2007年01月31日

兵庫県余部鉄橋と松葉蟹                   天喜 石川輝宗

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「僕は昭和一九年、東洋一の余部大鉄橋の真下で生まれ、
日本海の荒波を子守唄に育ちました。」

私の父、石川輝夫が講演などに行くと必ず冒頭に言う言葉です。
今年でこの大鉄橋も架け替えです。
夜になると銀河鉄道999のような景色が見られなくなるのは残念です。
余部鉄橋といえば暴風のとき列車転落等の大事故があったり、
それ以来風が吹けば山陰線が遅れる原因となったりして
難所の1つになっています。

咋年の暮れに久しぶりに休みが取れ、
「よし祖父の墓参りでもして蟹でも食べて温泉にでも入ってくるか!
いや、蟹食べるついでの墓参りかもしれないが・・・
うまくいけば釣りもできるぞ・・・」となり、
一目散に里帰りとなりました。しっかり日本海は大荒れでした。

出石でそばを食べ、城崎、津居山、柴山、香住、そして余部です。

何か気が付かないですか?
経由しているところは全て松葉蟹の水揚げ港です。
伯父が幸運にも柴山で水産加工業をしているため私、
蟹だけにはこだわりが有るのです。
直接漁船から買い付けることもできます。
やはり最高の松葉蟹はおいしい!ただいえることはそれだけです。

日本海は荒れるからこそ良い魚、蟹が育つのです。
つまり山の栄養を深海まで届けることが出来るのです。
松葉蟹の漁期はたった3ヶ月しかありません。
昨年の2月など出港できたのはのべ七日しかなかったそうです。
でもやたらこの港のタッグが付いた蟹が出回っていましたね。なんででしょうね?
だから獲りたくても獲ることが出来ず、資源を守ることができるのです。

皆さんもしよろしければ城崎温泉につかり
柴山港で蟹と魚を仕入れ父の実家‘ちなみに民宿やってます。’で
蟹すき食べましょう。案内しますよ♪

投稿者 culin : 22:37

2007年01月30日

手鑑                            杢兵衛 寺田慎太郎

「手鑑」というのは、写経や和歌集、物語など様々な古筆の断簡を
厚手の台紙に貼って「帖」に仕立てた物です。

室町時代後半あたりから手鑑は作られ、江戸時代に大流行したと言われます。
武家や町人のみならず、昔の冊子本や巻子本を大事にしていた天皇家までが
この手鑑作成に奔走していたらしく、現存してはいないものの
「禁裏手鑑」なる物まで作られたようです。
 
古筆つまり先祖が残した筆蹟を尊重する風潮は随分昔から存在し、
かの有名な「徒然草」には「ひとり灯のもとに文をひろげて、
見ぬ世の人を友とするぞこよなうなぐさむわざなる。
・・・この国の博士どもの書ける物も、いにしえのあはれなる事多かりし」とあります。
古人への追慕、そして古人の筆蹟の精神性、芸術性の高さに対する畏敬の念が
手鑑成立の背景にあったのだと思います。

江戸時代に入って手鑑の所持が一種の権威的要素を持ち出すと、
人々は競って古筆切を収集して手鑑を作ろうとします。
この手鑑には決まり事みたいなものが存在し、
手鑑の第一頁には「大聖武」と呼ばれる聖武天皇筆とされる
「賢愚経」という古写経が貼られます。

次に光明皇后筆とされる「蝶鳥切」と呼ばれる古写経が貼られます。
順番はこの後も「親王」→「摂家」・・・「高僧」→「連歌師」→「武家」などといった具合に
ある程度定められていて、これを踏み外すと価値が低く見られます。

それ故必要な断簡を強欲に集めようとして容赦なく
巻子本や冊子本が切断され、細分化されます。
当然の事ながら数に限りのある古筆は不足してきます。
すると贋物が流出するようになり、これを受けて古筆鑑定を生業とする人が登場し、
更に「慶安手鑑」という手鑑の複製が出版され、
手鑑の教科書的役割を果たすようになります。(私の想像を含めて表現しています)

明治期にはこういった秘蔵の手鑑が世間一般に出回るようになり、
更に多くの人々の要望から手鑑に貼られた古筆切が剥がされ
掛幅に仕立てられるようになっていきました。
大流行した手鑑も明治期に入り、激減していったのです。

以前、京都国立博物館で国宝の「藻塩草」という手鑑を鑑賞した事があります。
これは「見ぬ世の友」(出光美術館)、「翰墨城」(MOA美術館)と共に
三大手鑑の1つに数えられています。

明白な素性は当然知りませんが、もし上記のような時代背景の下で
幾多の危機を乗り越えて当時のままの姿で現存しているのであれば、
改めてその貴重な体験に感動を憶えます。

筆蹟に芸術性を見出す民族は世界においても稀だと聞きます。
漢字と平仮名が融合し、調和した、流れるように美しい日本の文字を私は愛して止みません。
この融合力、調和力、そしてそういったものに美を見出す日本人の美意識全て
日本人のアイデンティティの1つだと考えても良いのではないでしょうか?
そして誇りに思うべきでしょう。

今なお受け継がれる手鑑をはじめ多くの古人の筆蹟を多くの古人と同様、
彼らの意思と共に大切にしていきたいですね。

投稿者 culin : 21:49

2007年01月29日

工場野菜に光があたる                  監事 西田 隆夫

皆さんは植物工場で栽培された野菜、
いわゆる「工場野菜」というものを食されたことがあるでしょうか。

実は、私自身仕事の関係で、最近この「工場野菜」というものを食する機会がありました。
そして、植物工場のことをいろいろ知ることによって、この植物工場というものが、
今後の我々人類の食生活の改善に大きなインパクトを与えるのではないかという思いを
強く持っています。

2日前すなわち1月27日(土)付けの日経新聞でも
この植物工場のことが取り上げられていました。

第2部の冊子の中の「暮らしのサプライズ」というコーナーにおいて
“工場野菜に光が当たる”というテーマで記事が掲載されていました。

その記事によると、“野菜は土に植えて太陽の光で育てるもの。
こんな常識から外れた「工場野菜」が目に付くようになった。”とあります。

野菜を育てるには光合成が必要であり、
そのためには光と水と二酸化炭素の3要素が不可欠です。
以前にも土を使わない水耕栽培や肥料や温度をコンピューターで自動制御する
胚的農園はありましたが、光だけは主として太陽を光源としていました。

しかし、最近の植物工場が従来のハイテク農園と決定的に異なるのは、
光源を太陽に依存するのではなく、人工の光だけを使っているという点です。
しかもクリーンルーム並みの完全密閉の空間の中で栽培しており、
正に工場生産と呼ぶにふさわしいところで野菜が作られています。

私も実際に栽培しているところを工場の外から見学しましたが、
正に「農場」ではなく「工場」であるという印象を強くもちました。

現在、人工光として使われている光源としては、
①高原ナトリウムランプ、②蛍光灯、③LED型ランプの3種類があるようです。

記事によると、工場野菜が広がっている理由として主として次の2点が挙げられていました。
 ①管理がしやすいこと。
 ②農薬を使わずに済むこと

第1の管理のしやすさについてですが、植物工場では、光、温度、肥料、
二酸化炭素をコンピューター等で自動管理するので天候に左右されずに安定的に収穫でき、
かつ品質にむらがないという特徴があります。

第2に農薬を使わずに済むために、消費者にとって安心安全をアピールできるということです。

価格と味はどうかということですが、価格はリーフレタスの場合、
ハウスや露地物の3割から2倍程度高いとのことです。

また、食感についてですが、軟らかいものや苦味に欠けるものがあり、
物足りないと感じる人もあるのではとありました。

私自身が食べた野菜の場合は、上記の食感についてはあまり気にならず、
味はとても美味しいという感想です。

我々人類は、現在地球規模での環境危機とともに食糧危機の問題に直面していますが、
最近にわかに日本で普及の兆しが見えてきた植物工場で出来る野菜は、
その問題解決のための手段としての可能性を秘めており、
また極寒地や砂漠のような場所でもいつでも新鮮な野菜を食べられる
時代がくるのではないかと密かに期待しています。

投稿者 culin : 21:47

2007年01月28日

アペラシオン・リシリ・コントロレ              木乃婦 髙橋拓児

先日、京都市教育委員会の方々と福井県敦賀市へ
昆布の加工・製造工程の見学に行って参りました。

当地では、奥井海生堂代表取締役 奥井隆氏に
「昆布の歴史,魅力,製造工程等」について講演頂きました。
本当に昆布って奥が深いです。面白いを通り越して感動しました!!

では今から、ゆっくり昆布についてのマニアックなお話をさせて頂きます。
(連続物ですので心して下さい。)

さて皆様アペラシオン・ドリジーヌ・コントロレってご存知ですか?
「原産地統制名称」と訳され、略称はAOC(エーオーシー)と言い、
フランスのワインが、生産地名称を名乗るための法律です。

例えば、ボルドー地方のポイヤックAOCのシャトー・ラトゥールという感じです。
フランスのワイン生産地では、何世代にもわたって、最もよい土壌、
最も適したぶどう品種、その伝統的な栽培方法や醸造方法を見分けてきました。

ワインの個性と品質は、産地の土壌や気候などの自然的条件と、
その土地の人々がつちかってきた伝統が結びついたものであるという考えから、
地理的名称が重視され、AOCという考え方を生んだのです。

それと同様に、昆布にも『格付け』なるものが存在しました。

1.天然物、養殖物
2、浜格差(ワインで言う「地区と畑」のランク)
3、等級(1~6等まであり、大きい程、上物)
4、ヴィンテージ

この4つが『格付け』をするうえでの選考基準となります。

1では当然、養殖物より天然物の方がより洗練されただしが出ます。

2の浜格差つまり昆布の採れた産地ですが、これは大きく分けて、
 稚内の「利尻昆布」、羅臼の「羅臼昆布」、根室から釧路にかけて採れる
 「なが昆布」、道南の「日高昆布」、函館の「真昆布」の5種類に分かれます。
 ワインで言うならボルドーとかブルゴーニュという区画です。
 そして更に細分化され、浜によって格付けされています。
 羅臼昆布では「羅臼浜」、日高昆布では「井寒台浜」、
 なが昆布では「昆布森浜」、真昆布では「尾札部浜」がトップランクです。
 特に利尻昆布は上浜、並浜に分かれ、
 利尻島の「沓形浜」・礼文島の「香深浜」の島物を上浜、
 宗谷岬を中心とした地域の地方(じかた)を並浜と呼びます。
 特に「香深浜」は別格浜といい、最上級の昆布産地とされております。
 例えるなら、「香深浜」はモンラッシェ、「沓形浜」はコルトン・シャルルマーニュ、
 「尾札部浜」はシャブリ・グランクリュ、「羅臼浜」はムルソーといった感じでしょうか?

第一部終了です。これを面白いと思われたマニアな方は次回をお楽しみに!

投稿者 culin : 19:19

2007年01月27日

お酒の話                             銀水 山岸裕明

最近、テキーラを飲みます。

瓶ごと冷凍室で冷やしたテキーラをテキーラシューターという
グラスに入れてストレートでグビッ。
カーーッとお腹から上がってくる刺激、鼻に抜けるテキーラの香り。

そしてチェイサー代わりに飲むビールの炭酸の刺激。
あとは、お酒に身をまかせてハイテンションな会話。

どうです、飲みたくなりませんか?

ちなみにオルメカのシルバーというテキーラが気に入ってます。
だいぶ前にハマった時はサウザのコンメモラチィーヴォばかりだったのですが、
ある方と飲むようになってオルメカばかりになりました。
しかも樽熟成されているゴールドでなくシルバーです。
これで朝まで元気いっぱい!!

ウォッカでも良いのですがグレイグースやヴェルベデールなど
フランス系が飲みやすいと思います。
でも逆に角がとれてスーッと飲めて頼りない時があります。

そんな疲れるお酒は飲みたくないと思っているあなた・・・

あなたにはマイヤーズのようなダークラムがおすすめです。
ロックでチビチビ飲んでもいいし、ヘミングウェイも愛飲した
ライムとミントのさわやかさで飲むモヒートなんかがおすすめです。
気が付くとトローンとした心地よい酔いに身体を支配されているでしょう。

さて残るはジンですが、ジンは一番おなじみのもので、
皆さんそれぞれのこだわりがあると思いますのでなにも申しません。
でもストレートで飲むならタンカレーのNo10が飲み易いように思います。

ワインも焼酎もおいしいですが、たまにはオールドスピリッツたちにも触れてください。

くれぐれも二日酔いには気をつけてください。

そして私は今日もただの酔っ払いになります。

投稿者 culin : 19:50

2007年01月26日

百人一首                  相伝京の味 なかむら 中村元計

初めてブログを書いて早半年、前回年末の慌しいときにブログを書いて早1ヶ月。
同じく年が明けて早もうかれこれ4週間の日々が過ぎました。

「小至事大、光陰矢の如し、無常迅速、時人を待たず」
本当に月日の経つのは早いものです。
ついこの間お正月だったんですけどね。

今年のお正月といえば「お父さんカルタ取りして」と娘が言って来たので
「いいよ」と答えたものの娘が持ってきたのは何と百人一首でした。
何で急にこんなこと言い出すのか聞くと学校でカルタ大会があるので
その練習の為だということで、それならばと言うことで
久しぶりに百人一首のカルタ取りをしました。

娘の方もいくつか全句を覚えているものもあり、私も数首くらいは覚えているので、
上の句だけ読んで取れるカルタもあり、やってみると結構盛り上がりました。

そこへもう一つよくわかっていない小5の息子と嫁も加わり
お正月は合計10回くらいはしたでしょうか。
最後の方はせがまれて半分いやいやしていましたが。(笑)

娘「お父さんそんな上の句読んだだけでカルタ取るのズルイ」
私「何でやな、ホンマもんのカルタ取りはもっと早いんやで」
娘「ふーん」(よく理解してるのかどうかはわかりませんが娘頷く。)
娘「何でそんな覚えてるの」
私「好きな句で覚えてるのもあるし、何か知らんけど覚えてしもうたのもあるしいろいろや」
「おまえも意味分らんでもいいし、歌の雰囲気とか、リズム、表現とか気に入ったやつから覚えとき」
というような会話をしておりました。

確かにカルタ取りをして気がついたのですが
何か知らんけど覚えている句があるのには驚きました。
ここでいくつか紹介させていただきたいと思います。

「これやこの 行くも帰るも別れつつ 知るも知らぬも 逢坂の関」 蝉丸
この句は小さい頃、坊主捲りしか知らなかった頃、
このカルタを引くと持っているカルタを全部出さねばいけないと言うルールがあり、
わー蝉丸や」と言って引くたびに嫌がられていたカルタだったので
否応なしに覚えてしまっていたようです。

「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢わんとぞ思う」 崇徳院
これは歌の景色も調べも大変好きな歌なのですが、
これを知ったのは実は知っている方は知っておられると思いますが、落語にでてくるからなのです。

この噺は時代の頃なら明治か大正の頃でしょうか。
ある御大家の若旦那が、高津神社の絵馬堂の茶店で休んでいたところ、
どこかの娘さんが緋塩瀬の茶袱紗を忘れられそうになり若旦那が親切にそれを手渡してあげる。
そうすると娘さんが料紙に「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」とだけ書いて足早にいってしまう。
そしてこれが元で若旦那が今では考えにくいですが恋煩いと言うものに陥ります。
しかしその相手はどこの誰かが分らない。
頼りになるのは上の句の「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」と書かれた紙だけです。
これを頼りにあいての娘さんを探すと言うお噺ですが、
下の句の「われても末に 逢わんとぞ思う」で、今日は本意ないお別れをいたしますが、
いずれのちにはお目にかかれますようにと言う句があえて書いてないところが味噌なのです。

学生の頃、私の友人とか普通の人は音楽をかけて寝ていましたが、
私は落語を聞いて寝ておりました。
特に桂米朝さんの落語が好きで全集を持っていたほどです。

落語の中での米朝さんのボケかた、突っ込み方、
又間のとり方が絶妙で、同じ噺を何回も聞きました。
特に好きなものは何十回と聞いたと思います。
(因みに特に私が好きだった噺は「地獄八景亡者戯」「住吉駕籠」「算段の平兵衛」)
話は十分に分っており、次にどういう風に展開していくかも承知のうえであるのですが、
何回聞いても飽きないのです。

今から思えば流石、ああいうのがほんまもん、一流というのだなぁとつくづく思います。

「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の かけたることの 無しと思へば」 藤原道長
「花の色は 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに」小野小町
「千早振る 神代もきかず 竜田川 から紅に水くくるとは」    在原業平朝臣

この3句は私の店のカルタ紋というお椀の中に書いてあります。
私の父が好きな句で25年ほど前にお正月用に使うお椀を誂えたときのものです。

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この中では私は「この世をば 我が世とぞ思ふ・・・」の歌が好きです。
ある意味横着な歌ですが男としては「自分もなぁー」何て
少し位思ってみてもばちはあたらないでしょう。

最後に私の一番好きな歌
「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな」 伊勢大輔

本年もよろしくお願い申し上げますvx

投稿者 culin : 23:09

2007年01月25日

歩いています。                       魚三楼 荒木稔雄

年が明けて、ほぼ一月が経ちました。

正月3が日で食べすぎ、飲みすぎでなんとも、また太ってしまいました。
ですので、毎日歩くことを心がけています。

最初は、二駅歩きました。
それからは、そのときの気分しだい、東へ行こうか、西に行こうか、
毎日、表に出てからふらっと歩き出します。

歩いていると、いつもの道でも日々表情が違うのがよくわかります。
また、自分の感情の状態など、いろんなことを考えながらもくもくと歩いています。

先日は、近くの高級住宅街を歩きながら、この家いくらぐらいかなとか、
どうしたら、このような家買えるかとか、変にいやらしいこと考えながら歩いていました。

しかしながら、これが、商売をがんばる活力になるなと考えながら歩くようにしております。
また、先日は献立を考えながら、歩いておりました。

厨房や、机の上で考えているのではなく、頭の中だけで考えているので
なんともまとまりにくいものですが、いろいろなヒントを思いつくものです。
歳時記のこと、季節の変化を肌で感じることにて、料理のヒントとなり、
実際に店にて時期にあった、気候に会った料理へと変化していきました。

いままで、厨房や、店内で家の中でしか、歩くことがなかったのですが、
外へでて気候の変化や時候の事などいろいろ役立つことに気がつきました。

しかしながら、体重は一向に減りません。

めげずに、これからも歩くことに気を使いながら、
時間がある限り歩けるよう生活していきたく思います。

投稿者 culin : 19:48

2007年01月24日

時間を感じる                         萬重 田村 圭吾

本日は少し変わったテーマで書いてみました。

皆さんは「時間」をどのように感じておられますか?
人にとって時間の感じ方は違うと思います。
また楽しい時間は短く、苦痛な時間は長く感じるのも、皆さんご承知の通りです。

今年は平成19年です。先日、出前先で伝票を書いていて、
そこのお客様にしみじみと「平成も19年になるのねー。」と言われて
私もそういえば「平成元年は19歳だったなー。」と思いました。
今年、実はうちの店に平成生まれが修行に参ります。
早生まれの1月13日の高卒ルーキー。まぎれもない平成生まれです。
来年から来る新人たちは次々に平成生まれだ。と思うと少し重い気分になります。

さて本日はそんな話をしたかったわけでなく、
「時間の感じ方」というものを考えてみたかったわけです。
もちろん今の文章を読んだ方の中には共感してくださる方もおられれば、
店の新人のように自分たちは生まれた時から平成という人々もいるでしょうし、
明治・大正・昭和・平成と時代を生き、まさに歴史の生き証人のような先輩方もおられるでしょう。

実は私の祖父はまだまだ健在で、大正2年生まれの来月で94歳になります。
おなかの中で、明治を過ごされているので、筋金入りの頑固者ですが、
祖父から学ぶことも多くあり、たっしゃでいてくれることにありがたく感じます。
その祖父がつい5年ほど前の話と言いながら、10年から前の話をします。
店の若い従業員達は昔はこんな感じだったと、つい4・5年前の話をします。

この人々の時間の感じ方を不思議に思った私は家内に話しましたところ、
おじいさんにとって10年前は自分が90年以上生きてこられた、
たかだか1/10時間だから、あなたの3・4年前ぐらいの感覚なのよ。
」と言われました。

なるほどたしかにそうかも知れません。
このことを家の若い従業員に当てはめてみると
20歳の従業員にとっての5年は私にとっての9年と同じ感覚なんだと思います。
このように感じますと「時間の感じ方」とは面白いものです。

そういえば皆さんは視覚的に「時の長さ」を感じたことがありますか?
私は学生時代にあるのですが、1回生の時からつけていたスケジュール帳を
4回生の秋に見たとき、卒業までのページが後のこり少しになった時に
初めて視覚的に「時の長さ」を感じた記憶があります。

本日は「時の感じ方」について考えてみましたが、
ひと時ひと時のときの長さを感じることにより、
自分が今、存在していることのありがたみを感じ
今後もひとつ一つ時を刻んでいきたいものです。

投稿者 culin : 23:20

2007年01月23日

鰯の頭も信心から!                   嵐山熊彦 栗栖 基

ようやくお正月も終わりほっと一息、
心身ともにくつろいでいたある朝ふと手に取った雑誌の記事に
“ピラミッド・パワー古代エジプトの不思議”と書かれた半分子供だましのような題目を見つけた。

普段なら気にも留めず次のページに目を通すところが、
その日は午前中の予定もなく、思わず子供が絵本にでもひきずられ
見入ってしまうように何の抵抗もなくその記事を読み始めた。

内容はざっと古代エジプト人の優れた天文学の知識と
ピラミッドの構造に関する著者の想像から生まれた世界中どこにでもありそうな
ピラミッドの七不思議について書かれており、
その中にあるピラミッドに存在する王の棺を納める部屋には、
細い穴が空いていて、外とつながっている。

昔は単なる空気穴と思われていたのだが、
調べてみると興味深い事実がわかったとあり、
穴の一つは北極星に、もう一つはある季節でのオリオン座の方向に向いており、
古代エジプト人は、生と死をつかさどる神がオリオン座にいると考え、
王がオリオン座に上っていくためにその穴を空けたのだという説である。

また彼らは紀元前4000年には一年が365日であると知った上で、
1年の始めをシリウスが日の出直前に昇ってくる時とし、
この時期はまたナイルの氾濫が始まる時期でもあり、
古代エジプト人はこの時期以後四ヶ月をナイルの氾濫期とし、
次の四ヶ月を地の回復期、その後の四ヶ月を乾期とし農作物の収穫期をしたとある。

およそ私の頭に残っていた内容はそれくらいで、
それよりも古代人は今よりもアニミズムを信仰し
唯一神どころか生活するいたるところに神の存在を信じ崇拝していた。
食生活においても神と供食をなす神饌をつかさどる部分が多く、
祭りのような儀礼的な集会があり、
その中でも特別に霊的能力の強いシャーマンのような人物が神の使いとされ
多くの人間が集団生活を営むための規則や道徳的な戒律を受け入れていた。

現代文明にもまだまだこのような自然崇拝を促し
科学的根拠は無くとも、自然の力を利用して多くの社会問題を解決しようとする動きがある。

その一例として河川における環境汚染の問題をとりあげてみることにする。

この事業は河川の美化、古来よりある美しい河川を取り戻そうという発想から
生まれたもので古来より自然のなかに存在するバクテリア、
それを最も良い状態で活動させることにより、
自然浄化能力を高め自然界に侵入する汚れや不純物を分解処理させ、
環境バランスの均衡を汚染されてない自然環境基準にもどすという仕組みである。

もう少し詳しく説明すると、自然界には目に見えない数多くのバクテリアが確認されており、
そのバクテリアの存在は“環境サイクル”の鎖の役目を担っており、
汚染されていない自然環境を基準とした時“環境バランスの中に
プラスとマイナスのゆらぎ”が存在し、そのバランス均衡によって
自然環境が保たれていると仮定する。

そしてそれらのバクテリアがなんらかの関係で、
地球生命の核となる各種鉱物(鉄・アルミ・鉛・ウラン・ダイヤモンド・金)等の
鉱物原子の“歳差運動”により酸化作用が激しくなれば“錆びる”という現象をおこし、
時にはアオコや藻の大量発生という自然界の偏りを生じさせてきた。
つまりこれらの現象は鉱物原子の変動により地球環境のバランスにある種の偏りが生まれ
その原子の回転運動を操作すれば自然体でバランスを保ち続けることができると仮定した場合。

このような運動を促す装置を地中にセットすることにより
その場所における自然環境を現時点より悪化することなく、
過去の良質な環境状態に戻すことができるのである。

とは簡単に説明されても現代文明の申し子である我々にとって、
何を信じ何を疑えばよいのか?

まさしく正月気分覚めやらぬ夢の世界で神から受けたお告げのような話である。

しかし、そのような夢物語を正気でとらえ
実際に事業計画を立てている地域河川環境美化団体が私を含め、
ここ嵐山で活動を続けている。

そしてこの早春にはこれなる環境バランス改善装置
(なんと1辺が20センチに満たない厚さ3センチほどのステンレス製の正方形状の箱に
数種類の金属が、50ミクロンという微細な金属粉として混合されているだけの物)を
地中30センチあたりに5箇所ほど(専門家に計測していただいた箇所)に埋め込むだけで
渡月橋を中心に上流、下流2キロにわたる区間において環境バランスが改善され
その装置を除去しない限り永久に自然環境バランスを保つことができるのである。

お隣の中国では現在河川における環境汚染の問題が蔓延し、
国家としては藁をもすがる思いでこのバランス改善装置を試行し研究調査中と聞いている。

もしこの装置を使い今問題視されている様々な環境問題を解決することができれば、
人間は自らの行いで過去に自分たちが犯した地球上の環境汚染という過ちを
すこしでも償い後世の人類に受け渡すことができるかもしれない。

我々には先人から培ってきた信仰・信心という道徳的な自己や家族、
さらに社会や国家に対し安泰を祈る和敬清寂の精神がある。
まさしくこの環境バランス改善装置なるものも人それぞれによって様々な受け止め方ができよう。

暦の上では大寒を過ぎ、立春はもう目の前である。
その前日は節分で一家の主が家内安全、天下泰平を心に刻み一心不乱に豆まきを行う。
各々家の玄関先には柊の枝に鰯の頭をさして邪気をはらう古来からのおまじないの飾りつけが
街路を行きかう人々の目を引く。

信じるも、信じないも人それぞれ、鰯の頭も信心から!

今年も日本料理アカデミーの活動を通じて食文化の伝承と革新に向け
自己の信念を曲げず邁進して行くことを心に刻みつつ、
本年も皆様方のご指導を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

投稿者 culin : 21:46

2007年01月22日

納豆!                    料亭旅館 清和荘 竹中 徹男

nattou.jpgこのごろ巷では納豆がダイエットに効くとか
効かないとか話題になっている。

ある有名なテレビ番組で放送され(後でねつ造がバレて
番組が終了するかも知れないらしいが・・・)
スーパーでも売り切れが続出!
大の納豆フリークの私としては大変迷惑な話だ。

私は元々納豆を食べなかった。
食べなかったと言うより食べず嫌いだった。
あの独特の臭いがとても耐えられず、
こんなもんは、人の食べるものではない!」と豪語していたぐらいだ。

食卓で隣の誰かが食べていると「やめて~、どっか他で食べてーな!」てな具合で、
ほんとに「大嫌い」な食べ物だった。

それがなぜ食べられる様になったかというと、忘れもしない丁稚時代
「おいテツ!後で納豆食べるからパックから出しとけ!」と先輩の指示。

納豆なんてとんでもないと思っていた私にはとても冷酷な指示であったが、
従わないわけにも行かず、渋々ボールに出して先輩に渡した。
もちろんその臭いたるや、我慢の出来る物ではなかったのだが・・・。

それに先輩は、葱のみじん切り、卵黄、大根おろし、
胡麻、もみ海苔を加え、山葵と濃口醤油で味を付けて混ぜ始めた。
不思議な物であの納豆のいやな香りは消え、
海苔の風味がして、何となく美味しそうに見えた。
そして食卓にそれが上がり、御飯に掛けて食べる事となった。
おそるおそる箸を付けたが、これこそ「箸にも棒にもかからない」とは
このことで、仕方なく丼ごと食べる事となった。

始めは目をつぶっておそるおそるだったが、
今までに味わった事のない食感と旨み、
それと調味料の絶妙のバランスで、
御飯がとても美味しく食べられた。
本当に食わず嫌いとは良く言った物で
食べて良かった」が正直なところ。
それ依頼進んで納豆を食べる様になった。

最近は百貨店やスーパーの納豆売り場で
美味しそうな物を物色して楽しんでいる。

今おすすめは山形の「枝豆納豆」。粒は大きいが柔らかくとても旨みのある納豆で、
調味料なしか少し塩を振っても美味しいくらいだ。

先人の残した保存食が、今は健康食となって世間に広まってきた。
実際これ自体にダイエット効果は無くても、
肉の代わりにこれで御飯を食べれば必然的に痩せられるわけで、
その上この旨みを感じる事で、繊細な味覚も発達するのではないだろうか?
うちの子供も、毎朝炊きたて御飯と納豆が日課になっている。

皆さんも「納豆ダイエット」に挑戦しては如何?

投稿者 culin : 20:05

2007年01月21日

異状な暖冬                        美山荘 中東 久人

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昨年の12月30日 美山荘のある花背にかなり激しく雪が降り積もりました。

30日は美山荘にとって、お節料理作成で最も忙しい日であるのにもかかわらず、
50cmもつもり、今年も昨年の冬同様 大雪なのかと思っておりましたが、
あたらしい年を迎え、もうすぐ2月になろうとしているにも関わらず、
美山荘周辺は 地面が見えております。

本来なら あたりは真っ白な世界になっているんですよ!

先日、テレビのニュースを見ていたらモスクワの前年対比の温度差は30度らしいですね、、、
まったくここまでいけば異状というほかありません。

また、フランスのマルセイユの海岸ではフランス人が水着を着て泳いでいました。
コメントがまた面白い!ラテンだな~って感じでしたよ、
「こんな季節に泳げるなんて最高だね」 ですって、、、。

かつて私は冬にフランスのモンテカルロで仕事をしていた事があるのですが、
泳げる可能性は“ゼロ”でした。

そんな有り得ない。冬の映像をみながら今後、身近にも起こり得る異常気象に
ビクビクしながら、料理人として今後の食材がどのような道をたどってゆくのか心配です。
人類は食物連鎖の頂点に君臨しているわけですし、
このままゆくと栄養はサプリメントでとらざるおえなくなってゆく予感、、、。
 
また、地球上に存在する液体としての淡水は20パーセントで
残り80パーセントは氷河だそうです、、
温暖化により残り80パーセントの氷が液体になると考えただけで
標高の高い場所に住んでて良かったと思います(笑い、、。)
 
この酸素が豊富な地球をこれ以上住みにくくしないためにも
核問題、拉致問題などエゴイスティックな問題が生じる事事態、
人類の自然に対する認識の浅はかさを象徴するものでありますね、、
一番怖いのは序所に進行している環境破壊が人類を滅亡させてゆく事なのかもしれません。


投稿者 culin : 23:59

2007年01月20日

バイオレンスクレーマー                   美濃吉 佐竹洋治

皆様、おめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。

昨年の暮れの話ですが、私の店に「バイオレンスクレーマー」の方が
食事しにきていただけました。

この「バイオレンスクレーマー」という言葉は
外食産業独自のあまり知られていない用語でありますが、
たまに、「先日、バイオレンスクレーマーにあたって大変でしたよ。」
という会話を様々な場において、耳にします。

では、この「バイオレンスクレーマー」とは
具体的にはどのようなものなのかを今から話していきたいと思います。
 
一言で日本語で直訳すれば「すべてのことに関してクレームを浴びせる方」のことで、
どうやら、心理学的に述べると、「クレームをあらゆる面において浴びせることにより、
自身のストレスを解消させる。
」いうものらしいです。
そういった際にとうとう、私は直面してしまいました。

まず、予約の定刻どおりにご来店されました。
そして、いきなり玄関のところで、
「なんか貧相な建築やしあの掛け軸も安物やね」と
いきなりぶっきらぼうに言われました。

内心えっ?あの軸は文化勲章の方の軸で、
数百万の価値があるもの何やけどなあと思いましたが、
まあ色んな見方をされる方は世の中にたくさんいるわなあ。
と思いまして笑顔でごまかしました。

その後、調理場に戻ると、いきなり、配膳さんが
「花の生け方がなってないとお客様からクレームがきてます。」といってきて、
先ほどと同じく、「あれは女将が生けたものやし、なってないということはないと思うけど
色んな見方があるので、ええんちゃうか。」と私は配膳さんに言いました。

それから、数分おきに、「前菜のカラスミが辛い」「椀物が、、、」
「向付が、、、、」といったぐあいにクレームが殺到し、
あんまりひどいので、私が席に入ると、なにやらニヤニヤして、
わけのわからない質問ばかりされ、結果的にはどういうわけか、
「この店よかったよ。わざわざ来たかいがあったよ。」と言われて満足されて帰っていかれました。

上記の事項はバイオレンスクレーマーの一例で、
普通に考えると、それだけクレームを浴びせたら当然、
料理の途中で怒って帰ってしまうはずですが、
あえて、帰らずに長居し、かつ最終的には満足されるという
ある意味矛盾が生じているというのが特徴的
であります。

しかしながら私どもの商売において共通して言えることは
お客様至上主義」でありますから、例え、バイオレンスクレーマーのお客様でも
終始、笑顔で接客し、全力で料理を提供するのが我々の使命であると思われます。

ただ、あまりにもエスカレートして、他のお客様にご迷惑をおかけする行為をされる方や
著しく風紀を乱される方等に関しては逆に「シャットアウト」しなくてはならないのも
同じように我々の使命でありますので、そのような場合にはある有名ホテルの支配人いわく、
「笑顔ではなく、真剣な顔つきで、申し訳ございません、という言葉を何度も述べる」
というような対処方法でその場を乗り切らなくてはいけないのではないでしょうか?

投稿者 culin : 19:18

人と自然と2                    山ばな平八茶屋 園部晋吾

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小さい時から庭を見て育った僕は、庭について考えることなどほとんどなかった。

庭は単なる遊び場にしか過ぎなかった。
木に登り、池に入って鯉をすくい、小川を堰き止めダムを作った。
怒られないことをこれ幸いに、店の庭の中を縦横無尽に走り回った。

今のおじいちゃんは、優しいからええで、うちらのおじいちゃんやったら、
ちょっと庭で遊ぼうもんなら、怒鳴って追いかけ回された。怖かったで。

おばからよく聞く話だ。「そんなん知らん。」聞く耳も持たずに駆け出した。

そのとき、お客さんがいたのかどうか、定かでない。
それよりもむしろ、遊ぶことに無我夢中だった。

大学時代、東京で過ごした僕は、京都出身ということで、
同級生にいろいろ京都のことを聞かれた。

しかし、何一つまともに答えられなかった
今までまったく京都の名所・旧跡など足を踏み入れた事もなく、
「修学旅行で金閣寺に行った。」「清水寺に行った。」なんて言われても、
「へー、どうやった?」なんて、何とも情けない答えしか出なかった。

休みのたびに京都へ戻り、お寺をはじめ、
名所・旧跡を回り始めたのは、ちょうどその頃からである。
回る所には、大小はあったが、必ず庭があった。
庭に対して、何の考えも持たなかった僕は、知らず知らずのうちにその存在を無視し、
建物や仏像、宝物やふすま絵などに目を向けていた。

そんな庭を美しいと思い始めたのは、社会人になってからのことだった。
その頃から、庭について、考えるようになってきた。
なぜ庭があるのかということを・・・。


投稿者 culin : 06:18

2007年01月18日

おんせんのちから               嵐山辨慶 若主人 礒橋輝彦

嵐山のシーズンは春と秋です。
しかし、温泉が出たり、おせちに力を入れたり、
宿泊や食事の営業以外にも考えると色んなアイデアしだいで
売り上げもここ何年か今までと違った形になってきました。

企業努力の成果もあったり、逆に売り上げは伸びても
利益に苦しんだり(私の無駄遣い???)
特にこの業界の人員不足は深刻な問題になっており、
うちの会社も人手がたらず困っているのですが
困っているだけでは人は来てくれませんし、
この面についても色々と工夫を凝らして、常に努力が必要です。

いままで二人でできていた仕事が今後3人や4人でないと
できなくなるような1人に対する仕事量の低下も否めません。

でも今まで暇だった冬も温泉が出てからは
冬もお客さんが来ていただけるようになってきたのがうれしく
つくづく日本人は温泉好きな民族だなーと思っていたら
最近はアジア系の方をはじめ外国人の方も
徐々に増え始め日本人だけじゃないんだなーと知らされました。

これからも色んなアイデアで伝統は革新の連続と考え、努力していきたいです。

投稿者 culin : 23:09

2007年01月17日

うずみ豆腐                           瓢亭 髙橋義弘

静かに期待を寄せながら、黒塗りのお椀の蓋を開ける。
ご飯と白味噌の香りが顔を覆うようにして広がる。
米粒がツヤツヤと光り、
表面には十分な粘りを持って寄り添っている。

まずご飯を一口
柔らかく口を湿らせ、
これまでに味わったことがないくらい
お米の風味が前面にあふれ、
安堵感とともにお米のありがたさが染み渡る。

お汁を一口
アツアツの白味噌が体の芯にじわっと入り込み、
この上なくやさしい甘さ
さらに食欲を掻き立てる。

ご飯と白味噌の間に顔をのぞかせている豆腐。
豆腐にご飯と白味噌を絡ませながら口に運ぶ。
豆腐がほろほろほぐれ、
白味噌をまとったご飯粒が、口の中のあちこちで主張する。

追いかけるようにして白味噌をまた一口。
あとから芥子がツンと鼻に抜ける。

いつの間にかズルズルとかき込むように食べ進み、
少しばかり興奮度が高まる
鼻に汗をかきながらほっこりと一息。

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うずみ豆腐は、夜ばなしの茶事でもよく登場する代表的なお料理。
白いご飯に、白い豆腐に、白い味噌。
普段から口にしている食材が、不思議とごちそうに早替わり
柚子やふきのとうなどをあしらえば、
季節の移り変わりも楽しめます。
寒さをしのいで春を待つ、
日本の奥ゆかしさが込められた心温まるお椀、いかがでしょうか。

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

投稿者 culin : 21:20

2007年01月16日

第四子!!                いもぼう 平野家本家 北村晋一 

第四子が1月8日に出産予定だったのですが、
未だに産まれてきません(>_<)

去年の12月末、妻が実家にお世話になり始めてすぐに気配があったので
病院に行ったのですが、「まだもう少しかかりますね」と言われたので
「予定日ぐらいに産まれるやろう!」と話をしていたのですが、、、。

実家に帰って、妻の気が楽になったせいか、
妻のお腹中が居心地がいいのか、その両方ともなのか(^_^;)
普通、第二子以降は早く産まれることが多いと聞いていたので、
ちょっと心配していたのですが、病院に行っても「母子ともに健康です」と
言われてるみたいで、妻を見ていても元気にしているので、安心しました(*^_^*)

ちなみに、第二子、第三子とも予定日より早く産まれたんですがねぇ~(-_-)

しかし、子供って、下の子になるにつれて、
いろんな事を覚えるのが早いなぁ~って、つくづく思います。
第二子のときも、ビックリしたのですが、第三子のときは、さらにビックリしました!

第三子は、もう少しで2歳になるのですが、2人のお姉ちゃんを泣かすときもありますしw
三姉妹の中で最強かも!?

ちなみに、第四子も女の子みたいなので、四姉妹になる予定です!
第三子でもビックリさせられてるのに、第四子は、、、考えると、末恐ろしいやらw

5人家族で男一人やと、子供が大きくなるにつれて、
肩身が狭くなりそうで、先が思いやられます(^_^;)

はよ、産まれてきいひんかなぁ~~(^o^)

投稿者 culin : 21:20

2007年01月15日

免許更新                           菊水 髙橋 正人

今日は午前中に運転免許の更新に行ってきました。

すでに一部地域では免許証のIC化がスタートしていますが
京都は残念ながらまだと言う事で、逆に考えるとIC免許証に
変わるのは京都の人間としてはかなり遅いほうになるのでは?

京都の場合は免許更新は長岡にある免許センターまで
行かなくてはなりません。
朝もはよから出かけた訳ですが着いた頃には
行列が出来ておりましてひたすら並んで受付、
視力検査に写真撮影と進んでお約束の講習。

ええ、たっぷりと1時間・・・ん?
え~、色々とありまして・・・(^▽^;)
3年目の更新で今回も5年とは言え、
ゴールドではございません。

前回と変わって最近は講習にノートPCをお使いになって
パワーポイントで講習をしてるんですね。
う~ん、このPCとかの購入ってのはどこから費用が出てるんでしょうか?

おっ、天井に付いてるプロジェクターの小さい事。
どこのメーカーのかなぁ~♪
VTRに福留さん出演してるやん。
そういや前の時までは普通にビデオだったのに
PCでDVD再生になったんやなぁ~

なんてことを考えながら居眠りする事も無く(割としてる人いますよね)
講習も済んで無事免許受け取りです。

免許と言えばやっぱり気になるのは写真写りですね。
どう撮っても証明写真ってのは気に入った写りかたしませんね。
どうにかなりませんかねぇ、やりなおしとか・・・。
ま、又並ぶの嫌なのであきらめましょう、こう言うのは。

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そうそう、免許と言えば農林水産省が海外における
日本食レストランに関して「海外日本食レストラン認証有識者会議」と
言うものを昨年設置して、日本料理の業界からは
美濃吉の佐竹力総氏(当アカデミー相談役)がメンバーとして参加しておられます。

海外において日本食ブームに乗った形での「名ばかりの日本料理店」が
増えていく事に対するある種、危機感のようなものを
我々日本料理に携わっている人間は持っているわけですが
この有識者会議がこれからどのような展開を見せるかは興味深いところです。

料理自体に国境はありませんが「食の文化」と言う観点から見れば
間違った日本文化が世界に広まる事は好ましい事ではないでしょうし
それがまた逆輸入の形で日本国内における「日本食」というものの
スタイル、人々の認識が変わっていくのは怖いと思います。

我々アカデミーとしても民間レベルで「日本料理とは」
そして「日本の食文化とは」と言った事について研究すると共に
内外に発信していければと思います。

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免許の話から大きくそれた内容になってしまいましたが
本年も宜しくお願いいたします。

投稿者 culin : 20:30

2007年01月14日

Truffle                             修伯 吉田修久

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1月になってトリュフの季節になってきました。
12月中はなかなか良いトリュフが入ってきませんでしたが、
最近では本当に香りよく黒いトリュフが手に入ります。

私はトリュフが大好きで、トリュフの香りは
国産のほんとに香りが良い松茸と同じくらいに高貴な香りがします。

以前、フェローシップでパスカルとジャックが丹波の松茸の香りを嗅いで、
トリュフと同じで高貴な香水のような香りと表現していました。

{トリュフはその香りから媚薬的効果が期待されて、
ギリシャ、ローマ時代にすでにその種の作用のために
アレクサンドル・デュマは「女性をさらに優雅にやさしく、
男性をより感じよくする」と書いている。
ブリア=サヴァランにあっては、某夫人の告白から
はっきりとその効果の確かさを説いている。
媚薬として実際に効果があるかどうかはさておき、
トリュフは高価で素晴らしいというインフォメーションの刷り込みが
その効果を生み出しているのかもしれない。}
- おいしいフランス極上の素材を訪ねる - 相原由美子書

私の店では、トリュフを使い出してから3年目でようやく
トリュフ目当てのお客様が増えてきました。

トリュフは中が黒くなるべく外側のしわの目の細かいあまりごつごつしてなくて、
もし傷があればそこから中の霜降り上の菌糸の細かいものを選びます。
一番の重要なところは中が黒く霜降りのところも白くなく
灰色ぐらい黒っぽいものが良い香りがすると思います。
小さいものよりも大きい100gぐらいのものがちょうど使い勝手が良いと思います。

外側の皮は硬いので薄く皮を剥きます。
剥いた皮はみじん切りにして使い、
中の柔らかい部分は贅沢に厚切りまたはスライスに切り使います。

相性のよい食材で野菜では、えび芋、蕗の薹、大根、蕪、など
魚介類では、ホタテ、伊勢えび、蟹、魚全般だと思います。

最近ではお客様もトリュフを出せばフランス料理という感覚もなくなってきて、
しっかりとトリュフを使った日本料理と理解していただけてると感じます。

フランス人が味噌、酒などを自国にもって帰って自分の料理にするように、
京都でももっとたくさんの日本料理屋さんがもっと
フランスの食材を使う日が近いように感じますがいかがですか?

投稿者 culin : 15:49

2007年01月13日

本日のぼやき その6              滋賀 比良山荘 伊藤剛治

新年明けましておめでとうございます。今年は早や2007年
21世紀も残すところ93年となりました。
時間は止まることを知らず、刻々と時を刻んでおります。
そんな中、今年も無事に地球上の生物は日々、生き死にを繰り返しております。
(ありがたい。ありがたい。今年も元気に生きている!!)

いやいや、満足ばかりはしてはおれん。今年もぼやかねば!!

 20世紀、そして21世紀、自然破壊、環境汚染を繰り返し、わずか100年で
どれだけ地球を傷つけた事か?
昨今では地球温暖化による異常気象や異常現象に悩み脅える毎日ではございませんか。
わたしの所のような山ん中に、今年はまったくと言ってよいほど雪がない。
(ちなみに、去年の今頃は記録的な大雪で屋根の雪下ろしをしていた。)
一体どないなってまんねん!

 皆さん、人生80年。逆算してはりませんか?
ボクはあと30年、ワシは10年、ワタシャあと3年・・・・・。
まだ地球は大丈夫。(22世紀あたりは、ヤバイかも??)
そんな無責任な事言って頂いたら困りまっせー。
一人一人それぞれは、死ねば時間は止まるけど、後を生きる子孫たちの
時間は止まらない。
このまま行ったら、20世紀、21世紀を生きた人間は、世界史に
いやいや地球史に、大きな汚名を残すかもしれません。
そうです地球は、人間だけのモノではないのですから・・・・。

自然あっての「美味いもん」
子や孫に「今は無くなってしもうたけど昔、○○と言う美味いもんがあってなぁ
なんて言わんでもいいようにしたいもんです。
我々21世紀を生きる人間が、もっと節度をもって地球を運営しなあかんと思います
こんな事を思っている正月早々の初ぼやきで御座います。
                                    
合掌

投稿者 culin : 21:18

2007年01月12日

縄文を見直す                   梁山泊  主人 橋本憲一

この正月、縄文時代が話題にのぼった。
小学校時代から、近くの北白川小倉町で縄文式土器が出土することもよく知っていた。
なにを今更ながらの縄文文化であり時代だ、と思いつつ話に加わっていた。

とても不遜だった。
この話題を持ち出した人の話はこうだ。

世界のほとんどの地域で発達した文化は、
石器文化から青銅器文化という狩猟の道具を工夫する文化に進む。
そして自ずとこの文化は武器を作る文化へと進化して行く。

一方、一万三千年から一万年前のわが縄文時代は、
青銅器文化に代わって土器文化を作り上げた。
土器が武器?として役立つのは、せいぜい夫婦喧嘩ぐらいだ。
これはとりもなおさず鍋を作り出し、
戦いよりもうまいものが食いたいと願った文化ではないか、と教えてくれた。

土器文化が長く続く地域は世界的に珍しいとの説明も受けた。
そのように縄文時代を考えたことはなかった。
 
では、なぜ土器文化が発達したのかという理由は風土だという。
日本列島には巨大獣は生息していなく、大きな野禽はせいぜい日本カモシカだ。
だから、石器で対応できた。
青銅製の道具はさほど必要に迫られていなかった。
おまけに野菜類にも魚介類にも恵まれていた。
狩猟よりも収穫物をいかにうまく食うか!

そう、関心は「いかにうまく」だった。
その工夫として土器が発達した。
しかも、調理器具としての土器!
すでに狩猟という第一次産業よりも、
料理という第三次産業的要素が強い文化を育んでいた、
としたらこの国は料理文化先進国ということになる。
思いもかけない説明に「料理立国」か、と気分が良くなった。

気分の良さを維持するためには、武器を育てなくてよい、
この恵み多い風土を守らなければならない。

宇宙飛行士向井さんが、宇宙から見た東京湾は
世界の他の地域と比べると、美しいと言っている。

しかし、あれほどの海にしておいて、喜んではいられない。
この比較は、それほど世界は汚れていると言うことなのだ。

環境問題では「京都議定書」があり、世界の炭酸ガスを見張り、
地球温暖化を食い止めようとする議定書にこの町の名前が使われている。
料理を通じて世界にアピールできることはないのだろうか?

土器文化-あるいは料理文化-を先祖に持つ日本料理に携わるものとして、
重要なテーマとして結びついた。

投稿者 culin : 17:15

2007年01月11日

日本人の持つ本来の美意識と日常生活     懐石・宿 近又 鵜飼治二

明けましておめでとうございます。
アカデミーの皆様、今年もよろしくお願いいたします。

さて、新年早々皆様に何をお話すればいいのか悩んだ末、
我々の日常生活から日本古来の美意識がうしなわれつつあることについて考えてみました。

今、私の店のささやかな裏庭には、赤い「山茶花」と白い「玉椿」が隣同士で咲いております。
植木屋さんがお正月紅白の花が咲くようにと植えてくれたのでしょう。

寒い冬の庭に花が咲くのはとても趣があっていいものです。
ここに雪でも降ればもう最高です。
一つ俳句でもって感じですかね。

そこで私の身の回りから考えてみて、花について
日本的な美意識を思い出してみてはと思うのです。

花といえば、我々飲食店は必ず花というものに気を使っていますが、
伝統的な華道は「天、地、人」。「真、行、草」などの種々の定めがあり
それらに即して卓越した形が決められ、それぞれの座敷に調和した花が生けられています。

また、これに反して、茶室の場合はそのような規範はなく
『花は野にあるように』生けることを旨としています。
茶道の精神に則って素直な自然の心で生けるべきだとされています。
また、茶室の床の間の生け花を見ると露を帯びています。
これは花に露をうつためで、千利休の『露のない花は見所がない』との教えだそうです。
花だけあると誇らしげな美しさが現われ、反感に似た感情を覚えることがあり、
露を帯びた花は鮮やかに心にしみるような美しい感銘をもたらすことができる
最大の演出効果であるということです。
 
もう一つ大切なことは、花を生ける場所の壁が布や紙の貼物の場合は、
ともすれば華やか過ぎて、その前に置かれた花と競うことになり、
当然その競いに勝つように派手な花が生けられると
部屋の調和が破られるように思うときがあります。

その点日本古来の土壁はいかなるものとも競わず、逆に花を引き立てます。
土壁は表面が粗いため、ほの暗さが漂いますが、
それがかえって明るく美しい花を一層浮かび上がらせ静かに輝かせるのです。

ですから日本建築の座敷の床の間の壁は土壁に勝るものはないといいます。
さらに花器との調和も大切で、花と花器が競い合わないようにしなければなりません。
もし非常に立派な花器を使う場合は、花を少なめにして一歩譲り、花器のよさを引き立たせる。
花器が比較的素朴であったり、自分の好みに合わなかったとしても
花器だけ見て批判するのではなく、花器によっては花を生かしてくれることもあるのです。

日本の座敷、特に茶室では静寂さを大切にしているので競合するのではなく、
常に【主】となるものと【従】となるものを見極めなければなりません。
調和が大切なのはもちろんですが、すべてのものが完璧に調和しつくされると
窮屈さが生じ風情がなくなり焦燥感さえおきるものです。

茶道では、そのことを考え何事にも「少し足らない」「少し平衡を欠いた」
あるいは「慎ましげに見える」ようにすることを常に心がけているのです。
この心は、ときには我々の日常生活の衣食住にもぜひとも取り入れたいものです。

ということで、多種多様な現代ですが、日本人の美意識は決して華美にならず。
我々日本料理に携わるものは特に心しておくことが必要であると考えます。
日本人が培ってきたすばらしい美意識感覚を未来に伝承し、
模範としていくべきことだとわたしは日ごろから考えております。

投稿者 culin : 20:40

2007年01月10日

正月の読書                   辻調理師専門学校 小山伸二

正月休みは、ことさらやることもなく、のんびりすることに
(やはり、人生のなかで、仕事がリズムを作っているということを、
少し長い休暇中に思い知らされる)。
まあ、テレビもこの時期は退廃的なバラエティ番組だらけで、
だらだら見るにしても案外、体力がいるものだ。

だから、「ツンドク」でたまった本でもと思って、手にした一冊が、これ。

『桜が作った「日本」――ソメイヨシノ起源への旅――』佐藤俊樹・著(岩波新書)。

2005年2月刊行の新書だから、ツンドクでもかなり熟成していた本の一冊だ。
著者の佐藤さんは、東大の総合文化研究科助教授。

さて、正月に桜の話題は早すぎるかもしれないが、
この本、自然とは何か、日本の伝統とか、日本らしさとは何かと、などを考えたとき、
なかなか、示唆に富んでいる本であった。

周知のように、いま、日本中を席巻し、桜といえば八割は「ソメイヨシノ」となっている、
その「新しい桜」の歴史は、たかだか百年ちょっとにすぎない。

幕末から明治維新にかけて日本のあちこちに登場していったこの「花」は、
「日本の桜」の代表になり、そのまま、近代日本の歴史と随伴して
日本の新しいシンボルになっていった。

たとえば、日本の鍋や漬物の定番「ハクサイ」が、
中国から本格的にもたらされたのは明治に入ってから。
本来は、もっと昔に渡来・定着してもよさそうなものだが、
栽培上のテクニカルな問題があったらしく、種を植えても二代目以降、
ハクサイとして育たなかったのだという。

野菜や香辛料などの食材の伝来と定着、発展には、別の面白い歴史があるが、
まあここでは、桜の話だったので、この話はここまで。

そもそもソメイヨシノ(染井吉野)とは、合成された名称である。

この新しい桜が開発された今の東京都豊島区駒込あたりが、
じつは、染井村と呼ばれていたらしく、江戸後期から明治半ば頃までは
園芸業の一大拠点だったそうだ。

「吉野」は、これは、まさに伝統的に桜の名所として名高い吉野山の「吉野」から来ている。
つまり、ソメイヨシノという名前には、伝統と革新の両方がはじめから戦略的に共存していたのだ。

さて、この新書は、こうして、桜のウンチク本として楽しめるのだが、
それ以上に、「伝統と革新」の問題を考えるうえで、面白い観点を与えてくれる。

新規のソメイヨシノは、新しかったけれども、
実は、日本人の共同幻想のような花=桜のふるさとの「吉野」の桜を、
イメージ上、喚起する力を持っていた、ということ。

さらにいうと、その吉野と桜が、日本人のなかで対になるイメージを持つようになったのは、
鎌倉以降のことに過ぎない(西行、『新古今和歌集』などを先駆とするのだろう)ということは、
よくよく考えてみたら意味深な話だ。

ということは、吉野の山桜もまた、ある時代のひとびとのイメージと結びついて、
日本の桜の多様性を無視して、たったひとつのイメージ、
象徴に収斂させていくという回路を持っているということなのだろう。

ソメイヨシノが「『日本を一つの桜で代表させる』ことにリアリティをあたえた。」
という著者の指摘には、深く頷いてしまった。
つまり、それは、吉野桜=吉野の桜も、ある時代の日本を一つの桜で代表させていた、ということ。

ほんらいは(植物学的には)、さまざまな品種、雑種が、
豊かに共存している「桜」の世界が、単一のイメージで、
「らしさ」を下支えする象徴になっていく構造。
そういう構造に、数ある「桜」のなかでも、
吉野桜もソメイヨシノものっかることができたのだろう。

客観的事実としての新旧、起源とは別に、
ひとに受け入れられイメージ上の、あるいは現象上の「伝統」とか、
「象徴」になっていく、ということがある。

この新書のサイズの本のなかでは、さらに、多くのことが語られていく。
桜とは何か、という問いかけは、そのまま、
日本とは何か、という問いかけへ、
あるいは、「自然」とは何か、という大きな物語に接続されていく。

そして、「日本料理」とは何か、という問いかけへと、
この本をつなげたらどうなっていくのか、などと考えたあたりで、
長い正月休みもおしまいになった。

投稿者 culin : 18:23

2007年01月09日

十日ゑびす                     ぎをん 梅の井 三好 徹

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1月9日は
クイズの日,とんちの日
とんちで有名な一休さんから、「いっ(1)きゅう(9)」の語呂合せだそうです。

昨日から『えべっさん』十日えびすです。
一日中「商売繁盛ささ待ってこい」のフレーズが鳴り響いてます。
えべっさんの予定は↓

8日(月) 招福祭 8時~23時
9日(火) 宵ゑびす祭 夜通し開門
10日(水) 十日ゑびす大祭 夜通し開門
11日(木) 残り福祭 8時~24時
12日(金) 撤福祭 8時~22時

となっています。よろしければお参りに行ってみて下さい。
夜店が四条通りから南へずっとならんでいます。
祇園の年中行事でなかなかの風物詩です。
ただすごい人混みですが(^_^;)

京都ゑびす神社といえば(ちょっとうんちく)
http://www.kyoto-ebisu.jp/index.htmlをみてください。くわしく載ってます。

と、えべっさんの斜め向かいに『摩利支尊天堂』があります。
ただ、ほとんど気が付かずに通り過ぎてしまいそうになります。

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摩利支天は一切の災難を防ぎ、
身を隠す術を得ると言われてます。
尊天の使いとして、境内にはたくさんの猪があります。

亥年生まれの人には特に御利益が大きいというので、
亥年生まれの人は要チェックででないでしょうか。
ちなみに私の父親は六まわり目の『亥』なんです。
『おやじぃ お参りに行って来てくれぇ~』

えべっさんの御利益と猪の御利益を
いっしょにいかがですか?

投稿者 culin : 19:21

2007年01月08日

私の好きな言葉4                        鶴清 田中信行

前回、経営の神様と言われた松下幸之助氏の言葉を載せさせていただきましたが、
今回も松下幸之助氏の演説の中の一文を載せさせていただきます。

これは松下氏が会長を退任されるときの挨拶の結びとして述べられた言葉です。

とらわれない心にたてば、風にも雨にもまた天気の場合にも、
それに処する道というものは自由自在に生まれてくる。
ひとつの事にとらわれてしまうと、天気のときはよかったけれど、
雨のときは困る、風のときは困るというような事になって、
決して事業というものは成功するものではない

これは、昭和48年7月に述べられており、
このときは高度経済成長の真っ只中で、
誰も雨の事などは考えられないときでした。

しかし、この半年後石油ショックが起こり、雨風どころか
日本全体が大暴風雨にさらされる事となりました。

しかし、松下電器はこの「とらわれない心」に立ち、
その石油ショックのときでさえ成長していく事が出来たのです。
周りの環境に惑わされる事もなく、信念を貫かれたのです。

時代や環境がめまぐるしく変わる今、
この「とらわれない心」というものを大事にしたいと思います。

投稿者 culin : 19:51

2007年01月07日

七草粥                  東京 日本橋ゆかり 野永 喜三夫

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新年 明けましておめでとうございます。
本年も早7日・・・ブログの担当日!今年も宜しくお願いいたします。

7日と言えば七草粥を食べる行事、ゆかりでは毎年正月7日は必ず七草粥を食べています。

お昼や夜のコース料理のご飯変わりにお客様にお聞きして、
宜しければ七草粥もご用意できますよと聞くと95%の割で、
あら~嬉しいは~せっかくなので七草粥でお願いしますと喜んで召し上がります。

七草粥の言い伝えは色々とあり、古くは中国の占いのしきたりに由来し、
七草を食べて邪気を払う習慣が平安時代に正月7日に七草粥を食べることが
時代とともに江戸時代には五節句(1/7人日の節句、3/3上巳の節句、
5/5端午の節句、7/7七夕の節句、9/9重用の節句)の一つになり
大名や将軍が七草粥を食べる公式行事から、
庶民の生活にも採り入れられるようになってきたそうです。

また六日の夜に七草を刻みながら七草ばやしを歌う七種は、
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろで
前日の夜にまな板に乗せてはやし歌を歌いながら、刻みながら
七草なずな 唐土の鳥が 日本の土地に 渡らぬ先に…トントンバタリ トンバタリ…
包丁で叩き、当日の朝に粥に入れたそうです。

このはやし歌は鳥追い歌に由来するものと言われ、
七種粥の行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられ
唐土の鳥というのは、大陸から疫病をもたらす渡り鳥のことで、
渡り鳥が日本に着く前に海に落してやろうと歌ったもので
害鳥を追い払いその年の豊作を願う考えが、
七草粥の行事と混ざり合ったものとも言われているそうです。

今では、正月料理で疲れた胃や体を労わるために、七草粥をいただくようになっていますが。

PS 今年は正月7日は日曜日!
この写真を撮るために七草粥セットを市場で仕入れたら、エェ~~~1パック2千円!!!
これは東京価格なのか?いくら年に一度と言え、ぼったくりだろぉ~~~
東京はおそろしい!

投稿者 culin : 20:22

2007年01月06日

正月のお茶                          右源太・鳥居宏行

正月のお茶と言えば、1月13日頃から始まる初釜を思い浮かべますが、
私の茶の師匠が出仕する家元では、除夜から新年にかけて年越しのための
古い習わしが連綿と続けられています。
 
これは家元のご家族と内弟子のみで執り行われるものなので、
我々一般の稽古人は見る事ができません。

今回は内弟子である師匠から聞かされた、
家元における暮れから元旦にかけての情景をご紹介させていただこうと思います。

京都の各家でも行われているように、家元でも歳徳神をまつり
各所に鏡餅を供えて新年を迎える準備をされます。
そして、除夜に釜を懸けることで、一年の行事がすべて終わります。

内弟子はここで年越し蕎麦をいただいて、
一年間のお礼と良いお年を…の挨拶をして帰路につきます。

しかし内弟子のなかには、この除夜にも炉の火を絶やすことなく、
翌年に送り続けるという大切な役目をもった人がいます。
夕方に懸けた釜の火を夜中に埋み火にして、火を守ってゆくのです。

元旦の早暁、家元と内弟子は新年の挨拶を交わします。
暮れの挨拶をしてから数時間しか経っていないのですが、
年が変わるということで、随分と時間が経ったような錯覚を覚えるそうです。

身を切る寒さの中、暮れにした埋み火を掻き起こして新しく炭を加え、
若宗匠が早暁に汲まれた若水を釜に注ぎ足してお湯も若返らせ、
新鮮な気分で大福茶の準備が進められます。

京都の各家の大福茶は、一年間の無病息災を祈る為に行われますが、
この時、家元では特別な掛物を用います。
それは、家元の祖先が時の権力者より切腹を命じられ自刃された後、
島流しにされていた後継者に届けられた、お家再興の赦免状を軸飾りしたものです。

家元家族と内弟子一同は、この掛物を拝見して遠い先師をしのび、
お家の今日ある事を祝い、その年の精進の誓いを新たにされるのです。

ここまでは内部の行事として、総門を閉ざし、雨戸も開けずにまったくの内輪だけで行われます。
大福茶が終わると総門が開かれ、一般の方からの年始の挨拶を受けられます。

まず最初に分家の家元家族がお見えになり、その後、職家の一統が慶祝の挨拶に来られます。
そして、1月の中頃から、稽古人・家元の知人・さらには政財界や官界の方々もお招きしての、
一般の稽古初め(初釜)が2週間程続きます。
さすがに永い伝統のある家の新春ですね。

茶の習いとは、師匠の真似をして身につける物である…とは私の師の教えです。
そこで、我が家の茶の正月をいかに迎えるか(真似るか)というとを考えますが、
家元のような掛物があるはずもないし…

とにかく、元日には、家にあるもので道具組みをして、
家族、従業員を集めて大福茶をしてみようと思います。

これを書いているのは大晦日の22時30分。そろそろ埋み火の準備にかからなくては…


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写真①我が家の新春の茶室
(師匠を真似て、大福茶の準備です。)

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写真②花と花入れ
《青竹尺八切花入に曙椿と結び柳》
結び柳は中国の故事にならったもので、
送別の宴の善の上に柳の小枝を結んで置いておけば、
その人は必ず戻ってくる、という言い伝えから、
再び正月が戻ってくる、一陽来復を祝う心を表しています。

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写真③掛物
《有栖川宮熾人親王(有栖川宮家第九代・明治維新政府の総裁)》筆
「佐し乃本る月ハ 尾上濃松者良も 屋可て婦も登尓 散してこ所 良免」
《さしのぼる月は尾上の松原をやさしく照らし、やがては山のふもとまで照らして欲しい。
(月の光で世の中全ても照らし、明るくして欲しい…の意)》

投稿者 culin : 23:08

2007年01月05日

生命の根源                         京都吉兆 徳岡 邦夫

塩について考えて見ました。

塩は清浄感を大事にする伝統的精神とも深くかかわっている様に思います。
それは実際、塩が殺菌作用を持つ事からの影響も有るのでしょうね。
そして塩は、生命に重要な要素でも有ります。

体内の血液や体液などに必要なナトリウムを維持する為だそうです。

ナトリウムは、細胞内外の濃度差を利用した物質輸送や神経伝達に必須なのです。
カルシウムや鉄は、体が適応して貯蔵する能力があるのですが
ナトリウムの場合、我々は体内に貯蔵する能力を持ち合わしてないのです。


足りなくなれば一大事です。毎日必要です。 生死に関わります。
だから、塩については、人間は敏感なのでしょう。 欠乏すれば死ぬからです。

粗末にするのはおそれ多く、貴重で神聖なものと感じるのは当然の事でしょう。
生命活動の根源でも有りますが体内に余分には貯蔵されていなのがミソでしょう。

蓄積される機能を持っていたら、人類はここまで発展しなかったかも知れませんね。
海水中のマグネシウムなどの微量元素も生きるために重要です。
自然にはそんな必要な元素が混ざり合って存在しているのです。
塩において 湿気を吸って使いにくい事から精製が始まったのでしょうね。
でも、純粋にすると味がとんがってつらく感じたりします。
天然塩の味の深みが微量元素の為というのは偶然では無くそれが身体に必要だからでしょう。

生命体は、それを根元として生まれたのだから 当たり前の様にも感じます。
その環境が 汚染されています。

生命は、生き続けられるでしょうか? 答えは、「NO!!」です。
皆さんこのままで 良いのですか?

投稿者 culin : 22:18

2007年01月04日

おめでとうございます            平等院表参道 竹林 下口英樹

新年 明けまして おめでとうございます
本年もよろしくお願い申し上げます
今年も残すところ361日になってしまいましたなぁ

何だか 歳を取るにつれて
1年がどんどん短くなって行く様な気がしますなぁ
慌しい日々が続く毎日ですが
日本料理アカデミー会員として時間の作れる限り
日本料理の発展に全力を注ぐとともに 自分にもとっても
一回り二回りも大きくなる 
そんな年にして行きたいですなぁ と言うよりも
今年の干支のように 
亥のごとく突進して行く 気持ちで一杯です
そんな事で皆様にもご迷惑をかけることにもなると思いますが
ご指導のほどよろしくお願いいたします。

明日 5日からは京都の市場も初日ですわ
初日でも毎年 魚や野菜の方は 漁師さんや農家の正月とあって
なかなか商品が揃わないのが現状ですなぁ
今年は市場が5、6日と過ぎれば
7、8日とまた連休
ハッピーマンデーになったので成人の日が8日
正月に一番近い 成人の日になりましたなぁ
せやのに、市場に商品が無かったらどないしょ
とすこし不安な幕開けです。
成人式のお祝いの料理ができない どないしょ
てな事にならないように
漁師や農家の皆さん正月気分は今日までにして
漁や畑に向かうように
よろしゅうに たのんまっせ!!

投稿者 culin : 19:16

2007年01月03日

お祝いの料理                          岡庄 岡 豊雄

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今日は1月3日なので節句のお料理の一つであります、おせち料理について少しだけ書きました。
おせち料理に入いる食材はたくさんありますが、私の好きなものを取り上げて見ました。

写真はお正月に食べようと思い作った物を、今年は自分用なので
少しアレンジしたものばかり作り、お重に盛りつけずに器に盛り付けてみました。

栗きんとん:黄金に輝く財宝にみたて、豊かな1年であるようにという意味があります。
       (勝ち栗)という言葉があるように、栗そのものが昔から縁起のよい食べ物でした。
       昔は砂糖が貴重で、砂糖を使用する栗きんとんは、贅沢な料理でした。

数の子:にしんから多くの子が出ることより、縁起の良いものとして古くからおせちに使われました。
     昔は数の子は日本中どこでも手に入る一般的なものでしたが、
     現在数の子は高価珍味ですね。好きなのにいっぱい食べられないのが残念です。

田作り:豊作を願い、小魚を田畑に肥料として用いたことから名づけられた田作り。
     鰯の小魚を干し、砂糖としょうゆで調理します。唐辛子も少し使いピリカラが好きです。

昆布巻:昆布は鏡飾りにも用いられ、日本料理の出汁の要でもあります。
     健康長寿が得られるといわれ、全国的に愛される食材といえますね。
     おせち料理では結び昆布と昆布巻といろいろな形で用いられます。

もっといろいろありますがこの4品がわたしの好きなものです。
元日よりの3日間はおせちを食べるのが楽しみでしたが、
3日目となると少し飽きてきました。明日より平常勤務で頑張ります。

投稿者 culin : 20:24

2007年01月02日

行ってきました。                     下鴨福助 安念尚志

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京料理展示大会に行ってきました。
去年は100回記念ということでかなり盛大におこなわれましたが
今年は例年どうりことはじめの日に開催され、
いつものように料理教室や式包丁や鮪の解体ショーなどプログラムが目白押しでした。

もちろん僕も料理を出品しているわけですが、
いつもどんな料理を出そうか困ってしまいます。
特にうちの店を代表するような看板料理があるわけではないし
見せる料理がどんなものなのかまだはっきりとは理解できていないと思うからです。

食べておいしい料理とおいしそうに見せる料理とはちがうと思うのですが
どうしたらいいのかよく悩みます。
料理の写真を撮るときも同じでどうしたらおいしそうに撮れるのかは難しい問題です。
もちろん照明や背景など写真を撮る技術的な問題もありますが
それだけではなく美味しそうに見える料理を作らないといけないしけっこう大変です。

よくおいしい料理を作ればいいといいますが
おいしいだけではなくて見た目もおいしそうでないといけない。
目で見ておいしそう、食べてみたいと思ってもらわないと
食べてもらえないから食べればわかるという
味だけで見た目の悪い料理はだめだということが
展示会に行くとよくわかります。

毎年、展示会に行って料理を見ながら
来年はこんな料理を作りたいなあと思いつつ
なかなか思いどうりになりません。
来年はもっといい料理が展示できるかな?

投稿者 culin : 21:44

2007年01月01日

2007年 謹賀新年            学校法人 大和学園 小笠原 淳

謹んで新春のお慶びを申し上げます。 
本年も日本料理アカデミー会員皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

新年、明けましておめでとうございます。京都調理師専門学校の小笠原です。
旧年中は何かとご指導ご鞭撻を賜りありがとうございました。
本年も昨年同様ご指導の程宜しくお願いいたします。
さて実は私、今回が始めてのブログなのですが、
まさか元日に載るとは思いもよらず、諸先輩方が大勢おられる中、
新年早々大変恐縮しております。

ところで今年の十二支は【亥】(い・いのしし)ですね。
(ちなみに私の十二支は「巳」で、今年、43歳の後厄年で、
また厄払いにいかなあかんなと思っています。)

猪という言葉を耳にすると、私はなぜか猪突猛進という言葉が頭に浮かびます。
(猪突猛進 意味: 猪のように激しい勢いで突進する。
融通がきかない人が向こうみずに事を進めることをいう。)
意味としてはあまり良い意味ではありませんが、
わき目も振らず進む姿は、目標に向かってがむしゃらに進むという意味にも取れます。

今年の私としては、いのししのごとく良い意味で何事に対しても
目標に向かって突き進む気持ちを持ちたいと思っております。
 
ところで話は変わりますが、私は日本料理アカデミー・FOODJAPAN委員会の委員として
席を置かせていただいております。

いよいよ今年から実施されます日本料理コンペティションの開催に向けて、
色々と準備を進めております。

また各委員の方々と共にこの事業を成功させたいと考えておりますので、
よろしくお願いいたします。

その前に今年3月、東京ビックサイト・幕張メッセで行われる
FOODEXJAPAN2007にて、14日特別企画『和のひろば』コーナーがあるのですが、
海外の方々向けに和食の基本・『米』をテーマにデモ・講演をすることになりました。
諸先輩方がおられる中、私でいいのか、やれるのかという葛藤はありますが、
やる以上は精一杯頑張りたいと思っています。

とりあえず、今年も色々と忙しい日々が続くと思っておりますが、
健康に気をつけて頑張り、亥のごとく進みたいと思う、新年早々の抱負(気持ち)です。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

投稿者 culin : 21:35