骨正月 ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
事始めも早過ぎ、クリスマスも終わり、
今年も残すところ後1週間足らずとなりました。
この事始めは、江戸幕府が
12月13日から正月の準備を始めたことに
由来するといわれ、現在でも芸事の世界
では新年を迎える行事として欠かせない
ものであるようです。
京都・祇園では、12月13日になると
芸妓さんや舞妓さんが京舞の師匠宅へ
次々と訪れて、今年一年のお礼と
来年の挨拶をされます。
早々と飾り付けられた鏡餅を前にして
「おめでとうさんどす」のあいさつが
交わされ、芸妓さんや舞妓さんは
師匠から新しい舞扇をいただいて
帰えられます。
芸子さん舞妓さんたちが正月支度を
始める日を事始というそうです。
我々料理屋でも事始めになるといろいろ正月の支度を始めます。
きんこを水に戻したり、黒豆を戻したりといろいろします。
中でも面白いのは、今もこんな風にされているところがあるかどうかは解りませんが、
塩をした鰤などの魚に紐をかけて軒先に吊るしておくのです。
私の店ではぶりの代わりに紅鮭を使います。
川に産卵に上がる前の、沖合いで取れた紅鮭を新巻にしたものを使用します。
最近は昔より暖かくなってきており、厳密には20日過ぎ辺りに始めるのですが
こうしておくと冷たい空気の中で時には冷たい風に吹かれてゆっくり鮭の水分が抜けていき、
全体が均一に身が絞まり程よい固さになって行きます。
又熟成されて旨みが増していくのです。
おそらくたんぱく質が分解してアミノ酸を生成し旨みが増していくのだと思います。
そしてお正月に、お造りにして頂くのです。
勿論お客さんにもお出しさせて頂いてます。
普通は鮭を生で食べるということは
無いのですが、この鮭に関しては
生で頂くのが格別です。
触感はもちっとして程よい歯ごたえがあり、
味は鮭の旨みがしっかりしています。
これをおろし酢(大根おろしを二杯酢で
のばしたもの)を付けて頂きます。
新巻鮭とは冷凍技術がまだなかった頃、
北海道では秋にたくさんとれる鮭を
長期保存するために鮭を水洗いして
中に塩を詰めて長期保存ができるように
考え出されたものです。
そしてそれを北前船で京都へ運んでこられた。
それらが京都に着くのは11月の終わりごろから
12月初旬ごろですから丁度
お正月に使うにはもってこいなのです。
余談になりますが、お正月が終わっても
軒につるしてある魚を少しずつ食べていき、
やがて骨だけになる。
丁度それが1月の20日頃。
室町や西陣の大店などでは年末からお正月にかけて出入りして
お手伝いしていただいた職人さんたちを店に呼んで感謝の気持ちでお酒を振舞ったそうです。
そのときの肴のひとつとして、その骨を焼いて出されたそうです。
ですから1月20日を骨正月といっていたそうです。
この鮭も若い頃はただ何気なく「おいしいなぁ」と食べておりましたが、
料理のことがだんだんわかり始めてくると実に理にかなった、
生活に根ざした料理であるとつくづくと感じます。
物がなかった頃は如何に保存しておいしく食べるかこれに尽きていたと思います。
今のように正月からお店があいていることもなく、
3が日はそういう中でおせち料理や保存の利くもの、
又ハマグリなど多少生存の能力の強いものをうまく組合わせて食事を考えられていたようです。
生活の中から生まれてきた調理というものは地味で華やかさは無いけれど、
歴史があり、重みがあり、必ず合理的理由が存在します。
飽食の時代にあって、ともすれば、豪華さ、めずらしさ、新しさ、華やかさ、
贅沢さがもてはやされる風潮が少なからず感じられる中、
自分としてはたとえ地味ではあるが、又そんなに華やかではないかもしれないが、
本当に味わい深く、頷きながら食べて頂けるような、
そして心の片隅に少しでも残して頂けるような料理を作っていかなあかんなぁと、
こういう奥深い料理に触れる都度強く感じます。
本年も年中用事に追われっぱなしでした。
元来無精者の私は常に自分を追い込むようにしていかないと何もしませんから。
しかしながら今年も無事一年過ごさせていただきました。ありがとうございました。
というわけで来年もよろしくお願い申し上げます。
投稿者 culin : 2006年12月26日 20:55