りやすいのが特徴です。

投稿者 culin : 20:26

2007年05月23日

日本料理コンペティション開催を通じて        嵐山熊彦 栗栖 基

このたび本年4月より翌年2月の長期間に亘り
日本料理アカデミー主催、第1回日本料理コンペティションが実施される。

日本各地区からコンペティション規定に基づいたエントリー応募を行い
書類審査を経て8月~9月末まで、およそ2ヶ月間、全国6ブロックで地区予選会が開催され、
この結果を待って、来年の2月に京都で地区予選会を勝ち抜いた料理人・調理師による
本選大会が繰り広げられる。

おそらく、このアカデミーブログをご覧の方はアカデミーHPのトップページに
日本料理コンペティションのバナーが貼ってあることにお気づきのことであろう。

つまりこのコンペティションHPをご覧いただければ、
コンペティション概要、アカデミーの事業目的をご理解いただける仕組みになっている。
そしてこのたびのコンペティション事業規模がいかに壮大なスケールで
計画されているかお気づきになると思う。

その中で実行委員長という大役を仰せつかっているのが、
なにを隠そう私自身であり、これまた私には大変な重責である。

第1回という記念すべき大会に私どもが中心となり事業を推進させていただくとは、
誠に光栄且つ、アカデミーが目指す日本食文化のさらなる発展に寄与し、
我々が日本料理を通して社会に貢献できるまたとないチャンスと受け止めることができよう。

しかし、人にはそれぞれ身分相応というものがあり、
今の私にはこのたびの大役は不相応と自他共に認める。
が、その責務をリカバリーしていただけるパートナーの方々に恵まれ、
何とかこれまで挫折をせずに進んでこられた。

これを機に今一度、足もとを見直すと共に、
日々努力を怠らずコンペティション事業成就に最善を尽くしいきたい。

人間は生きていく過程において様々なハードルを乗り越えていかなければならない。
また時には、一人ではなく同士と共に立ち向かうことも必要である。
そして向上心や気概といった人間が本能的に備えている能力を駆使して、
均一化された世界に身を委ねるのではなく自ら競合心を持って自己の研鑽に努めるべきである。

結果としてそのような研鑽活動によって育まれた知識(知的財産)なるものが、
やがては社会的貢献につながるのである。

このたびの日本料理コンペティションはまさに料理人にとっての自己研鑽の場であり、
この事業が継続されることにより、わが国固有の食文化はさらなる振興と発展をとげるであろう。
つまりそれだけこのコンペティションへの関心度が高まれば高まるほど、各地域における、
日本料理を生業とする人々に対して地産地消を基軸とした郷土の食文化、食育、
食材への関心を高め、職業人として意識の向上を諮ることができるのである。

人間にとって大切なことは、努力した結果ではなく、ある目標に向かって努力しようとする
気概であり、その目標に到達するまでの過程をどれだけ楽しむことができるかである。
山を乗り越えた後により高く、険しい山がそびえる人間社会、
とくに情報化文明の発達した現代社会はまさにその集約地である。
私を含め多くの社会人はその中でもがき苦しむ、しかし、天より与えられた分をわきまえ、
大義名分のもとに、人としての徳を積むことを尊と考え、自己実現に努めれば、
時には苦しみも楽しくとらえることができるのである。

近年、日本料理は様々な意味で変革期を迎えている。
この時期に日本料理コンペティションを開催し継続させることは郷土食文化の相互理解を深め、
今後、日本料理が進んで往くべき大道を暗示させる礎になると信ずる。

投稿者 culin : 21:46

2007年05月22日

とんかつは京都が元祖?          料亭旅館 清和荘 竹中 徹男

先日、九州出張の折、鹿児島空港にむかうレンタカーの中で
「黒豚とんかつ」の登りを見つけ、ちょうどお昼時でもありましたので、
立ちよって食事となりました。

店内は、昔の農家を内装だけ改修した作りで、
民芸調の調度品の中にジャズが流れるというモダンな物でした。

取り敢えずその「黒豚」のロースカツ定食を注文し、待つこと10分、
とんかつの横にはちいさな擂り鉢に入った炒り胡麻!

京都の何処やらで見た形体です。
とんかつソースとぽん酢の両方が用意され、
生野菜のドレッシングもカボス風味とゴマ風味でこちらも何処かで見た風景でした。

御主人に伺うと「勿論もともとと鹿児島ではゴマも掛けないし
ドレッシングもふた種類もなかった」とのこと、
「いろいろと食べあるきをして、ゴマの風味がおいしかったので・・・・」という話しでした。

鹿児島の黒豚が京都でとんかつになり、そこでゴマの風味を持って、
鹿児島に里帰りしたようなものです。

この話は、関西と九州の話しですが、
もう既に日本料理と西洋料理の話しにもなっています。
戦後、欧米の食生活が日本に入り、今やメタボリック症候群の根源になって、
逆に欧米では健康食として和食が取りいれられている。

なんとも不思議な世の中です。

アカデミーの活動を通じて本当に人に必要な「食」とはなにか?
安全な「食」とは何かを世界に、そして、次の世代に「確実に」
伝えなければならないことを改めて考えさせられました。

でも、黒豚ウマかったなー!御馳走様でした。

投稿者 culin : 22:22

2007年05月21日

毎朝感じる自然                      美山荘 中東 久人

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毎朝 私、愛犬“クロ”の散歩に1時間少々かけるのですが、
その時感じる事をお話させて頂きます。

最近 痛感する事なんですが、地球上に生きているのは
人類や目立った動物だけではないという事なんです、
当たり前の事ですが、日々都会の生活をされている方には
なかなか感じられないと思いますが、
私とクロ(愛犬)の散歩コースと時間は毎日同じなんですよ、

その同じコースと時間を通る事で虫・植物・動物などは人間と形は違うが
同じ命や感情があるんだ!って感じます。
 
まず、最初に挨拶するのが山椒魚です。
大体同じ場所に居るんですよ! 
その時間は、大体 呼吸をする時間で、
どん臭く川の表面に立ち上がり“スー”って息をするんです。

最初は私の存在に気が付くとすぐに川に潜って身をひそめていたのですが 
最近は余裕で酸素の旨さを長時間にわたり楽しんでる様子!
その内 友達になれるかな?
 
次に“ハナアブ” これは、散歩の最終地点である“三本杉”という大きな杉があるのですが
(菊乃井の村田さんは良くご存知だと思います)
そこで 侵入者を警戒するように、私と一定の間隔を置いて停止しながら飛び
最初はこちらの様子をうかがっている様子でしたが、
最近は慣れてきたみたいで、あまり警戒する様子もなく
ハナアブなりに朝の挨拶をしているように感じられます。 
それが同じハナアブかどうか解りませんが(笑い、、)
ついつい こちらも“オハヨウ”なんて言葉を掛けてしまいますね、、、

こんな感じで自然と対話する事から私の1日が始まり、
店に戻りスタッフを見た時初めて自分が二足歩行の人間だった事に気付かされます、、、


投稿者 culin : 20:52

2007年05月20日

調理新入社員に関する事                  美濃吉 佐竹洋治

今年も多数の「調理新入社員」がこの少子化時代でかつ
週休二日の日々を過ごしてきたにもかかわらずわが社に入社していただきました。
 
大体4月1日に入社式が行われ、その後、オリエンテーションといって
数日間皆でいわゆる合宿体制をとり、各店へ配属される前夜は
朝まで私も交えて様々なことを話します。

「僕が行く店舗の調理長はどんな方ですか?」
などといったたわいもない会話ですが、
そのような時期を終えて約1ヶ月後にやがて
「五月病」というものに一部の新入社員が直面します。

私自身を振り返ると「五月病」というものに対しては全く経験がなく、
この時期になると一人二人と各店巡回の折に相談にのるわけです。

具体的には退職して実家に戻りたいというものがほとんどですが、
その際に私は「辞めてからの自身の人生の長期的なシュミレーションを考えているのか?」と
いう質問を必ずします。

辞めることによるデミリットをいくつか上げて提言するというやり方です。
すると不思議な事に数時間後に電話やメールがきて
「もう一度頑張ります。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」と
言ってくるケースがほとんどありますが、
この時に私は内心「あいつ、何を考えて俺にあんなこといってきたんやろ?」と
思うことが多々あり、事実、今の今までそういう認識でありましたが、
先日とある調理師専門学校の先生より
「うちの卒業生の退職を止めていただき、ありがとうございました。」という
御礼の電話がありました。

この電話の後、私は過去を振り返ってみました。
私は料理屋の息子という環境で育ったので当然、
五月病など経験しなかったですが、
例えば週休二日制の会社に勤めておられる方の家庭環境で育ったならば、
普通で考えると五月病に直面するはずです。

また、同じように週休二日の高校を卒業して
18歳という年齢で板場に入ったらならば同じように直面するでしょう。

調理師専門学校の先生方は色々な環境の生徒さんを預かり、
非常に各人を大切にしておられ、卒業後も「元気で仕事しているであろうか?」と
いうことなどを常に考えておられると思われます。

ですから、一応私も多くの新入社員を預かる立場の人間ですので、
今後、自分本位の考え方は極力是正していこうという方針に心がけたいと思います。

とはいうものの、中にはいるんですよね。
「とりあえず入社しましたが面白くないので辞めます。」というわけのわからない子が。

投稿者 culin : 20:32

2007年05月19日

人と自然と6                    山ばな平八茶屋 園部晋吾

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「私が見せていただいたところ、ここの庭は、縦に長く、水の流れがある。
一番奥に、滝があり、池に落ちた水は、川となり、ずっと先に流れていってる。

今日では、根締め(根元に植える草木)が大きくなりすぎて、
川の存在が目立たなくなっているが、お客様は、入口の門から入られ、奥に進まれる。

そして、その川に沿って歩き、座敷に入られる。
すると、座敷の向こう側には、高野川の風景が広がっている。

つまり、庭を流れている水が、高野川へつながっていく、
先代は、そういう水のストーリーを考えたんやろね。
これは、座敷にいながら自然と溶け合う面白い仕掛けになってる。

一方には、ダイナミックな本物の自然が広がり、もう一方には、緻密な庭がある。
そしてその二つは、水の流れというもので見事に繋がっている。
陽の庭と陰の庭。そしてそこに、繊細な料理が運ばれてくる。
そのバランスが、非常に趣き深いものとなる。」

「なるほど、言われてみると確かにそういう気がします。」

「庭造りに、『絶対』なんてものは、ないんだよ。今ある庭が絶対というわけじゃない。
今生きていて、これから受け継いでいくあんた自身がどう考えるかや。」

「私は、この庭を作り直したいと思っています。座敷から眺めて、美しいように。
余計な物が見えないように。そして、歩きやすく機能的な庭に。
うちは、料理を運ぶときに、庭を通っていかないといけません。
そのため、雨の日などは、足元がぬかるんで、大変なんです。」

「なるほどね。今言ったことを、あんたの庭造りの目的にすればいい。
今の3つは、ちょうど、お客さん、店の主人、お運びさん(従業員)の視点で捉えられている。」

「そのために、高い木を剪定して、裏の山を見せたり、大きな石を取り除き、歩きやすくしたり・・・。」

「それは違うね。そうすると、この庭のよさが、なくなってしまう。
大きな木や石は、そのまま活かさなあかん。

大きな木は、平八茶屋とともに歴史を歩んできたもの、まさに歴史そのものや。
また石は、その家の格を表すもの。この2つは、財産として活かさなあかん。
歴史があるからこそ味わえる庭のよさや。」

その言葉で、はっとしました。
きれいにこじんまりと剪定された繊細な庭だけをイメージしていて、
今ある庭のよさがぜんぜん見えていなかった。

一から作り直すのではなく、先代の造ったものを生かしていく。
それが、代を継いでいく私の役目ではないかと。

一代では得られないものがそこにある。庭を通して、気づかされた。

投稿者 culin : 20:15

2007年05月18日

子供の食事を見て、成長と驚き             嵐山辨慶 礒橋輝彦

子供を持つ親ならばありきたりの話かもしれませんが
毎日1歳2ヶ月になる双子の子供の食事風景を見ていて喜びと驚きを感じています。
食事のときの自然に本能的に出る溢れんばかりの笑顔は飽きることがありません。
お母さんに口に入れてもらったり、手渡しされたジャガイモを自ら口に運んだり、
一生懸命生きることのすばらしさや見る見るうちに学んでいく姿も飽きが来ないです。

一般的に食事をし、溢れんばかりの笑顔を出して食事をしていることが
現在の大人にどれだけあるでしょう?

もちろん子供は食べられる品数もまだまだ少なく素材そのものの味だけで喜びを感じ、
現在基礎となる舌を作っていっているところかもしれません。
本当に親の大切さが重要なことを痛感させられています。

本当に親にならないと感じないことがたくさんあり、
当たり前のようなことにすばらしさを感じており、
それでも仕事や色々なことで夜は殆ど外出してします不良親父ですが
それでも成長する子供と四六時中ともに生活をし、
育てている妻に感謝 感謝です。

どこで狂うかわかりませんが毎日のように子供が巻き込まれる事件がニュースになり、
学校の失態、親の失態で子供たちはいつも被害者です。

自分自身事件を聴く度どこまで親できるかなーと不安になることばかりですが
愛情をもって、全力で生きる子どもたちを見守っていきたいです。
そして食に携わる仕事をしていて、子供に教えられる食の大切さや喜びを忘れず、
精進していきたいです。

投稿者 culin : 23:45

2007年05月17日

日本食育学会                         瓢亭 髙橋義弘

先日、日本食育学会の総会学術大会に参加してきました。
会員は全国で400人以上おられるそうで、300人あまりが参加され、
席が足りなくなるほどでした。
参加者は、大学の先生方を始め、
教員や栄養士、企業、医師、学生、生産者など様々。

午前中は講演、
午後からは食育に関する発表をポスターで掲示し、
密な意見交換を行い、
その後、食育の実践発表会が行われました。
http://www.shokuiku-gakkai.jp/index.html

発表されたのは、香川や佐賀など遠方から、
また、学校の先生や管理栄養士、公務員の方や食品関連企業、大学農学部など幅広く、
その内容は、地域性を活かした学ぶことの多い取り組みでした。

それぞれ個別に取り組むのではなく、各地域の環境に合わせ、
学校内での密な取り組みから、
可能な限り連携を取った30組織以上のネットワークの活用が紹介されました。
対象者も子供から大人、高齢者や病院患者、運動選手にまで幅広く、
その手法は非常にバラエティーに富んでいて、
現代における食の環境を垣間見ることができたように思いました。
私はそれを目の当たりにし、その思いと実行力に衝撃を受けました。

発表者の方が言っておられましたが、
こうした活動は、継続させることで「協力」から「協働」へと
発展していったそうです。

その地域の人々が、自分の立場で自分ができることを主体とし、
これまで以上に顔を突き合わせた意見交換を行い、
食育活動の周辺にまで様々な変化をもたらし、
しぜんと地域の活性化が行われているように感じました。

大会の参加者は、皆さん不思議とやさしい笑顔が耐えず、
会場は思いを持った人々のエネルギーに満ち溢れていました。

投稿者 culin : 23:59

2007年05月15日

文化交流とは。                        菊水 髙橋 正人

当アカデミーの主要な事業の一つに海外の料理人との交流があります。

海外の料理人と交流を持ち、ワークショップを行う事により、
お互いの国の料理に対する考え方、料理の手法の違い、
文化の違いを学び、気付きを得る事が出来ます。

過去の海外事業では主にフランスのシェフたちと交流を持ってきました。
中華料理と並び、世界でもっともグローバルスタンダード化が進んでいる
フランス料理の料理人からは学べる事も多いであろうし、
もともとの当アカデミーの発想の中にフランス料理アカデミーの
存在があったことがフランスを選んだ理由の一つです。

結果として過去のワークショップ、フェローシップなどの事業において、
素晴らしい交流を持つことが出来、大きな成果を上げる事が
出来たと考えています。

さて、このフランスですが、先日新しい大統領が選出されましたね。
新大統領のサルコジ氏ですが、前シラク大統領が親日派であったのに対し、
あまり日本に対してよく思っていないようなことがマスコミに紹介されています。
典型的なフランス人」と言う表現をされてもいますが
「典型的フランス人」と我々の持つイメージとはどのようなものでしょうか?

プライドが高く、他国・他民族に対して上からものを見ている、
冷たい、クール、ドライ、フランスを世界の中心と見ている、
フランス語をしゃべれない人を馬鹿にした態度を取る・・・などなど。

しかし、我々が出会った料理人達は人なつっこく、フレンドリーで素晴らしい人たちでした。
一国の元首(大統領、首相)の考え方や発言でその国のイメージが変わってしまうのは
日本も同じ事だとは思いますが、民間レベルの交流においては
必ずしも当てはまらない事だと思います。

確かに、私も海外旅行でフランスを訪れた時に
あまり良い印象をもてなかったこともありましたが
じゃあ、日本人は外国人旅行者に対して
どういう態度を取っているかと考えれば
やはり、ちょっと逃げ腰になっている事もあると思います。

お互いにもう一歩、踏み込んでみれば・・・。多分、そこから文化交流が始まるのだと思います。
好きになってみる事、興味を持ってみる事、知りたいと思う事・・・。
料理だけでなく、異文化への興味がスタートだと思うのです。

投稿者 culin : 19:29

2007年05月14日

クリニャンクールの蚤の市                   修伯 吉田修久

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フランスのパリのはずれに毎週週末に世界最大といわれる
クリニャンクールの蚤の市が開かれます。

全店舗数は2500とも言われ、大きく分けて12のマルシェで構成されています。
古着や暖炉用品、キッチン用品、大型家具、絵画、アクセサリー、時計、
骨董品、シルバーなどが安く売られています。

その中でも私が好きなマルシェは、マルシェ・ビロンで古いバカラ、
サンルイ、エミール・ガレ、ルネ、ラリックなど素晴らしい品物がたくさん
日本で買うよりははるかに安く買うことができます。

通常は土曜日、日曜日、月曜日の営業ですが
実は金曜日にも開いてる店があり週末よりも人が少なくて
ゆっくりと値切ることができます。

しかし、店によっていろいろで安くしてくれる店と
安くしてくれない店があります。

コツは必ず値切ることです。
それと、tax freeはできない店もあります。
品物の包装の仕方もものすごく雑です。

もし買う予定で行くならあらかじめ日本から
何か持っていく方がいいと思います。

暖炉用品、キッチン用品、大型家具ならマルシェ・ポールベールです。
暖炉などはいろんな形や大理石など見ているだけで楽しくなります。
大型家具は貴族の城から出てきたのか?と思うような大きなものや、
ほんとにきらびやかなものまでいろんな種類があります。

家具を持って帰るのは大変ですが、
一つ良い花入れでも買ってはいかがですか?

投稿者 culin : 23:59

2007年05月13日

本日のぼやき その10              滋賀 比良山荘 伊藤剛治

「母なる海 琵琶湖 暖冬がもたらした窒息死の危機」 第3弾でございます。

先月の新聞に、「例年より遅れたが、琵琶湖の水が入れ替わり始めている」という記事が
書かれていたそうです。
それを聞いて、これでホッと、一安心!!
きっと、湖底の魚たちも大きく深呼吸をしている事だろう。
よかった よかった。

ところで皆さん、「イサダ」という魚ご存知ですか。
イサダという魚は、モロコや小エビなどと同じく、湖底に住む琵琶湖を代表する小魚です。
私が子供の頃は、どこの川魚屋や佃煮屋でも安くで売っていたものです。
しかし近年では、めっきり減ってしまい、高級魚にランクインされています。

そのイサダが、先月、急に大量に獲れだしたのです。
ええがな。ええがな。いよいよ復活か? 
バンザイ!バンザイ!琵琶湖に魚がかえってきた?

いやいや、そんな楽観視はできません。
湖底の酸素が薄くなり、浅場へ大量にやって来たのではないか?
そんなふうに、漁師さんたちは心配しているそうです。

鮎に関しても、2月から始まったエリ漁では、例年より量が少なくて大変だ!大変だ!と
言っているかと思えば、ここに来て、琵琶湖で獲れるにしては大きすぎる
10センチ級の鮎が大量に獲れたりしています。

やっぱり、どこか変です。
これが、自然現象であるのなら、従わざるをおえません。
しかし、人間がもたらした不自然現象であるとしたら、これは、神への冒涜であります。

                                                     合掌

投稿者 culin : 20:09

2007年05月12日

地産地消というけれど               梁山泊  主人 橋本憲一

西条という町が四国の愛媛にある。水の綺麗なところとして知られている。
おかげで、うまい野菜の生産地として名を馳せている。しかしながら、
西条で生産される野菜がすべてうまいというわけではない。
が、中には驚くほどうまいものがある。これからだと胡瓜だ。
 
数年前になる。『料理王国』から、「ふだんよく使う野菜を、ふだんよく使う調理法で作りながら、
今までにない料理を考えてほしい」という企画のオファーがあった。
それにこの西条の胡瓜を使うことにした。胡瓜はありふれた野菜の代表的なものだ。

さて、調理方法だ。胡瓜と肩を並べる代表的野菜に茄子やカボチャがある。
茄子やカボチャはフライにするが、胡瓜はフライにしないことに気づいた。
それ幸いと、胡瓜のフライを考えた。雑誌の企画だったが、いまでは店の定番になっている。

うまい野菜でなければ、思い浮かばなかった一品だ。
野菜にというか、食材に救われたわけだ。その西条に明日行く。
「食の創造館」のオープニングイベントの一環として
「西条の食材で手軽に作れる京料理教室」をする。
もちろん「胡瓜のフライ」も作る予定にしている。

これが京料理かと尋ねられれば、真顔で「そうだ!」とは言えないが、
京料理が育んだ「食を喜び、楽しむ」という精神から逸脱しているとは思わない。
食を通じて、幸せを味わえる。すなわち、地元を言葉でなく、
食い物で誇りに思えるなら「地産地消」の意味にも合致する。

しかし、と考える。地元で消費してしまえば、地元には外からお金が入ってこない。
西条市の市長さんは、「地産地商」とおっしゃる。地元で作り、
地元を生かす商いをする。この方がスケールを感じる。

明日は市長さんにもお会いできるとか。
そのあたりの真意を尋ねてこようと思っている。

 

投稿者 culin : 22:06

2007年05月11日

だしについて調べよう                懐石・宿 近又 鵜飼治二

5月11日12日に「京都21世紀教育創造フォーラム」が、
京都市、京都市教育委員会、京都商工会議所、京都経済同友会、
学校法人立命館、日本経済新聞社の主催で行なわれます。

日本料理アカデミーとしては、このシンポジュームに参加することになり、
第1部オープンスクールと題して、11日に新町小学校にて
「京料理に学ぶ食育授業~料理店が実技指導」として私が担当することになりました。

それに先立ち、一昨日の5月9日にそのリハーサルをかねて、新町小学校にて授業を行いました。
内容はいつもの通り、《食材と、味覚と、調理》の三本柱です。

ただ今回は特に旬ということに重点をおき、旬の意味と旬の材料、
だし、調理の連携による料理の完成についての理解を子供たちに求めました。

新町小学校では西賀茂農園にて〔えんどう豆〕と、〔玉ねぎ〕の収穫があり、
この食材を旬の食材として是非使ってほしいということでしたので、
この材料で授業を進めることになりました。

それでは今回の授業の内容を書いてみましたので
今後の食育の参考にしていただければと思います。

《だしについて調べよう》

1)鰹を削って新鮮な鰹節食べてみる。

2)だしをとる。
  鰹と昆布でだしをとる。
  昆布の説明 昆布の種類
   利尻昆布   出し取り用に適している
            堅い
   三つ石昆布  昆布巻きに適している 
            煮ると軟らかく、味も良く、美しい緑色
   真昆布     お菓子、とろろ昆布に適している。
            肉質が熱く、甘味がある
   尾札部昆布  塩昆布などの佃煮に適している 

3)昆布をあらかじめ1時間前に水につけておく、火をつけ沸いてきたら
 昆布を引き出し、鰹節を入れる。
  すぐに越す(ガーゼでもよいがネル地で越すとよい。)

4)だしの試飲の実験
  A、 水に調味料  B 、だしのみ  C 、だしに調味料
  A, B, C を飲み比べた感想を聞く。
  → ここで日本料理におけるだしの大切さを述べる。
     だしの旨味成分と食材の旨味成分を引き立たせるものが調味料であり
    三つを合わせたものが料理であることを知る。
     ゆえに旬の食材が大切であることを述べる。

【旬】「たくさん収穫できる。」「とても美味しい。」「栄養価がある」   

5)玉ねぎとえんどう豆の茹でたものを試食する。

6)もったいない
   昆布と鰹の出がらしを再利用
    〔昆布とじゃこの佃煮〕 
〔煎り鰹の胡麻和え〕
 
 《 調理の授業 》

約5分間前回の授業の復習。

①西加茂農園で収穫し試食した玉ねぎとえんどう豆の味の感想
だしの試飲の感想 
①【水に調味料】、②【鰹と昆布のだし】、③【だしに調味料】

旬の食材の栄養価と美味しさを確認する。
【五味】 甘 酸 塩 苦 辛
【五感】 聴く 見る 触る 嗅ぐ 味わう

食材の育った環境、美味しい時期を知った上での調理
  春、夏、秋、冬 それぞれの時期の主な旬の食材を調べてみる。
  子供に発言の機会を早速与える。《復習》
・旬の食材
  【野菜 果物】  
〔春〕 竹の子 土筆 菜の花 いちご
〔夏〕 茄子 トマト 南瓜 とうがらし えんどう豆 スイカ 梨
〔秋〕 薩摩芋 松茸 しめじ 栗 銀杏 枝豆 みかん ぶどう
〔冬〕 ほうれん草 白菜 金時人参 蕪 大根 芋 柿 すだち りんご 
 【魚】      
〔春〕 蛸 稚鮎 鯛 鯖 鯵 蛤 しじみ あさり
〔夏〕 鱧 鮎 鮑 すずき
〔秋〕 鯖 甘鯛 子持ち鮎 鴨
〔冬〕 伊勢海老 かに ふぐ まぐろ 鰤 鰆 牡蠣

〔味覚〕
食材をだしと調味料でその旨みを引き立たせる。
だしの香り、旨みが調味料と調理法で料理に生かされていることを知る。
【五法】煮る、焼く、揚げる、蒸す、生
調理技術とえんどう豆を使った料理を見せる。
 1)玉ねぎのスライス
 2)うすい豆腐
 3)春山百合根饅頭〔えんどう豆のソースを新緑に見立てた料理〕 
 4)玉ねぎとえんどう豆の煎り玉子とじ丼

子供たちに《玉ねぎとえんどう豆の煎り玉子とじ丼》を作ってもらう。
 5人分
材料  えんどう豆 さや付き250g 玉ねぎ(スライス) 1/2個
    卵 5個  御飯 250g ( 一人50g )
調味料 だし 500㏄、 薄口醤油 大匙4、酒 大匙2、味醂 大匙4、砂糖 大匙2
調理法 だしに調味料をいれ煮たったら、玉ねぎを入れる。
    2分後 卵をいれ、かき混ぜながら半熟の状態にする。
    えんどう豆(茹でたもの)を入れる。15秒ほど煮る。
    ご飯の上にのせる。

〔まとめ〕

食材のおかげで元気な体
    私たちが健康で過ごせるみなもとは毎日の正しい食事と規則ただしいい生活です。
    そして、生きた野菜や、動物のおかげです。
    美しく盛り付けることも大事
    【五色】の組み合わせ 赤 黄 緑 白 黒
          器を考えてみるのも楽しい。   

私たちは新鮮な野菜、生き物を調理して健康な体と健全な精神が培われています。
    a )いつも食事をするときは食材に感謝しましょう。
    b )野菜や、果物、芋などを種から作ってくれた人へ感謝。

c )牛や、豚、鶏などを赤ちゃんから大きく育ててくれた人へ感謝。

d )食事を作ってくれた人への【感謝の気持ち】を持つことと

e )その感謝の気持ちを表現することも大事。
    〔お母さんやお父さん、おばあさん〕、〔お店の板前さんやコックさん〕に

f)食事をするとき「いただきます」、「ごちそうさま」意味を十分考えてみましょう。

                         
11日は調理の授業のみですが、45分間という短い時間なので、
時間配分がとても難しいです。
9日のリハではやはり12分ほど超過しましたので、
修正をして11日の授業に臨みたいと思っております。

投稿者 culin : 20:24

2007年05月10日

先生も築地も、えらい!           辻調理師専門学校 小山伸二

erai.jpg日本の黄金週間も終わり仕事に復帰。
この連休中に、たくさん本を読もうと思ったけれども、結局、挫折。
いつものパターンで「積読」になってしまいました(笑)。

というわけでも今回は、読んでもないのに書評すると言う
離れ業で、お送りします。

まず、いま、もっとも注目されている書き手の一人である、
内田樹(たつる)さんの『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)。

内田さんは神戸女学院の教授。
専門はフランス現代思想なのだが、
この教授、なんと古武道の実践者でもある。その彼が書いた「教師論」「教育論」だ。

かつて、教育とは、教えないものであった。
師匠がいる。その師匠を無条件に弟子は尊敬する。
師匠の一挙手一投足を弟子は見つめる。感じる。
そして、いずれ、その身のこなし、口ぶり、空気を弟子は体得し、
いずれ、自分の世界を作っていく。

そんな「前近代的」な修行のスタイルが、やがて、「近代的」なカリキュラム、
手取り足取り教え込む「近代的教育」へと、進化する。

しかし、それは、ほんとうに進化だったのか。

一方的に、詰め込むだけの教育。
尊敬されない教師から、打算的に(試験のためとか、進学のためとかで)学んでいく。
そこには、教育される者の能動的な行為が圧殺されていく。

そこで、最新の教育論では、学び、気づき、成長という、
成長モデルが注目され始めている。

つまり、教育とは、学習者の自発的な、
学びたいと思う気持ちをお膳立てしてあげる、
時間と空間を提供する装置なのだ、という考え方だ。

私自身も教育機関のはしくれで仕事をしている人間として、
この新しい教育論には、共感を覚える。

単に、前近代的な師弟関係の賛美ではなくて、そのなかにあった、
教育の真髄のようなものを、現代に蘇らせる作業は、
ぜひとも、教育なり、お店での従業員の教育なりにも必要な視点ではないだろうか。

では、学びの自主性を誘発させるための、最大のツールはなにか。
それは、「先生はえらい」と、学習者に思わせること。このことにつきる。

ひとは、どうやって、他者を、尊敬できるのか。
相性はもちろんあるものの、おおざっぱにいえば、先生の人間としての「魅力」、
そのことにつきるのだろう。あるいは、「愛」かもしれない。

この親方は、シェフは、ほんとうに料理を愛している。
かけがえのないものとして、料理を大切にしている。
だから、ぼくたちがへまをしたら心底、怒るし、
お客さんが料理を通して幸福になることを、なによりも自らの幸福となす、
その姿に、弟子たちは、しだいしだいに、尊敬と憧れの念を持つようになる。
そして、いつか、自分も、親方やシェフのような料理人になりたいと思うようになる。
そのために、自らの発意で、学び、気づき、成長しようとする。

先生を慕う気持ちが、たとえ「美しい誤解」に基づいていても、
先生はえらいと、思う学生のその心根に教育の場所がある。
それは、恋愛と、同じではないか、と、内田先生も看破してらっしゃる。

現実は、なかなか、こうはいかないかもしれないが、
やはり、率先垂範、先生、先輩、上司は、それぞれのスタイルで、
学生、後輩、部下に、尊敬されないようではいけない。

と、ここまで書いて、デスクのまわりの部下たちを眺める。ああ、まだまだだ。
私が、かれらに「えらい」といわれる日は、当分、やってきそうにない。

さて、以上のようなことをきっと内田先生は書いているはずだ
(なにせ、読んでいないのでわからない)。

しかし、私は、考えた。私の尊敬する内田先生なら、
きっと、こんな風に言いたかったはずだ。というわけで、これが、私の学びと、気づきだった。

先生はじつは何も教えない。
存在そのものが、「学び」を創出する、
そんな存在でなければいけないのだ。

こんな本を中高生むけにさらさらっと書ける内田先生は、ほんとうにえらい。


%E7%AF%89%E5%9C%B0.jpgさて、もう1冊。

これは、新聞の書評でもかなりとりあげられているので、
ご存知の方も多いと思う。

アメリカ人の人類学専攻のハーバード大教授、
テオドル・ベスター教授の『築地』(木楽舎)。

ベスターさんは、少年時代、東京で過ごした経験をもつ。
その後、人類学のフィールドワークで、
なんと、日本を代表する市場「築地」を研究対象としたのだ。


1989年から2003年にわたる綿密な調査によって、
あるいは、人間らしい交流を重ねながら、
この大部の本(翻訳で600ページを超える分量)を書きあげた。

目次を拾うと、「東京の台所」「掘られた溝」「埋立地が築地市場に変わるまで」
「生ものと火を通したものと」「見える手」「家族企業」「取引の舞台」「丸」。

日本料理が世界に旅立とうとしている昨今、
こういう形で、「築地」が世界に紹介される意義は大きい。
アメリカのアカデミズムの懐の深さを思い知らされる。

ぜひ、わが国の若手の学究のひとびとからも、
食のジャンルに果敢にいどむ俊英が登場することを切望したい。

投稿者 culin : 23:51

2007年05月09日

鎌倉                         ぎをん 梅の井 三好 徹

%E9%8E%8C%E5%80%89.JPG先日 鎌倉に行ってきました。
観光旅行ではなく、別の会の会議に
出席するために行ってきました。

会議が行われた場所は鎌倉五山の
第一『建長寺』で行われました。
会議というとホテル等が一般的ですが
お寺の中での会議も
なかなかいいもんですね。静かで、
なんとなく心が落ち着く感じがします。

講演会も同じ場所で行われ、
鎌倉国宝館館長『三浦勝男』氏のお話で
鎌倉時代の話をテーマに
鎌倉のお寺で聞けるとゆうのもいい趣向でした。

建長寺は日本初の禅宗専門道場だそうで、
『けんちん汁』発祥のお寺だそうです。
鎌倉は今、世界遺産登録をめざしてるとのこと。
1192造ろう鎌倉幕府でなく
現代の鎌倉、本当にいいところでした。

そして、鎌倉の夜はふけ、
朝靄にかっかた湘南、江ノ島をあとに
帰路につきました。

帰りは寄り道で、横浜中華街で昼ご飯を堪能しました(^_^)v

投稿者 culin : 23:58

2007年05月08日

私の好きな言葉8                        鶴清 田中信行

今回は誰の言葉か分かりませんが、
本で見かけた言葉を紹介させていただきます。

 「逆境とは、未解決のチャンスのことだ。すべての問題にチャンスがあり、
  いったん解決すれば、それはもはや問題ではない。
  小さな挫折は、あなたが遭遇する次の試練にうまく対処する能力を高めてくれる。
  逆境に遭遇したからといって、『これでもう終わりだ』と考えてはいけない。
  逆境とは、『いったん立ち止まって解決策を考えろ』という意味なのだ

逆境は自分の心の持ち方次第でそれは、
障害物にもなれば跳躍台にもなるとおもいます。
逆境には必ず解決策があると思いますし、
それを解決すると人間は強くなると思います。

こすらなければ宝石を磨く事が出来ないのと同じように、
逆境がなければ人格を磨く事は出来ないと思います。

投稿者 culin : 21:17

2007年05月07日

散々な連休・・・             東京 日本橋ゆかり 野永 喜三夫

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・・・・あ~疲れたぁ~~~

この連休は皆さんはお忙しい時季ですがゆかりではカレンダー通り赤いところが休みで
今年は4連休ということで家族団欒近場のグアム旅行に行こうと計画をしていました。

事は4月30日からだと思います。
夜、親戚の子供達と一緒に叔母に子供達を預けて
久しぶりの子供達のいない優雅なディナーを楽しみ子供を迎え自宅へ
よほどの遊び過ぎのせいか・・・お風呂に入れ直ぐに疲れて寝てしまったと思っていました。

5月1日朝方ゴホゴホと子供が咳き込み始めたので念のため熱を測ったら38度もあり
朝1番で病院に連れて行き、マァ~~軽い風邪の症状みたいだからと薬を貰い、
5月2日はグアム旅行に向けて念のために安静にして準備していたそうです。

夜と朝方は熱っぽいが薬が有るし大丈夫と判断し5月3日朝4時半起きで
グアムへ約3時間のフライト、子供は風邪のせいか食欲が無く
ほとんどが軟らかい物か水分補給しか受けつけず、
また発熱と手足に発疹などが所々出て痒そうに手足をかきむしりしんどそうにしていた。

しかし昼間は熱が引き子供ととことこ歩き、買い物三昧していましたが・・・
念のため子供は水に付けない様に海やプールには行かないようにしていた。

夜も子供が食べやすい様に東京築地直送の日本料理屋を探し、
子供が好きな豆腐が入った味噌汁と白いご飯とサバの味噌煮、
鶏の唐揚げを与え二三口食べたがやはり ヤァ~ ヤァ~と駄々をこね始め早々にホテルへ。
何か熱いぞ!・・・・・熱を測り!!!39.4度も有るではないか。

念のため座薬を用意していたので速挿入して頭は冷えピタを貼り
ママに抱かれ騙し々どうにか寝かし5月4日朝ぐらいからかなり
しんどそうなので現地のコンダクターに頼み急遽病院へ。

この症状は麻疹に似ているが麻疹はかゆみが無いし?
日本で処方された薬のアレルギー反応で発熱、発疹しているかも知れないと判断され
痒み止めと熱冷ましのシロップをもらった。

リンゴジュースや清涼飲料水などに混ぜ何度か飲ましていましたが一向に変化が見えず 、
5月5日も朝から40度の熱があり病院へ連れて行き安静に1日ホテルに缶詰めに状態。

5月6日は日本の帰国が夕方で又もや安静状態が続き
特製氷枕で頭を冷やし々凌ぎ、飛行機の中はぐずつきながらも
氷枕をしたままおとなしく寝てくれて、ようやく自宅へ帰宅。

荷物を置き、早々近くの聖路加国際病院の夜間緊急救命救急センターへ。

21時ごろに診察が始まり血液検査、尿の検査、肺のレントゲンなどなどやり、
 
 とりあえず点滴しときます。
 結果が出るまでお待ちください・・・・

今検査中と言われ気がつけば25時に!

 先生どうですか!

 エェ~~薬のアレルギーでもないし?
 エェ~~麻疹でもないし・・・?
 エェ~~う~~~~~ん・・・???
 もう少しお待ちください・・・!?

今度は続々と4人も!
先生達が子供の症状を確認し始め
 
 う~~~~ん、親御さん達はあまり聞くいたことが
 無いと思いますが多分・・・・川崎病!?

 えぇ~~聞いたことの無い病名ですが!

 川崎病(急性熱性皮膚粘膜淋巴腺症候群)4才以下の
 乳幼児にみられる原因不明の病気です。

 えぇ~~大丈夫ですか!?
 原因はなんですか!?

 原因についても細菌感染説、リケッチア説、ダニ説、未知のウイルス説、
 洗剤説などがありますが不明です。

 えぇ~~~子供はぁ~~だだ大丈夫ですか!
 あぁ~~~目眩がぁ~~~だだ大丈夫ですか!

 今は治療法がありますので安心してくださいお母さん。
 アスピリンの約2か月間服用とガンマグロブリンの投与をして
 冠動脈瘤ができるのを予防します。
 今日からお母さんと一緒に入院してもらいます。

入院の個室部屋をセットして手続きを済ませ
自分が家に着いたのが朝4時でした。

皆さん気を付けましょう、確かに風邪は万病の元です。

投稿者 culin : 23:08

2007年05月06日

初夏                              右源太・鳥居宏行

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新緑の美しい季節になりました。

5月5日は「端午の節句」の日であり、
暦の上でも立夏=夏の始まりの日=ということになります。

鴨川、高雄、そしてここ貴船でも、“京の夏の風物詩”といわれている「川床」が始まりました。
館内の座敷も、冬の間使ってきた“囲炉裏付きの堀り炬燵”を閉まって、
建具を取り払い、イス・テーブルを並べて初夏仕様に衣替えしました。


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茶室では、春先から使っていた“釣釜”を片付け、
立冬の頃に開いた“炉”の灰を上げて蓋をし、畳を入れ替えました。
そして、半年間仕舞ってあった風炉釜を取り出し、
風炉用の灰を入れて茶室の隅に置きます。

これらはもちろん、「暑苦しさを感じさせないように」との工夫です。

風炉は鎌倉時代初期に中国から招来したもので、
本来の用途は仏殿などの正面に置かれる大香炉でした。
茶人はこれに切り合わせの鉄釜を作らせて、茶の道具として使い始めたそうです。

ちなみに、“琉球風炉”は沖縄とは関係無くて、
立休庵(りゅうきゅうあん)=利休に最初にお茶を教えた人=が
所持していた事からその名が付いたそうです。

また、“朝鮮風炉”も朝鮮半島とは関係無くて、
“琉球”に対して“シャレ”で名付けられたという事はウソのようなホントの話です。

それにしても、風炉に入れる“灰”という物は、大変な代シロモノで、
その“灰”の入れ方=灰の形=も通常3種類あって、
さらに“撒き灰”や“掻き揚げ灰”等、腕利きの左官屋さんでもてこずるのでは?
と思われる程、特殊で高等な技術を要求されます。

そして、この“灰”その物の作り方に至っては、
想像を絶する!!といっても過言ではないほどの手間と時間がかかる物です。
これについては、いずれ改めてご紹介したいと思います。

さて、文頭にも書きましたように、5月5日は“端午の節句”ですね。
この日は、もともとは女の子のお祭りだったそうです。
若い娘が「五月忌み」といって、“田”の神に対する女性の厄払いをする日でした。
これが男の子の祭りになったのは平安時代からで、
節句で使われるショウブが、武事を尊ぶ「尚武」や「勝負」に通じるというところから、
男の子を祝う行事に変わっていったそうな…

この時期、献立にはチマキや柏餅が欠かせませんが、
チマキの語源は、5月5日に亡くなった楚の詩人・屈源の為に、
竹筒に米を入れて供えたところ、屈源の霊が現れ、
「米を龍に取られてしまうから、竹筒ではなくて、龍が嫌う“チガヤの葉”で巻いて欲しい。」と
言った事から来ているそうです。

また柏餅は、柏が新しい葉が生えないと古い葉が落ちない事から、
後継ぎが絶えないように、との願いが込められているそうです。

季節の移り変わりを楽しみ、様々な行事やしきたりを置いて、
日々の暮らしに変化と潤いをもたらす日本人の感性は、本当に素晴らしいですね。


写真①
貴船の川床

写真②
炉を仕舞って風炉釜を置きました。
掛け軸はチマキの絵に“五月晴れ“
風炉は朝鮮風炉
花は菖蒲です。

写真③
風炉の灰
これは一文字灰という形です。

投稿者 culin : 18:11

2007年05月05日

俺って、馬鹿!!                    京都吉兆 徳岡 邦夫

こんな馬鹿でも、何とかやってこれたのは、たくさんの人のおかげです。
そういうことも含めて いろんな良い要因も捉え方次第で、
反対の結果に行き着くこともあると思います。

頑張っているのに、結果がでない時期がありました。
それは、結局私に要因があったのです。

私自身の能力がなかったのです。

知識がなかったのです。感性がなかったのです。

ここぞと言うときの行動力に欠けていたのです。

深く思慮のないまま行動に移していたのです。

若干ある良い部分の表現が悪かったのです。

私自身の考えがダメだったのです。

手順もダメ、優先順位の決め方もダメ、タイミングもダメ、
表情ダメ、たくさんのダメがあります。
人間としてダメだったのです。今もそうです。

ただ、若干の光る才能も持っている気がしています。
その事を糧に、ダメな部分をその環境に適応したものに
変化さしていくしか無い様に思います。
ダメな理由をつけていても、社会の所為にしても、幸せになれないのです。

皆さんは、必ず、きらっと輝く才能をお持ちなのです。

皆さんは、赤ちゃんの時、私は、歩くのが下手だからと言う理由をつけて、
途中で諦めたでしょうか?日本語が不得意と言う理由で、
伝える事を諦めたでしょうか?

いろんな障害を持っている方の中にも素晴らしい頑張りや
成果を発揮された方は、たくさんおられます。

普通に歩ける事。それは、諦めずに成し遂げた証なのです。
普通にお話していることそれは、努力の成果なんです。
それは輝ける才能を持っている証なのです。
しかし、それは、諦めなかったから得た才能なのです。

幸せになる事を諦めないでください。

皆さんが、幸せになる為の御手伝いが出来ればと考えています。
私にとっては、食の事しかないので、食に派生した事を通して、
頑張る勇気を伝える事が出来たら素晴らしいと感じています。

投稿者 culin : 20:20

2007年05月04日

長~くつづく...              平等院表参道 竹林 下口英樹

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今、うちの店の前には、長~くつづく...ものばかり

平等院は今、「藤」の花が満開でっせぇ。

平等院に入るための行列が長~くつづく...

平等院は藤原家の「藤」をとって藤の花が沢山植えられていますんやぁ、

その藤棚は、樹齢二百年以上で長~くつづけられ守られている 藤の木がある

その棚からは綺麗な藤色の花が長~く垂れ下がる

ここ数年のお客さんの声は、
昔は、藤棚から地面まで長~く花が垂れ下がっていなのになぁ
今は、なんか短くなってしもたなぁ
」 とよく聴きます

しかし、皆さんそれは間違いでっせ
庭師さんが数年前に、もっと藤の花が綺麗に見えるようにと
藤棚の高さを長~く しゃはりましたんやぁ

せやし、前よりも短くなったような気がするんでっせぇ
昔より綺麗に花が見えますので、一度見に来てくださいなぁ
花は長~く垂れ下がっているけど 咲いてる間は短いでっせぇ

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うちの店の門前の藤の花の鉢は
毎年、平等院表参道に飾らしてもらっている
「平等院さんの藤の木の 孫の木」をお借りした物です

平等院さんの藤に木が絶えず長~くつづくように
次の代、また、次の代へと 長~くつづく...

投稿者 culin : 21:37

2007年05月03日

味噌煮込みうどん                         岡庄 岡 豊雄

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今日は出張で名古屋に行って参りました。

せっかく名古屋まで来たので、味噌煮込みうどん
食べてから帰ることにしました。

皆さんご承知のことと思いますが、改めて感じましたが、
強いこしのうどんで、濃厚な味噌の独特なうどんでした。
服が汚れないことを配慮してか、前掛けが出てきました。
待ち時間を和らげるためか、漬物がでてきました。

しばらく待つこと10分後、ぐつぐつに沸いたうどんが出てきました。
とてもすぐ食べられる状態ではなく、蓋に少しづつとりながら、
冷ましさまし、食べました。

店を出る時にから聞いた話ですが、御飯をいれて、
おじやにして、最後の味噌まで食べるそうですね。
知りませんでした。皆様ごぞんじでしたか?

次回は御飯も注文して、食べてみます。
どんな味なのか、次回の出張が楽しみです。

投稿者 culin : 21:32

2007年05月02日

山の幸                           下鴨福助 安念尚志

koshiabura.jpg先日市内某所にて「こしあぶら」を
取りにいってきました。
「こしあぶら」という山菜を知っていますか?
「タラの芽」に似ていますが、
またそれとは違う味わいを楽しめます。

山の中を歩いていると空気が
澄んでいて気持ちがいいですね。

「こしあぶら」は「タラの芽」同様木の新芽を摘みます。
ひょろっと長細い木の先っぽに出てきます。

葉が開いてしまうと苦みが強くなってしまうので
新芽の時が食べごろです。

自然の恵みですから、チャンスは短期間。
でもすでに誰かが先に「こしあぶら」を
採っているみたいで丸裸にされている木や、
ひどいのになると折られている木もありました。

それを見たときはとても悲しい気持ちになります。
もう少し自然を大切にしてほしいものです。
来年も楽しみたいですからね。

さて摘んだ「こしあぶら」ですが天ぷらにしておいしくいただきました。
ちょっぴり苦味がありますがこくがありとてもおいしいです。
植物性脂肪が豊富なんですね。

でも実は本命は「花山椒」でした。
事前に山椒の木のあるところをチェックしておいて、
花が咲く前を狙っていました。
頑張ってもほんの少ししか採れないのに佃煮にするともっと少なくなる。
山椒の葉をよけて花だけ摘むのも大変。

3m近い山椒の木ってなかなか日頃目にすることは無いと思います。
葉も普段使っているものより柔らかい新芽で、
これで木の芽和えなんてすると本当に美味しいんでしょうね。

そんな木から摘むのは楽しい反面、
さすがに採りきれなくて次の方に結構残しました(?)。
もう咲いてしまった頃かもしれませんね。

今度は実山椒を採りに行こうかなと思っています。


投稿者 culin : 23:59

2007年05月01日

『大人の京都・男がつくる名店まかない料理』    大和学園 仲田 雅博

今年の4月より、関西テレビ系列の京都チャンネルの
1時間番組として、「大人の京都・男がつくる名店まかない料理」と
題して出演させて頂いております。

テレビ局側では、一般視聴者は、料理屋やレストランでは
お客様に出す料理の残材料で店では出せないが、
しかし本当においしい物が食べられているとの判断で
このような番組が作られています。
この頃他局でも「ちょくちょく」やっている番組です。

内容を申しますと、第一に店の紹介から始まり、
店の外観や内装などを映像にナレーション付きで紹介いたします。
次に、その店の最も売れているメニューや一押しのメニューを私が試食させて頂き、
その店の料理長やご主人とその料理の味について、話をさせて頂いたり
献立を作られた裏話を聞いたりして、その料理の良さを視聴者に伝えます。
これがなかなか難しく、取り直しを再三させられております。

その次には、まかない料理の大切な場面で、
店に努めておられます新人の方や食事当番として当られている料理人の方が、
いつもお店で作られているようなまかないを作って頂きます。

その時に、私が料理人の方にみんなのまかないは
どのようにして作られているか、
またどのような指示で作られているのか等、
質問しながら料理を仕上げてもらいます。

当然まかない料理ですから、店で残った材料や
ヘタなどを有効に使って作り上げます。
しかし、味は本物と言う具合に大変良い物がいつも出来上がっています。
また、忙しい中で作り上げるので、簡単に作れることも大切なポイントとなります。

どの店も、大変工夫されご主人や料理長の料理に関する考え方等が
良くわかる逸品でも有ります。

次のコーナーでは、私が同じような材料を使って
私が作るまかないをテレビに紹介いたします。
これも、出汁などをしっかり活用させて頂き、
丼物や煮たきもの等を作らせて頂き、
試食コーナーとなります。

いつも感じる事ですが、どのお店作られるまかない料理も
大変おいしくて、その店の雰囲気が出ているように感じています。

収録を終わってから感じる事は、食を提供するお店では、
店のまかないであっても味や盛り付けにもこだわりがあり、
「おもてなし」の考え方の原点のような気もいたします。
私も本当に京都に住んでいて良かったとも思っています。

この番組を通じて、京都の良さを少しでも
伝えられたら良いなあと感じるしだいです。

投稿者 culin : 21:42