2007年02月23日

春呼なべ                           嵐山熊彦 栗栖 基

今年は暖冬で春の訪れが早くなりそうですね。
とは言えども、暦の上では七十二候の魚上氷(魚、氷にのぼる)時期であり、
有名な藤原家隆の歌“花をのみ待つらむ人に、山里の、雪間の草の春を見せばや
の真意を汲むならば、今、そこにある景色に視点を移し心しずかに佇めば、
自ずから春の訪れとともに、生命の躍動を五感で感じとることができます。

日本人にとって春は、なんとも特別な季節で、人々にとって節目であり、
新しい何かを予感させる時期でもありましょう。

我々、料理屋においても早春の梅から桜の開花までの期間には
様々な食材が、海・山・川・畑より届きます。
そんな生命の息吹をいっぱいに蓄えた材料を使い
料理ができる幸せを料理人として感謝しつつ、
召し上がっていただくお客様にお喜びいただければ、
料理人冥利に尽きると思います。

手前ミソの話になりますが、私自身、春の食材が大好きで、
山菜であれば友人に連れられて地場を初め、
富山県あたりまで山菜とりに出かけます。
特に山間部は残雪があるので、
京都の桜が散りはじめる頃に出かけます。

摘んだ山菜は天麩羅にして食べることが多いのですが、
山独活は酢水に晒し、辛子酢味噌で食べ、
蕗の薹は自家製合せ味噌に混ぜ込み“蕗の薹味噌として魚田楽にしたり、
精進系のものと和え物にしたりします。

タイミングが合えば手前の店の料理の一品として
お客様にお召し上がりいただき、ことのほか喜んでいただきます。

おそらく日頃より、加工が施され衛生第一主義に掲げられる食品を常食されている人にとっては、
このような春旬な味はまさしく“サプライズな味”として受け入れられるのでしょう。

ところで、この時期になると私の頭の中には多種多用な食材や料理が思い浮かび上がります。
なかでも“春呼なべ”これは私が勝手に銘々した料理なのですが、
あるとき、当店のカウンターで接客をしていたときにお客様から
白魚の柳川なべを作ってもらえないかとご注文があり、
何気なく自分なりのイメージで白魚と相性のいい食材を選び柳川風にアレンジしてお出しました。
そのお客様は大喜び(おそらく半分はお世辞)で料理を褒めていただいたのですが?

その後、自分自身、全体の料理バランスを確かめる意味で
今一度、同じものを作り試食してみました。
結果として、気をてらわない美味しい料理なのですが、
料理人であれば食べる前からなんとなく味・食感のイメージがわかり、
いま一つ面白さにかけているような気がしたのです。

そこで、白魚と同時期に出回る、“ノレソレ”(別称ハナタレ)を使つてみることにしたのです。
これが想像していたよりも、味・食感、とくに加熱したノレソレの食感が
最初のイメージではもっとパサつくかなと思いきや、
ツルツルした食感で、なんともサッパリとした、白魚をとはまったく別物で、
それに山菜を中心とした春のほんのり苦味のあるワキ役達が入ることで、
より一層、季節感が引き立ち、たちまち私好みの料理となりました。
以来、何度となくこの時期の献立に組み込んでおります。

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日本料理の優れた部分の一つは、このように自然の移り変わりを料理で
表現することができることで、つまり日本には四季があるから、
人間の五感も優れた感性を宿し、豊かな風土がもたらす食材を
その土地の風習で培うことにより食文化の郷土性が生まれ、
長い月日をかけて時代に適応し、人間の生活文化に溶け込んできました。

ハレの日には節会・祭りの時に食するような料理になり、
ケの日は家庭料理を中心としたもので、日頃より、メリハリの利いた食生活を営んできたわけです。

また、都においては精神性の高い文化と結びつき、より洗練された形で表現され、
有職料理・精進料理・茶懐石・本膳料理等々が生まれ、
これらが渾然一体となり伝承され、今日の京料理の基礎が形成されてきました。

このような食文化史を背景にして、今後、日本料理は益々、
時代に求められる形に順応しながら不易流行の精神を保ちつつ、
後世に受け継がれていくことになるでしょう。

ところで、先に書きましたが、日本人にとって春は特別な季節、
人それぞれ思いは違えども人生の節目には料理がつきもの、
今宵、各々創意工夫して、我が家の春呼なべで食卓を賑やかなものにして
春一番を満喫してみて如何ですか!

投稿者 culin : 2007年02月23日 20:11