鰯の頭も信心から! ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
ようやくお正月も終わりほっと一息、
心身ともにくつろいでいたある朝ふと手に取った雑誌の記事に
“ピラミッド・パワー古代エジプトの不思議”と書かれた半分子供だましのような題目を見つけた。
普段なら気にも留めず次のページに目を通すところが、
その日は午前中の予定もなく、思わず子供が絵本にでもひきずられ
見入ってしまうように何の抵抗もなくその記事を読み始めた。
内容はざっと古代エジプト人の優れた天文学の知識と
ピラミッドの構造に関する著者の想像から生まれた世界中どこにでもありそうな
ピラミッドの七不思議について書かれており、
その中にあるピラミッドに存在する王の棺を納める部屋には、
細い穴が空いていて、外とつながっている。
昔は単なる空気穴と思われていたのだが、
調べてみると興味深い事実がわかったとあり、
穴の一つは北極星に、もう一つはある季節でのオリオン座の方向に向いており、
古代エジプト人は、生と死をつかさどる神がオリオン座にいると考え、
王がオリオン座に上っていくためにその穴を空けたのだという説である。
また彼らは紀元前4000年には一年が365日であると知った上で、
1年の始めをシリウスが日の出直前に昇ってくる時とし、
この時期はまたナイルの氾濫が始まる時期でもあり、
古代エジプト人はこの時期以後四ヶ月をナイルの氾濫期とし、
次の四ヶ月を地の回復期、その後の四ヶ月を乾期とし農作物の収穫期をしたとある。
およそ私の頭に残っていた内容はそれくらいで、
それよりも古代人は今よりもアニミズムを信仰し
唯一神どころか生活するいたるところに神の存在を信じ崇拝していた。
食生活においても神と供食をなす神饌をつかさどる部分が多く、
祭りのような儀礼的な集会があり、
その中でも特別に霊的能力の強いシャーマンのような人物が神の使いとされ
多くの人間が集団生活を営むための規則や道徳的な戒律を受け入れていた。
現代文明にもまだまだこのような自然崇拝を促し
科学的根拠は無くとも、自然の力を利用して多くの社会問題を解決しようとする動きがある。
その一例として河川における環境汚染の問題をとりあげてみることにする。
この事業は河川の美化、古来よりある美しい河川を取り戻そうという発想から
生まれたもので古来より自然のなかに存在するバクテリア、
それを最も良い状態で活動させることにより、
自然浄化能力を高め自然界に侵入する汚れや不純物を分解処理させ、
環境バランスの均衡を汚染されてない自然環境基準にもどすという仕組みである。
もう少し詳しく説明すると、自然界には目に見えない数多くのバクテリアが確認されており、
そのバクテリアの存在は“環境サイクル”の鎖の役目を担っており、
汚染されていない自然環境を基準とした時“環境バランスの中に
プラスとマイナスのゆらぎ”が存在し、そのバランス均衡によって
自然環境が保たれていると仮定する。
そしてそれらのバクテリアがなんらかの関係で、
地球生命の核となる各種鉱物(鉄・アルミ・鉛・ウラン・ダイヤモンド・金)等の
鉱物原子の“歳差運動”により酸化作用が激しくなれば“錆びる”という現象をおこし、
時にはアオコや藻の大量発生という自然界の偏りを生じさせてきた。
つまりこれらの現象は鉱物原子の変動により地球環境のバランスにある種の偏りが生まれ
その原子の回転運動を操作すれば自然体でバランスを保ち続けることができると仮定した場合。
このような運動を促す装置を地中にセットすることにより
その場所における自然環境を現時点より悪化することなく、
過去の良質な環境状態に戻すことができるのである。
とは簡単に説明されても現代文明の申し子である我々にとって、
何を信じ何を疑えばよいのか?
まさしく正月気分覚めやらぬ夢の世界で神から受けたお告げのような話である。
しかし、そのような夢物語を正気でとらえ
実際に事業計画を立てている地域河川環境美化団体が私を含め、
ここ嵐山で活動を続けている。
そしてこの早春にはこれなる環境バランス改善装置
(なんと1辺が20センチに満たない厚さ3センチほどのステンレス製の正方形状の箱に
数種類の金属が、50ミクロンという微細な金属粉として混合されているだけの物)を
地中30センチあたりに5箇所ほど(専門家に計測していただいた箇所)に埋め込むだけで
渡月橋を中心に上流、下流2キロにわたる区間において環境バランスが改善され
その装置を除去しない限り永久に自然環境バランスを保つことができるのである。
お隣の中国では現在河川における環境汚染の問題が蔓延し、
国家としては藁をもすがる思いでこのバランス改善装置を試行し研究調査中と聞いている。
もしこの装置を使い今問題視されている様々な環境問題を解決することができれば、
人間は自らの行いで過去に自分たちが犯した地球上の環境汚染という過ちを
すこしでも償い後世の人類に受け渡すことができるかもしれない。
我々には先人から培ってきた信仰・信心という道徳的な自己や家族、
さらに社会や国家に対し安泰を祈る和敬清寂の精神がある。
まさしくこの環境バランス改善装置なるものも人それぞれによって様々な受け止め方ができよう。
暦の上では大寒を過ぎ、立春はもう目の前である。
その前日は節分で一家の主が家内安全、天下泰平を心に刻み一心不乱に豆まきを行う。
各々家の玄関先には柊の枝に鰯の頭をさして邪気をはらう古来からのおまじないの飾りつけが
街路を行きかう人々の目を引く。
信じるも、信じないも人それぞれ、鰯の頭も信心から!
今年も日本料理アカデミーの活動を通じて食文化の伝承と革新に向け
自己の信念を曲げず邁進して行くことを心に刻みつつ、
本年も皆様方のご指導を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
投稿者 culin : 2007年01月23日 21:46