「水」と「H2O」 ◆ 村田吉弘@菊乃井 ◆
世の中にはありがたいものがたくさんありますけど、
水はそういうものの筆頭やねえ。
水がなかったら人間は生活ができない。
考えてみれば、僕らは水の星に生まれ、
水の田で採れる米を食べて育っているんやから、
水がのうて生きていけるわけがない。
僕らの体も九割は水ですしね。
これまで、僕は、人間は単なる生物にすぎないのだから、
生まれ育った土地の水に従ってこそ健康であると考えてきました。
その土地の水で育つ野菜は、その土地で湧いた水で
調理をするのがもっとも自然で、それが、土地の人間の味覚には
もっとも自然においしいと感じられるはずやと考えていました。
今も、その考えは根本的には変わりません。
しかし、このところの水の有りようはどうでしょうか。
店屋さんには、日本全国の水が勢揃いです。
あのボトルを見ると、なんや疑問がいっぱい湧いてきますねん。
旨い水は、ミネラルバランスがうまいことと言われていて、
不純物が含まれていないことといわれます。
山深いところの岩清水のようなものですね。
確かに、こういう水は清浄でおいしい。飲んで旨い水です。
含むと、ころころと転がるようでおいしい。
柔らこうておいしい。いろんなタイプがあります。
本来、人間はこういう水を飲んで力をつけてきたのだけれど、
今は、田舎でも都会でも、井戸水は危のうて飲めませんわね。
なにが入ってるか分からん。
地下水に生活排水や農薬が流れ込んでいるかもしれん。
水を信じることができない。
これは、おそろしいことですよ。
水の星に暮らしながら、自分の土地の地下水を信じられない状況になっている。
したがって、消毒済みの水道水に頼ることとなった。
われわれは生き物として、依って立つ根を失うてしまったようなものです。
そこで、水が商売になってきたんやねえ。
各地名水がミネラルウォーターとしてパック詰めや。よう売れるらしい。
僕ね、いつも思うんですが、おいしい、おいしいてみんな言うてはるけど、
関西の人間は北海道の水をほんまにおいしいと思うて飲んでるんやろか。
ムードで言うてんのと違う?
硬水と軟水の差は、飲めばすぐに分かりますね。
いくら名水やからって、小さい頃から飲んできた水と違っても、違和感はないんやろか。
まあ、ご自分で飲まはるぶんには、そんなん勝手ですから、
僕が口をはさむことはないんです。これはおせっかい。
料理と水の関係を考えると、いろいろとおもしろいこともあります。
たとえば、水の硬軟が調理法を限定することがあります。
硬水にはマグネシウムやカルシウムが多いので、
蛋白質をかたまらせてしまう性質があるんです。
日本の水はこれに対して柔らかい軟水です。
だから、米を柔らかく炊きあげられますし、
じゃが芋なども柔らかくゆでることができます。
けど、ヨーロッパの水はやかんの口が
白うなるほどのカルシウムが含まれていますから、
さっと炊いて柔らかくするということは難しい。
煮るとしても、煮込みですね。
長い時間をかけて煮ることで、材料を柔らかくする。
もしくは味をつけただしの中で材料を蒸してから柔らかくする、
蒸し煮という方法しかとれなかった。こうして西洋料理は発達した。
こういうのは、その土地の水に従った結果です。
こういう自然の法にのっとった手法がいちばんおいしい結果をよぶんです。
お茶もそうですね。紅茶は硬水のほうがおいしくでる。
だから、ヨーロッパで飲んだほうがおいしい。
緑茶は軟水でいれたほうがおいしい。
東日本よりも西日本のほうに茶処が多いのはこのためです。
しかし、現在のこういう自然環境からすれば、
天然水のすべてをイエスと取り入れることもできない。
厨房では厨房なりに、水の特性をいろいろと研究するんです。
イオン交換というんのが、プロの厨房では流行りです。
イオン交換で、水を酸性とアルカリに分けてしまうんです。
おそろしいことができますなあ。
アルカリ水は材料の味を引き出す力が強いというので、
だしを引いたりするのに使います。
そういう意味では、ミネラルウォーターもおもしろいですよ。
ミネラルウォーターはミネラルのバランスがいいから旨いとされているわけですから、
飲んでおいしいなら調理に使っても旨いはずです。
が、いろいろなミネラルのバランスがありますから、
六甲も南アルプスも登別も同じに使うのはつまらん。
僕は科学者ではないから分かりませんけど、
調理目的に合う水を探すとおもしろいやろね。
豆腐を作るのにはどこの水がぴったりか。
茶をいれるには・・・・・、米を炊くには・・・・・、野菜をゆがくには・・・・・。
いろんなケースが考えられる。
ミネラルバランス別の調理効能です。
温泉の効能によう似てますわなあ。
まあ、意味としては同じことや。それが分かったら、おもしろいね。
けどこんなお遊びも公になるとすぐに金儲けの種にされて、
今度は茶の水、素麺水などというパックが出現するんやろうね。
この段階まで来ると、水とはいうても考え方としてはH2Oの世界やね。
そうなったら・・・・・、自分で言い出しておいてなんやけど、
そんなことが素晴らしいことやろか。
それは人間にとって進歩やろか。
言わせてもらえば、そこまでいくと茶番劇に等しいわね。
水の星に生まれ、水によって育てられた人間の「分限」ということを考えれば、
水という大きなものを徒にいじってはならないと思います。
思いますやない、いじったらあきません。
そんなことを考える暇があったら、ごみのひとつもかたづけて、
安全な井戸水をとりもどす努力をしたほうがよっぽどよろしいと思います。
ごみの分別もようせんとウォーターバーに行ったりするのんは愚の骨頂よ。
洒落るより前にやることをやりなさい。
投稿者 culin : 22:25
広東碗 ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
「カントンワン」と呼びます。これは所謂「伊万里焼」です。
「広東碗」という呼び名の由来は分かりませんが、
この形状のお碗をそのように呼ぶようです。
特色は胴が斜めに真っ直ぐに伸び、高台がやや高く作られています。
見込みが普通のお碗に比べ小さいので炊き合わせ盛にはやや窮屈で良くないと思いますが、
饅頭の餡掛けや御飯茶碗なんかにはベタッと沈まずに良いのではないかと思います。
そして染付けで描かれたこの模様を「暦手」と呼びます。
これは李氏朝鮮の時代に朝鮮半島で焼かれた「粉青沙器」と呼ばれる
焼物群に属する青磁象嵌の1つである通称「三島」と同じで、
静岡県にある三島神社の暦に似ていることからそのように名付けられたのです。
つまり伊万里焼に於ける「三島」なのだと勝手に解釈しております。
伊万里焼は、豊臣秀吉公の朝鮮出兵の際に日本に連れ帰った陶工、
李三平が17世紀初頭に肥前の地で磁土を発見した事により
焼かれ始めた日本で最初の磁器です。
当時中国は明末清初の動乱期で、中国の優れた技術で焼かれていた磁器を
ヨーロッパにもたらしていたオランダの東インド会社は日本に目を向けるようになります。
そうした時代背景もあり、日本の磁器焼成の技術は僅かな期間で急速に進歩します。
かの有名な「柿右衛門」はヨーロッパで人気を博しマイセン窯は柿右衛門の写しを行っています。
因みに師匠である中国までもが柿右衛門写しを行っています。
伊万里は制作年代により呼び方が変わります。
技術が未熟な初期の伊万里を「初期伊万里」と呼びます。
この次に「古九谷様式」が誕生し、更に優れた技術で製作された「柿右衛門」や
「鍋島」が出て来る訳ですが、これらは伊万里とは呼ばないでしょうね。
本来の伊万里焼の様式では17世紀中頃の物を特に「古伊万里」と呼んでいるようです。
大体19世紀初頭までの伊万里を「古伊万里」と呼ぶようです。
比較的長い期間でありますが、更に時代により詳しく分けられるようで、
「元禄伊万里」なんかは骨董屋に行けば非常に高値で売られています。
そして「江戸後期」、「幕末」と続きますが、技術は次第に落ちてしまい
「古伊万里」と「江戸後期」では印象もかなり違います。
写真の広東碗の制作年代は18世紀後半もしくは19世紀初頭であると勝手に思っていますが、
本当にそうであるならこれは「古伊万里」に当たります。
5~6年前に骨董屋で見つけ、高くなかったので何気なく購入した物ですが、
今では宝物として大事にしております。
200年以上もの昔に焼かれたこの無傷の完品が今私の手元にあり、
私の作った料理が盛られると考えると嬉しくなります。
江戸時代の陶工が命懸けで作ったこのお碗に
私の料理が負けないよう頑張らなくてはなりませんね。
投稿者 culin : 21:52
人のエサか、車のエサか ◆ 京都大学教授 伏木 亨 ◆
「アメリカで消費するガソリンの何割かをアルコールで代替えする」
ブッシュ大統領が派手にぶちあげたこともあって、
アルコールを農作物から作る話が加熱しています。
いわゆるバイオ燃料というやつです。
炭酸ガスを吸った植物で作られた燃料だから燃やしても
CO2排出にカウントされないのが利点です。
いわば屁理屈ですが京都議定書の実行を迫られている
環境政策としてかなり重要です。
日本でも、広大な休耕田にアルコールの原料になる作物を植える話があります。
休耕田は100万ヘクタールもあるので、米を作ったら500万トンくらい収穫できます。
これでアルコールが200万トンぐらい。
日本のガソリン消費の多分10%くらいは代替えできるようです。
私の農学研究科でも大まじめに議論されています。
「燃料ならば遺伝子操作作物でもいいかも」
焼酎の醸造と原理はほとんど同じですから、
1升瓶に詰めるのとポリタンクに詰めるぐらいの違いです。
人に食わすか車に食わすか。
割り切ればいいと思いつつも、なんだか食が軽く見られているようで違和感が残ります。
そのうち酒を車と取り合いすることになるのかも。
「飲んだら乗るな。乗るなら飲むな」
妙に気になる標語です。
投稿者 culin : 20:44
うさちゃん、グー!! ◆ 木乃婦 髙橋拓児 ◆
去る3月8日よりフランスのジャン・ド・ラ・フォンテーヌ高校、
フェランディ国立料理学校におきまして、日本料理アカデミーより
日本料理普及の為に理事長以下、大森顧問、中村元計氏、
下口英樹氏と私の5名で講習会、交流会、ワークショップを行なってまいりました。
具体的な内容は下記のアドレスに記載しておりますので、ご覧下さいませ。
http://culinary-academy.jp/jpn/admissions/2007/20070308.html
さて今日の話は、フランス滞在中の『うさちゃん、グー!!』の話です。
それは、パスカル・バルボ氏の案内で、
ランジス市場に食材視察に行ったときのことでした。
そこは本当に広くて、ここって東京ドーム何個分なの?
(よくある例えですが)という程の敷地でした。
様々な野菜、お花、肉類、魚介類とそれぞれが幾つもの大きな棟に分かれ、
きちっとした衛生管理がなされていました。
特に肉類は見ごたえがありました。
ブレス鶏、乳飲み子羊、新鮮なフォアグラ、一頭丸ごとの牛肉・・・など、
さすがフランスと思いました。
その中でもとりわけ目を引いたのが、
この写真の『うさちゃん、グー』でした。
これはかなりおかしいでしょう!!
ウサギさんがお肉になっているのに、
シールに描かれているうさちゃんは腰に手を当てて
グーと親指を立てています。
「僕、美味しいよ!」って感じでしょうか?
おそらく、基本的に日本人には馴染めない構図です。
タイヤキの入っている袋に「およげタイヤキくん」がピースしているのとはちょっと違います。
しかし、よく考えるとこれが食文化の違いなんだなと思います。
確かに、活け鯛の刺身パックに、鯛がウインクしている
シールが張ってあっても平気のような気もします。
肉好きフランス人と魚好き日本人の違いなのでしょうか?
そんな時、パスカル・バルボ氏(三ツ星昇格おめでとう!!)の言葉を思い出しました。
『フレンチは肉道、日本料理は魚道である。』
お互いを心底理解しあうことから文化交流が始まることを、
うさちゃんからも教わったというお話でした。めでたしめでたし・・・
ふと思ったのですが、水族館へ行って魚を見たとき、
この魚はこう調理したら美味いとか、
旬がずれてるとか考えてしまう私は一般的におかしいのでしょうか・・・?
投稿者 culin : 15:26
春到来 ◆ 銀水 山岸裕明 ◆
待望の春がやってきました。
2月が暖かかったので、よけいに待ち遠しかった春です。
記憶というのはスゴイもので、春になると食べたくなる物があります。
まず、筍は薄い八方地で鰹節をきかせて・・・
飯蛸は甘めの地でしんみり焚きましょう・・・
鯛の子は花を開かせてお供に蕗もつけましょう・・・
油目を骨切りして葛粉を打って吸物にして筍と菜の花でどないでしょう?
後、諸子も食べたいけど最近は手に入らないので
鱒を焼いて花山葵の醤油漬をあしらいに・・・酢取った蓮根もつけときます。
小ぶりの鍋に皮を剥いた一寸豆をズラッと並べて蜜煮にします。
白魚とたらの芽や蕗の薹を天婦羅にして塩で頂きましょう。
食べ物というのは命を頂くという事なのですが、
春を頂くというのはまさに命の芽吹きを頂く事ではないでしょうか?
冬の間は私共の店では河豚の"顔"ばかり見ていたのですが、
春になって食べたい物をちょっと考えるだけで
ウキウキした気持ちで楽しんで料理を作っています。
投稿者 culin : 21:07
日本料理講習 in Paris ~番外編~ ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
皆様こんにちは。今月は先月の続き「糖尿病になって食事制限をしてどうなったか?」と
いう話をする予定でしたが、それは来月に回して今回は3月8日からフランスへ
講習会とワークショップへ行ってきたときの話をしたいと思います。
その中でも講習会やワークショップはメルマガの方で書きますので
今日はそれ以外の事について書いてみます。
左のこの写真が何であるか解りますか?
今から14年前に初めてフランスに行った時にあるホテルに泊まりました。
チェックインして確か7階の部屋に入ったと思います。
広い豪華な部屋でした。
部屋を見わたして、窓のカーテンを開けました。
開ける前には当然パリのおしゃれな町並みが見えるのだろうと期待して開けたのです。
しかし、期待とは裏腹にその前には異様な大きな石の建造物が
こちらを見下ろすように、或いはこちらに迫って来るかのように立ちはだかっておりました。
「凄いなぁ、何やろう、この建物は!」そう感じたのを覚えております。
そしてそのホテルを去る時、もうこの建物を見るのもこれが最後で
二度と見ることはないであろうと記念写真を何枚も撮り、
目にも焼き付けて帰ったことを覚えております。
そして12年後再びパリに来るチャンスが訪れました。
日本料理アカデミーの日仏ワーショップの帰りでした。
リヨンからパリまで行き1泊することになり、
少しの時間、自由な時間が出来たのでオルセー美術館を見て、
その前のカフェでコーヒーとモンブランのケーキを楽しんだ後、
プラプラと町並みを見ながら歩いていると、
偶然に12年前に見たその建物が目に入ったのです。
上を見て歩いていませんので、急に視界に入ってきたのです。
「あっ、○○や」。何か懐かしいものに再会したような感じがしました
「一体この中はどんな風になっているのだろうか?中に入って見てみたい」と思いましたが、
それはかないませんでした。
「今度こそ、もう見ることは絶対ないやろう」思いました。
そして、しばらくその建物をジッーと眺めて
何か不思議な感じがしたのを覚えております。
ところがまさか、三度パリへ行くことになりました。
出来るものなら今回はこの建物の中に入りたい。
それで最初からこの建物に行きいということをリクエストしておきました。
きついスケジュールの中、理事長初め他のメンバーの方にも
私にお付き合い頂き念願がかなうことになったのです。
大きな建物の石の階段を少し登り中に入りました。
その空間でさえ「凄さ」を感じます。
これからの期待が大いに膨らみます。
正面に長い階段がありました。
途中まで登ると又、「凄いー」の一言でした。
大きな空間、天井、階段、柱、いたる所に大小様々な、
中にはとても細かい細工を施した主に金色のたくさんの彫刻を飾り、
豪華で煌びやかな装飾を施してありました。
正に豪華絢爛の一言でした。
そして扉を開けると薄暗い短い廊下に続きます。
この廊下はこれから向かう目的地への期待と
想像を膨らます最終アプローチとなります。
廊下の向うに光が漏れいよいよその中に入るときが来ました。
「オーーーー」と本当に声を上げてしまいました。
後はタメ息でした。
このドーム型の巨大な空間、それを取り囲む装飾を施された客席、
舞台、天井、そして何とも言えない重厚な明るさと空気は
自分が想像する以上に凄かったです。
ただ唸るのみでした。
そしてこの後我々はバレエ「ユダヤの女」を観賞をさせていただきました。
さて、このオペラ座はナポレオン3世の第2帝政を称える
記念碑的建造物として1861年に起工され1875年に完成。
外観および内装はネオ・バロック様式の典型と言われ、
また建材には当時、最新の素材とされていた鉄を使用。
これによって従来不可能とされていた、巨大な空間を確保することに成功し、
2167の座席が5階に配分されており、観客収容規模でも当時最大の劇場であったそうです。
そしてこの写真は1964年以降から使用されているマルク・シャガールによるオペラ座の天井画です。(最初の写真)
投稿者 culin : 20:58
出会いのもの ◆ 魚三楼 荒木稔雄 ◆
京料理には、昔から料理の法則の中に
「出会いのもの」という材料の合わせ方があります。
若布とたけのこ、鰊となすび、海老芋と棒だら、などいろいろと海のものと山のものをあわせて、
相性のよいものどうしを合わせることでよりいっそう美味しくなる料理法です。
詳しいことはわかりませんが大昔より調理されております。
先日、娘が小学校を卒業しました。
いつの間にか12歳になっております。
10歳のときには、小学校で二分の一成人式を行っていただき
大人への階段を上ることに意識を持ってくれているようです。
娘が大人へだんだん成長すること、嬉しいことなのですがなんか寂しくもあります。
そのような中、先日、娘と話をしながら、人生の「出会いのもの」を探しなさいと話しました。
友達でも、勉強でも、趣味でも、スポーツでも何でもかまいません、
自身が、1+1=2ではなく3にも4にもそれ以上になる何かを探すときです。
自分をより輝かせる「出会いのものを」見つけなさい。と話しています。
長い人生を、生活していく中、自身の「出会いのもの」とめぐり会えたら
より楽しく過ごせるのではないでしょうか、青少年だけにいえることではないと思います。
まだまだ、私たちも「出会いのものを」さがす人生を送っていきたく思っております。
投稿者 culin : 20:46
4月で思うこと ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
短い冬が終わり、2月には早、春が来たような気候かと思うと、
また冬がやってきたような寒さですが、「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので
これから春らしくなっていくでしょうし、「三寒四温」の言葉通りなっていくことを願いたいものです。
どうも料理をしていてこれだけ気候がおかしいとピンと来ないですよね。
他の会員の皆さんはどうですか?
ただ料理屋と言うのは季節や食材だけで季節を感じるわけでは有りません。
絵画や調度品などその時期に出すことによって季節を感じます。
もちろん器もそうです。
私の店には私自身がその器が出てくると
自分自身の背筋がシャンとし初心にかえることのできる器が有ります。
その器は「桜型の小鉢」なのですが、五枚花弁を立体的に表現した、
ピンクと白で春らしいかわいい小鉢なんです。
これが出てくると「ぼちぼち桜が咲くな!!」という気持ちと
先ほど言った初心に帰ることが出来ます。
と言うのはこの器は私が修行に行かせていただいた料理屋さんにも同じものがあり
(修行先のご主人と父が協同で購入したようです。)、3月に入店させて頂いて、
初めての献立代えの際、先輩について、店の屋根裏部屋の食器倉庫から
この器を出した時に、「なんて素敵な器なんだろう。」と感じた思いと、
4月になりお料理に使われた際、見習いは器の洗いものをしなくてはなりませんので、
当然その器を洗いましたが、ある日、洗い物をしていて誤って
この桜の小鉢が手から転げ落ちた瞬間、
店のご主人からカミナリを落とされた苦い思いでもある器です。
ですのでこの器を見るたびに自分の気持ちがその当時に戻り、
春になると初心に戻ることが出来ます。
大変厳しい方でしたが、料理にかける思いと情熱は
その後のご主人の生き様から学ばせて頂いたことは多分に有ります。
そのご主人も3年前、長い闘病の末、お亡くなりになりました。
今も「あほーっ。」と言われゲンコツを頂いた日々が懐かしく思い出されます。
亡くなる10日ほど前に病院にお見舞いに行った際、
お声が発することの出来ないのに、
目談(言葉を発することが出来ない人が五十音表を目で示して会話をする方法)で
一言、「がんばれよ。」といって頂いたご主人の眼光の鋭さが、
今もその器を通して自分に語りかけてくるようです。
今年も当店に新人が入店してきました。
初の平成生まれがやってきました。
この子たちはこれからこの店で何を感じ、
どんな体験をしていくかはわかりませんが、
いつまでも初心を忘れずにいて欲しいと思います。
自分にもそう言い聞かせています・・・・・。また桜の季節がやってきます。
投稿者 culin : 20:25
マンハッタンの追想 ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
去る3月3日、ニューヨーク・マンハッタンで日本料理アカデミーのメンバー4人が
「2007日本食文化フェスティバルin NY」に参加し、現地のホテルで
クッキングデモンストレーション及び450名分の試食を作りました。
私もメンバーの1人として、デモンストレーターに扮し出汁の引き方や
蓮蒸しを作る実演を行い、事前に仕込みをかけておいた450名分の蓮蒸しを
クッキングデモ中に観客にサーブして試食をしていただきました。
と言う様に、このまま書きつづければ今回のNY滞在記は何事も無かったように
平々凡々とエンディングを迎えるのですが、そんなに人生甘くはありません。
出発前夜、急遽送られてきたメールにはクッキングデモ当初予定の300名分から
450名分に増加したという不都合な真実。
当方としては事前に1人あたりの食材量をチェックした上で、
なるべく材料の無駄が無いようにとプラス20人前の予定で食材の発注をかけ、
おまけに調味料等を提供していただける企業様にもできるだけ負担のないようにと
細やかな計算を元に算出した分量を提出したにも拘らず、
我々の思いとは、裏腹によくもマー!これだけ大胆に参加者が増えるとは、
これがアメリカンスタイル?と嘆いても始まらず、
不安と憤りを胸に、一路、ニューヨークに向けて出発、時間よ止まれーとはこの事か?
機内食はなんと!京都芽生会監修の和食をセレクト、
ビール片手にモグモグゴックン、おかげでひと時の安らぎが訪れたかと思いきや、
1時間毎に目覚める悪夢のような胸騒ぎ、結局、睡眠不足のまま
13時間のフライト後、到着したのはJFK国際空港。
その日は、早春の陽光が我々を優しく出迎えてくれ、
旅の疲れを癒してくれるようでそのまま、仕事を忘れ
現地JETRO岩田様の案内でマンハッタン観光に出かけたくなるような気持ちを抑え、
一路、仕事が待つミッドタウンのホテルに到着した。
そこで目にしたものは、何もかもが巨大なホテルの厨房と我々に
協力的な大柄な調理スタッフ達で、
そのうちの1人でブロンクス生まれの日本人エイスケ
(バイリンガルで我々の料理アシスタント兼、通訳)から
今回の150人分増の食材はすでに確保しており、発注済みと説明を受け、
一度に安堵感と疲弊感が私の体内を駆け巡り、
あらためて本番に向けての不安と心地よい緊張感がこみ上げてきた。
ホテルバックサイド(宴会厨房を中心)を見学の後、
現地スタッフと3月5日の本番に向けてのミーティングを行った。
その時点で本番までの大まかなスケジュールの目途が立ち、
アカデミー一同を安息感と睡魔が襲う。
ところが、せっかくマンハッタンについて、しかも滞在ホテルはブロードウェイ45丁目!
とくれば、今夜の予定は?アカデミー一同、旅の疲れなど気にせず一目散に、
エネルギッシュな夜のブロードウェイに出発!
いたる所に、ミュージカルの看板が、
日本でもおなじみのミュージカルが
あちらこちらの劇場で上演されていた。
昼間からお目当てのミュージカルを見るため、
格安のチケットを求め長い行列、
本場の底力を見せつけられました。
その日のディナーは少し遅めになり、メガレストランと呼ばれる1階、
2階併せて200席~300席はあるシーフードのレストランで、
週末ということもあり、満席に近い。
このような規模のレストランはおおよそオシャレなBar Floorを併設しており、
レストラン内はJazzの生演奏が入りまさに、This is a Restaurant of Manhattan!がピッタリとくる。
メニューの内容も豊富で、その日はアメリカンシーフードディナーとなり、
現地の魚介類に舌鼓を打った。事前にワインに詳しい橋本さんのアドバイスもあり、
ワインと料理の相性も良く現地スタッフとの会話を弾み、
誠に楽しく、明日の活力になるディナータイムとなった。
そのままアカデミー一同ホテルの部屋で爆睡と思いきや、
その後もパワフルに不夜城を楽しんだ人も!
残念ながら、小生はバッテリー切れのため、
部屋の窓越しからThe night view of Manhattanを眺め、
今回のフードフェスタの成功を祈念し、スタンダードなJazzを口ずさみ
When you wish upon a star, your dream comes true!
のリフレインとともに心地よい眠りについた。
次回も引き続きフードフェスタin NYに関連したお話をお届けします。
投稿者 culin : 21:24
炊飯器 ◆ 料亭旅館 清和荘 竹中 徹男 ◆
先日、食育事業の一環として高知の南国市、
御免野田小学校の視察に行って参りました。
ここは「アンパンマン」のアニメで有名な
「やなせたかし」さんの出身校だそうで、校舎の壁にはやなせさんがデザインした、
野田小学校のイメージキャラクターのイラストが描かれていました。
南国市の教育長は非常に食育への思い入れが強く、
それも地産地消つまりは地元の棚田で取れた米での米飯給食にこだわっておられました。
地域の方の協力を得て地元野菜で作った給食や、
子ども達が自ら献立をして作ったお弁当を自宅に持ち帰って
お家の方に召し上がって頂いたりと、大変熱のこもった事でした。
その中でも驚かされたのが「電気炊飯器」。
何と各教室に一升炊きの炊飯器が二台用意され、
給食室で一斉に炊かれ各教室へ運ばれます。
本当にその有様は壮観だそうです。
このこだわりのお陰で、給食の残飯がほとんど無くなり、
御飯が美味しい物でおかずも残さず、
文字通り「ご馳走様!」と心から子ども達が言える様になったそうです。
学校教育だけでなく、家庭教育にも
見習うべきところが沢山ある様に感じた、今日この頃です。
投稿者 culin : 21:28
南半球で感じた事 ◆ 美山荘 中東 久人 ◆
以前から 美山荘の常連のお客様からニュージーランドに
美山荘のホスピタリティーと同じホテルレストランがあるという事を聞いておりました。
そのホテルの名前は、“FUKA LOGGI”ニュージーランド通やホテルマニアの方は
多分ご存知だと思いますが、まだまだ 日本では知られていない超高級ロッジです。
先日 時間がとれたので行ってきました、、
ロッジという響きから山小屋をイメージしていたのですが、着いてびっくりしました、、、
その環境のすばらしさ、スタッフの笑顔、自然をうまく取り入れ
ギリギリまで人の手を加え整備された庭園、、、
すべてが高い次元で調和しておりました。
部屋の前にはタウポ湖(ニュージーランドで一番大きい湖)に流れ込む
フカ川がたゆたゆと自然の豊かさを見せ付けながら流れ
水中では虹鱒の大きいのが自信をもって泳いでおりました。
そんな中 世界のシックなセレブたちが想い想いの時間をそれぞれ過ごされています。
セレブが集まる所ですが、微塵もケバイ所がなく
置いてある家具なんかもシックで非常に落ち着きます。
料理のほうも美山荘に似ていると言われただけあって、
本当に素材の存在感を損なわないよう調理してあり、
しかも華やかさを感じられるものでした。
料理人といえば、ついついヨーロッパのほうに目を向けがちですが
美山荘の主人として今回のHUKA LOGGIで感じさせてもらった事は
今後の美山荘に必要な事ばかりでありました。
“自然・人・文化” 私はもう一度 美山荘の三大原則を見直してみようと思います。
投稿者 culin : 21:18
心に残る言葉 ◆ 美濃吉 佐竹洋治 ◆
私も早いもので今年で32歳になりました。
思い起こせば、32年間という人生の中でその節々において
「心に残る言葉」というものがあります。
不思議なもので、私の場合は学生の時など時間にかなりゆとりのある時期においては、
何かにつけて「心に残る言葉」というものが頻繁にあり、
逆に現在のように日々追われている生活の際はよほどのことがない限り、
あまり感銘を受ける言葉は少なくなってきております。
段々と現実が見えてきているせいでもあるのでしょうか?
こういう環境の中で、最近テレビドラマの「華麗なる一族」をふとした時に見ておりました。
そのドラマの中で主人公の万俵鉄平がある
鉄鋼会社の経営者なわけでありますが、彼が全従業員の方々を前にしてメガホンで
「あなたたちと共に働ける日々を過ごすことができて私は幸せです。本当にみんなありがとう!」と
叫び、それと共に全員から拍手喝采を浴びるという1シーンを見た時、
私自身、久しぶりに大変感銘を受けました。
全員を目の前にしてあのような言葉を大声で述べ、それに対して反響がある。
これはまさに理想的な会社ではありませんか?
近年において様々な経営者の方々とお話する機会を設けていただいておりますが、
たわいもない会話をしていてお互い笑っていても「人事」の話になると
急に真剣な顔になることはよくあることですが、それだけ経営においては
「人事」の分野が大きなウエイトをしめていると思われます。
当然のことですが、まだまだ私が感銘を受けた言葉は
自分自身口にすることはできませんが、長期的な目標ではなく短期目標として
心に残った言葉というものをメガホンで叫ぶことができる日がくることを心がけたいと思います。
投稿者 culin : 20:26
人と自然と4 ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
修行は終り、自店に戻ると、裏には高野川が流れ、
近くには比叡山や「法」の山があった。
周りに自然があり、そして、店には庭があった。
小さい時から見慣れていた庭が、このときは、少し違って見えた。
なんとも思わなかった庭の木々は、季節により変化し、庭の表情を変えていた。
料理の一部となる敷き葉も、桜をはじめ、紅葉、笹、萩、松、南天、椿、葉蘭、柿・・・。
1年を通して、手に入る。敷き葉取りには苦労しなくなった。
数年が過ぎ、敷き葉取りも、僕の手を離れた。
実務的なことがなくなると、少し客観的に見られるようになるものだ。
「庭もいいものだな」と思えるようになったのもこの頃で、
名所・旧跡を訪れても、建物や仏像だけでなく、そこにある庭も見るようになっていった。
「いろんな庭があるんだな。」
石だけの庭、借景のある庭、きれいに刈り込まれた松、水を湛えた池、燈篭、小川・・・。
見る庭、見る庭、姿が違う。
暖かな日に、縁側に座り、ゆるりと庭を眺めてみる。
都会の雑踏も、喧騒も、そこにはなく、遠くにかすかに水の音が聞こえる。
しばらく眺めていると、自然と心が落ち着いてくる。
「自然?」「庭には自然のものがたくさんあるが、庭は自然なのだろうか?」
ふと、そんなことが頭をよぎった。
いろいろ庭を見ても、それぞれに植えられている木や、
置かれているものなどに違いがあり、その表情も1つ1つ違う。
そんな整然と手入れされた庭を見ていると、
うちの庭がなんとなく雑然としているように感じる。
同じ庭でも、まったく違って見える。
なんとなく気に入らない。
「何のために、庭があるのだろう?」あらためて、そのことを考え始めた。
投稿者 culin : 23:59
宿という日本文化 ◆ 嵐山辨慶 礒橋輝彦 ◆
先日、私の所属する旅館の組合の青年部の周年事業がありました。
皆さんご存知の通りどの組合組織も現在会員の減少や
組合活動の質の低下などに苦しんでおり、
この組織も同様の状況ですが周年なので理事でもあるし、行くことにしました。
父が歴代部会長で講演をすることもあり、少し楽しみに行ったのですが
うちの親父を含め3名の歴代が講演する中である人が話した中に
宿という文化の話が出てきました。
わたしの営む店は料理屋であり、旅館であり、
このような施設を料理旅館とか料亭旅館とか旅亭などと呼んでおりますが
この宿文化にも色々と流行り廃れがあり現在を迎えており、
大型旅館が流行りに流行った時代から
個を重視する客室露天風呂などがある旅館が
今はブームになっていたりと時代背景が色々ありますが、
いつの時代も旅館には食事が提供されてきました。
冷めた料理がデーーンとお膳に並ぶ料理から
うちの店のように京料理を提供する店や
最近では多国籍料理を平気で4万円以上の宿泊料で提供する旅館など
様々な趣向を凝らした料理が旅館では楽しめます。
私も仕事柄、同業の旅館を訪れる機会が年に何度かありますが
同じ3万円から6万円程度の宿泊料を支払っても価値のあった店、
又行きたいなーと思う店など色々感じることがありますが
このアカデミーや芽生会(京料理若手の会)で感じることは
宿を経営する者としては、スタンスが少し違い非常に勉強になります。
京料理に身をおかれる方も宿というものから得られることもたくさんありますので、
宿泊時にはその様なアンテナを張ってみてはいかがでしょうか?
投稿者 culin : 21:23
感謝 ◆ 瓢亭 髙橋義弘 ◆
私はこの10日間程いろんな地域の出張が重なりました。
名古屋・幕張・東京・京都・仙台。
食を通してそれぞれ違った仕事で参加し、
たくさんの方と顔を合わせる機会を得ました。
行く先々で知人に会い、
各地の食を楽しみつつ、
初めてお会いする方とも様々な意見交換ができました。
多方面にわたり、食の分野の事業が増えてきています。
そして、参加者の枠も広がりを見せています。
一つの事業を遂行するには、いろんな苦労があります。
参加するだけではわからない、
企画運営する方々の多くの配慮。
事業を運営するための資金繰りから、
人と人とをつなぐための細かい調整は並大抵のものではありません。
思いがあるからこそ活動できる、
信じているからこそ継続できる。
そんなつながりは当たり前の事ではないということ、
身にしみて感じた次第です。
改めて、食を通した人との出会いに感謝し、
謙虚な気持ちでこれからも取り組んでいく所存です。
投稿者 culin : 23:59
卒園式 ◆ いもぼう 平野家本家 北村晋一 ◆
最近、テレビのニュースを見ていると、「ハンカチ王子」の斉藤投手や田中投手、
福原愛ちゃんたちが「本日、卒業式でした。」と報道されていると、
「もうそんな時期かぁ~」
すると、家内から
「3月17日、これんの?」
何のことかなぁ~と思ってたら、
「うちの子も、3月17日に卒園式があるんですけど」
早いもんで、一番上の子供は、今年の春から小学生!
あっという間に、月日がたって大きくなっていました(^o^)
先日も長女が久々に、
「お父さん、抱っこして」
と言ってきたので、抱っこしたのですが、腰が抜けそうになりました(´Д`;)ヾ
重くなってるのは、わかってたのですが、予想以上に重くなっていて、、、
「今度は、肩車して~」
っと言われたのですが、さすがに堪忍してもらいました。
しかし、お姉ちゃんがされているのを見た下の二人が
「わたしも!」
って言ってきたので、まずは二番目!
一番上よりは、当然軽かったのですが、それでもだいぶん重たくなっていました。
三番目は、ちょっと年も離れていて、まだ小さいので軽かったのですが、
さすがに三人をかわるがわる相手をしていたら、フラフラになりました(´Д`;)ヾ
あとの三人も、いってるまに幼稚園、小学校に行くようになるんやろなぁ~
投稿者 culin : 23:59
食材と旬 ~ 四季と日本文化 ~ ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
先日、中央市場で写真の野菜を貰いました。
「アイスプラント(バラフ)」と言うアフリカ原産の多肉植物です。
サボテンの仲間といった方が分かりやすいでしょうか。
いわゆる”新野菜”と言うもののひとつで食べると塩味がします。
乾燥に強く、塩分を含む土地でも栽培でき、土壌の除塩効果もあるということで
佐賀県あたりでは特定農産物として取り組んでおり、「水晶菜」と言う商品名で
流通しているようです。
サラダや炒め物などにとパッケージには書いてあります。
主に洋食や創作料理のお店などで使われているそうです。
私の場合はたまたま、妙な野菜が並んでいるなぁ、と言う
あくまでも見た目の興味から貰ってきたもので
これをどうこうしようと思っていませんでしたが、とりあえず
天麩羅にして食べて見ました。
食感的には挙げた事による大きな変化は無く、
もともと塩味がしているのでそのままでも食べられます。
生で食べられるものなので軽く火を通すだけにしました。
う~ん、香りがあるわけでなく、食べたからどういうものでもない。
難しい食材です。
これをうちの店で使うとすればどうなるのか、と考えた時にふと、思いました。
「これって日本料理(プロのと言う意味です)の中に取り入れて意味があるのだろうか」と。
日本料理の食材の多くは旬と言うものがあります。
旬があることで季節感が生まれ、それを食すお客様に四季を感じてもらう事が出来ます。
もちろん、アイスプラントにも旬はあります。(栽培時期的には冬の野菜だそうです。)
でも、”新野菜”と呼ばれる食材のほとんどは一般的に知られているものではないし、
それを食べて季節感を感じるかと言うと難しいでしょう。
例えばその料理をお客様に「旬は冬です」と説明してお出ししても
「ふ~ん、珍しいなぁ」とか「へーっ、冬の野菜なんやぁ」と言う話にはなっても
次にそれを食べた時に「もうそんな季節になったんやなぁ」と言うことには
決してならないと思います。
そうやって考えると日本人は食においても四季を感じ、楽しむ文化を持っているのだと
改めて日本に生まれた事をありがたく思いました。
最近は都会では四季を感じる事が減った、なんて話も聞きますが
食を始め、ちょっとした身近なところに目を落としてみると
季節を感じる事は出来ると思います。
たまには外に出て季節の移り変わりを楽しんでみませんか?
私?私も感じてますよ。春を鼻と目のあたりに・・・・(笑)
投稿者 culin : 13:25
アストランス3つ星獲得!! ◆ 修伯 吉田修久 ◆
皆さん、パスカルとクリストフが3つ星を獲得しました!!
若干34歳の若さで3つ星とはほんとあのいたずら料理小僧が?(笑)と思います。
いや、料理小僧だからこそなのかもしれません。
昨年のフェローシップでの料理小僧ぶりは学ぶべきことがたくさんありました。
来日中に「3つ星を取るために引越し客席を増やしたり、
内装をもっと豪華にしたりする」などを考えているのかと尋ねたことがありました。
すると、彼らは「3つ星には興味がなく、今の20人ぐらいの客席で
今の料理のクオリティーを維持することが大切でそれで十分」と言っていました。(かっこいー)
本当に無欲の3つ星獲得ではないでしょうか。
よく星獲得のために内装の工事をする、など良く聞く話ですが、
パスカル、クリストフは本当にすごいと思います。
お祝いのメールを送ると「自分たちのチームの幸せ」そして、
「チームみんなでその喜びを共有します。」
「自分たちは自分たちの考えに忠実なままでいます。」と送ってきました。
3つ星を取ることがどれくらい大変かは分かりませんが、
星を一つなくして有名なシェフでさえ自殺するぐらいなのだから
フランスにおけるミシュランの存在は大きいのだと思います。
昨年来日したパスカル、ジャック、セバスチャン(彼は彼の父が3つ星を取りました)
彼らは星には興味がないとは言ってましたが、
私がジャックに聞いた時には、少し前にポール・ボキューズが来て
ジャックの店で食事をしました。
そして食後にジャックを呼びジャックに「この店は2つ星ですか?」と尋ねたそうです。
ジャックの店は1つ星なので「1つ星です」と答えると
ボキューズは「来年は2つ星だね」って言ったそうです。
現在、客席が少ないので近々大きい店に移転するらしく、
「店さえ大きくすれば2つ星は確実?」と尋ねると、「それは分からない」と笑ってました。
日本版のミシュランができるという噂がありますが日本料理の店はどうなるのでしょうか?
すべての飲食店が基準になる方がおもしろいと思いませんか?
もちろん、星よりも目の前のお客様が大事です。
投稿者 culin : 20:49
本日のぼやき その8 ◆ 滋賀 比良山荘 伊藤剛治 ◆
この暖冬、果たして天災か? それとも人災なのか?
世界的に異常気象が報じられる中、我が国も例外ではありません。
昨年は、局部的な集中豪雨や信じられぬハリケーンなど各地で
多くの自然災害がおきました。
そしてこの冬、全国的にどこもかしこも、暖冬、暖冬、暖冬。
町ん中に住んではる方々からすれば、平均気温が、1~2度高くて
「今年は、わりあい暖こうて過ごしやすかったわぁ」
「一週間、さくら咲くのが早いんやて」
と、いう位に思うてはる方々も、多いんとちがいますか?
しかし、我々山ん中に住む者は、肌で感じております。
例年なら、クリスマスの頃から今頃までは雪に覆われてるのが普通です。
しかし、今年はどこを探しても雪がない。
お正月から2~3回まとまった雪が降りましたが、2~3日後には
温かな日差しで解けてしまいました。
あきらかに、異常やと思います。
今年、米寿を迎えた、うちの祖父も「こんな年は、今まで知らん!!」
と、首をかしげとります。
先日、お出でいただいたお客様と、こんな話をしました。
「雪が少ないのは、正直なところ、山ん中に暮らす我々にとっては助かります。
そやけど、琵琶湖の自然ダムと言われる比良山脈にこれだけ雪が少ないと
谷川をつたい少しずつ流れ出す、雪解け水がありません。
今年は、また、いつぞや以上の水不足になるかもしれませんネェ?」
すると、「水不足も心配やけど、もっと心配なことがあります。」
そのお客様は、そう言って語り始められました。
なんとその方は、琵琶湖の研究をされてる方やったんです。
(えらいこっちゃあ。釈迦に説法してしもた!)
その内容を聞いてショックでした。
今年はいままでの、琵琶湖のデータにはないことを、
経験することになるかも知れません。
その内容は、来月のブログで。
合掌
投稿者 culin : 20:56
日本料理フェスタin NYC に参加して ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
3月5日Marriottホテルにて栗栖正博氏、栗栖 基氏、野永喜三夫氏と私の四名で
デモンストレーションをやってきました。
こういうイベントにはハプニングがつきものです。
で、案の定、当初300名様分の「蓮蒸し」の試食を
425名様分に増やしてほしいとのメールが入りました。
このメールを確認したのは成田空港ロビーでしたので、
材料を5割増しで用意してくれるようにとの返信をするだけで、
機内に乗り込むほかありませんでした。
時差の関係で先方もメール確認ができない事情もありました。
到着した3月3日のJFKは春の日差しで包まれ、
マンハッタンに入ると春風が心地よく迎えてくれました。
コートを着ていることすら、大袈裟な風情です。
T-シャツ姿が人波にちらほら。
まるで「おのぼりさん」丸出しと、春風の爽やかさとは裏腹な気持ちを携えながら、
チェックインまでのひとときを過ごしました。
Marriottホテルのスーシェフ(副シェフ)と挨拶をすませ、
借りる厨房と冷蔵庫、調理器具に食器類の案内を受け、
試食作りの手伝いをしてくれる現地スタッフと打ち合わせに入りました。
メガホテルであるMarriottホテルは1日に5000名分の食事供給能力を誇っています。
その厨房はまるで工場です。
調理器具もまた巨大で、泡立て器でさえ長さ80?はあります。
ガリバーの国に行った感じで、味もまたそれに近いのではと
想像させるものがあります。ドライな巨大ビジネスです。
4日は朝から、仕込みに入ります。
450名分で考えることにしました。
4人は口も聞かず、黙々と仕込みを進めていきます。
現地スタッフも気持ちよく協力を惜しまずにがんばってくれます。
正博さんは懐石料理一式一人前を展示用に作ります。
基さんは野菜関係を受け持ち、「蓮蒸し」と出汁ひきを実演。
私は魚介類関係を受け持ち、3人の助っ人に野永さんが走り回ってくれました。
さて、私が担当した「さかな」は近年欧米で肉食から、
魚食へと変化が急速に進んでおり、彼らの強い関心を感じていました。
「さかな」のパフォーマンスは「造り」だと直感的に決めていました。
そこで、どのように季節感に始まる日本料理の持つ哲学を表現するのかということを、
NYCに到着してから考えました。
メインテーマを「春風の食卓」と決めました。
JFKから、マンハッタンで吹かれた春風を参加者の方々と共有しようというわけです。
盛りつけは、直径80?、深さ10?の白の大皿1枚。
同じ長径の楕円皿3枚を使わないと、会場では仕事になりません。
4枚のそれぞれにサブテーマをつけました。
テーマを明確にすることは、作り手の意図を説明することで、
参加者がよりわかりやすくするための工夫です。
最初の円形の皿は「万華鏡」。
よろずの花が咲く春を万華鏡で訴え、サーモンを椿造りにして、
花心のレモン皮を細切りにして使います。
実演は基さんと私の二人で40分です。
あらかじめ作っておかないと毎合いません。
薄造りではとても迫力はでません。
ボリュームをつけて、短時間に盛りつけられる工夫です。
二番目は「海の中の春」。
JETOROから、昆布を使ってほしいとの要望があったので、
ホテルの部屋で夜中にうろこ形に昆布を切り出しておきました。
水温む春になると、海底で眠るように過ごしていた魚も、
春を確かめに海面に躍り出てきます。
その一瞬を表現しました。
楕円形の皿の両端に氷を山のように盛ります。
躍り出る魚の勢いで海面が波立つわけです。
昆布にはトロと平目を盛り、ウロコに反射する春の陽光の輝きを盛りました。
三番目は「小川にせせらぎ」。
雪で隠れた小川も、春の到来で姿と音をあらわす。
針魚で小川の流れを表し、炙り油目で岩。大根と人参で雪がまだ残っている丘、
菜の花と穂ジソをあしらい、気の早い小さな花をという絵画的なものにしました。
四番目は「風の出逢い」。
自然をねじ伏せようと働く欧米社会とは違い、
わが国は自然と共に生きるというのが隠れたテーマです。
春に吹く風も東風・西風・北風・南風からその間にいくつもの呼び名をつけて風を見ている。
確かに科学的で分析的だ。しかし、わが国では全部まとめて「春風」という。
春風の中には冷たい奴から、暖かい奴まで混ざっている。でも、みんな春風なのだ。
分析はものごとを理解しやすくもするが、大きなところを見逃すこともある。
烏賊とサーモンの腹身を鳴門に造り、風をあらわした。
それに、魚を捌くことは、リンゴの皮を?く様なことだ、と説明し、
リンゴ5個の皮を長さを違えて剥いたものをあしらった。
リンゴはNYCのシンボルで5個はマンハッタン、ブルクリン、ブロンクス、
クイーン、ステタン島の5地区を意味していると説明をしたら、受けました。
投稿者 culin : 20:31
【御幸町通】 ◆ 懐石・宿 近又 鵜飼治二 ◆
ご存知だと思いますが、京の通りの名前
〔東西の通り〕
丸竹夷二押御池 姉三六角蛸錦 四綾仏高松万五条 雪駄ちゃらちゃら魚の棚
六条三哲とおりすぎ 七条こえれば八九条 十条東寺でとどめさす
〔南北の通り〕
寺御幸麩屋富柳堺 高間東車屋町 烏両替室衣 新町釜座西小川
油醒井で堀川の水 葭屋猪黒大宮へ 松日暮に智恵光院 浄福千本さては西陣
私の店は【御幸町通りの四条上る、または御幸町錦下る】というところにあります。
ここで私は生まれ育ちました。
私にとって親しみのあるこの【ごこうまち】通りをよく
【みゆきまち】通りと呼ぶ方がいらっしゃいます。
確かに地方へ行くと時折この名の通に出くわすことがありますが、
たいてい【みゆき通】と呼び、【ごこうまち】と呼ぶことは聞いたことがありません。
ひょっとするとそう呼ぶのは京都だけかもしれませんね。
人に聞かれてこの通りは【ごこうまち】と言うんですよと言うと
ちょっと怪訝な顔をされるか、聞きなおされることが多いです。
さて、この御幸町は北は丸太町通りから、南は五条通まで続き、全長2,4キロあるそうです。
豊臣秀吉によって天正十八年(1590年)の京都大改造によって生まれた通りだと聞いています。
その名の由来は、すでに江戸時代から論争があり
秀吉が大坂から御所に参内するときにこの道をよく使用したので
その名があるとしたものもあれば、大坂からではなくて
伏見城からだとしたものもあります。
さらには『御幸』は天皇、上皇だけに使用するもので、
秀吉とはあつかましいといったものもあります。
いずれにせよ秀吉は、晩年の慶弔二年(1597年)御所東南側の地に
聚楽第にかわって広大な京都の邸宅を造営しているので、
この御幸町通りを利用したことは大いに考えられるそうです。
貴族の最高位関白でもあった秀吉の行粧は天皇以上のものであったでのしょう。
「御幸」もそうしたことから、つけられた可能性は十分にあります。
皆さんもこの古き歴史のある京都の地名や通りの由来を一度調べてみてはいかがですか。
おもしろいことが発見されるかも知れませよ。
※ リンク先は京都銀行様の「寺御幸」の音声ファイルに繋がっています。
なお、「丸竹夷」も同じ節回しで「寺御幸」の方が「丸竹夷」の節で歌われているようです。
投稿者 culin : 20:12
韓国ソウル訪問記 ◆ 辻調理師専門学校 小山伸二 ◆
日本料理とはなにか、を考えるうえでもっとも近隣の国の料理を考察するというのは、
なかなか有益なことかもしれないなあ、と漠然と思っていたら、
ラッキーなことに仕事で出かけるチャンスが。
先月のことになるが、初めての韓国だった。4日間だけ。
しかもソウル市内だけの滞在。
現地では仕事だったのだが、朝昼晩、食事はするわけで、
その食事を通して、なにがしか、韓国、ソウルに来ているのだという実感が持てた。
成田からソウルに向かう大韓航空の機内食で出た「ビビムパプ」。
いままで食べた国際線の機内食で一番、おいしいかも。
いきなり、韓国料理の底力を見たような気がした。
もっとも、同行した部下Kさん(韓国語が母語でほかに英語、フランス語、日本語が堪能な才媛)の
優しいナビゲートのおかげも大きいが。
Kさんのやるように、パックのごはんにナムル各種をのせ、
チューブからコチュジャンを絞り出し、さらに小さい容器に入ったごま油を少量ふりかけ、
全体を韓国独特のステンレス(高級なところでは銀製なのだろうが)の箸で、
根気よく丁寧に混ぜ合わせる。
その混ぜた箸で食べてみる。
すると、バランスがとりづらく、しかもご飯がすべって、
なかなか食べられないでいると、ごはん物はスプーンで食べるものですよ、って、
Kさんに指導。韓国では左手を使わずに食べるのがマナー。となると、スプーンがいい。なるほど。
こうやって、日本海上空あたりで、ぼくのささやかな「郷に入っては郷に従え」は始まっていた。
仕事の合間にソウル在住の方に食事をごちそうにもなった。
自国の料理、食文化に誇りを持っている人たちにもてなされているのは気持ちのいいものだ。
実際に、どれも、美味しかった。
キムチもさまざまな種類がある。
また、焼き肉の突き合わせの野菜、香草類も種類が豊富で、
味のバリエーションも豊か。ついつい、食べ過ぎ、飲み過ぎてしまう。
「辛い料理」という先入観をとりはずして、注意深く、その味の世界を眺めると、
とても、4日間では、味わい尽くすことなどできない、豊かで多様な食の文化が
この国にあるのが、ぼくにもわかったような気がする。
さて、3日目の夜、そして4日の昼間だけ、まったくひとりで行動できた。
それまでは、部下のKさんの通訳&サポートで、仕事先の方々の親切ともてなしに支えられて、
最上級のソウルを体験できたのだが、さて、ひとりになって、韓国語もわからず、
ハングルも読めないまま、ホテルからタクシーに飛び乗り、夜のインサドン(仁寺洞)へ。
若い人が多いその一角には、観光客向けのチープなお土産屋も立ち並んでいるが、
おしゃれなショップ、カフェ、イタリアン(パスタ専門店?)、
地元の人でごった返している飲食店街のようなものまで、種々雑多に混在。
渋谷のセンター街あたりを歩いているような気分になる。
さて、ぼくは、あてずっぽうに、韓国風の蒸し餃子と、浅蜊のうどん(?)のようなものを食べたけど、
これは何となくピンとくるものがなく、盛り上がりにかけた味だった。
ひとりでビールを飲んでも、盛り上がらない、ということか。
そのあと、日本の70年代風の喫茶店に入ってコーヒーを飲む。
メニューにあった「韓国餅」も注文。
想像していたよりコーヒーが美味しい。
柔らかめの餅を蜂蜜につけて食べる。
しかも、コーヒーと。店内にはジャズが。
この組み合わせがシュールだが、悪くなかった。
さて、4日目は、早起きをして観光に出かけようと思い、
いろいろ悩んだ末、キョンボックン(景福宮)を見に出かける。
2025年まで復元工事が進められるのだという。
すでに解体された朝鮮総督府庁舎の写真パネルでの展示などを眺めながら、
しばし日本と韓国の歴史を思う。
広大な敷地内には、国立民俗学博物館もある。
こちらは、次回にとっておいて、景福宮の東側のサムチョンドン(三清洞)と呼ばれる界隈を
散策することに。現代アート系のギャラリーや、おしゃれなレストランが建ち並び閑静な地域らしい。
たしかに、素敵なギャラリーが続き、フレンチ、イタリアン、カフェ、ブティックなどが軒を連ねる。
道幅も狭く、日曜日のせいか車も少なく、閑静なたたずまい。
三十分くらい歩いていたら気になる店を二つ発見。
まずは、本屋とカフェが合体したような「BOOKCAFE」。
エスプレッソが美味しかった。
ずらりとならんだ、本の装丁のセンスも素敵だ。
日本にかつてはあった喫茶店文化が、きちんと生き残っているような印象を受けた。
もう一軒は、山菜料理のお店。
すごい種類の山菜をナムルにして、精進料理のコースを組み立てている。
素朴な山菜を、おしゃれな空間と、盛りつけのセンスで供する。
しかも東京でそのままやっても流行りそうな、おしゃれな雰囲気。
気がついたら、ぼくの後ろの席には若い日本人の女性客が二人いた。
韓国でも、ヘルシー志向なのだろう。
というわけで、ぼくの韓国駆け足出張は終了。
ただ、仁川国際空港に到着後、さっき山菜精進料理を食べたばかりなのに、
ムルネンミョン(平壌式冷麺)を食べ忘れていたことに気づき、
空港内の食堂に駆け込む。
ふっと隣の席をみると、大韓航空のフライトアテンダントのお嬢さんたちが楽しげにお食事を。
お昼からがっつり、クッパプ定食を召し上がっていた。
(写真は、山菜料理のお店の、山菜づくしのナムル)
投稿者 culin : 21:14
私の好きな言葉6 ◆ 鶴清 田中信行 ◆
今月は松下幸之助の「青春」と題した言葉にしました。
「青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気にみちて
日に新たな活動をつづけるかぎり、青春は永遠にその人のものである」
という言葉です。これは松下幸之助の晩年の座右の銘だったそうです。
幸之助自身、いつまでも若くありたいと思っていても
肉体的に歳をとっていく事は避ける事ができない。
しかし、精神的には何歳になろうと青春時代と同じように、
日々新たな希望に満ち、勇気を失わずに自らの使命達成に取り組むという
気持ちを持ち続ける事が出来るはずだと言っています。
その精神面での若さというものを決して失いたくないというのが、
かねての幸之助の願いだったそうです。
幸之助はこの言葉を色紙に筆で自ら書き、額にいれておいたところ、
来る客、来る客みんながそれを見て、是非ほしいと言うので、
印刷して額に入れて差し上げた方が何かのお役に立つかとも思い、
それを全国のナショナルの販売店、販売会社の方々に配られ、
皆様に非常に喜ばれたそうです。
この言葉を知り、私も信念と希望をいつまでも持ち、
精神的にいつまでも若くいようと考え、
ついつい楽なほうに流されてしまう自分を戒めるためにも、
この言葉を部屋に飾ろうかと思っております。
投稿者 culin : 21:47
好奇心から・・・・ ◆ 東京 日本橋ゆかり 野永 喜三夫 ◆
NYで3月5日より「日本食文化フェスティバル in NY
FLAVORS OF JAPAN-Gastronomic Discovery」が開催され自分もNYへ行きます。
近年、国際的に日本食に対する関心が高まっています。
米国においても健康ブーム等を背景に日本食レストランの数が9000軒を突破、
この10年で2倍以上に増加し、米国人にとっても日本食は身近なものとなりつつ有ります。
米国における日本食文化普及の拡大は3つの点で重要な意義を有しているそうです。
1点目は日本の農林水産物の輸出促進です。
米国は農水産物輸入世界最大規模の市場であると共に日本産品最大の
輸出市場でもあることから、国策の観点からも
米国における日本食普及拡大は極めて重要。
2点目は米国人の健康増進に役立つという点です。
1970年代に芽生えた健康志向の流れは現在も続いており、
日本食普及の背景にもこの点が大きく影響していると考えられます。
3点目は日米の相互理解促進という点です。
中国等アジアの発展等に注目が集まる中、
食文化の交流は日米間における様々なレベルでの関心を高める上で、
極めて有効なツールであると。
このような意義を持つ日本食文化の普及は、
先人の努力等もあり上述の通り一定のレベルにまで達してきたことは事実ですが、
当然のことながら米国人の日常の食生活への浸透という点では未だ道半ばという状況にあります。
更なる普及拡大を目指すためには日本食文化に対する広く深い理解を醸成する必要があり、
米国側から日本食文化へのニーズがかつてない程高まっている今こそ、
このようなニーズに積極的に応えていく事が必要。(NYで日本食文化の総合イベントを開催)
以上の観点からこの度、世界中への情報発信拠点でありかつ海外における
日本食文化集積地としても有数のNYにて、日本食文化に関する総合イベント
「日本食文化フェスティバル in NY」を2007年3月第2週に開催することといたしました。
同フェスティバルは展示会、フード・フェスタ、シンポジウム、レストラン・ウイークといった
4つの柱及び関連事業から構成されており、日本の「食」を米国において
経済及び文化的側面から総合的に紹介する政府・民間が一体となった初の試みです。
各イベントの現時点での詳細は以下の通りだそうです。
1.国際的な食品展示会におけるジャパンパビリオンの設置(農林水産省受託事業)
(展示会名:International Restaurant & Foodservice Show)
日時:2007年3月4日(日)~6日(火) 10:00~17:00(最終日16:00まで)
場所:NYジャビッツ・コンベンションセンター
主催:ジェトロ・ニューヨーク・センター
内容:日本から25の食品関連企業・団体が出展しジャパンパビリオンを形成すると共に、
周辺にも日本の食品関連企業がブースを構え、日本の食品・食材を米国の
食品関連輸入業者やレストラン関係者、メデイア等に広く紹介します。
日本から出展される商品は、お米、和牛、イチゴ、昆布等の日本が誇る高級食材、
八丁味噌や黒酢などのこだわりの調味料、日本直送の冷凍寿司等付加価値のある
加工食品、更には和包丁や漆器といった食周り品等、新規性、希少性、多様性に富む
内容となっています。
2.日本食文化シンポジウムの開催
日時:2007年3月5日(月) 15:00~17:30(時間予定)
場所:ジャパン・ソサエティー
主催:日経アメリカ社、ジャパン・ソサエティー、ジェトロ・ニューヨーク・センター
内容:「日本食文化の米国への浸透」をテーマに一般の方々対象のシンポジウムを行います。
茂木友三郎キッコーマン(株)代表取締役会長による基調講演の後、鉄人シェフで有名な
森本正治氏、「ダニエル」オーナーシェフのダニエル・ブリュー氏、日本食文化研究家の
安藤エリザベス氏らによるパネルデイスカッションが行われます。
3.ジャパニーズ・フード・フェスタの開催
日時:2007年3月5日(月) 18:30~22:00(時間予定)
場所:マリオット・マーキーホテル(ミッドタウン45丁目)
主催:日本食文化フェスティバル実行委員会、ジェトロ・ニューヨーク・センター
内容:米国の食関連業界関係者、メディア、日米有識者等を対象にしたイベント性の高い
レセプション(招待者限定)が開催されます。安藤エリザベス氏による
日本食文化レクチャーの後、日米スターシェフによるクッキングデモンストレーションが
行われます。
日本側からは京都の有名料亭として名高い、たん熊北店、たん熊熊彦、
梁山泊の夫々ご主人(栗栖正博氏、栗栖基氏、橋本憲一氏)が参加され、
伝統的な懐石料理の実演を行う一方、米国側からはニューヨークの
トップフレンチシェフであるデビッド・ブーレー氏が日本食材を使用した料理の実演を行い、
招待者は夫々の料理を試食することとなります。
その他、日本食を体感してもらうための各種イベント、フードコーナー設置等が
予定されています。
4.ジャパニーズ・レストラン・ウイークの開催
日時:2007年3月4日(日)~10日(土)
場所:ニューヨーク周辺の日本食レストラン参加を予定
主催:日本食文化フェスティバル実行委員会
内容:より多くの方々に日本食への関心を抱いて頂くため、ニューヨーク周辺の
日本食レストラン参加によるレストラン・ウィークが開催されます。
参加レストランによる期間限定特別割引メニューの設定等を通じ、
広く一般の消費者等に対する日本食文化普及を目指します。
詳細は、ジャパニーズ・レストラン・ウィーク専用ホームページ
(http://www.jprw.net)をご参照願います。
今、日本の食文化がどのように伝わり理解され今ブームなのか、
実際に感じたいと自分勝手な好奇心からかの行動で関係者の方々に、
ご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申します。
お陰様で多大なご理解があり自分もイベントのお手伝いを
3番のジャパニーズ・フード・フェスタの試食425名を担当するようになりました。
ご迷惑を掛けないよう頑張ってきます。
投稿者 culin : 20:32
C.W.ニコルさんの『MOTTAINAI倶楽部』 ◆ 右源太・鳥居宏行 ◆
『MOTTAINAI倶楽部』は、無駄に棄てられている様な
“もったいない”食材を使って料理を作り、
パーティを楽しむ会です。
今回は、この会の事を書いてみようと思います。
きっかけは…7年前の冬、ニコル師匠と狩猟の話をしていました。
貴船の猟師仲間の会話…
「最近鹿がムチャクチャ多いなあ~」
「家の冷凍庫も鹿肉がいっぱいで、
家族に何とかせえて言われてるんや。」
「食いきれへんし、料理屋はエエトコしかいらん言うし、
しゃあないし犬(猟犬)に喰わしたわ!」
この辺では、こんな事態になっていますよ…
と話すと、ニコル師匠が、
「それはもったいないよ!! 僕が鹿を料理するから、
友人を集めてパーティやろうよ!!」
と言われて、翌‘02年の春、貴船にて第1回目の
『MOTTAINAI倶楽部』が開催される事になりました。
その日、ニコル師匠は午前中から仕込みに取り掛かり、
鹿スジ肉とビールの絞りカスで出来たパンを使った
『鹿ハンバーガ』と、ウエールズ風『猪と豆のスープ』を作られました。
それと、仲間が持ち寄った料理とワインで盛り上がりました。
その時、ニコル師匠は鴨肉も送ってこられましたが、
それは、合鴨農法(酒米を低農薬で作る為、
鴨に害虫を食べさせる方法)の時期が過ぎて不要になり、
焼却処分される運命だった鴨でした。
「用が済んだら殺して“償却処分”???」
ニコル師匠はその鴨を300羽譲ってもらい、
エサを与えて飼っているとの事でした。
それを聞いていた村田さん(現アカデミー理事長)は、
「命あるもんやし、せめて食うたらどないやねん!!」
「それやったら、みんなでニコルさんとこへ、
その鴨を料理しに行こうや!!」
と呼びかけられ、その場で、
第2回目はニコル師匠宅で開催される事に決まりました。
翌‘03年の12月、京都の若手料理店主ら12名で
『アファンの森』へ行き、みんなで捌いた鴨をいただきました。
第3回目は‘04年12月、再び貴船にて『猪を食べつくす』
というテーマで、和・洋・中の料理人が集まり、
モツやタンをはじめ、猪足(豚足の猪版)
脳ミソのパテ等の料理を作りました。
第4回目は‘05年5月、奥琵琶湖にて、
害魚といわれる『ブルーギル・ブラックバス』
をテーマに、開催されました。
この時は何故か途中で多くの人を巻き込んでしまい、
だんだん話が大きくなり、地元の町長や政治家の方々、
ブラックバス駆除賛成派や反対派の人たちも来られ、
テレビ局や新聞社の取材もたくさんあって村田さん曰く、
「俺ら社会問題の研究してんのとちゃうで!
無駄にされてる食材で料理作っとるだけやで!」という事で、
参加した仲間達も、「疲れた~。なんか仕事してるみたいや~。」
との感想も多く、課題を残す結果となってしまいました。
そして第5回目。前回の反省を活かすべく、
「今回は小じんまりやろな~」という事で、
‘06年5月、貴船にて開催する事になりました。
テーマは『利尻産、春先昆布』というもので、
これは一年物・二年物の早摘み(間引き)昆布の事です。
小じんまりやるという事だったのですが、
利尻からは島民約20名が参加され、
結局大所帯になってしまいました。
そして、テーマが昆布だけに、参加者の料理人魂?
に火が点いてしまい、30種に及ぶ料理が出来ました。
‘07年5月の第6回目は、もっと「気楽に」やろうという事で、
テーマは再び『鹿』で、貴船にて開催されました。
昨今の鹿の大繁殖は、この会が出来た頃よりも
数段ひどくなっていて
(その様子は過去のブログでも書きましたが)
猟期間外にも関わらず、4頭の鹿が集まりました。
その他、大きくなりすぎて売り物にならなくなった『ジュンサイ』、
『川原に自生するクレソン』等で作りました。
第7回目となる今年も、5月に開催される予定ですが、
詳細はまだ未定です。
ニコル師匠は、「テーマはみんなで決めればいいよ」
と言われていますので、何か“もったいない“食材を
ご存知でしたら教えて下さい。
個人的には、この会でたくさんの素晴しい人達と
知り合えた事が大きな財産になりました。
今後も、楽しい出会いを期待して、
この会が続く事を楽しみにしています。
村田さん曰く、「辞めたら“もったいない倶楽部”やんけ!」
投稿者 culin : 21:15
こだわらず、 一つやってみるかな!! ◆ 京都吉兆 徳岡 邦夫 ◆
「四季の移り変わり、自然のライフサイクルを感じることは大変豊かで文化的だ!」
それだけでは、ないと思います。
生き抜いていくためには、周りの環境の変化、自分自身の立っている位置、
敵か味方か 共感できるか出来ないか、 妥協点はあるのかないのか云々・・・を
察知し行動できることが大事である。
このように言葉にしてしまうと 、冷血で神経質に感じると思いますが、
要は、生きる力が弱まっているように感じかせんか?
危機回避能力が退化ingしているとお思いに成りませんか?
食に関して指摘してみれば、日本人は、目の前に出された物は、
大丈夫だとかってに決めつけて、よく見もしないで、臭いもかがず、
味も見ないで体内に取り込んでしまっています。
本当に大丈夫なのですか?
情報にごまかされていませんか?
先入観にとらわれていませんか?
誰かのことを信用しすぎてませんか?
四季の移り変わりを感じ、御自分の指先、
肌、毛先、内臓に問い掛けてみてください。
静かにしていると、血液の流れている事に気がつきます。
健全な循環は、より高度な循環に移行していくと感じています。
その為に具体的に何をすれば良いのか、みなさんと考えたいと思っています。
私自身が今、感じている事は、間違う事を恐れず、
自分自身が無恥無能な事をさらし、恥ずかしがらずに行動に移し、
だめな部分を 素直に認め、体験として自分で感じ自分の物にして行きたいです。
どんなに信頼している方でも反対に、どんなに嫌いな人でも
「素敵なところ」と「醜いところ」が必ずあります。そう思います。
一番大事なことは、たくさんの情報の中から自分で求め、判断し、選び、決断し 、実行して
その責任を自分自身で取る覚悟を決めることではないでしょうか?
責任というのは、自分自身だけで決して取れる物ではないとは思いますが、
覚悟をすることが大事だと感じています。
何をやってもいいのです。
何でも出来るのです。
自分で枠を決めているだけなのです。
自分自身で正しいと思う事、自分自身で責任を取る覚悟を
決めれるのならなんでもOKだと想います。
誰が正しくて だけが間違っていると言うことは、はじめからないのです。
思いどうりに出来ると言うことです。
純粋な事は毒だ!!という方々もいらっしゃいますが、本当にそうでしょうか?
こだわらず、 一つやってみるかな!!
投稿者 culin : 20:56
『てんやわんや』してきます ◆ 平等院表参道 竹林 下口英樹 ◆
来週の今頃は
片手にはシャンパン もう片方には青い目の髪金フランスねぇーちゃん
「やっぱりオペラはいいよね すまんがもう一杯KURGを…」
終わらないフランスの長い夜がやって来る↑↑?(笑い)
「鯖」「抱っこ、抱っこ」「饅ジュー」「盆二スワール」「セボネーコシボーネ」
えっ 今 何て言ったはったんかなぁ?↓
えっ どんな意味?↓
どの行くの?
どこにあんの?
もう てんやわんやですわぁ!!
的なことが、また、やって来ると言うか、フランスにやりに行く
フランスで行われる「日本料理ワークショップ」
フランス人シェフの目に映る日本料理?
フランス人シェフに見せる日本料理?
むつかしいなぁ 彼らは今までに何人か来ているが
こんな所が興味あるのか…
これには興味が無いの?
など ビックリさせられてばかりやからなぁ
それどころかフランスの中学生や高校生にも
日本料理の講習を父兄200人対象に行う
アカデミーがお手伝いしている京都の小学生を対象にやっている
食育の授業でも大変やなぁ
と思って指をくわえて見ているのになぁ
せやのに 200人が銘々に訳のわからんフランス語で質問をしてきた日にゃー
また てんやわんやですわ~
まぁ 今からあたふたしても どうしょうもないかぁ
忘れ物だけは無いようにしないと取りに帰れないからなぁ
特に関空のトイレでチケットだけはねぇ
忘れないようにしないと(苦笑い)
また帰ってきたら「日本料理ワークショップ」の報告をいたします
楽しみによろしくたのんます
料理人としてひとまわり大きくなって 帰ってこれたらなぁ...
では 行ってきます!!
投稿者 culin : 21:19
結婚記念日!! ◆ 岡庄 岡 豊雄 ◆
本日は私の両親の結婚記念日です。
例年ならば、両親に食事をプレゼントする段取りでしたが、
あまりの忙しさに何か親孝行するどころか、
仕事を手伝ってもらう始末で両親共にぐったりモード、ほとほと情けない限りでした。
今日はひなまつりですのでちらし寿司を特別につくり、たべてもらうことにしました。
ですが、帰宅が遅すぎたのか、家に帰ってみると、もうすでに就寝でした。
ガーン!!きっとあまりにこき使ったので、疲れて寝てしまったのでしょう。
明日一番に「ごめんなさい」を言い、両親の朝食にしていただく事にします。
繰越になりますが、明日は親孝行できるようにつとめて行きたいです。
ちなみに小生は独身ですので、結婚記念日はありません。
本日のひなちらしの内容
海老・細魚昆布〆・帆立・赤貝・竹の子・椎茸・干瓢・厚焼玉子
とり貝・イクラ・一寸豆・百合根三色団子です。
投稿者 culin : 23:59
「ビール」じゃない「泡」の話 ◆ 下鴨福助 安念尚志 ◆
「泡」といえば「ビール」が思い浮かびますが、
個人的にはそんなに好きではないので、
「シャンパン」について話したいと思います。
数年前に結婚してから嫁さんが無類の「泡」好きなので
「泡」の世界に巻き込まれてしまいました。
結婚前は某酒メーカーにおりまして、
ワインアドバイザー(ソムリエとほぼ同じ資格)と
シャンパーニュディプロムを持っていて
お酒にはうるさい奴です。
ところでシャンパンフルートに注いだシャンパンの泡が、
フルートの底から細くシュルシュル~っと上っていくのを
見ているだけで幸せな気分になってなんだか
ニヤニヤとしてしまいませんか。
あの細かい泡はグラスの底の何箇所からか上ってきますが、
そこには目に見えない程度のキズがつけられているんですよ。知ってますか?
最近はまた第何次かのシャンパーニュブームがひそかに続いているようなのですが、
シャンパンっていうと一般の方がイメージするのはドン○○、ですよね。
でもドン○○だけがシャンパンじゃない、もっといろんなシャンパンを
楽しんでもらいたいと思うのです。
大きくひとくくりされることが多いですが、スティルワイン同様造りやぶどう品種、
調合の割合によって味わいは大きく変わります。
シャンパーニュは大きく4つのタイプに分けられるそうです
(嫁さん受け売り、詳しく勉強したい人はシャンパーニュ委員会日本事務局のホームページへ)。
1.元気なはつらつとした泡、繊細な味わいが楽しめる気軽に飲むタイプ。
2.ワインらしいコクや力強さを感じる、赤ブドウ独特の渋みを感じるようなタイプ。
3.口当たりがやさしいロゼシャンパン。
4.熟成が進んで複雑、泡の勢いがだいぶ落ち着いて静かに飲めるタイプ。
ちなみにドン○○は4番目、本当は静かに複雑味をかみしめながら
飲んで欲しい1本なんですけれど。
普段よく飲むのは1か2のタイプですね。
1は和食なら白身のお刺身、天麩羅など軽めのものに。今ならカニもいいですねぇ。
2は味の濃いものにあわせられます。すきやきとか赤身や魚介類のお刺身。カニみそはこっちかな?
3も意外に面白いのがあります。ブラインドで飲んだら赤ワイン?って勘違いしそうな
ロゼシャンパンもあります。金色のものからサーモンピンク、キールロワイヤルのような
赤色のものまでいろいろあります。これは本当に楽しめます。
料理の最初から最後までこれ1本で、なんて便利なシャンパンもあるんです。
4は本当はシャンパーニュだけで楽しむのがいいですね。
料理をいただいた後、チーズやスモークなどと一緒に楽しむなど。
からすみなどをつつきながらというのも結構いけます。
なんて、書いてたら「泡」が恋しくなりました。
今夜はどんな「泡」で夜を過ごすか・・・・
今はそんな余裕はないんですけれどたまにはいいですよね。
投稿者 culin : 23:59
レストランシミュレーション実習の運営 ◆ 学校法人 大和学園 飯 聡 ◆
本日は教育の現場から、本校のレストランシミュレーション実習の運営について
お話ししたいと思います。
本校の昼間部調理師科は修業年限が1年の課程ですが、
毎年この時期には一年間の授業の総仕上げとして、
レストランシミュレーション実習を実施しています。
この授業は専攻別に日本料理、西洋料理に二分したのち、
学生をそれぞれ3つのグループに分け、実際のレストラン(料理店)と同様の運営を行います。
すなわち会食に来る「客」としての会食班、料理を仕上げる「調理班」、
来客に合わせて給仕をする「サービス班」の3つに分類します。
実際には対象学生を9分割し、調理が2回、サービスが1回、
会食が6回当たるようにします。つまりこの授業は9日間実施することになります。
ちなみに会食班は、客として来店するだけですが、
料理の味や盛りつけはともかく、サービスを受けての感想等、
コメント用紙に記入しなくてはなりません。
期間中の出席認定は厳しく、事前連絡のない遅刻、
欠席は全てペナルティーの対象とみなし、春休みに補講を受けなくてはなりません。
もちろん、体調不良など、致し方のない理由は除外いたします。
当然、会食班も食事をすることが出来ません。
事前連絡とは、これまでの学生気分ではない、
社会人として当然の振る舞いを求めるもので、
いわば当たり前のルールを求めているのです。
さて今回、3回目の実習指導に担当となり、私は「向板」指導の担当となりました。
その日は109名分の仕込みでした。
内訳は、調理班が24名、サービス班が12名、会食班が64名、指導職員9名となります。
献立そのものは比較的簡単ではあるのですが、
多少コンテンポラリーなエッセンスも加えています。以下をご覧下さい。
一、先付
筍と独活の木の芽和え
木の芽
一、向付
鯛へぎ造り
赤貝唐草造り
白髪大根
敷大葉
紅蓼
山葵
一、煮物椀
清し仕立
油目葛叩き
菜の花
木の芽
一、焼物
鶏胸肉塩ダレ焼
ベビーリーフ
三種類のパプリカの酢漬け
白髪葱
粉山椒
一、御飯
じゃこ御飯
一、香物
日の菜漬け
一、汁
信州味噌仕立
庄内麩
若布
なお、学生には事前に全9回の献立レシピと班分け表、
担当一覧表を配布して予習をさせます。
当日の作業分担は献立により多少の変更があるものの、
実際の料理店と同様の分担にします。
つまり、真(料理長)、煮方、向板、焼場、脇鍋、脇板、八寸場等に分担し、
それぞれを有機的に指導していきます。
授業冒頭にはその日のキャップ(先生)が概要説明を行い、学生の分担を決めていきます。
多くは立候補制をとり、キャップは学生達を上手く振り分けて行きます。
キャップは、学生達に「集散」の大切さを訴えます。
「自分達の仕事ばかりを行わず、絶えず全体を見て他の料理への意識を怠らないように、
特に温かい料理の盛りつけは手を止めて全員で取り組め!」
次に、学生料理長、T君が調理班に向かって今日の抱負を語り、
実践標語「段取り、清潔が全て」を全員が唱和して作業開始となります。
前述しましたが、その日は向板の担当となり、まずは学生を集めて
今日の作業の具体的な説明と他部署への「回し物」を最優先に取り組むよう指示をします。
ところで来客人数は64名と記載しましたが、実際にはこれを二分しての運営となります。
来客時間は1回目が34名で正午、2回目が30名で午後1時半となります。
さらに、一斉スタートするウエディング形式とはせずに、
来店順におよそ5名程度のテーブル単位で誘導する形式を取ります。
このことにより、料理の進行により注意を払い、数を読む意識付けをさせます。
もちろん、会席料理の一品出しのスタイルを取りますので、
遅くに来店した客が、先に来店した客より食べるペースが速いこともあるわけです。
いよいよ回し物の開始です。その日の担当は向板1名に脇板7名、計8名の布陣で開始です。
4名が油目の水洗い、2名が焼物の鶏の掃除と切り出し、2名が赤貝の掃除を開始します。
特に油目は活け締めなので鱗がなかなか取れません。
1回目の来店時間までになるべく仕込みを進め、水洗いはもとより、
どれだけたくさんの油目をおろし終えているかがポイントとなります。
「10時になりました!」料理長が、「お客様の来店まであと2時間です」と声を張り上げます。
そのうちに、焼き場に出張して鶏の回し物を終えた2名が戻って鯛の水洗いを始めます。
鯛は6尾入荷なので、水洗いそのものはそれほどの時間を要しませんが、
包丁を持ったまま、エラと内臓を連結させての内臓除去等、コツのいる作業の連続です。
もちろん、他の先生方も入れ替わり立ち替わりアドバイスをくださいます。
結局、油目の三枚おろしは、予定時刻を20分超過して午前10時35分の開始となりました。
腹⇒背⇒背⇒腹の手順で、鯖の三枚おろしと同様の作業なのですが、
活け締めなので包丁が負けてしまい、上手くいかないと骨に身が残ってしまいます。
学生の包丁を一緒に持ちながら、「その調子で!」と声をかけながらの作業を続けます。
でもなかなか小骨が抜けません。料理長が「作業、間に合いますか」と気遣います。
「誰か応援を回しましょう」と心強い言葉です。
すぐさま八寸場からYさんが応援に。早速、骨抜きを手伝ってもらいます。
1時間が経過したところで卸すのと骨抜きは一旦終了して骨切りの開始です。
「骨切りは包丁の刃渡りをフルに使って」「そうそう、皮肌直前で力を抜いて」と
ポイント指導を続けます。骨切りが終われば切り身にしてバットに並べ、
脇板のTさんが煮方と脇鍋に数量報告に行きます。
鯛の三枚おろし⇒節取り⇒皮引き⇒へぎ造り等、鯛を担当している2名も
息の抜けない作業が続きます。一方で赤貝の唐草は順調に仕上がっている様子です。
「まな板をのけて盛りつけにかかろう」と声をかけて、
冷蔵庫で冷やしている器を並べます。もちろん油目チームも盛りつけに合流です。
造りのあしらいや「けん」などは、八寸場が準備してくれます。
脇鍋が造り醤油を調合して小付(のぞき)に入れています。
向板のA君が料理長に盛りつけ確認を求めに行きます。すぐさまOKの回答です。
さあ急いで量産です。「だめだめ、大葉が見えすぎてバランスが悪いぞ」
「全体にこぢんまりと立体的に表現して!」
「鯛の切り身は尾の身やお腹の身だけにならないように」
と食べる人の目線で盛りつけの大切さを訴えます。
突然、キャップ(先生)から注目の指示があり、全員が手を止めて話を聞きます。
本日のサービスキャプテンの紹介と、オーダー通し役の学生の紹介を行います。
「自部署でのオーダーでなくとも、オーダーが通れば大きな声で返事をしろ!」と檄(げき)が飛びます。
やがて来客となり、オーダーが通り始めます。向付をサービス班に渡すだけではなく、
ビジュアルチェックを忘れず、霧吹きで軽く湿らせて正面を正して出します。
二回目の来客の仕込みにかかるまでに、
「よそのポジションを回って料理の出来上がりや流れを見てきなさい」と休憩タイムを提案します。
また、油目班と赤貝、鯛班のジョブローテーションも行い、
なるべくみんなが作業できるように配慮します。
やがて、2回目の来客も終了し今度は調理班、サービス班、教職員の食事を作ります。
料理店では「まかない」に相当する料理も、仕上げ時間を守るために懸命に仕上げます。
鯛の頭が6尾分残っています。「あらだきを作ろうか」と提案したら、
手の空いた1名が頭を梨割りにしてこなす作業を始めましたので、ポイント指導します。
次いでもう一名、一名と計3名が志願したので、危険のないように指導します。
試食の後は、全員で片づけて掃除をし、レストランシミュレーション実習は終了となります。
料理長の挨拶ののち、再び実践標語を唱和して終了です。
調理班の学生は本日の振り返り用紙にコメントを記入し、
本日の担当名と作業内容、振り返って良かった点と悪かった点を記入します。
まだまだ手は遅いものの、全員がやる気満々のレストランシミュレーション実習の授業が
無事に終了です。
これとは別にサービス班の指導もホールを中心に行われています。
挨拶のお辞儀の仕方に始まり、席への案内、料理の出し方下げ方、
お茶の入れ方、献立解説の仕方等、客の満足の大半はサービスの善し悪しにかかわっており、
こちらも気の抜けない指導が続きます。
卒業後、経験を重ねて一人前となったとき、本校のこの授業を思い出してくれたら幸いです。
人に食べてもらうことが好きな人。人が食べている顔を思いながら心を込めて作れる人。
何十年続けてもこの気持ちを失わない、お腹が空いている人がいれば、
何か作ってあげたい気持ちになれる、そんな人を幸せにする料理人を育てていきたいと思います。
投稿者 culin : 20:44