縄文を見直す ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
この正月、縄文時代が話題にのぼった。
小学校時代から、近くの北白川小倉町で縄文式土器が出土することもよく知っていた。
なにを今更ながらの縄文文化であり時代だ、と思いつつ話に加わっていた。
とても不遜だった。
この話題を持ち出した人の話はこうだ。
世界のほとんどの地域で発達した文化は、
石器文化から青銅器文化という狩猟の道具を工夫する文化に進む。
そして自ずとこの文化は武器を作る文化へと進化して行く。
一方、一万三千年から一万年前のわが縄文時代は、
青銅器文化に代わって土器文化を作り上げた。
土器が武器?として役立つのは、せいぜい夫婦喧嘩ぐらいだ。
これはとりもなおさず鍋を作り出し、
戦いよりもうまいものが食いたいと願った文化ではないか、と教えてくれた。
土器文化が長く続く地域は世界的に珍しいとの説明も受けた。
そのように縄文時代を考えたことはなかった。
では、なぜ土器文化が発達したのかという理由は風土だという。
日本列島には巨大獣は生息していなく、大きな野禽はせいぜい日本カモシカだ。
だから、石器で対応できた。
青銅製の道具はさほど必要に迫られていなかった。
おまけに野菜類にも魚介類にも恵まれていた。
狩猟よりも収穫物をいかにうまく食うか!
そう、関心は「いかにうまく」だった。
その工夫として土器が発達した。
しかも、調理器具としての土器!
すでに狩猟という第一次産業よりも、
料理という第三次産業的要素が強い文化を育んでいた、
としたらこの国は料理文化先進国ということになる。
思いもかけない説明に「料理立国」か、と気分が良くなった。
気分の良さを維持するためには、武器を育てなくてよい、
この恵み多い風土を守らなければならない。
宇宙飛行士向井さんが、宇宙から見た東京湾は
世界の他の地域と比べると、美しいと言っている。
しかし、あれほどの海にしておいて、喜んではいられない。
この比較は、それほど世界は汚れていると言うことなのだ。
環境問題では「京都議定書」があり、世界の炭酸ガスを見張り、
地球温暖化を食い止めようとする議定書にこの町の名前が使われている。
料理を通じて世界にアピールできることはないのだろうか?
土器文化-あるいは料理文化-を先祖に持つ日本料理に携わるものとして、
重要なテーマとして結びついた。
投稿者 culin : 2007年01月12日 17:15