2006年を終えて ◆ 瓢亭 髙橋英一 ◆
今年、食の分野はさらなる一歩を踏み出しました。
日本料理アカデミーが発足してからというもの、
めまぐるしく食に対するアクションは年々増えてきています。
私は日本料理アカデミー会長を勤めさせていただいてから、
政府の専門家会議に参加する機会が増え、
以前よりも、全国各地から講演の依頼がしばしば来るようになりました。
そこで「知的財産」という言葉が頻繁に出てきます。
日本ブランドとして、ファッション・アニメなどと同様、
日本の食文化を国内外に向けてどのように推進していくのか、
と言ったことを大学の先生方やジャーナリスト・食品関連企業の方々と
お話をさせていただいております。
「日本料理とは?和食とは?」と言う問いに
どこからどこまでと答えることはできません。
「日本料理における知的財産とは?」
どのように説明すればよいのかよくわかりませんが、
「今後日本の食文化をどのように発信していくのか」という答えに繋がるのでしょうか。
先日、講演の依頼を受け、愛媛の三島・宇和島に行ってきました。
“鯛めし”や“さつま汁”など郷土のご馳走がいっぱいで、
ついつい食べ過ぎてしまいました。
料理にまつわるエピソードも楽しく、
四国の風土を前面に打ち出した個性豊かな食の魅力がそこにありました。
日本風、日本的といった“日本らしさ”を表現するためには、
形だけでなくその裏づけが必要です。
これまでの歴史や文化、郷土の営みや習慣といった
日本各地に根ざした感性を集約した料理は、いつでもその時代を反映してきました。
日本料理だけでなく、それはどこの国でも同じことでしょう。
その土地の食を探れば、その社会を垣間見ることができますが、
社会が煩雑になれば、それが食に何らかの影響を及ぼし、
食が人々に混乱を招く恐れがあります。
逆に、食に対する意識が高まれば、豊かな食を導き出し、
平穏な社会が訪れるというのも過言ではないでしょう。
社会と食は呼応し合い、その時代を映し出していると言えます。
店に修行に来た若い子に、私が一番願っていることは
知識や技術よりも人間性の豊かさです。
寮生活や上下関係など、協調性ある取り組みは
自然と自分の力となります。
個人主義であることはかまいませんが、思いやりのない行動は
ただの勝手主義でしかありません。
協調性を養うには、人の気持ちや思いを読み取る“アンテナ”が必要です。
また、食べる側に喜んでもらう料理を作るには、
人に思いを伝えようとする努力があってこそ。
そうすることで、無意識でもその「心配り」を感じ取ってもらえる料理が
できるものではないでしょうか。
そしてそれは作り手だけではなく、それを伝え合って、
食べる側が「心配り」を読み取る“アンテナ”を伸ばすことが大切です。
アカデミーは、その“アンテナ”をお互いに張り巡らせる活動を続けています。
これまでの事業でもあったように、対象が小学生や保護者であっても、
アメリカ人やフランス人であっても、伝えたいことは同じです。
発信するのはもちろん料理人だけではなく、
政府や企業、生産者や有識者など、様々な機関や人が
いつの間にかリンクし合い、アクションを共に起こし、
アンテナを拡張し、それぞれの活動を相互に送受信し、
支援し合える環境を目指しています。
言い過ぎかもしれませんが、日本の食文化を探求することは
日本の現代社会のあり方を示唆し、
しいては世界における日本のあり方を示してくれるような気がします。
こうした食のアンテナを通したネットワークは、今後、食に限らず大きく前進していくことでしょう。
料理は義理や厄介で作るのではなく、
「人に食べてほしい、喜んでもらいたい」
そんな気持を込めて一生懸命作ります。
そして、楽しく食事をしながらたくさんの人と会話を育む。
日本各地を訪れたときの私の一番の楽しみです。
日本の食文化は、これまでの日本が育んできた世界に誇る営みです。
そして、これからも次代に伝えていきたい精神です。
私は料理人として、これからもその精神を学び、伝えていきたいと思います。
今年一年間たくさんの方々にお世話になり、
アカデミーの事業を継続させることができました。
改めてこの一年を振り返り、皆様のお力添えに心から感謝し、お礼を申し上げます。
明年も皆様の一層のご健勝をお祈りいたしますとともに、
変わらぬご高配を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
投稿者 culin : 2006年12月31日 19:38