『湯布院盆地 風の食卓祭』で作る料理 ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
今日(2月12日)は湯布院に行きます。
「地産地消」というテーマで湯布院の料理人たちと一緒にコース料理を作ります。
それを旅館やホテルなどのオーナー・女将・料理関係者約70人に提供します。
そしてどうして料理を考えたかという話をしながら、食べていただくわけです。
ただ、「地産地消」ということが、よくわかりません。
それぞれの土地、土地で作ったものをその土地で消費する、ということなのか?
それなら、その土地に行かなければ食べられないのか?
そうなると都会は生産現場を持たないので、
産地から産物が届かないようになると食べるものがなくなる?
そうではなく、自分たちの生まれ育った土地や風土に目覚めよということなのか?
これは食を介在にした都会からのUターンを呼びかけているのか?
あるいは、過疎化防止の土地に居付いてもらうアピールなのか?
隣の畑を羨ましく思うのでなく、自分たちの土地でできたものを再評価することなのか?
一口に「地産地消」といっても真意のほどは曖昧なままです。
届いた地産の品目は、ほとんどが京都にあるものと重複しています。
その土地独特のものはそうそうにないのでしょう。
湯布院で下仁田葱が作られています。
ちょっと腑に落ちない事です。
すでに、わが国の農産物は均一化が進み、大根なら青首が席巻したように、
珍種は途絶えたのだろうか?
とにかく湯布院に飛びます。百聞一見にしかず、ですから。
地産の食材で、珍しい料理を作って、受け入れられれば
湯布院全体に出回りますが、その料理はいずれすぐ飽きられる運命をたどります。
そんな仕事は面白くありません。
料理人の会ですから、献立とか裏技とかの技術論ではなく、
どのように料理を楽しんで作るかということに焦点を絞ろうと思います。
というのも、料理は食べ手と作り手とが相まって完成します。
珍しいとか、うまいとかは食べ手側の問題です。
そして往々にして、料理は食べ手側だけで関心が終始します。
今回は作り手側に向けた料理を考えてみました。
料理人が仕事として、あるいはやらされ事としての料理を作るのでなく、
作る楽しさを分かち合い、夢中になれることを考えました。
単純な料理ですが、作り手の感性を加味することで完成する仕組みにしました。
実は、作り手の哲学をみんなで作りだすことを目指そうと思っています。
題して、「湯布院豆腐ココット」
うまくいけば、来月のブログで報告します。
投稿者 culin : 2007年02月12日 20:21