2007年01月20日
人と自然と2 ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
小さい時から庭を見て育った僕は、庭について考えることなどほとんどなかった。
庭は単なる遊び場にしか過ぎなかった。
木に登り、池に入って鯉をすくい、小川を堰き止めダムを作った。
怒られないことをこれ幸いに、店の庭の中を縦横無尽に走り回った。
「今のおじいちゃんは、優しいからええで、うちらのおじいちゃんやったら、
ちょっと庭で遊ぼうもんなら、怒鳴って追いかけ回された。怖かったで。」
おばからよく聞く話だ。「そんなん知らん。」聞く耳も持たずに駆け出した。
そのとき、お客さんがいたのかどうか、定かでない。
それよりもむしろ、遊ぶことに無我夢中だった。
大学時代、東京で過ごした僕は、京都出身ということで、
同級生にいろいろ京都のことを聞かれた。
しかし、何一つまともに答えられなかった。
今までまったく京都の名所・旧跡など足を踏み入れた事もなく、
「修学旅行で金閣寺に行った。」「清水寺に行った。」なんて言われても、
「へー、どうやった?」なんて、何とも情けない答えしか出なかった。
休みのたびに京都へ戻り、お寺をはじめ、
名所・旧跡を回り始めたのは、ちょうどその頃からである。
回る所には、大小はあったが、必ず庭があった。
庭に対して、何の考えも持たなかった僕は、知らず知らずのうちにその存在を無視し、
建物や仏像、宝物やふすま絵などに目を向けていた。
そんな庭を美しいと思い始めたのは、社会人になってからのことだった。
その頃から、庭について、考えるようになってきた。
なぜ庭があるのかということを・・・。
投稿者 culin : 2007年01月20日 06:18