アペラシオン・リシリ・コントロレⅡ ◆ 木乃婦 髙橋拓児 ◆
昆布マニア様、今日も昆布話にお付き合い頂き有難う御座います。
それでは、ご要望通り1月28日のブログの続きを御話しさせて頂きます。
先日の「格付け」なるものの評価基準として、
1、天然と養殖の違い
2、取れた浜による品質の格差を紹介させて頂きました。
それに加えて、評価基準として、3の等級があり、1等から6等まで存在し、
大きい昆布の方が等級が高く、良いとされています。
そして、4のヴィンテージですが、これが非常に面白く、奥が深いのです。
実際に奥井海生堂さんで頂いた昆布汁は、
色・味・香り・ヴィンテージなどの違いを見極めるために、
ワイングラスに注がれていました。
一年蔵囲、二年蔵囲と年数を経るごとに、昆布汁の色が黄色がかってきます。
「う~ん、白ワイン!」と思わず言ってしまいました。
更に「20年物もあるんですよ。」と社長様のお言葉。
想像するならば、それはさぞかし『モンラッシェ!!』と思いました。
この奥井海生堂さんでは、蔵囲(くらがこい)といい、
昆布の磯臭さ、ぬめりをおさえて、旨味を磨くために昆布蔵で、
天日で乾燥した昆布を数年寝かされます。
そして、その蔵の中で昆布はワインと同様、
熟成し濃厚な旨味を持つ昆布へと変化していくのです。
また、ヴィンテージの良し悪しも必然的に出てきます。
その年の気候や海水の温度、ミネラル分の量などによって、
色、味、香りにその年の特徴が現れてくるのです。
昆布の品質に加えて、作り手の意思、情熱が溶け込んだ昆布だからこそ
良いだしが出るのですね。
「ARCのレブントウ・クロ・デ・カフカ 2000って良いよね。」、なんていう会話もありでしょうか?
投稿者 culin : 20:39
具足煮 ◆ 銀水 山岸裕明 ◆
最近、古い料理に興味があります。
鮑の大船煮や、表題の具足煮などです。
写真のように切った伊勢海老を並べると
具足(よろい)のような形になるので、こう呼ばれます。
炊き合わせも、吸い物も具足煮と呼ばれます。
先輩とお話している時に私は炊き合わせのつもりで話していたら
その方は吸い物のつもりで話されていたので
話が噛み合わなくなったこともあります。
具足煮を旨みたっぷりにするには
コライユ(脳みそ)が大量にあれば簡単なのですが
1匹分の料理に出汁取りだけに5匹分ぐらいの頭が必要になります。
そこまではできませんので、殻を残しておいてオーブンで焼いて
それを酒で煮出して使います。
こうすると海老フレーバーが増した出汁で具足煮ができます。
皆さんはどうしておいでですか?
何かもっといい作戦をご存知の方は、どうぞお教え下さい。
投稿者 culin : 20:51
カロリー制限 ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
昨年の年が明けてから5月までの間に3回も風邪を引きました。
一度風邪を引くと咳が出始め,収まると、熱が出て、頭痛がして
それが治ると又咳が出始めてと言う一連の症状が1ヶ月以上続き、
収まって1ヶ月ほどすると又、その風邪の一連の症状が出始めると言うことが3回繰り返され、
これはちょっとおかしいなぁと思っておりました。
まぁ「その内、治るやろ」と思っておりましたが、
ところが3回めの時はなかなか治らず流石に心配になって
掛かりつけのお医者さんへ行き血液検査をしてもらいました。
次の日に検査結果が分ると言うことで、その日はいったん帰りましたが、
しかし内心とても心配で「何か厄介な病気にでもなったんちゃうやろか」と案じておりました。
そしてその夜、その先生から電話がありました。
「えらいことやで中村さん」
「ええっ、先生どこか悪いんですか」
「あんた血糖値がものすごう高いで、こんなんほっといたらあかん」
「先生そんでどうしたらいいんですか、糖尿てどうなるのですか?」
私の高校時代の同級生に糖尿内科の専門をしている友人のT先生がいて、
事情を話て、次の日すぐにその検査結果を持ってN病院へ行きました。
採血後の診療で友人のT先生曰く「予想していたより悪い、
普通やったら栄養指導の為に即入院やけど、忙しいやろうからそう言う訳にもいかないなぁ」
血糖値は330(参考値70~110)、HbA1cは12.3(参考値4,3~5,8)
平均値より3倍程高い数値でした。
自分にとっては晴天の霹靂で、大変ショックでしたが、
ちゃんと食事制限をすれば数値は収まるからということで、
又そうしないと将来いろんなところに合併症を伴うと言われ、
恐ろしくなり、その日から私の食事制限が始まりました。
将来まで行かなくても「今現在でも相当、体は疲れているはず、
抵抗力も減っているから風邪をひきやすくなってる」と言われました。
知らないうちに疲れと言うものを段々忘れて来ているそうです。
自分では「そうかな」と思いましたが・・・・・。
一日に付き1、800kカロリーと目標数値をもらいました。
そこで、カロリー計算早見表を見て何がどれくらいのカロリーでと言うのを頭に入れ、
自分で自分の食事を作りました。
普通の人なら奥さんに食事を作ってもらうでしょうが、
こういう時、料理人は便利で、嫁さんに頼むのではなく
自分で工夫した方が手っ取り早いと思ったからです。
・朝昼は控えめに、晩はちょっとご馳走が食べたい
(朝、500キロカロリー、昼400キロカロリー、夜900キロカロリーに設定)
・お腹が膨れる献立
・腹持ちがよい献立
・自分の好きなものでおいしい献立
・夜寝る前にお腹がすかないように9:00、15:00、21:00に食事を取る
・甘いものは食べない代わり、ゆっくり糖化する炭水化物を取る
・油分は生野菜を食べるときしか取らない
・極力歩くようにする
大体以上のように自分に都合よく食事を決めての制限でしたから、
先生が言っていたほど忍耐の要る食事療法ではなかったです。
さてその後、今現在はどうなったかというと・・・次回へ
投稿者 culin : 23:47
桃の節句が近づいてきました ◆ 魚三楼 荒木稔雄 ◆
今日、お雛様を飾り付けています。
例年大変な行事です。
私、嫁、娘2人がどたばたと道具を出しては、
「この人形さんはどこに置くの」とか、「この箱の道具はどこに置くの」とか、
がやがやと、樟脳くさい中、玄関で飾り付けております。
一般的には、「お雛祭」、節句で言いますと「上巳の節句」といいます。
上巳とは陰暦3月の最初の巳の日のことを差します。
上巳の節句は五節句の中でも、長い冬から目覚め新芽の芽吹きと共に
穏やかな暖かい春の訪れを告げる華やかな趣があります。
特に、女の子の成長を願い室町末期ごろより始まり、
江戸時代には公家や、武士階級より町人へと広まってきたようです。
雛祭の頃、お料理は貝類を中心にします。
二枚貝の旬にあたること、そして、貝あわせにちなんで、
蛤のお吸い物や貝類の酢の物などが料理されます。
また、野菜は春の息吹の物を使います。
少しほろ苦く、少々大人の味のものが多いのですが、
その苦さがなんとも春らしく感じられます。
春の野菜は、どれも苦さが売りです。
これは、どれも新芽を食べるからです。
新芽は、他の動物に食べられにくいよう苦いそうです。
私どもでは、旧暦の節句を意識して、3月中はほぼ飾っております。
時たま、観光のお客様に「早く片付けないと、娘さん嫁に行くの遅くなるよ。」と
いわれることもあるのですが、喜んでいただけるので飾っております。
さて、やっと飾り終わったようです。
でも、今度は、片付けるのが**
投稿者 culin : 20:58
昔からの習慣 ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
「節分も過ぎ、立春も迎えましたので春らしくなってきましたね。」と言いたいところです。
毎年なら、うちの調理場は非常に寒いので靴下2枚に使い捨てカイロなしには
過ごせないぐらい寒いのですが、今年その重装備をしたのは
数えるぐらいの日しかないぐらい異常気象を感じます。
さて本日は少し習慣というものを考えてみたいと思います。
先日、テレビを見ていますと「バレンタインデーにチョコを!!!」は今年で50周年記念とか。
これも日本独自の習慣だそうですが、今はチョコだけでなく他のものを送ったり、
本チョコ、義理チョコ、友チョコなるものまで存在するそうです。
またその番組のアンケートの結果によると7割近い人があげるのも、
もらうのも「辞めたい。」と思っておられるそうです。
確かにお互い邪魔臭いですよね。・・・・・と言いたいところですが、
その番組でも言われていましたが習慣と言うものは本来「邪魔臭い物」なのです。
しかし年に一度、「この日に勇気をもらい意を決して告白する子もいるでしょう。」
私事ですが、「いらんいらん。」と言いつつ、職場の義理チョコとはいえ、
事務員さんや仲居さん、洗い場のおばさんにもらっても嬉しいものです。
自然と普段あまりしゃべらない方とも会話になります。
このように「何かのきっかけ」を与えて頂けるのも「習慣」のありがたいところです。
さてさて別に私は洋菓子さんではないので、「バレンタインにチョコを!!」と
売り込んでいるわけでは有りません。
私はアカデミーのブログの中でこの「習慣」について何度か触れてきましたが、
今回の「お題」の節分とお雛さんで少し気になることがあるので今回書いてみました。
ここ数年10月になると「かぼちゃ」を良く見かけませんか?
そう「ハローウィン」ですね。
家の近くでも今年、子供が「おかしをくれないといたずらするぞ!!」という意味の英語をいいながら
仮装して近所を廻っていました。
でも日本にも同じような習慣が存在したことを皆さんご存知ですか?
実は戦前でほとんど途絶えたらしいのですが、
日本にも「おばけ」という、子供たちが仮装して町を歩く習慣があったのです。
今は京都の花街でしか見れない習慣(芸妓さんや舞妓さんが普段とは違う格好で
お座敷に上がられます。)ですが、本来邪気をはらう意味でしていたようです。
そんなこと言って私も数年前まで知らなかったのですが。
本来節分は昔でゆうところの「年の最後の日」邪気をはらい、
福を呼ぶために豆まきをして、「おばけ」をする。
それが日本の習慣だったようです。
外国のハローウィンは知っていても、「おばけ」知らん。
ではいけないように感じます。
また皆さんはお雛さんとお内裏さんどちらに置かれますか?
お雛さんは右?左?どちらも見かけるんやけど???とよく聞かれます。
答えは両方正解です。
京雛は向かって右がお内裏さんで左がお雛さん。関東雛はその逆。
関東雛といいますがこれは明治維新以降にできた形のようで
古来から日本では京雛の形で置かれていたようです。
実際厳密なことを言うと京雛は「たち雛」とも言われますが。
それはいいとして意味を理解した上ですることは良いのですが
解らないでやることはいいのかな?と私は個人的に思います。
「知る」すなわち意味を知った上で選択することは個人の自由です。
だから私は多くの機会において「選択肢を増やしたい」といつも願っています。
いつも知らない事だらけで恥じのかきっぱなしですが・・・・・。
みなさんは今年お内裏さんとお雛さんをどう飾りますか???
投稿者 culin : 19:12
春呼なべ ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
今年は暖冬で春の訪れが早くなりそうですね。
とは言えども、暦の上では七十二候の魚上氷(魚、氷にのぼる)時期であり、
有名な藤原家隆の歌“花をのみ待つらむ人に、山里の、雪間の草の春を見せばや”
の真意を汲むならば、今、そこにある景色に視点を移し心しずかに佇めば、
自ずから春の訪れとともに、生命の躍動を五感で感じとることができます。
日本人にとって春は、なんとも特別な季節で、人々にとって節目であり、
新しい何かを予感させる時期でもありましょう。
我々、料理屋においても早春の梅から桜の開花までの期間には
様々な食材が、海・山・川・畑より届きます。
そんな生命の息吹をいっぱいに蓄えた材料を使い
料理ができる幸せを料理人として感謝しつつ、
召し上がっていただくお客様にお喜びいただければ、
料理人冥利に尽きると思います。
手前ミソの話になりますが、私自身、春の食材が大好きで、
山菜であれば友人に連れられて地場を初め、
富山県あたりまで山菜とりに出かけます。
特に山間部は残雪があるので、
京都の桜が散りはじめる頃に出かけます。
摘んだ山菜は天麩羅にして食べることが多いのですが、
山独活は酢水に晒し、辛子酢味噌で食べ、
蕗の薹は自家製合せ味噌に混ぜ込み“蕗の薹味噌として魚田楽にしたり、
精進系のものと和え物にしたりします。
タイミングが合えば手前の店の料理の一品として
お客様にお召し上がりいただき、ことのほか喜んでいただきます。
おそらく日頃より、加工が施され衛生第一主義に掲げられる食品を常食されている人にとっては、
このような春旬な味はまさしく“サプライズな味”として受け入れられるのでしょう。
ところで、この時期になると私の頭の中には多種多用な食材や料理が思い浮かび上がります。
なかでも“春呼なべ”これは私が勝手に銘々した料理なのですが、
あるとき、当店のカウンターで接客をしていたときにお客様から
白魚の柳川なべを作ってもらえないかとご注文があり、
何気なく自分なりのイメージで白魚と相性のいい食材を選び柳川風にアレンジしてお出しました。
そのお客様は大喜び(おそらく半分はお世辞)で料理を褒めていただいたのですが?
その後、自分自身、全体の料理バランスを確かめる意味で
今一度、同じものを作り試食してみました。
結果として、気をてらわない美味しい料理なのですが、
料理人であれば食べる前からなんとなく味・食感のイメージがわかり、
いま一つ面白さにかけているような気がしたのです。
そこで、白魚と同時期に出回る、“ノレソレ”(別称ハナタレ)を使つてみることにしたのです。
これが想像していたよりも、味・食感、とくに加熱したノレソレの食感が
最初のイメージではもっとパサつくかなと思いきや、
ツルツルした食感で、なんともサッパリとした、白魚をとはまったく別物で、
それに山菜を中心とした春のほんのり苦味のあるワキ役達が入ることで、
より一層、季節感が引き立ち、たちまち私好みの料理となりました。
以来、何度となくこの時期の献立に組み込んでおります。
日本料理の優れた部分の一つは、このように自然の移り変わりを料理で
表現することができることで、つまり日本には四季があるから、
人間の五感も優れた感性を宿し、豊かな風土がもたらす食材を
その土地の風習で培うことにより食文化の郷土性が生まれ、
長い月日をかけて時代に適応し、人間の生活文化に溶け込んできました。
ハレの日には節会・祭りの時に食するような料理になり、
ケの日は家庭料理を中心としたもので、日頃より、メリハリの利いた食生活を営んできたわけです。
また、都においては精神性の高い文化と結びつき、より洗練された形で表現され、
有職料理・精進料理・茶懐石・本膳料理等々が生まれ、
これらが渾然一体となり伝承され、今日の京料理の基礎が形成されてきました。
このような食文化史を背景にして、今後、日本料理は益々、
時代に求められる形に順応しながら不易流行の精神を保ちつつ、
後世に受け継がれていくことになるでしょう。
ところで、先に書きましたが、日本人にとって春は特別な季節、
人それぞれ思いは違えども人生の節目には料理がつきもの、
今宵、各々創意工夫して、我が家の春呼なべで食卓を賑やかなものにして
春一番を満喫してみて如何ですか!
投稿者 culin : 20:11
こんな本読みました ◆ 料亭旅館 清和荘 竹中 徹男 ◆
先日、弟思いの姉から一册の本を受けとりました。
「病気にならない生き方」という題名の物で、読んだ方も
多いとは思いますが、読んでおられない方のために少し繙いてみます。
著者の新弘実という方は胃腸科医で日米で30万人の
胃腸内視鏡を視た実績のある方です。
この方の仰ることを読んでいると、今まで普通にしてきた生活、
おもに食生活はすべからく否定され、ほんまに食べるもんが無くなりそうです。
でも「なるほどなあ」と思うところもあり、一部参考にさせて頂きました。
例えば、胃腸の調子が悪い人が、胃腸薬を飲むと余計に胃が悪くなるとか、
ヨーグルトは腸に良いと云われているが、実際の腸相はかなり悪いということなどです。
例を挙げるときりがないのですが要約して、自分なりに解釈をすると次のようになると思います。
病気というのは、薬を飲んで治ったり、医者が治してくれる物ではなく、
自分で治そうと云う意思を強く持ち、その上で医者も含めて色々なアドバイスを受けて、
治す物であるし、また、病気にならない為に、日々の生活を見なおして、
日本の本来の食生活を実践すべきだと云うことだと思います。
(書き切れませんので是非読んでみてください)
判っちゃ居るけどやめられないのがホントの所だと思いますが、
食に携わる人間として、何時までも美味しい物を食べつづけたいし、
作りつづけたいので健康であることは重用だと思います。
心身共に健康な人間が作る料理が本当の美味しい料理だと思いますので。
投稿者 culin : 21:43
あけび茶焙じから、、、 ◆ 美山荘 中東 久人 ◆
本日 調理場でスタッフがあけび茶を焙じていたので、
あけび茶の状態を見るため担当者と変わりました。
“あけび茶”とは、美山荘が以前からウェルカムドリンクとして出している
お茶でありまして、美山荘が位置する花背という村では5月くらいになると
腰に篭を付けたおばちゃんが楽しそうにアケビの新芽を摘んでお茶にします。
なんだかこのお茶を飲んでると綺麗になるそうです。
う~ん、これに関しては何とも言えませんねぇ~、
健康である事は確かではありますが、、、
おばちゃんたちの出動に合わせて美山荘スタッフもあけびを摘みにゆくのですが、
花背のおばちゃんたちは自分が健康の為に飲む分しか摘まれません、
しかし我々はと申しますとトラック2台分!
この時期に 一年間使うあけび茶を確保するのですから大変です。
その後、摘んできたあけびの新芽を程よい長さに切ってゆき、
蒸して、揉んで、天日で完全に水分がなくなるまで約10日間干します。
その時、摘んできた1/3は 風に飛ばされてるのではないでしょうか(涙、、、)
そんな苦労話が頭に浮かんできたり、大自然の中に身をおき5月の青々とした
新緑の香りに包まれていた事などが思い出され、ほんの一瞬でしたが、いい時間でした。
また2ヶ月少々で あけびを摘む時期がきます、、、
今年も同じ場所に沢山茂ってますように!
投稿者 culin : 20:29
弥生の茶趣 ◆ 美濃吉 佐竹洋治 ◆
毎月1回でありますが、私は桐蔭席というお茶席に
参加させていただいております。
この桐蔭席というものは、毎月名だたるお茶人の方々が
順番に釜をかけておられ、大変勉強になるわけでありますが、
ただ、難点なのがあまりにも文化レベルが高くてついていけないということです。
通常のお茶稽古ですと、わからない言葉、
例えば「茶杓の銘はしゅんぎょうでございます。」と耳にし、
「先生、しゅんぎょうとは何ですか?」と質問をすれば
「しゅんぎょうとは春の暁で春暁のことを言うのだよ。」と
先生が説明して下さいますが、桐蔭席の場でありますと、
雰囲気的にそのような質問をすれば、白い目で見られることがあります。
従って桐蔭席に参加する前にあらかじめ「予習」というものをしておかなければ
大変な恥をかくケースも考慮できますので、主に来月の桐蔭席に行くならば
下記の事項を頭に入れておく必要性があるわけです。
記
・潮干狩(引き潮の浜辺に貝を拾うもので、古来より3月3日を中心として行われた。)
・曲水(杯を流れに浮かべて前にきたら詩歌を詠む。厄除けの意味。)
・鶏合わせ(鶏を蹴合わせて勝負をさすもので、3月3日に行われる。)
・柳の鬘(中国で3月3日に柳の枝を腰に帯びると疫病を除くとされ、
これがわが国にも伝わって桃の枝とともに髪にさしたり、雛に供えたりする。)
・曙棗(枕の草紙の春はあけぼのはあまりにも有名。
ほのぼのと明けゆく3月の大気の中にどこかなまめいた感じがある。)
・御所人形(真っ白い肌、ふっくらした肉付、大きな頭、小さな手足が特徴で、
日本人形代表。参勤交代時、公家、御所への贈り物のお返しに頂いたことからの名称。)
・流し雛(紙で作った人形に自身の汚れを移して川に流して邪気を払う意味がある)
・奈良のお水取り(3月12日に行われる行事で、東大寺二月堂にて行われる
国家安泰などを祈る祈願法要のこと。お水取りはお香水汲みともいわれ、
若狭より10日間かけて東大寺二月堂「若狭井」へと届く)
・朧月夜(この時期は水蒸気が多いために薄絹で包まれたように見えるので
このような名称がつけられた。)
以上
まだまだ他にも多々ありますが、ある程度の知識をつけて参加しないと
何のために時間をさいているのかわからなくなってしまい、
また、お茶席においては料理へのフィードバックがかなりあります。
例えば柳の鬘の場合ですと、八寸に結び柳を添えるだけで、
お茶人さんならば「なるほど」と季節を感じられるわけでありますので
自身の教養を高めるということや、人との交流の大切さを学ぶということなども兼ね備えた上で
可能な限り桐蔭席などの文化的な場に参加していきたいと思っております。
投稿者 culin : 20:25
人と自然と3 ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
父親から「頼んでおいたし、行って来い。」と、大学を卒業してすぐ修行に出された。
そこは、大阪の北浜にある名料亭。
大きなビルの中に、その料亭はあった。
ガラス越しに土佐堀川が見えていた。
その向こうに中之島公園があるものの、緑はそれだけで、あとはビルビルビル。
そこに庭はなかった。 坊主(1年目の呼び名、追いまわしとも言う)の最初の仕事というのは、
どこもお決まりで、洗い物、鍋磨き、洗濯、買い物など、上の人に言われるままに走り回る。
18人も先輩がいると、ひと言ずつ言われても18の仕事。それで1日が終わる。
現場の仕事は、何とかこなせた。
大変だったのは、料理に使う敷き葉取り。
「そろそろ桜の新芽が出てるやろ、小さめのところ100枚ほど取って来い。」と
帰る間際に先輩からひと言。
「仕事終わってるやん。今から?どこにあるの?」
湧き上がってくるのは、疑問ばかり。
「河原にあるやろ」
「おい、それと、枝から折るな、葉っぱだけ取って来いよ、見つかったら怒られるで。」
ご忠告ありがとう。
自転車にまたがって河原に向かった。
1枚、また1枚葉っぱを取っている内に、「いったい自分は何をしているのだろう?」
妙に虚しくなった。
「はい、取ってきました。」と、差し出した葉っぱを見て、
「これきれいに洗ろて拭いたか?」
「いえ。」
「あほか、きちっと洗ろて揃えて出して来い。」
そのあとは、大き過ぎるだの、小さ過ぎるだの、虫が食ってるだの言いたい放題。
これが修行かと思いながらも「じゃあ、あんたが取って来いよ!」
何度その言葉が出かかったことか・・・。
あれやこれや言われることに、無性に腹が立つ。
だから、言われる前に、使えそうなものをすべて揃えた。
今の時期にどんな葉っぱがあるのか?
敷き葉として使えるのはどんな葉っぱか?
大きさはどうか? 色は? 形は?
自然と、料理の一部として葉っぱを捉えはじめていた。
投稿者 culin : 21:22
アジア漫遊記1(私の感じた諸国の日本食) ◆ 嵐山辨慶 礒橋輝彦 ◆
中々予定通り書き込みが出来ずすみません。
小生 1月の後半より2月の前半に掛けて社員旅行や
所属団体のコンベンションの現地調査を兼ねて
ソウル・バンコク・香港・台北に行ってまいりました。
ソウルでは社員旅行で訪れましたが殆ど添乗員状態で
いままでソウルに行って観光など殆どしたことが無かったので良い機会となりました。
女性従業員にはエステへ連れて行ったり、男性従業員には板門店観光へ案内したりと
休む暇もなくバタバタしておりました。
そんな中、東大門へショッピングに連れて行った際に子供もいるということで、
とあるデパートのフードコートで食事をすることになりましたが
ジャンルは韓国料理・中国料理・若干の西洋食に肩を並べて
うどんやとんかつをはじめとする日本料理がありました。
食べている人を見ても日本食はかなりの人気食になっていました。
また、夜中の屋台では寿司を握る屋台が存在したり、
昨年訪れた際には日本の居酒屋で焼き魚があったり、
コンビニではおでんが具が変形されてはいましたが販売されておりました。
香港やバンコクでも寿司やしゃぶしゃぶをはじめ
日本料理が溢れていたことは言うまでも無く、台湾でも同様に感じました。
日本でも色々な国の料理が楽しめますが
はたして外国から入ってきた料理がその国のそのままの味で食すことが出来るでしょうか?
半分以上は日本人に合うように調整されていたりするものです。
私が今まで訪れた国も決して日本で味わう同じ味ではなかったと思います。
しかし、その国に住む人間の趣向に併せて、日本料理が変形していっていることは確かです。
だから無理に日本の政府などが警笛を鳴らし注意するのではなく、
その国の文化の発展に任せるしかない面もあると思います。
そんなこんなでアカデミーの担うところが重要と
いつも他国に行った際に感じますがちょっと違った観点で見ると
日本で今流行のいわゆるスイーツですが
この観点は本当にアジアは遅れていると思います。
生クリーム技術をはじめ西洋や日本に比べることが出来ないほど遅れているように感じる点、
いろんなところにビジネスチャンスが転がっているなーと今回感じました。
投稿者 culin : 23:59
赤楽茶碗 ◆ 瓢亭 髙橋義弘 ◆
先日、お茶の稽古始めがありました。
私は、5年ほど前から仕事の合間をぬって、
お茶のお稽古に通っています。
月3回あるのですが、桜や紅葉などの忙しい時期には、
一度も通えないこともあります。
バタバタと仕事の合間でも、稽古場に入ると、
なんとも穏やかでいて緊張感のある空間に、
気持ちも改まります。
おいしいお茶をよばれて、お稽古に集中することで、
とてもすがすがしい時間を過ごすことができます。
広間で先生が、小間では先生のお母様が教えておられ、
私たちはどちらかでお点前を見ていただきます。
今年は新年の初釜を行うことができなかったので、
今回の初稽古は、お茶事の形式で行われました。
先生が亭主を務められ、ご子息がお手伝いをされ、
私たちは点心と濃茶・薄茶をいただきました。
お軸やお花、
お道具の取り合わせは言うまでもなく素晴らしく、
釜の湯が沸く音など
とても心地よいひと時を過ごすことができました。
そのお道具のお茶碗の中には、
赤楽でとても愛嬌あるお茶碗がありました。
先生にお尋ねすると、そのお茶碗は先生のお母様が作られたものでした。
何度かお稽古でも拝見したことがあったのですが、
だいだいのような、赤黒いような、
いろんな赤が見え隠れしていて、ざんぐりとしながらも、
やさしい形が人を表しているようでした。
昨年の暮れ、先生のお母様はお亡くなりになられました。
亡くなられる2日ほど前に、私どものお店に食事に来られ、
「また時間があったら寄っていきなさい 一服お点てするから」
と親切に声をかけていただき、それが最後になりました。
お葬式のお手伝いもさせていただきましたが、
あまりにも急なことで、なかなか実感することができずにいたところ、
その赤いお茶碗を手にして、
ただただ寂しさがこみ上げてくるばかりでした。
今回のお茶事も、亡くなられてから四十九日が過ぎ、
はじめて先生とゆっくりお話しをする時間を持ちました。
お軸は『一二三四五六』
先生が還暦を迎えられることにもちなんで
いろんな思いが込められていたようです。
私も心新たにし、さらにお稽古に励んでいきたいと思います。
投稿者 culin : 20:54
気候 ◆ いもぼう 平野家本家 北村晋一 ◆
近年、異常気象が騒がれてる中、年々ひどくなってきていますねぇ~(^^;)
日本は、四季があり、その四季折々の風景や
食べ物などを楽しめる国のはずなんですが、
秋がなくて冬になってしまったり、
冬がなくて春が来てしまったり、、、。
このままの状態が続いていったり、進行したりすると
四季折々の料理が食べられなくなってしまう!?
日本の食文化の存亡の危機!?
決して、大げさでもなく、他人事でもない。
旬の食材が、旬の時期に取れなくなってしまう可能性が、
なきにしもあらずなのですから。
それだけじゃなしに、満開に咲き乱れた綺麗な桜、新緑の木々、
色とりどりの紅葉、雪化粧をまとった山々など、
日本古来からある美しい風景が見られなくなってしまう。
もうすでに見られなくなってきはじめています。
世の中が便利になり経済が発展するにつれて地球温暖化が進行し、
気づいたときには、大変なことになってしまっている。
本当は、すでに気づいていたのかもしれないが、
経済発展という大義名分の元、気づかないふりをしてきたのかも、、、。
でも、やっとこさですが、京都議定書など地球環境について
真剣に取り組もうとする動きが、世界規模で始まりつつあることは、
今までの犠牲を取り戻すのにかなりの時間と労力が必要ですが、
非常に良いことですし続けていって貰いたいことですね!
とある大国は拒否しましたが、、、。
投稿者 culin : 20:54
口コミ情報 ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
先日、うちの乾燥機がお亡くなりになりました。
結婚の時に買ってから8年半、一時期は住む場所の都合上から
屋外に設置していた事もあり、早く痛むだろうとは思っていました。
同時に購入した洗濯機も水漏れがひどく、やむなくセットでの買い替えとなりました。
ところで皆さんは家電を買い換える時には何を参考にされますか?
メーカー(ブランド)で選ぶ方もあれば、店頭でお店の人のオススメであったり、
TVCMや雑誌の比較記事などもあると思います。
主婦の方ならば学校や幼稚園などでお母さん同士の
情報交換と言うのもあるかもしれません。
私の場合はインターネットでの評判と言うのをチェックしています。
最近は色々と比較サイトなるものがあるのでそこでの評価や
価格(値引き情報)などの情報を元に決める事が多くなってきました。
以前は「口コミ」と言うものは実際に使っている人から聞いたりと言うものでしたが
今は個人が商品の使い勝手や価格情報を投稿と言う形で発信できる時代になりました。
もちろん、インターネットの世界では全ての情報が信用できるものではないと思いますし、
鵜呑みにするわけにはいきませんが、あくまでも「参考」とするならば有効では無いでしょうか。
一方、この「インターネットによる口コミ」と言うものでは
我々料理店についても色々と書かれています。
どこのお店が美味しかった、とか、サービスが悪かったとか載っています。
これに関しては私としては個人的には同じ土俵の上で語られるべきではないと思います。
工業製品としての家電品などと料理飲食や宿泊のような”サービス”とでは
ポイントが違うと思うのです。
工業製品とは全てが均一に仕上がって消費者の手に届くもの、
それに対して我々が行っている”サービス”はお客様ごとに
異なった形でお客様に喜んでいただけるように姿を変えます。
それは料理であったり、お部屋であったり、接客サービスであったりします。
決して均一のものではないし、お客様の受け取り方もまた、個人毎に違うでしょう。
我々が提供しているのは「モノ」ではなく、「人」であり、「空間」であり、「時間」だと思います。
それをどう評価されるかはお客様自身で他の人がどうこう言うものではない。
だからこそ、我々の責任は重いと思いますし、一方でやりがいもあると思うのです。
さて、洗濯機と乾燥機を買い換えた我が家ですが、
搬入の日に子供に「もうすぐ洗濯機が来るよ」と言うと
何を聞き違えたか「ケンタッキーが来るよぉ~」と走り回っていました(笑)
洗濯機が来たあとも待ってました・・・。
ごめんな~、フライドチキンは来いひんで~。
白い髭のおじいさんも~。
投稿者 culin : 21:16
シラ国際外食産業見本市2007フランスリヨン ◆ 修伯 吉田修久 ◆
1月19日からフランスのリヨンに行ってきました。
日本の食博みたいなもので大きさは5倍~6倍ぐらいで、
その会場で様々なコンクール、ボキューズドール・国際パンコンクール・チーズコンクール
パティシエコンクール(先日、情熱大陸でやっていました)・寿司コンクールなどあり
世界122ヶ国17万人の来場者があります。
外食産業に関するあらゆる製品が集結していて食材・食品・機材・整備機器
パッケージ・家具・テーブルウェア・製菓・製パンなどがあり、
日本製品では、日本酒や寿司マシーンなどがありました。
活発的なデモンストレーションが特徴的で
昨年来日したジャックやセバスチャンはもちろん
リヨン近郊の有名シェフのほとんどが参加しています。
日本の食品関係の業者の方も視察に来ていて
小さい区画ではありますがジャパンパビリオンはたくさんの人で
フランスでの日本料理の人気の高さを感じました。
しかし、まだ、酒と寿司程度のもので世界各国から来る人達に市場の大きさを感じました。
今回の私がしましたデモンストレーションはフードトレンドというテーマで
5ヶ国の代表するシェフが集まりその中にはピエールエルメいました。
それぞれの代表シェフに一人づつリヨンの有名シェフがついて、
そのリヨンのシェフに教えながらデモをするという形でした。
一緒にデモをしたLAURENTシェフは東京と横浜に5回ほど来日していて
少し日本料理に興味もあり、日本料理に対する理解力もあり、
ランチのときにしっかり打ち合わせと料理の説明をしていたので
フランスの人達に分かりやすく説明していただいてたそうです。
すべて、すごいスピードのフランス語での説明で、
その説明があっているのか間違っているのかまったく分からないまま進んでいきます。
デモ終了後、相原さんに確認はしましたが、やはり日本料理に理解のあるシェフだったので
結構伝わっていたそうです。
他の国の言葉での説明は、自分が説明するのではなく
通訳の人を通しての説明で、どれだけ伝わっているのかもいまいち分からないので
ほんとに難しいと思いました。
観客は100人くらいでも全会場にスクリーンやテレビで放映され、
たくさんの人達が立ち止まって見ていたそうです。
小さい箱型のキッチンが6部屋あり順番にカメラとMCが移動していくというスタイルでした。
会場には借りれる機材、材料はあまりなく前もって準備しておかないと
急に言ってもないものもありました。
海外で日本料理の素晴らしさを伝える事は、言葉の問題、
文化の違いなどあり難しいことですが、
たくさんの一般の人が立ち止まってじ~っと真剣に見て、
また、感動していただいてる姿を見るとやりがいのある事だと強く感じました。
デモの後、リヨン近郊のパン職人が日本でパンを売り出そうとしてるらしく味見を頼まれました。
ものすごく大きい会場でこのような意見のやり取りがいろいろな場所で行われていて
食の販売の世界的な大きさを感じる所でした。
投稿者 culin : 20:38
本日のぼやき その7 ◆ 滋賀 比良山荘 伊藤剛治 ◆
「この国は物で栄えて、心で滅びまっせー」
清水寺の管長さんがおっしゃったお言葉やと記憶しています。
敗戦後は、食べるモノ、着るモノ、すべてのモノが不足して
モノ、モノ、モノに苦しめられたと、よう聞かされました。
しかし戦後、生き残った人々の不屈の精神で「モノ」を勝ち取った。
我々の、親父たちも、じいさんたちも、実に勤勉によく働いてくれたんやと思います。
そして我が国は、奇跡的とも言うべく再び息を吹き返し「モノ」で栄えだした。
本来なら、こんなにハッピーで、すばらしい話しは何処にもない筈やったんと違います?
そやのに、どうやろ!!
近頃ときたら、どなたも、こなたも、「物」や「金」やて、おもろない事ばっかり言わはる。
そんな事やから、少女といわれる未成年の女性が、バッグだのアクセサリーだのが
欲しいがために援助交際だと!!それ“売春”でんがな!!
こんな話を聞いたことがあります。
生活に困って体を売る売春婦は世界中にいるけれど、
バッグ欲しさに体を売る少女がいる国は、日本という国ぐらいしか無いらしい。
“金持ち天国” ニッポン万歳!!
この国じゃぁ、カネさえあれば、オンナも酒も美味いメシも自由自在じゃー。
ちょっ、ちょっ、ちょっと待ったー!!
料理界は、まだまだ、そこまで落ちぶれてまへんでー?????
(いやいや本当にプライド高き料理人もお店も沢山あります。)
念のため!!(もちろん前文で出てくる日本女性や少女の話しも、
一部の人々である事はお断りしておきます。)
料理屋の料理とは、亭主(接待する側)が客をもてなす“心”を
表現するための“モノ”ではないかと思います。
この世は、“モノ”と“心”の両輪で動いてる。
どちらが欠けても世の中うまいこと行きまへん。
我々料理屋も、料理という“モノ”と、もてなしの“心”という両輪を
しっかり走らせな、いかんなぁ。
と、あらためて考えさせられる、本日のぼやきでした。
合掌
投稿者 culin : 19:39
『湯布院盆地 風の食卓祭』で作る料理 ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
今日(2月12日)は湯布院に行きます。
「地産地消」というテーマで湯布院の料理人たちと一緒にコース料理を作ります。
それを旅館やホテルなどのオーナー・女将・料理関係者約70人に提供します。
そしてどうして料理を考えたかという話をしながら、食べていただくわけです。
ただ、「地産地消」ということが、よくわかりません。
それぞれの土地、土地で作ったものをその土地で消費する、ということなのか?
それなら、その土地に行かなければ食べられないのか?
そうなると都会は生産現場を持たないので、
産地から産物が届かないようになると食べるものがなくなる?
そうではなく、自分たちの生まれ育った土地や風土に目覚めよということなのか?
これは食を介在にした都会からのUターンを呼びかけているのか?
あるいは、過疎化防止の土地に居付いてもらうアピールなのか?
隣の畑を羨ましく思うのでなく、自分たちの土地でできたものを再評価することなのか?
一口に「地産地消」といっても真意のほどは曖昧なままです。
届いた地産の品目は、ほとんどが京都にあるものと重複しています。
その土地独特のものはそうそうにないのでしょう。
湯布院で下仁田葱が作られています。
ちょっと腑に落ちない事です。
すでに、わが国の農産物は均一化が進み、大根なら青首が席巻したように、
珍種は途絶えたのだろうか?
とにかく湯布院に飛びます。百聞一見にしかず、ですから。
地産の食材で、珍しい料理を作って、受け入れられれば
湯布院全体に出回りますが、その料理はいずれすぐ飽きられる運命をたどります。
そんな仕事は面白くありません。
料理人の会ですから、献立とか裏技とかの技術論ではなく、
どのように料理を楽しんで作るかということに焦点を絞ろうと思います。
というのも、料理は食べ手と作り手とが相まって完成します。
珍しいとか、うまいとかは食べ手側の問題です。
そして往々にして、料理は食べ手側だけで関心が終始します。
今回は作り手側に向けた料理を考えてみました。
料理人が仕事として、あるいはやらされ事としての料理を作るのでなく、
作る楽しさを分かち合い、夢中になれることを考えました。
単純な料理ですが、作り手の感性を加味することで完成する仕組みにしました。
実は、作り手の哲学をみんなで作りだすことを目指そうと思っています。
題して、「湯布院豆腐ココット」
うまくいけば、来月のブログで報告します。
投稿者 culin : 20:21
焼津と鰹節 ◆ 懐石・宿 近又 鵜飼治二 ◆
去る1月9日食育研究の一環で京都市教育委員会のご接待で
鰹節の視察のため静岡県焼津に行って参りました。
我々が普段「だし」のもととして使っている鰹節が
一から作られる工程を見てきたわけですが、
その工程が如何に大変なことかを思い知らされました。
それは、遠洋漁業で赤道付近で水揚げされ、
船内で急速冷凍された鰹が焼津港に夜明けに入港し
荷揚げされるところから始まり、
競り、茹でる、骨抜き、焙乾、かび付け、天日干しにされて出来上がりといったところです。
その中でも特に大変な作業は、骨抜きでした。
こればかりは手作業ということで、何人かの方が茹でられた鰹の骨を
一匹ずつ抜いていく作業でした。
茹でてあるので簡単に抜けるとはいえ、
その量たるもの並大抵のものではありません。
正直、われわれがその作業をじっと見させていただいていることが
申し訳なく思ったくらいです。
本当に根気のいるお仕事でした。
また、その工程で無駄は一つもなく茹でた煮汁は、
食品会社に売られて濃縮スープになり、骨は家畜の餌になるということでした。
焼津は現在、全国でも有数の鰹節の生産地として知られ、
焼津と鰹節の歴史は大変古く今から、1400年余り以前の弥生時代にさかのぼります。
その当時焼津一帯の集落での人々が、米食をし鰹を獲って食べていたことが証明されています。
延長5年(927年)醍醐天皇の命により撰集された『延喜式』に駿河国焼津浦より
「堅魚」、「煮堅魚」、「堅魚煎汁」の貢租があったとも記述されています。
また、『駿河国正税帳』という古文書の中にも焼津を中心とした地域が
「煮堅魚」特産地としても記述されています。
「堅魚」や、「煮堅魚」は鰹を素干したり、煮て日干ししたりしたもので、
今の鰹のルーツと考えられています。
現在一般に使われている名称は、戦国時代から江戸時代初期の間に変ったものと思われます。
しかし当時の鰹節は現在のものとは大きな隔たりがあり、
その後、延宝2年(1704年)に紀州の漁師である勘太郎があみだした
「燻乾法」が現在の鰹節という言葉の起源と言い伝えられています。
食育担当しております私としては「食材に感謝する。食材を大切に使う。」という
基本を本当に鰹節ができるまでの工程を見て、改めて大切なことだと認識いたしました。
皆さん鰹節を無駄なく大切にお使いください。
投稿者 culin : 20:24
招かれざる客 第二章 ◆ 瓢亭 髙橋義弘 ◆
出ました、出ました!
なんか動いてる!
鯛の造りをひいていると、視界になんだかうごめく者が。
ふと振り返ってよく見ると、何かが歩いてる!
黒っぽくてよく見えてなかったんですが、
かなり大きくて横幅30センチはありそうです。
ハサミには毛が生えていて、かなり強そうな感じで、
はさまれたら痛いやろなぁ~
モクズガニでした。
そのままにしておくわけにはいかないので、激写!
調理場にある池は、柵がしてあるのにどうやって上がってくるんやろう?
食べるにはなんだか抵抗が。。。
上海蟹を大きくしたような感じなんで、意外と美味しいかもしれません。
とりあえず網でつかまえて、庭のほうの池から放してやりました。
街中なのに、年に数回こんなことが起こります。
先日書いたように、ウナギや亀は当たり前、
庭ではサギとカラスがけんかしたり、←怖いですよ
ヘビの抜け殻があったり。
近所に動物園があるのですが、ここもある意味動物園?
普段から動物の鳴き声がするので、呼んでいるのでしょうか。
調理場の者も異状に興奮しておりました。
投稿者 culin : 23:53
厄年 ◆ ぎをん 梅の井 三好 徹 ◆
今日は2月9日
『風の日』『服の日』『肉の日』『ふく(河豚)の日』『福の日』
などぎょうさんありますなぁ それはまぁおいといて・・・
数え年で男性の25・42・61歳、女性の19・33・61歳を『本厄』。
本厄の前の年を『前厄』、後の年を『後厄』と称します
私は今年『後厄』になります。
前厄から本厄、後厄と3年間厄払いに参りました。
年が『立春大吉』で替わるということから
毎年節分までにお参りしなあかんと母親に教えられ、
毎年『立木観音(京都の人は立木さんといわはります)』に
お参りさせてもらってます。
立木観音の場所ですが、滋賀県石山瀬田川沿いの山です。
弘法大師が観音像を刻み、建立した寺で、観音像を刻んだのが
厄年の42歳であったといわれるそうです。
山の上に観音様がありまして、階段を約700段登らなければなりません。
階段の途中、下りて来れる方や、登って来られる方々に
「おはようございます」
「ようお参りやっしゃぁ」
など声をかけながら階段を上り下りします。
お元気な方々が多いですね。
大晦日、初詣、火曜参りや17日参りなど、参拝者もけっこう多いですよ。
登り切ると気持ちよろしいでぇ 空気がほんまにきれいですわ。
「4年いかなあかんえぇ」
「わかってるがな」
なぜ4年間かといいますと、3年間は厄のお参り
4年目はちゃんと「御礼」をしに御礼参りにいきます。
何もないのが一番やけど、何かあって「お参りにいってへんしや」って
思うのもいやですしね。ちゃんと行ってます。
京都は『石清水八幡宮』やいろいろ厄払いするところがありますが
なぜかうっとこは立木さんです。父親もちゃんと行ったそうです。
階段を登るだけでも厄除けになると思いませんか?
えっ、ぼくですか?
もちろん楽勝に登りましたよ 今年も(^_-)b
投稿者 culin : 20:28
私の好きな言葉5 ◆ 鶴清 田中信行 ◆
今回は禅の言葉の「吾唯足知」をあげさせていただきます。
これは「われただたるをしる」と読みます。
これは釈迦の仏遺教径にある「知足のものは、貧しいといえども富めり。
不知足のものは、富めりといえども貧し」という教えで、
仏教の真髄であるとともに、茶道の精神にも通じるものがあります。
今の世の中なんでも手に入る時代なので、
知足の心を忘れがちになるものです。
しかし、そういう時代だからこそ、
足る事のありがたみをよく理解するべきだと思います。
投稿者 culin : 21:37
京都観光 ◆ 京都吉兆 徳岡 邦夫 ◆
雑踏を避けてのんびりと過ごす。素敵ですね!
京都の魅力は歴史の魅力。
寺社や町並みなどの風情にしろ、文化、食べ物にしろ、
いにしえの頃から今日まで、時代を積み重ね、続いてきたものに、人が惹かれるのだと思います。
人は感動の極みに涙を流すでしょう。つまり感動とは泣きたいような気持ちになること。
そして人が泣くのは過去の出来事と、今の自分自身の置かれている環境を比較して
その違いに、思い深い事が 有れば気持が熱くなるのでしょう。
極端な事がない限り、未来を思って泣いたりはしません。
ふだんの生活ではどうしても解らぬ将来が 気になって先ばかりを向きがちですが、
古いものが残る京都にくると時間の流れをゆっくりに感じ過去を思う余裕が
出てくるのではないでしょうか。
京都に人が集まるのは、そんな気持ちを求めているからだと思うんです。
過去を振り返る京都の旅なら、人出が落ち着いた晩春が好きです。
あまり人のいない場所でのんびりと過ごすのがおすすめです。
だいたい春の盛りは店が忙しく、私の場合はほとんど厨房から離れられません。
だから自然と春の終わりの散歩が好きになるわけですが、
桜の散るのを見るのも素敵ですよ!!
私自身、いつも心が安定しているわけは有りませんし、考えが煮詰まったり、
あせりを感じたりショッチュウします。
そんなとき 淡い萌黄色に芽吹た「もみじ」の新芽とあでやかに舞い散る「さくら」を見ると、
そのコントラストの美しさに 、どうしようもない輪廻を感じ、静かに考えることができるんです。
学びの場として古都を楽しむ 事はできませんかね?
単なる物見遊山ではなく「生涯学習的な旅」をされてみてはと思います。
京都には華道や茶道の家元が集まっているほか、造園や日本建築、能、聞香などと、
さまざまな学びの場があるのが特徴です。
食事にしてもただ美味を楽しむだけでなく、北大路魯山人や樂家などの
名陶が数多く伝えられているこの地では、本物の器のよさにふれることができます。
人間も自分一人がポッと生まれてきたわけでは有りませんよね。
父親や母親、祖父、祖母と、多くの人のつながりや祖先からの深い積み重ね有るから、
今ここに御自分が存在するわけですよね。
料理を食べるときも、料理をつくった人のことはもちろん、器をつくった人や
食材をつくった人の気持ちや情熱を感じることで、世界が広がると思いますよ。
そのためにも料理屋で食事するときには、料理法や器のこと、
素材のことについて、どんどん質問してほしいと思います。
そのほかにも『聞香』などがとくにおもしろいと思いますね。
簡単にいうと匂いあてゲームですが、誰がいちばん鼻が利くかを競うものではなく、
その場にいる人がみんな仲良しになれるゲームなんです。
だから勝ち負けは遠回しな、わからないような言い方をされます。
お茶の作法も、知らないから恥ずかしいとか、知っているから偉いとかではなく、
その場の人が和やかに時間を過ごせるよう、もしくは人と人の関係がより親密になれる様、
思いが互いに伝わるようにどうすれば良いか何百年かけて工夫に工夫を重ねて
作り出された知恵の結集なのだと思います。
テロが相次ぐ渾沌とした今の時代、こういう文化がもっと世界に広まればいいなと思っています。
古都独自の伝統には、先人の知恵や人が生きるさまざまな糧が潜んでいるようですよ。
投稿者 culin : 23:59
もったいない!MOTTAINAI! ◆ 東京 日本橋ゆかり 野永 喜三夫 ◆
最近「もったいない・MOTTAINAI」と言う言葉が日本から世界へ広がり
世界中で共通語になり話題になって来てます。
まさしく日本料理は「もったいない」の世界で
日本料理の初歩、基本を習うときに気が付かなれればいけない心構で・・・
例えば、お造りのツマを作るのに大根をむいたときに、
残った皮は捨てずに刻んで干して、自家製切り干し大根や
刻んで塩ともんでゆずの皮を加え漬物とか
これは、むく練習、切り干し大根を煮炊きの練習、
味付の塩梅加減の練習と毎日の積み重ねで
全て無駄の無い経験に、素材の残った部分で新しい料理を
考え次の料理の味を想像するなどよく見直せば!
今まで捨てていた物もこんななふうに料理を楽しんでみては
実は栄養満点植物繊維もとれ、ご飯や酒にも合う一品に大変身!!
まぁ~お店で出さなくても、まかないで・・・・
投稿者 culin : 23:58
玉衣姫と有用微生物群 ◆ 右源太・鳥居宏行 ◆
ここ京都の貴船に祀られている「貴船神社」は“水の神様”の総本宮ですが、
北は青森県から、南は鹿児島県に至るまで、全国に「貴船神社」と称する分社が約500社あります。
その起源は約1600年前、第18代反正天皇の御創建と云われています。
浪花の津(大阪湾)に黄色い船に乗った女の神様が現れ、
「われは玉依姫なり、この船の留まるところに社殿を建てて、
そこの神様を大事にお祀りすれば国土を潤し、庶民に福運を与えん」とのお告げがあり、
その船は淀川、鴨川をさかのぼって水源の地「貴船」に船を留め、
そこに御社殿を建てたと伝えられています。
玉衣姫の船が留まった場所は現在の「貴船神社・奥宮」で、
境内の奥には「玉衣姫御船の黄船を、人目を忌みて小石で覆うた」と
伝えられる“船形石”があります。
ちなみに、私の店の名前「右源太」は、貴船神社の社家の役職名で、
200年位前の先祖は“鳥居(姓)右源太(役職)政蔵(名)”というような呼び名をしていました。
ところで、表題の“有用微生物群“ですが、これは汚染物質を食べてくれる
善玉微生物を80種類位混ぜ合わせたもので、通称”EM菌”と呼ばれているそうです。
河川や池に投入すると、浄化作用があるといわれています。
2004年の4月、そのEM菌を、C.W.ニコル師匠から繋がったご縁で、
大阪湾の漁業組合の方から大量に戴きました。
これが何で玉衣姫と関係があるかと言うと、
黄船が留まったとされる所と同じ場所にEM菌を置く事になったという事と、
それを戴いたのが玉衣姫が現れたという大阪湾だったという偶然に、
不思議な繋がりを感じたからです。
同じ貴船に住む猟師仲間と私の二人で、4㌧トラックで受け取りに行って、
町内のみんなに手伝ってもらってタンクを設置しました。
費用は町から援助してもらい、その年は週に2㌧のペースでEM菌を貴船川に投入しました。
最初に戴いた分はすぐに無くなってしまいましたから、
それ以降はこちらで培養して、9月末まで投入し続けました。
それにしても、気になるのは「本当に効き目があるんかいな?」という事で、
それは町内の皆さんも同じ思いだったようで、
それどころか、「そんな得体の知れんもんを川に流してもええのんか?」という、
良く考えたら当たり前の事を言われる方もいらして、
残念ながら、その年で中止することになってしまいました。
奥宮にポツンと残った無用のタンクは、自分が運んできてしまった手前、
見るにしのびない物がありました。
その後、1年間のブランクの後、区長から、
「町内の事業としては認められへんけど、お前が勝手にやる分にはかまへんで!」と
言ってもらい、昨年は5月から9月まで、週に1㌧のペースで投入しました。
肝心の効果の程は…
貴船川は渓流で流れが速く、善玉菌が活躍する暇もなく
下流へ流れていってしまうのだと思います。
大阪湾の漁協の方は、道頓堀川では「川底に溜まったヘドロが激減して、
シジミが大漁でウハウハや!」と仰っていたので、
「貴船川ではゴリが大漁になるかもやな!」とか期待していたのに…
それはともかく、乗りかかった“船”なので、今年も5月になったら投入します。
鴨川で床をされているアカデミー会員の皆さん、大阪湾漁業組合の皆さん、
ひょっとしたら、水源の地から投入された善玉菌達がお伺いするかもしれませんが、
その時はどうぞ宜しくお願いいたします。
写真③ 善玉菌のタンク
(1㌧タンクを3個設置して、ここから直接貴船川に投入しています。)
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投稿者 culin : 13:09
PS3 ◆ いもぼう 平野家本家 北村晋一 ◆
先日、PS3を入手したのですが、その凄さにビックリしました!
公式サイトや情報誌で機能等の凄さは、ある程度知っていたのですが、
現物を手にするとさらに驚きました!
もうケーム機の範疇を逸脱する存在です。
限りなくPCに近い能力を秘めていることを知らされました。
私は、ゲーム好きなので、PS、PS2、PSPそしてPS3と購入してきたのですが、
新しい本体が出るたびにビックリしていたのですが、
今回については、今まで以上にビックリさせられました。
どんどん新しいものを取り入れて、最新技術の結晶みたいなものが、
ゲーム機のみならず、いろんな分野で新しいものが開発され、
新製品が販売される現代に、新しいものも取り入れながら、
過去の物も守っていく仕事をしているのは、幸せなことだと思いました。
世の中が、どんなに便利になって、すごい技術が開発されても、
伝統工芸や伝統文化、昔ながらの~ということは、
後世に伝えていくべき事だと思いますし、
伝えていける仕事をしているのですから、、、。
投稿者 culin : 21:20
チョットした...? 簡単で...? ◆ 平等院表参道 竹林 下口英樹 ◆
店側 「ありがとうございます、何時のご予約でしょうか?
お客様 「○月○日のご予約です」
店側 「何名様でしょうか?」
お客様 「○名です」
店側 「お食事はどの様にご用意をさせていただきましょうか?
ご昼食でしたら お弁当の御膳コースと京懐石コースがございますが...」
お客様 「チョットした...お客様が来るので...」
店側 「ごゆっくりお話をしながらお食事でしたら
1組ずつのお部屋でご用意させていただく京懐石コースにしていただくか
皆様と同じ部屋でよろしければ、お昼のお弁当にしていただくか
大きく2つに分かれますがどういたしましょうか?」
お客様 「簡単な物で結構なのですが」
店側 「簡単な物ですか?」
お客様 「えぇ 簡単で...」
店側 「お弁当でよろしいのでしょうか?」
お客様 「はい お弁当で結構です
チョットした お祝いで...」
店側 「すみませんが、差し支えが無ければ どの様なお祝いでしょうか?」
お客様 「お顔合わせで」
店側 「えっ? お.お顔会わせ!! でお祝い?」
お客様 「はい 結納もかねて」
店側 「では、結納後のお祝いの食事でよろしいのですね」
お客様 「はい 結納も簡単で有って無いような物ですし」
店側 (意味がわからんな...)
お客様 「お相手さんとは初めて会うのですが
大層なものではないですし」
最近、この様な予約の問い合わせがよくあります
すべてがすべてといった訳ではないのですが
皆さんどう思われまっか?
生涯、一緒になろう2人が...
これから永く 親戚付き合いしていくお相手様に対して...
しかも 初めてお会いする両親同士の席なのに
チョットした...
簡単で...
そんなことで、よろしいのでしょうかねぇ
感覚は結婚自体
簡単に...チョットしてみた...
になってるような気がしてなりまへんなぁ
それが許せる両親だからこそ
我が子が嫁に行っても「いや やったら帰ってきたらええで」
なんて平気で言えるのとちゃいまっかぁ
一度出した以上
「お前は他所に嫁に行たんやぁ 帰る場所ないねんやからなぁ」
ぐらいの意気込みが無ければあかんのとちゃいまっかぁ
簡単に...ちょっと...
離婚したわぁ
にならんように祈るばかりの今日この頃です
10年後、50年後、
「竹林でお顔会わせも、結納もしたなぁ なんか昨日のようで懐かしいなぁ」
と、また店に来ていただきたいですなぁ!!
それまで、うちの店があるように、きばらなあかんなぁ↑↑
投稿者 culin : 21:02
今日は節分!! ◆ 岡庄 岡 豊雄 ◆
旧暦では節分は大晦日なっておりました。
節分とは季節の変わり目の時の事で、立春・立夏・立秋・立冬の前の日でした。
立春が1年の初めでしたから、節分といえば春の節分を指すものになりました。
立春が新年と考えれば、節分は大晦日ですね。
前年の邪気を祓うという意味をこめて、豆まきを行ったりするようになりました。
昔の人は大豆に霊力が宿っていると考え、その豆をまくことで、
福を呼び込めると考えていたみたいですね。
鰯の頭を焼き、ヒイラギの枝に刺し家の入り口に差す風習があります。
これは鰯の頭の臭いで、邪気が家に入るのを防ぐという意味ですね。
節分の日、(巻寿司のまるかぶり)が節分のイベントになったのは、
大阪の船場が発祥のようですね。
それに全国の食品メーカーが便乗して全国に広まったみたいですね。
巻寿司を恵方の方に向かって私語を交えずに丸ごと食べる事により、1年間良い事あるそうです。
(福を巻込む)からで、また、まるごと食べるのは(縁を切らないため)です。
本年は北北西ですよ!
最近では、大豆ではなく、落花生を使う人たちが増えています。
(落ちた豆を食べるなんてきたない)と言う観点からです。
また、家庭によっては豆だけでなく、銀紙で包んだチョコレートをまいたりもするようです。
今日は、豆まきをし、巻き寿司を北北西に向かってまるかぶりします。
投稿者 culin : 21:18
節分には「恵方巻き」 ◆ 下鴨福助 安念尚志 ◆
明日2月3日は節分です。節分といえば商売柄
すぐに思い浮かぶのが巻き寿司です。今回は
明日に向けて「巻き寿司」を巻くコツをお話しします。
うちの店ではかんぴょう、椎茸、三つ葉、おぼろ、
厚焼き玉子で巻きます。海苔は「巻海苔」を使います。
スーパーなどで売られている巻き寿司は
「焼き海苔」を使っているようですね。
「巻海苔」はなかなか噛み切れないけれど、
「焼き海苔」は焼いているだけあって噛み切り易い。
だからなんでしょうか。
もちろん焼き海苔でもいいのですが
焼き海苔は巻きたてを食べればおいしいのですが
時間が経つと味が落ちるんですよね。
関西寿司は鯖寿司に代表されるように
作り置きができるのがポイント。
この点でやっぱり「巻海苔」がいいと思います。
時間が経ってシャリの水分が海苔に馴染んで
いい感じにしまってくるんですよ。
焼き海苔はそういうわけにはいかない。
だから焼き海苔で巻くときはしまってこない分
最初からしっかり巻かないといけないんです。
次にシャリのひき方ですが
海苔全体にひくのではなく少し端を残してひきます。
このときのポイントは四隅にしっかりとシャリをひいて
なおかつ真ん中のほうは少なめにひくこと。
そしておぼろ、かんぴょう、椎茸、三つ葉、厚焼き玉子を
写真のようにおき玉子を押さえながら
シャリの両端を合わせるように巻きます。
あまり強くまきすでしめすぎないこと。
前述の通り巻き海苔は時間が経つとしまってくるので軽く巻くのがコツです。
明日の巻き寿司はこれでばっちり?
でもお近くの方はうちの巻き寿司をどうぞ。
今年の恵方は北北西。「福を巻き込む」巻き寿司で
「縁を切らない」ように北北西を向いて丸かぶりしてくださいね!
投稿者 culin : 23:11
近畿地場野菜応援団 ◆ 学校法人 大和学園 仲田 雅博 ◆
近畿の地場野菜は、野菜農家の高齢化や都市化の進展などから減少傾向にあり、
京阪神市場に入荷する地場産の野菜は、全体量の5分の1と、年々産地が遠地化し、
その供給力が危ぶまれております。
また、輸入野菜の急増も農家の生産意欲の減退により拍車をかけています。
「近畿地場野菜応援団」は「地場野菜にエールを送ろう!」を合言葉に、
平成9年の12月に設立されました。
今こそ地場野菜を守り育てるために、そして、生産する側が魅力をもって
野菜生産に励んでもらうために何ができるかを共に考えることが重要と考えました。
このため、 地場野菜に思いを寄せる生産者、消費者等各々の立場の者が結集し、
自らの行動で地場野菜を守り育て、地場野菜にエールを送る
「近畿地場野菜応援団」を設立しました。
(設立:平成9年12月4日、会長:奥村彪生(伝承料理研究家))
会員は、野菜生産者、消費者はもとより、流通関係者、食品産業関係者や医師、
栄養士、教育関係者、文化人など幅広い分野から個人・団体を問わず
数多くの方々に入会していただいています。
思いを同じとする方々の御入会をお待ちしております。
少し宣伝になってしまいましたが、私たちのように調理するものは、
素材の本当の良さや大切さを一般の消費者に伝える義務もあるのではないかと考える次第です。
私は、日本料理アカデミーの食育教育を携る者として、
現在お手伝いをしておりますが、本当に良い食材を守るための運動も平行して実施する事が、
将来の食生活を守るためになると考えております。
確かに京野菜「京の伝統野菜」は、非常に大きく成長し日本全国から引き合いが来ているようです。
私は、ここにも少し問題があるように思います。
京の野菜は京都の近郊の人達が使ってこそ京野菜で、これこそが「地産地消」なのです。
儲ける事は大切ですが、儲かるためには何でもするのでは、食はダメになってしまいます。
食は私たちの体と心を作ってくれる物だと、信じております。
私たち食にたずさわる者一人ひとりが、日本の食(食材)をもう一度見直してはどうでしょうか。
近畿地場野菜応援団のアドレスです
http://www.kinki.maff.go.jp/introduction/seisankeiei/yasaioen/yasaioen.htm
投稿者 culin : 19:42