濁手 ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
高校の日本史の授業で柿右衛門とは「赤絵」の創始者であると学んだ記憶があります。
確かに柿右衛門といえば、白い素地に余白を残して赤を中心に青や緑などの色絵で
人物や龍虎が描かれた皿や鉢を思い浮かべます。
柿右衛門にはもう1つ赤絵以外に非常に重要な特徴があります。
柿右衛門にのみ見られる独特な白い素地です。
伊万里なんかに見られる白はやや青味がかった冷たく透き通った白であるのに対し、
柿右衛門のそれは漆のように何度も重ね塗りしたような濃厚で温かみのある白です。
これを通称「濁手」と呼びます。
景徳鎮の白というよりは磁州窯や定窯の白に近いのではないかと思います。
この濁手を素地とする色絵の柿右衛門は他の色絵磁器と大きく異なる特色があります。
他の色絵磁器は白い素地に染付けで絵を描き透明釉をかけてその上に色絵を描いており、
染付けと色絵が同じ位置に描かれていないのに対し、柿右衛門は濁手の上に直接赤や黒で
輪郭を描いてから色を塗っていくので絵が全て同じ位置に描かれています。
つまり染付けによる下絵が描かれていないのですが、
どうやら何らかの理由で染付けと濁手を併用させることが出来なかったようですね。
いや、もしくは敢えて濁手の白を生かす為にそのようにしたのかもしれません。
ただ柿右衛門と名の付く焼物の白い素地が全て濁手とは限りません。
柿右衛門といいながら染付けのみで描かれた通称「藍柿」と呼ばれる物や
染付けを用いた色絵磁器も存在します。
更には「柿右衛門青磁」と呼ばれる青磁の焼物もあります。
柿右衛門の特徴である筈の「赤絵」も「濁手」も使われていない物があるのです。
本を読んでいますと「柿右衛門様式」という表現が見られますが、
これは「初期伊万里」、「古九谷」に続く作風からの区分による名称であり、
確かに酒井田柿右衛門という人物は実在したのでしょうが、
柿右衛門と呼ばれる焼物全てが柿右衛門によって作られたのではなく、
この時代の技術レベルや作風といった側面から鑑みて
「柿右衛門様式」と呼ばれるようになったのでしょう。
だとすれば時代を同じくして京都では野々村仁清、尾形乾山が活躍していましたが、
私達が「仁清」、「乾山」と呼ぶ焼物と「柿右衛門」と呼ぶ焼物では少し意味合いが
異なるような気がします。
柿右衛門はヨーロッパへの輸出用に焼かれたものだといいますが、
もしそれが本当ならば、仁清、乾山が目指した物とは明らかに違います。
そういう観点からも同じ国で、同じ時代に焼かれたとはいえ
全く次元の異なる焼物だといえるのでしょう。
※ 写真は「柿右衛門白磁」です。濁手による白磁です。
投稿者 culin : 2007年04月30日 19:41