正月の読書 ◆ 辻調理師専門学校 小山伸二 ◆
正月休みは、ことさらやることもなく、のんびりすることに
(やはり、人生のなかで、仕事がリズムを作っているということを、
少し長い休暇中に思い知らされる)。
まあ、テレビもこの時期は退廃的なバラエティ番組だらけで、
だらだら見るにしても案外、体力がいるものだ。
だから、「ツンドク」でたまった本でもと思って、手にした一冊が、これ。
『桜が作った「日本」――ソメイヨシノ起源への旅――』佐藤俊樹・著(岩波新書)。
2005年2月刊行の新書だから、ツンドクでもかなり熟成していた本の一冊だ。
著者の佐藤さんは、東大の総合文化研究科助教授。
さて、正月に桜の話題は早すぎるかもしれないが、
この本、自然とは何か、日本の伝統とか、日本らしさとは何かと、などを考えたとき、
なかなか、示唆に富んでいる本であった。
周知のように、いま、日本中を席巻し、桜といえば八割は「ソメイヨシノ」となっている、
その「新しい桜」の歴史は、たかだか百年ちょっとにすぎない。
幕末から明治維新にかけて日本のあちこちに登場していったこの「花」は、
「日本の桜」の代表になり、そのまま、近代日本の歴史と随伴して
日本の新しいシンボルになっていった。
たとえば、日本の鍋や漬物の定番「ハクサイ」が、
中国から本格的にもたらされたのは明治に入ってから。
本来は、もっと昔に渡来・定着してもよさそうなものだが、
栽培上のテクニカルな問題があったらしく、種を植えても二代目以降、
ハクサイとして育たなかったのだという。
野菜や香辛料などの食材の伝来と定着、発展には、別の面白い歴史があるが、
まあここでは、桜の話だったので、この話はここまで。
そもそもソメイヨシノ(染井吉野)とは、合成された名称である。
この新しい桜が開発された今の東京都豊島区駒込あたりが、
じつは、染井村と呼ばれていたらしく、江戸後期から明治半ば頃までは
園芸業の一大拠点だったそうだ。
「吉野」は、これは、まさに伝統的に桜の名所として名高い吉野山の「吉野」から来ている。
つまり、ソメイヨシノという名前には、伝統と革新の両方がはじめから戦略的に共存していたのだ。
さて、この新書は、こうして、桜のウンチク本として楽しめるのだが、
それ以上に、「伝統と革新」の問題を考えるうえで、面白い観点を与えてくれる。
新規のソメイヨシノは、新しかったけれども、
実は、日本人の共同幻想のような花=桜のふるさとの「吉野」の桜を、
イメージ上、喚起する力を持っていた、ということ。
さらにいうと、その吉野と桜が、日本人のなかで対になるイメージを持つようになったのは、
鎌倉以降のことに過ぎない(西行、『新古今和歌集』などを先駆とするのだろう)ということは、
よくよく考えてみたら意味深な話だ。
ということは、吉野の山桜もまた、ある時代のひとびとのイメージと結びついて、
日本の桜の多様性を無視して、たったひとつのイメージ、
象徴に収斂させていくという回路を持っているということなのだろう。
ソメイヨシノが「『日本を一つの桜で代表させる』ことにリアリティをあたえた。」
という著者の指摘には、深く頷いてしまった。
つまり、それは、吉野桜=吉野の桜も、ある時代の日本を一つの桜で代表させていた、ということ。
ほんらいは(植物学的には)、さまざまな品種、雑種が、
豊かに共存している「桜」の世界が、単一のイメージで、
「らしさ」を下支えする象徴になっていく構造。
そういう構造に、数ある「桜」のなかでも、
吉野桜もソメイヨシノものっかることができたのだろう。
客観的事実としての新旧、起源とは別に、
ひとに受け入れられイメージ上の、あるいは現象上の「伝統」とか、
「象徴」になっていく、ということがある。
この新書のサイズの本のなかでは、さらに、多くのことが語られていく。
桜とは何か、という問いかけは、そのまま、
日本とは何か、という問いかけへ、
あるいは、「自然」とは何か、という大きな物語に接続されていく。
そして、「日本料理」とは何か、という問いかけへと、
この本をつなげたらどうなっていくのか、などと考えたあたりで、
長い正月休みもおしまいになった。
投稿者 culin : 2007年01月10日 18:23