2006年を終えて ◆ 瓢亭 髙橋英一 ◆
今年、食の分野はさらなる一歩を踏み出しました。
日本料理アカデミーが発足してからというもの、
めまぐるしく食に対するアクションは年々増えてきています。
私は日本料理アカデミー会長を勤めさせていただいてから、
政府の専門家会議に参加する機会が増え、
以前よりも、全国各地から講演の依頼がしばしば来るようになりました。
そこで「知的財産」という言葉が頻繁に出てきます。
日本ブランドとして、ファッション・アニメなどと同様、
日本の食文化を国内外に向けてどのように推進していくのか、
と言ったことを大学の先生方やジャーナリスト・食品関連企業の方々と
お話をさせていただいております。
「日本料理とは?和食とは?」と言う問いに
どこからどこまでと答えることはできません。
「日本料理における知的財産とは?」
どのように説明すればよいのかよくわかりませんが、
「今後日本の食文化をどのように発信していくのか」という答えに繋がるのでしょうか。
先日、講演の依頼を受け、愛媛の三島・宇和島に行ってきました。
“鯛めし”や“さつま汁”など郷土のご馳走がいっぱいで、
ついつい食べ過ぎてしまいました。
料理にまつわるエピソードも楽しく、
四国の風土を前面に打ち出した個性豊かな食の魅力がそこにありました。
日本風、日本的といった“日本らしさ”を表現するためには、
形だけでなくその裏づけが必要です。
これまでの歴史や文化、郷土の営みや習慣といった
日本各地に根ざした感性を集約した料理は、いつでもその時代を反映してきました。
日本料理だけでなく、それはどこの国でも同じことでしょう。
その土地の食を探れば、その社会を垣間見ることができますが、
社会が煩雑になれば、それが食に何らかの影響を及ぼし、
食が人々に混乱を招く恐れがあります。
逆に、食に対する意識が高まれば、豊かな食を導き出し、
平穏な社会が訪れるというのも過言ではないでしょう。
社会と食は呼応し合い、その時代を映し出していると言えます。
店に修行に来た若い子に、私が一番願っていることは
知識や技術よりも人間性の豊かさです。
寮生活や上下関係など、協調性ある取り組みは
自然と自分の力となります。
個人主義であることはかまいませんが、思いやりのない行動は
ただの勝手主義でしかありません。
協調性を養うには、人の気持ちや思いを読み取る“アンテナ”が必要です。
また、食べる側に喜んでもらう料理を作るには、
人に思いを伝えようとする努力があってこそ。
そうすることで、無意識でもその「心配り」を感じ取ってもらえる料理が
できるものではないでしょうか。
そしてそれは作り手だけではなく、それを伝え合って、
食べる側が「心配り」を読み取る“アンテナ”を伸ばすことが大切です。
アカデミーは、その“アンテナ”をお互いに張り巡らせる活動を続けています。
これまでの事業でもあったように、対象が小学生や保護者であっても、
アメリカ人やフランス人であっても、伝えたいことは同じです。
発信するのはもちろん料理人だけではなく、
政府や企業、生産者や有識者など、様々な機関や人が
いつの間にかリンクし合い、アクションを共に起こし、
アンテナを拡張し、それぞれの活動を相互に送受信し、
支援し合える環境を目指しています。
言い過ぎかもしれませんが、日本の食文化を探求することは
日本の現代社会のあり方を示唆し、
しいては世界における日本のあり方を示してくれるような気がします。
こうした食のアンテナを通したネットワークは、今後、食に限らず大きく前進していくことでしょう。
料理は義理や厄介で作るのではなく、
「人に食べてほしい、喜んでもらいたい」
そんな気持を込めて一生懸命作ります。
そして、楽しく食事をしながらたくさんの人と会話を育む。
日本各地を訪れたときの私の一番の楽しみです。
日本の食文化は、これまでの日本が育んできた世界に誇る営みです。
そして、これからも次代に伝えていきたい精神です。
私は料理人として、これからもその精神を学び、伝えていきたいと思います。
今年一年間たくさんの方々にお世話になり、
アカデミーの事業を継続させることができました。
改めてこの一年を振り返り、皆様のお力添えに心から感謝し、お礼を申し上げます。
明年も皆様の一層のご健勝をお祈りいたしますとともに、
変わらぬご高配を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
投稿者 culin : 19:38
床飾り ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
「蓬莱に 聞かばや伊勢の 初便り」
もう4~5年前のことですが、祖父母の時代に購入された掛け軸の中に
このような賛の入った物を見つけました。
これはかの有名な松尾芭蕉の俳句ですが、
その当時これが芭蕉の俳句だとつゆ知らず、
なんて書いてあるか分かりませんでした。
ただ、この賛を書いたのが中村不折だということで
調べてみようと思いました。
また、その賛の下に伊勢海老と車海老が一匹ずつ向き合って描かれています。
この絵の中の落款が読めず非常に作者が気になっていました。
賛の方はなんて書いてあるか調べる事が出来、
その時にこれが芭蕉の俳句であることも分かりました。
ただ、絵の方がいろいろ調べてみたのですが全く分からず諦めて、
それ以降すっかりその掛け軸の存在すら頭の中から消えてしまっていました。
つい先日ある骨董屋から目録を頂き、
それを見ていると全く同じ物が載っているのです。
直ぐに掛け軸を引っ張り出してきて二つを並べて見比べたところ、やはり同じです。
表具は違いますが、絹本のサイズも同じでこれは明らかに同じものを
幾つか製作したのだなと認識しました。有難みが半減した気分でした。
とは言えやはりお正月にはピッタリの軸ではあります。
これを床の間に飾り、床に万年青なんかを置くと
しっくりきて良いだろうな、なんて思います。
私の所にある掛け軸の量は決して多くないのですが、
何故か正月にかけるのに丁度いい画題のものが
割合多くあります(決して多いわけじゃありません)。
「伊勢海老の図」だとか「朝陽の図」だとか、
また新年を祝った和歌懐紙なんかもあり、
これらの軸に合わす花や置物などを色々考えるのは楽しいものですね。
「床飾り」というと少し難しく考えがちですが、
自分なりに考えてコーディネートするのは非常に勉強になります。
基本的な知識は必要なのだと思いますが。
来年はもっと勉強し、自分なりの床飾りを模索していけたらなという抱負を
述べさして頂いた所で締めくくりたいと思います。
どうぞ皆様、良いお年を。
投稿者 culin : 22:37
NPO法人化 ◆ 監事 太田 守 ◆
御用納めも終わり、暮れもいよいよ押し迫ってまいりました。
さて、アカデミーのメールマガジンやホームページでもお知らせのとおり、
来年度より日本料理アカデミーはNPO法人として生まれ変わります。
近年巷でよく耳にするこの「NPO法人」ですが、
日本では1998年からできた、まだ10年にも満たない制度です。
NPOという言葉は「Non-Profit Organization」で「非営利団体」を意味しており、
NPO法人は、いわゆる公益活動をするための団体が法人格を取得するための制度のひとつです。
公益と言うからにはNPO法人が行う活動は全て無償のボランティアで
行わないといけないのかといいますと、そうではありません。
事業を行って収益を得てもいいですし儲けてもかまいません。
公益活動の運営資金の手当ても基本的には
NPO法人の活動でまかなえるようにすることも必要となります。
ただし株式会社のように儲けた利益を社員(構成員)に分配することはできません。
得た利益はその法人の公益活動に使う事になります。
では、NPO法人になる一番のメリットは何でしょうか。
それは法人格を持てるということです。
法人格がなければ銀行口座などは責任役職者個人の名前にせざるを得ませんし、
契約などにも不都合を生じる場合が多々あります。
様々な活動を行い認知されるようになり、
今後その社会的責任も益々大きくなると予想される日本料理アカデミーにも
法人格取得の要望が強くなっており、今回の決定に至りました。
来年度より日本料理アカデミーは特定非営利活動法人(NPO法人)日本料理アカデミーとして
生まれ変わりますが、皆様からのより一層の御支援を私からもお願いしたいと思います。
料理全然関係なくてすみません・・・それでは皆さんよいお年を。
投稿者 culin : 20:41
フロリアン・ファブリオなる者 ◆ 木乃婦 髙橋拓児 ◆
前回のブログで、フランス人シェフとのコラボを御紹介させて頂きましたが、
そのイベントのフランス側の助手として来日していたのが、『フロリアン・ファブリオ』なる者でした。
彼は、16歳から料理の道に入り、アメリカ、フランスなど10数軒の店を回り、
若干24歳でティエリー・マルクスの下で3番手として働き、
レストランの全てのレシピを作れるという、瞼にピアスをした男前のシェフです。
現在の一番好きな彼女???は、ソムリエらしい。
まあ、素性はともかく、彼はこのイベント後、休暇らしく、
東京のアラン・デュカスの『ベージュ』・『ブノワ』に研修に行きました。
その後、1週間ほど、うちの店に研修?遊び?に来ていました。
毎日、好きな時間に来て、好きな時間に帰り、観光もして楽しんでいました。
彼は今回始めて京都に来て、「日本大好き!見るもの全てが新鮮だ!
ゆっくり長い期間研修したい。」と言っていました。
(一応、片言の英語で会話をしております。)
そして、彼は研修させて頂いた御礼にと、料理を5品手際よく作ってくれました。
全ての料理のコンセプト・デザインがユーモラスで遊び心たっぷりでした。
たいしたもてなしもしていないのに、真剣に料理を作り、
思いを伝えようとする気持ちに感動しました。
こんな自然体の交流は、一朝一夕で出来るものではないと思います。
やぱり今まで、そしてこれからの日本料理アカデミーの事業が
これからどんどん各国の料理人との和を広げていくきっかけになっていくと思います。
今回フロー(こう呼んでいました。)が来て分かったのですが、
星付レストランの3番手、4番手クラスを対象とした研修受け入れも地味ではありますが、
地に足着いた活動で個人的にはこれなら継続して毎年でも可能だと思いました。
本当に自分には無いもの、出来ないこと、沢山教えてもらった1週間でした。
P.S. フローはうちの店の子と行った京都の夜の街も、大変気に入ったようでした。
今後は、世界各地を回り、いずれはパティシエである兄と、
お客様と接する形でカウンターの店をしたいそうです。
オープンしたら案内来るかな?
投稿者 culin : 19:18
冬のお決まり ◆ 銀水 山岸裕明 ◆
私の店ではフグのお鍋を提供しています。
フグを水洗いして皮をひいてゆがくまでで、1本につき約30分かかります。
1本で2人前分なので、20人分だと10本いります。
ですから水洗いだけで5時間かかります。
それから湯がいた皮を刻むのに1時間。
てっさをひくのに1時間半から2時間。
うちの店は2枚引きなので倍かかります。
このように、ふぐは製品にして出すまでに
かなりの仕事をしとかないとすぐには提供できません。
ところで、フグの皮引きは出刃包丁ですか、刺身包丁ですか。
皮引き専用の本焼きの出刃包丁で引いていたのですが、
今年から刺身包丁も使うようになりました。
どこが違うかというと刃渡りが違うので
柳は大きい面積をいっぺんに引けます。
出刃包丁は引ける面積は狭いのですが
確実に根から棘を引ける気がします。
ですから、ぎょうさん引かんならん時は柳をつかって、
2、3本の時は出刃をつかっています。
私は最初、出刃包丁で覚えたのですが
他所の店は柳が主流なので、
下の子にどっちでやらそうか考えています。
投稿者 culin : 20:02
骨正月 ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
事始めも早過ぎ、クリスマスも終わり、
今年も残すところ後1週間足らずとなりました。
この事始めは、江戸幕府が
12月13日から正月の準備を始めたことに
由来するといわれ、現在でも芸事の世界
では新年を迎える行事として欠かせない
ものであるようです。
京都・祇園では、12月13日になると
芸妓さんや舞妓さんが京舞の師匠宅へ
次々と訪れて、今年一年のお礼と
来年の挨拶をされます。
早々と飾り付けられた鏡餅を前にして
「おめでとうさんどす」のあいさつが
交わされ、芸妓さんや舞妓さんは
師匠から新しい舞扇をいただいて
帰えられます。
芸子さん舞妓さんたちが正月支度を
始める日を事始というそうです。
我々料理屋でも事始めになるといろいろ正月の支度を始めます。
きんこを水に戻したり、黒豆を戻したりといろいろします。
中でも面白いのは、今もこんな風にされているところがあるかどうかは解りませんが、
塩をした鰤などの魚に紐をかけて軒先に吊るしておくのです。
私の店ではぶりの代わりに紅鮭を使います。
川に産卵に上がる前の、沖合いで取れた紅鮭を新巻にしたものを使用します。
最近は昔より暖かくなってきており、厳密には20日過ぎ辺りに始めるのですが
こうしておくと冷たい空気の中で時には冷たい風に吹かれてゆっくり鮭の水分が抜けていき、
全体が均一に身が絞まり程よい固さになって行きます。
又熟成されて旨みが増していくのです。
おそらくたんぱく質が分解してアミノ酸を生成し旨みが増していくのだと思います。
そしてお正月に、お造りにして頂くのです。
勿論お客さんにもお出しさせて頂いてます。
普通は鮭を生で食べるということは
無いのですが、この鮭に関しては
生で頂くのが格別です。
触感はもちっとして程よい歯ごたえがあり、
味は鮭の旨みがしっかりしています。
これをおろし酢(大根おろしを二杯酢で
のばしたもの)を付けて頂きます。
新巻鮭とは冷凍技術がまだなかった頃、
北海道では秋にたくさんとれる鮭を
長期保存するために鮭を水洗いして
中に塩を詰めて長期保存ができるように
考え出されたものです。
そしてそれを北前船で京都へ運んでこられた。
それらが京都に着くのは11月の終わりごろから
12月初旬ごろですから丁度
お正月に使うにはもってこいなのです。
余談になりますが、お正月が終わっても
軒につるしてある魚を少しずつ食べていき、
やがて骨だけになる。
丁度それが1月の20日頃。
室町や西陣の大店などでは年末からお正月にかけて出入りして
お手伝いしていただいた職人さんたちを店に呼んで感謝の気持ちでお酒を振舞ったそうです。
そのときの肴のひとつとして、その骨を焼いて出されたそうです。
ですから1月20日を骨正月といっていたそうです。
この鮭も若い頃はただ何気なく「おいしいなぁ」と食べておりましたが、
料理のことがだんだんわかり始めてくると実に理にかなった、
生活に根ざした料理であるとつくづくと感じます。
物がなかった頃は如何に保存しておいしく食べるかこれに尽きていたと思います。
今のように正月からお店があいていることもなく、
3が日はそういう中でおせち料理や保存の利くもの、
又ハマグリなど多少生存の能力の強いものをうまく組合わせて食事を考えられていたようです。
生活の中から生まれてきた調理というものは地味で華やかさは無いけれど、
歴史があり、重みがあり、必ず合理的理由が存在します。
飽食の時代にあって、ともすれば、豪華さ、めずらしさ、新しさ、華やかさ、
贅沢さがもてはやされる風潮が少なからず感じられる中、
自分としてはたとえ地味ではあるが、又そんなに華やかではないかもしれないが、
本当に味わい深く、頷きながら食べて頂けるような、
そして心の片隅に少しでも残して頂けるような料理を作っていかなあかんなぁと、
こういう奥深い料理に触れる都度強く感じます。
本年も年中用事に追われっぱなしでした。
元来無精者の私は常に自分を追い込むようにしていかないと何もしませんから。
しかしながら今年も無事一年過ごさせていただきました。ありがとうございました。
というわけで来年もよろしくお願い申し上げます。
投稿者 culin : 20:55
かぶら蒸し ◆ 魚三楼 荒木稔雄 ◆
京都では、「かぶ」(かぶ)のことを「かぶら」といいます。
代表的なかぶらは、やはり「聖護院かぶら」大きなかぶらです。
この時期、かぶらはいろいろ調理されお膳に乗ります。
かぶら蒸、たいかぶら、風呂吹きかぶら、千枚漬けなど
代表的なものを上げましたがまだまだ、調理法はたくさんあります。
これから、年の瀬の寒い夜など、かぶら蒸などで熱燗を一杯と思うとなんとも我慢できません。
それでは、簡単に私流簡単かぶら蒸しの作り方など、ご披露しておきます。
4人前
聖護院かぶら1/4個 うなぎの蒲焼4切れ
白身の魚4切れ 卵1個 野菜いろいろ
(餡の分量)だし汁2カップ 味醂大匙2 酒大匙2 薄口醤油大匙2
くず粉 適量 山葵 塩少々
1.かぶらをおろし金でおろして、塩を少々してください。
2.その中に卵を一個割ほぐし混ぜておいてください。
3.器にうなぎと白身の魚を1切れづつ入れて、野菜(ゆりねや銀杏など)もいれて
卵を混ぜたかぶらの摩り下ろしたものの1/4を掛けて蒸し器で蒸してください。
4.餡の分量を合わせて、煮立たせ出しでといたくず粉にてとろみをつけます。
5.先ほどの蒸し上げたかぶら蒸しに餡をたっぷり掛けわさびを添えて出来上がりです。
簡単な作り方です。一度トライしていただければと思います
投稿者 culin : 13:42
クリスマスとお正月 ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
早いもので今年も残すところ一週間となりました。
町はクリスマス・イブで恋人たちが最も盛り上がるロマンチックな一日ですが、
多くの料理屋にとっては、「師走」とはよく言ったもので、
大変慌ただしい時期になってまいりました。
私はこの時期、子供の頃から店の手伝いをしなくてはならなかったせいか、
あまりクリスマスといっても、ピンと来ないのですが、
世間では年々クリスマスムードの高まりが早くなり、
11月には早、クリスマスイルミネーションで町が彩られるようになりました。
私が常々この状況を見る、欧米の人々はどのように感じているのか
大変興味深く思っています。
この暮れの時期にも大きな文化性の違いを毎年感じています。
私は機会があって学生時代、クリスマスとお正月を2度海外で過ごしたことが有ります。
最初はオーストラリアで過ごしました。
サンタがウインドサーフィンに乗ってくるのには、いささか驚かされましたが、
すごく静かな雰囲気で、お祭り騒ぎを想像していた私にとって少し拍子抜けした記憶があります。
その後、お正月はオーストラリアのキャンプ場で過ごしたのですが、
ニューイヤーカウントダウンが始まり、お祭り騒ぎの人々に驚かされたことも印象深いことでした。
私はこの年の暮れの時期の出来事にいささか不思議な気持ちを覚えたことは
今でも鮮明に覚えています。
その答えは2年後、カナダにホームステイしていた時にわかりました。
私がホームステイをしていたご家庭はクリスチャンでしたのでお話を聞いてみると、
「クリスマスは家族で過ごすものですよ。」ということでした。
確かにこの国では、クリスマスは祭日で町もほとんど人出がなく、
教会の廻りに家族の姿があるぐらいでした。
打って変わって、正月はお祭り騒ぎ・・・・・。
「なるほど欧米人と我々日本人とのクリスマスと正月の過ごし方はまったく逆なんだ。
クリスマスは家族で厳粛に過ごす日。正月はお祭り。という感覚なんだ。」と感じました。
日本ではテレビでは当時も今もニューヨークカウントダウンで
お祭り騒ぎをしていることは報道されても、クリスマスを厳粛に家族で過ごす、
欧米人の姿を見る機会は少ないように感じます。
そういう私も学生時代に仲間とカウントダウンパーティーなどと称して
お祭り騒ぎをした記憶も有ります。
ただこの十年ぐらいは毎年、実家で家族とともに元旦の一日を過ごしています。
近頃、日本人のお正月の過ごし方も変わってきたのではないかと感じます。
もちろんライフスタイルの変化と共に変わっていくのは自然の流れでしょうが、
せめて一年に一度、家族で過ごす日を大切にしてきた日本の良き文化を
見直してみてはどうなのかと、私個人としては思います。
なかなか家族でゆっくりと向き合う時間のない現代社会で、
年に一度はこうゆう日を大切にするところから、
失われつつあるものを取り戻せそうな気がします。
長々となりましたが皆様にとって来年も良いお年で有りますことを願いつつ終わらせていただきます。
投稿者 culin : 21:17
酢タマゴ? ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
最近、義父から“基君も中年の域に入り、
自分自身の健康管理について何か特別なことでもしてるの?”と尋ねられ、
返答にしどろもどろした時、間髪いれず義父から“酢タマゴ”を試してみればと
半信半疑で“義父特製の酢タマゴ”を試飲する機会をいただきました。
まずもってこの“酢タマゴ”なるもの、
広口ガラス瓶などに醸造酢(米酢・玄米酢どちらでも可)350ml、
新鮮なタマゴ2個を入れてガラスの蓋をして冷蔵庫に保管し、
1日~2日に、一度(タマゴのカルシュームが溶け出すときに発生するガス)を抜き、
3日~4日経過すると、タマゴの殻がほとんど溶け、タマゴの薄皮だけが残る。
その状態のものを割箸などでかき混ぜ、一度、ガーゼのようなもので濾し
冷蔵保存しただけのものであります。
読者の皆様も想像されるとおり、原液そのものはまことに筆舌しがたい“酸味と
苦味がまじりあった”人間の食生活においてあまり縁のないものであります。
ところが、この原液を水で2倍~3倍程度に薄め、糖度を加えてやれば
見事に美味しいとまではいかずとも、個々の好みの味付けで毎日、
愛飲できる飲料に変身するのです。
因みに、わたしのお気に入りは“酢タマゴ”20ml~40mlを
100%りんご果汁で2倍~3倍に薄めていただきます。
まだまだ試飲して日は浅いので特別体調に変化はみられませんが、
今年73歳になる義父は3年前から飲み始めて、
ここ2年間は風邪などひいた事がないと申しております。
それほど義父にとって“酢タマゴ”は健康管理の第1条件と
言っても過言ではないようです。
実はこの酢タマゴなるもの“古来より、
わが国の健康食品”として親しまれてきもので、
その効用はインターネットなどで検索すると相当量の情報をご覧いただけます。
因みに、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏のお父さん「三浦敬三氏」
(この方は100歳の現役プロスキーヤーとして著名)が
長年この自家製酢タマゴ愛飲者であったことは特に有名な話です。
人間は本来、自然の産物であり常に自然の中で生かされ、
自然との調和を保ちつづけてまいりました。
人間が構築した文明の一つに医学の進歩があり、
それは日進月歩で進化し続けてきました。
あるとき古来より存在した自然のバランスが崩れ始め、
その結果、人間が本来もっていた生物としての能力バランスを
崩しはじめてきているように思われます。
その結果、様々な環境問題・社会問題・現代病
(昭和初期には存在しなかったような現代病など)を
ひきおこしているとかんがえるのであれば、
本来、自然界・人間界にあったなんらかの善玉なエネルギーが
ある一定のバランスを保つことができず、
悪玉なエネルギーが増加したために、
今日のような現代の文明を持ってしても
解き明かすことができない現象があると仮定でき、
この問題を処置していくには、
まずもって現代社会に“自然回帰思想”を
今一度植えつける必要性があると感じています。
日頃より、義父が愛飲する“酢タマゴ”は
現代医学から見ればあくまでも民間療法の1つにしか過ぎません、
しかし本来、人間の体内に存在する自然治癒能力は
現代医学が発明した処方箋と対峙して
人間の自然な健康管理を維持するための医食同源的な、
薬というよりは食品のような気がします。
機会があれば興味のある方はトライしてみては如何ですか?
健康管理は人間の煩悩における普遍的な永遠のテーマと言えましょう!
今年も、年末年始を迎えるにあたり私自身、
健康管理を心がけ、来る丁亥歳に心身ともに万全の体調でのぞみたいと思います。
末筆ながら、今年一年、日本料理アカデミー会員として
活動させていただき有難うございました。
ならびに多く先輩諸氏のご指導、ご厚情を頂きましたこと心より御礼申し上げます。
来る丁亥歳が皆々様にとりまして素晴しい1年でありますように、
祈念申し上げ今回のブログを閉めさせていただきます。
投稿者 culin : 19:55
ユニフォーム ◆ 料亭旅館 清和荘 竹中 徹男 ◆
日本料理アカデミーも益々世間に出る機会が増えてきました。
それに伴って、メディアで紹介さた時に一目で「日本料理アカデミー」が
事業をしていると判る様に、共通のユニフォームを作ろうと話が出てきました。
賛助会会員の鈴屋白衣の佐桑社長様に相談して、
ちょっとハイカラなユニフォームをデザインして頂いております。
このごろ京都の料理屋さんも通り一辺倒の「割烹着」と「和帽」ではなく、
ハイカラーや、洋食のコックコートのようなユニフォームを
作られるお店が出てきているようです。
私の知っている範囲でも理事長の菊乃井さん、
中東君の美山荘、佐竹君の美濃吉さんといった具合です。
私の店も来春から思い切ったユニフォームにする事にしました。
きっと和食の方からは「え~」っと驚嘆(批判?)の声が上がると思います。
でも、現在働いている若い子と相談してモダンなユニフォームに決めました。
和食は「汚い」「しんどい」「怖い」などマイナスイメージが多い中、
少しでも親しみのあるかっこいいイメージに変えて行きたいのです。
外見だけではいけませんが、少なくともそこから和食のイメージを変え、
楽しい職場をアピールしようと思っています。
忙しくてしんどいときでも、共に励まし合って、
終わってから「ようやったね」と言い合える人間関係を育んでいます。
そうでないと、お客さんに喜んでもらえる料理は出来ないと思いますから・・・。
投稿者 culin : 11:39
自然から教わる事 ◆ 美山荘 中東 久人 ◆
皆様 こんにちは。美山荘 中東です。
最近すっかり寒くなり、3日前には
美山荘のある花背に初雪が降りました、
積もってはいませんが、
舞い落ちる雪は2月初旬を
思わせる光景でした、、。
そんな中、いつものように山に
食材を探していると
なにやら丸い物体を発見!
、、、“ふきのとう”である。
“ふきのとう”の名前の由来は、
冬葱(ふゆき)または冬黄(ふゆき)で
冬に浅葱色の植物
(冬に黄色い花が咲く)という
意味だそうです。
一般に“ふきのとう”として売られている丸い物体は花のつぼみで
雪が降る前につぼみになり雪の下でじっと、寒さに耐えているのです、、、
冬をつぼみのまま過ごすので、ふきのとうは
苞(ほう)を何重にも取り巻き春の訪れを待っているのです。
着込むという事に関しては人間と一緒ですね、、、(笑い、、)
春が来てから、つぼみを出せばいいのにと
思うのですが越冬する事に何かしら意味があるのかもしれません、
人間でもそうですが、厳しい環境に自ら居る人間は“骨の有る人”と
良く言われますが、“ふきのとう”のあの奥深い風味は
厳しい環境下の中で過ごしてきたからだと、
私は個人的な見解の元、そう解釈しております。
実際 栽培物のふきのとうは苦いだけで
風味み奥行きがありません。
そういった事は自然の中には沢山あります、
自然から教えてもらう事の大切さを再確認しました。
自然に生きてゆく事は、人類では難しい事ではありますが、
意識としては常に持っておきたいですね、、、“自然=正しい理屈”という事を、、、。
ふきのとうちゃん、春になったら大切に料理してあげるから
鹿なんかに 食べられないように雪の下に隠れててくださいね~
投稿者 culin : 13:49
無事 ◆ 美濃吉 佐竹洋治 ◆
師走になり、いよいよ寒さも本格的になってきて
各所で忘年会やクリスマスパーティーが開催され、
バタバタする時期になってきました。
そんな折、実家のほうで昼食をとっている際に
母親が「無事」という掛け軸を見せてくれ、
「この無事という文字は色んな解釈の仕方があるけれど、
やっぱり一年無事に終わってよかった、と感じさせてくれるわね。」と
ぼやいておりました。
いつもは私はあまり、母親の言うことにはほとんど関心を示さないのですが、
(息子というのはどこもこんなものではないでしょうか?)
この時ばかりは共感し、私も一緒に「無事」という掛け軸を見つめていました。
ずっと見ているうちにこの一年、また今までの人生において
様々な方々に色んなご指示を頂いたなあとつくづく感じます。
特に同業界の先輩方には私が実家に戻った25歳の時からお世話になっており、
一番印象に残っているのは多々ありますが、それらの中でいくつか話しますと
私が丁度、25歳の時で、ある料理屋のご主人のところへ
「京都料理芽生会」への入会においての推薦状を頼みにいった折のことです。
時期は春頃でしたので料理屋にとってはかなりの繁忙期でしたが
その中でも私のために何時間も時間を割いていただき、色々な訓示をいただきました。
料理のこと、調理場の人事のこと、仕入れのこととほぼ全分野のことを話していただき、
その中で「料理屋の息子というのは必然的に人事権を手に入れられるわけやから、
よっぽどしっかりしんと、皆逃げていって店つぶれるよ。」という言葉は今でも胸に刻んでおります。
また、ある時はいくつか上の先輩に、調理場での自分のあり方について朝まで
喫茶店にて様々なご自身の体験談をふまえながら、教えていただたこともあります。
私はまだ業界ではかなりの年少者ですので諸先輩方を大きく二つに分けるとすれば、
主人グループと若主人グループになります。
主人方には前述したいわゆる「精神論」を、
若主人方には「具体的な事項」を教わります。
いずれもすべて、組織を背負っている方ばかりなので当たり前の話ですが、
大学の時の同期生やその辺のことつるんでいるより、
はるかに自分を成長させてくれる方ばかりですのです。
本当に皆様には感謝している次第でございますので、
皆様来年度も宜しくお願い致します。
投稿者 culin : 21:01
人と自然と ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
四季折々に姿を変える庭の木を見て、不思議な気持ちになる。
なぜ木々は、自然のサイクルに合わせて、
春には芽吹き、夏には緑濃くなり、秋には紅葉し、冬に散るのか?
散った枝には、すでに、少しだけ膨らんだ新しい息吹が感じられ、
春にはまた、新しい葉が一斉に芽吹き始める。
その順番は、逆になることも、入れ替わることもない。
毎年、同じ季節に同じ事が起こる。
季節の移り変わりを木そのものが肌で感じ、状態を変えていくのである。
それに対して、人はどうなのだろうか?
季節により、状態が変わっていくのだろうか?
また人は、季節の移り変わりを直接肌で感じることができるのだろうか?
人は、自然の変化を見てはじめて、季節の移ろいに気付く。
木々のように、自然のサイクルにあわせて、状態が変わることはない。
人自体は何も変わらないのである。
変わるのは、周りにある自然のものだけで
それらにふれることによって初めて、
人は、季節の移ろいを感じることができるのである。
自然に身を任せるのではなく、常に自然に働きかけた人は
自然の変化を最小限に抑えようとした。
その後は、自らの利便性を図るため、自然をどんどん排除していった。
まるで、自然を制覇したかのように・・・。
直線のコンクリートジャングルは人の心を常に緊張させ、
ストレスが増大していった。
自然の曲線は、人の心を和ませる。
排除していって行き着いた先は、自然への回帰であった。
自然の一部を身近におき、自然に触れることで、
季節の移ろいを感じ、自然の中に戻っていく。
木々が、姿を変えていくように、人も姿を変えていった。
投稿者 culin : 23:59
♪クマの~プ~♪ ◆ 右源太・鳥居宏行 ◆
♪クマの~プ~ クマの~プ~ 丸々としたチッチャいクマ~♪
100エーカーの森では、クマやらブタやらロバとかタイガーまでが
仲良く暮らしているという噂を耳にしますが、最近、貴船の森では
月ノ輪グマが絶滅の危機に瀕しています。
原因は以前にも書いたかもしれませんが、
植林のバランスが針葉樹に偏ってしまった為です。
でも一昨年は台風が多くて、森の木ノ実が全部落ちてしまって、
普段はもっと山奥で暮らしていたクマたちが
エサを求めて、たくさん貴船までやってきました。
クマ達はどうやら鉄道マニアだったらしく、
線路際で叡電のキララ号を気分良く眺めていました。
ところが、地元の小学生はクリストファー・ロビンのようにクマとお話ができません。
危ないと思った先生達は、学校を休校にしてしまいました。
しばらくして、私の所属する猟友会が仕掛けた猪用の罠に、
間違って母子クマが入ってしまうという事件が起こりました。
クマは鹿と違って、もう数が少なくなってしまいましたから、
狩猟してはいけない事になっています。
どうしたものかと悩んだ末、役場に相談したところ、
兵庫県から専門の調査委員がやって来ました。
彼らは先ず吹き矢で麻酔を打ち、
動かなくなったクマを慣れた手つきで身体測定しました。
そして注射器のような物で、クマの耳たぶにマイクロチップを挿入しました。
これで固体が識別できるのだそうです。
調査が済んだら、クマをドラム缶の中に入れ、
口と鼻に辛子を塗りたくり、なんと爆竹花火に火を点けました。
バババババ!!!
お母さんクマと子グマは飛び起きて、一目散に逃げて行きました…が、
まだ麻酔から覚めきっていない上に、ショックが大きすぎて、
普通なら緩やかな斜面を選んで逃げる筈なのに、
真っ直ぐ進もうとするから急斜面に向かってしまい、なかなか逃げられません。
それに、子グマも我を失ってしまったのか、お母さんとは別の方向に行ってしまいました…
なっ!何ちゅう事すんねんっ!!!
でもそれは、もう二度と人里に出てこないように、
人間に対する恐怖心を植え付けるために、どうしても必要な処置なのだそうです。
可哀想に思いますが、チップを付けたクマがもういちど人里に出てきたら、殺すしかないのです…
私もロビンのように、クマと話は出来ませんから、もし森で不意にクマと出遭ったら…
銃を持っていても、やっぱり怖いです。昔、猟友会の会長だった猟師の師匠は、
猪を狙って手負いにしてしまい、怒った猪が又ぐら目掛けて突進してきて、
キン○マを一個失うという大変な重症を負ったことがあります。
もしも相手がクマだったら、師匠はその時死んでいたでしょう。
もし貴方がクマに追いかけられるような事があったら…(ある訳ないやろって?)
上に行かずに下に逃げて下さい。(クマは登るより降りる方が苦手ですから)
…とは言うものの、20世紀前半のイギリスでは、
クマに対する認識は非常にフレンドリーなものだったようで、
クマがペットとして飼われていた事もありました。
プーのモデルになったウイニーというアメリカクロクマも、
カナダ陸軍王女連隊のマスコットだったそうです。
添付の絵は、10年前に売り出された、カナダの45セント切手です。
左上は陸軍の中尉がウイニーにミルクを飲ませているところ。
右上はクリストファー・ロビンがロンドン動物園でウイニーと遊んでいるところ。
左下はプーが100エーカーの森で仲間たちと一緒のところ。
右下はディズニーランドでハチミツをなめているプーです。
C.W.ニコル師匠のアファンの森でもクマをマスコットにしているし…
やっぱりクマは愛すべき友人ですね。
貴船の森にも、また以前のように、クマが自然に暮らせるようになったらいいな…
そうなったら、森に入る時には忘れずに“鈴”を持ってきてくださいね。
投稿者 culin : 19:57
大根 ◆ 瓢亭 髙橋義弘 ◆
ぐつぐつ、コトコト
なんだか楽しそうにいろんな仲間とはしゃいでる
やさしく、やさしく
あんまり触ると壊れちゃう
ほくほく、はふはふ、
フーフーと、大きいまま急いで口に運ぶ
あちーっ!もうっ!
たまに、跳ね返されて落っこちたり
自分が悪いのに人のせい
あ~ほっこり
でも口の中はズルズル
皮がめくれちゃう
おでんの中の大根はみんな大好きですよね~。
(嫌いな人は許しません)
煮汁をたっぷり含んで、口に入れたときのほろほろ感はもうたまりません。
熱いってわかってても頬張って食べてしまいます。
旬を迎えるこの時期の大根は、おいしさ爆発!
一般的には青首大根が主流ですが、全国にはいろんな種類があります。
京都だけでも聖護院・青味・桃山大根などがあり、練馬・源助・守口・桜島大根など、
各地に個性的な形で存在し、それぞれに風味や味わいが異なっています。
生のまま、加熱して、干して漬物といったように、
それぞれ適切な調理法によって楽しむことができ、風土を感じさせてくれます。
根菜はその土壌の栄養をしっかり吸い込んでいるので、
栄養価はもちろん、甘み・辛味・苦味・渋みといった味の構成も様々。
よく大根の苦味や香りが苦手という方もおられるので、
一度湯がいてから炊かれる方も多いと思いますが、
私は大根のその個性が好きなので、あえて濃いめの出汁でそのまま炊いています。
私が好きなのは干し貝柱の出汁。
干し貝柱と昆布を一晩水に浸けておき、そのまま乱切りした大根を加えて火にかけます。
大根に火が通ったら、刻んだ油揚げを加え、少量の塩と醤油・みりんで味を整え、
片栗粉でとろみをつけるだけ。
香りに柚子や生姜を加えれば、とんでもなくおいしくなります。
父の友達の青森の方が、毎年干し貝柱を送ってくださるので、
相性の良い食材を探しみたら、大根がとっても似合っていました。
冬の大根は消化を助け、栄養価も高く、昔から風の予防になると言います。
これから寒さも厳しくなる折、
アツアツの大根でしっかり体を温めましょう。
投稿者 culin : 19:15
誕生日! ◆ いもぼう 平野家本家 北村晋一 ◆
12月12日で33歳の誕生日を迎えました!
13日から、京料理展示大会があるため、その準備でバタバタしていて
当の本人はすっかり忘れていたのですが、
昼過ぎに友人からHappy Birthdayメールが届いて気付きました(^_^;)
それでも仕事中だったので、しばらくしたらまた忘れてしまって、、、。
仕事が終わって、帰宅途中に知人のところへ寄り道をしていると家内から
「今、どこ?待ってるんやけど!」って電話が、、、。
慌てて帰路につき家に帰ると子供達が、
折り紙でプレゼントを作って待っていてくれました(*^_^*)
普段なら、幼稚園があるので寝ている時間だったのですが、、、。
そして、家族5人(6人)で、ささやかながら誕生日会をしました!
その時に子供が、「お父さん、早く帰ってきてくれへんかったら、
ケーキ食べれへんかったやんか~」
思わず、「ケーキ食べたかっただけかい!」ってツッコミそうになりましたw
でも、誕生日に家族揃ってお祝い出来ることは、本当に幸せなことだと、つくづく思いました。
投稿者 culin : 20:59
顔見世 ◆ ぎをん 梅の井 三好 徹 ◆
12月9日に穴を空けました、三好です。
申し訳ございませんでした。
事始めも終わり、祇園でもほんとうに暮れという雰囲気になってまいりました。
京の年中行事であります、南座吉例顔見世のまねきも
先月25日にあがってから、すでに半月以上もすぎ、
『中村勘三郎』襲名披露の舞台も最後なので、連日大入り満員だそうです。
江戸『歌舞伎座』から2年をかけ全国を回り最後に京『南座』で締めなんてゆうのも
京都っ子も嬉しいんではないでしょうか。
もし顔見世に行かれる事がありましたら、2Fロービーにかかってる『まねき』も
見にいって下さい。勘三郎丈といっしょに全国をまわった、
まねきが飾られています。
南座 顔見世恒例の竹馬とはちょっと違った雰囲気ですよ。
南座にまねきがかかると師走だなぁと思い、雪がちらほらと舞い、
まねきは三段ひしめきあってかかっていた記憶があります。
最近は二段になり、雪どころか、へたすると半袖の人もいるぐらい
(オーバーかな)暖かいですね。
情緒もへったくりもありません。
それでも、京都はいろんな年中行事がありまして、
ほんとうにすばらしい『四季』があります。
大事なことですね。
まねきといえば、今日『十日えびす』の看板も祇園四条にかかりました。
来年のことを言えば鬼が笑うと申しますが、おけら参りが終わって、ちょっとしたら
もう十日えびすですわ(^_^;)ほんまに早いですね一年間。
いつもながらあっとゆうまです。さてさて来年はどうなることやら…
来年と言えばまず年賀状!
今日15日は郵便局で年賀状の受付を始められる日なんです。
25日までに出した年賀状は特別扱いで元旦に必ず届くそうです。
といいながら、いつもギリギリにしか出さない僕がいますがね(;>_<;)
それでは、みなさま
よいお年をお迎え下さいませ。
来年もよろしくお願いします。
投稿者 culin : 17:51
すっぽんかまされた。 ◆ 修伯 吉田修久 ◆
皆様、11月の紅葉シーズンこんな話をカウンター越しに聞きました。
客A「昨日、本当にあの店に行かなくて正解だったね。」
客B「そうだね、ちょっと体力的に無理だったね。」
客A「それに、渋滞してたしね。もし、行ったとしても間に合わなかったね。」
客B「なかなか予約が取れないって言ってたけどもう一つのy店も美味しかったよね。」
客A「ね、もしもの時の為に二軒予約して、どっちかに行けば便利でしょ。」
客B「でも、キャンセルの電話しなくても良かったの?」
客A「ドタキャンの電話ってかけづらいじゃん。」
客B「それもそうだね。」
世にも恐ろしいこんな会話が交わされていました。
私は、滋賀県出身なので京都に修行に来るまで
「すっぽんかまされた」なんて言葉知りませんでした。
しかし、いざ自分がされてみると自然に「すっぽんかまされたー」と叫んでいました。
ドタキャン、予約だけで来ない、観光シーズンになると増える気がするのは私だけでしょうか?
私の店では予約のときに常連さんでない場合は
携帯電話と自宅の電話番号と両方の電話番号を聞くように昨年からしています。
これでかなり減りました。しかし、観光シーズンになるとどうしても何軒かはあります。
それに、予約時間になっても来ないので電話をしてみると
「キャンセルの電話しましたよ」って逆切れされ、
従業員に聞いてみると誰も聞いてなくて、
どちらも疑うわけにもいかず結局席が空いてしまいます。
20分連絡がなく予約時間から遅れていると胃がキリキリと痛くなります。
もちろん、ごくごく一部の話なんですが皆さんも感じる事はありませんか?
投稿者 culin : 22:25
本日のぼやき その5 ◆ 滋賀 比良山荘 伊藤剛治 ◆
あー エライコッチャぁー。知らんうちに12月。
今年は暖かかったせいか、油断しておりました。(ちゃんと、年を越せるやろうか?)
今頃になって焦ってみても、時間は待ってくれまへん。
いよいよ今年最後のぼやきで御座います。
1年を振り返り、世の中を騒がしたニュースといえば
家庭では、親が子を殺し、子が親や家族を殺す。そうかと思えば
学校では、イジメによる自殺や少年犯罪。
日本人のモラルの低下だ!!
などと、わかりきった事を政治家や役人は言うけれど、一番心配なのは
言ってる本人のモラルの低下とちがいますか?
国が悪い、時代が悪いとばっかりわたしたちは言ってはいられないけれど
ハッキリ言えることは、どう考えたって、子供より大人の根性が悪い。
大人がしっかりせんとあきまへんはなぁー。
日本人として大切な気持ちとは何か? 具体的にモラルとは、いったい何か?
私は、やはり“ありがとう” “ごめんなさい“の心ではないかと思う。
そして、その心を表す表現が“合掌”ではないかと思う。
宗教色の強い事を言いたいわけではないが、我々現代の人間は、大人も子供も
そういう気持ちに欠けているように思う。
先日、比叡山のお坊様とお話ししていた時、こんな話をして下さった。
「私たち日本人は、米を主食として当たり前のように食べていますが
その一粒一粒は”種“です。
大地に落ちて八十八夜を過ぎれば、また立派な稲穂を実らせます。
つまり、イネ族にとっては大切な子供を刈り取って、我々はその命をいただい
ているわけです。」
アーやっぱり、ありがとう and ごめんなさい やぁー。
わたし風に言うと、“おおきに、すんまへん”ですなぁ。
来年も、この精神忘れんように皆さん頑張りましょう。
合掌。
投稿者 culin : 20:55
「うまい」ってなんだろう? ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
個人的な判断だ! と、言ってしまえばそれまで。
「うまいね」と一緒に食べる人と心が通う共通の話題になる。
個人的な味の深さはそれぞれだが、それなりに合意してくる。
個人的な味を共有しはじめる。
これが「うまいね」の中身を考える糸口にしてみる。
まず、味わえるものを数えてみよう。
「うまい」と感じることの出来る諸々を数えるわけだ。
舌が最初だろう。続いて、目でも鼻でもいい。
そして、歯触り。焼き物なら、焼き上がりの音。
いわゆる五感だ。それだけだろうか?
第六感は主に予知能力として働くが、味を想像するには良く働いてくれる。
この第六感にはどんな物をどのように、どこで、だれと食ったか…
1H5Wという食の履歴書が詰まっている。
いわゆる想像力を支えるデーターベースだ。
なかでも誰と一緒に食べるかは重要だ。
恋人なら、最高だろう。クリスマスは絶好のチャンスだ。
もっとも喧嘩中なら、最低だが…。
まだある。景色。ロケーションだ。
光と花に満ちた高原。
せせらぎの音と小鳥のさえずりに囲まれての食事。
夜景のスカイラインを眺めながら、ジャズに酔いしれるひと時。
三味線の音色が流れてくるお座敷。
料理の範疇は、食事としての時間へと広がっていく。
普段なら、はき出しそうなほど不味いものでも
「うまい」ものに変わる瞬間がある。
料理を取り巻く環境が料理を上回っていれば、
おのずと関心が他に向かい不味さは無視され、雰囲気のうまさが勝るからだ。
料理人としては悲しいことだ。
しかし、料理以外のもので「うまい」と感じる仕組みは勉強になる。
器の中の世界だけを人は食っているのではないからだ。
「うまい」を料理の味のことと思いこんでいたが、
人は景色や時間を料理と共に食って、「うまい」と言う。
そうであるなら、景色や時間を料理できないだろうか?
そうそう、随分昔に読んだ萩原朔太郎の「詩の原理」を思い出した。
詩は動で、散文は静。芝居は動で、絵画は静。
動は時間芸術だと書いてあったように記憶している。
間違っているかもしれないが、すると料理は時間芸術。芝居と似ている。
「うまい」芝居や料理は人のなにに触れて、喜びに代えるのだろう。
いい話をきいた。「うまい」ものを食ったときは、
いい恋愛をしているときに出るホルモンが分泌していると。
なるほど、目標が見えてきた。そういう料理が作れるようにがんばろう。
投稿者 culin : 21:14
材木と箸 ◆ 懐石・宿 近又 鵜飼治二 ◆
我々の食生活に欠かせない『木材と箸』についてのコラムを書かせてもらいます。
日本書紀の神代の部、樹種に、
〔すさのうのみこと〕が言うに『韓(から)の国には金銀がある。
それを得るために、わが御子の治める国に船がなかったら良くない』
そのために〔すさのうのみこと〕が次々と髭をぬきとったところ「杉の木」となり、
胸毛を抜き取ったところ「桧」となり、尻の毛は「槇」の木、眉の毛は「樟」の木となった。
さらにその用途を定め、揚言して言うには『杉の木と樟の木は船に作るのがよい。
桧は立派な御殿を作る用材にする。槇はこの世に生きとして生きる者の墓の柩に用いるがよい。
食用となる数々の種は、よく蒔いて育てなさい。』このように言ったと記されています。
わが国の木材の需要のほとんどが輸入に依存しているほど、
材木が不足している現在なら〔すさのうのみこと〕は
毛を抜いても抜いても追いつかず完全に無毛症になっていることでしょう。
なお、〔すさのうのみこと〕の御子、〔いとたけるの神〕が初め天降った時に
沢山の樹の種を持って降った。
しかしこれを韓の国には蒔かずにことごとくわが国に持ってきた。
そして妹の〔おほやずひめのみこと〕と〔つまつひめのみこと〕と共に
筑紫を始めとして大八洲(おおやしま)の八つの島のいたるところに蒔き、
どの山も青々とした山に変えた。
それゆえこの三神を称えて手柄のある神とし紀伊の国に祭ってある、と記されています。
しかし、わが国には戦争中に乱伐されたこともあり、大木はほとんど皆無の状態です。
さて、そのほか箸を地面に差しておいたら、だんだん大木になったという話が全国的に
伝説として方々で語り継がれています。
東京墨田区 吾妻神社 日本武尊〔やまとたけるのみこ〕
埼玉県北足立郡 土呂の神明社 源義経
山梨県山梨郡 小屋舗村 日本武尊
山梨郡等々力村 万福寺 親鸞聖人
新潟県北蒲原郡分田村 都姿の松 親鸞聖人
滋賀県犬上郡 百済寺 聖徳太子
滋賀県海部郡芝村 不動の神杉 弘法大師
このように土に差した箸がみるみる成長する話が全国的に広く語り継がれているのは、
その人の偉大さを讃える作り話でしょうが、できることなら内地産の木材の深刻な
不足解消のため〔聖徳太子〕や、〔日本武尊〕などの皆さんにお帰り願って
ジャンジャン御箸を差していただきたいものです。
投稿者 culin : 22:22
日本料理とクリスマス ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
ピンチヒッター2日目の広報渉外委員長@髙橋です(^^;
12月に入ると街のそこかしこでクリスマスの飾りつけがされ、
TVでもクリスマスムードいっぱいのCMが流れたりします。
クリスマスは我々、日本料理の業界にいるものにとっては
年末のおせちの仕込みに向けてのちょっと一息とも言える時期です。
何故なら、クリスマスに日本料理を食べにいらっしゃるお客様が
少ないからです(ToT)
日本においてクリスマスがこれほどまでに定着し、
12月の行事として欠かせなくなってきた中で
外食産業において、これほど和食と洋食でお客様の入りに
差が出る日は珍しいぐらいです。
高級レストランは予約でいっぱい、ホテルのスイートルームも満室、
の一方で日本料理店や旅館はがらんとしています。
料理屋さんによってはお休みと決めているところもあります。
なんかさびしいなぁ・・・。
でも、今年はそんな料理屋メンバーで丸鍋を食べに行く計画です。
世間がクリスマスでケーキを食べている時にすっぽんを食べる料理人達(笑)
そう、冬は鍋ですよ、鍋。
「クリスマス」と言う響きにあんまり縁がない方、クリスマスは置いといて鍋でも食べませんか~?
投稿者 culin : 23:59
包丁と日本刀 ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
本日ピンチヒッターの髙橋です。
写真に写っているのは日本刀ではありません。
これはマグロを捌く時に使う包丁です。
中央市場などのマグロを扱う魚屋さんで使われています。
見た目には日本刀のように見えますがまったくの別物です。
このような長い包丁は特殊な用途に使われるものですが
基本的には「包丁」として作られています。
日本刀とはまったく違うものです。
包丁が基本的にはやわらかい物(食材)を切る事を
目的としているのに対し、日本刀は硬いもの(よろいなど)も
切れるように作られています。
包丁では食材や切り方によってさまざまな形の包丁がありますが
日本刀にはそう言うものはありません。
刃物の話になりますが、刃物の要素には硬度、靭性(じんせい)が有ります。
硬度は切れ味に繋がり、靭性は折れ難さや欠け難さ、粘りと言ったものです。
日本の刃物は鋼が基本となっていますが、包丁と日本刀ではその使い方が異なります。
本焼きは別として、一般的な包丁は鋼の部分に軟鉄を貼り合わせて形を作ります。
鋼の部分だけでは折れやすく、また、研ぐ時にも硬い鋼だけだと研ぎにくいからです。
刃先は片刃がほとんどです。
一方、日本刀は内側に柔らかい鋼を芯とするように外側に硬い鋼を付けています。
これにより折れにくい刀身が出来ます。片刃では簡単に欠けてしまうので
両刃、それも蛤刃(はまぐりば)と呼ばれる刃のつけ方をします。
また、日本刀には反りがありますね。
鞘と刀身が合わないことを「反りが合わない」と言って
相性が悪い事のことわざになっていますが
反りは馬上から振り下ろした刀が地面に刺さらないように
付けられています。
戦国時代以前の刀は「太刀」と呼ばれ、刃を下に吊るす形で身に付けました。
馬上からよろいごと相手をたたき切るのが太刀の役割で
江戸時代になってからは薄く、反りも少ない「刀」となりました。
武士にとって日本刀は「魂」と言われましたが
調理師にとっても同様に包丁は「魂」ともいえる大切な道具です。
心を磨くように研いでおき、常に切れる状態を保っておくのが基本です。
投稿者 culin : 23:59
私の好きな言葉3 ◆ 鶴清 田中信行 ◆
今回は、松下幸之助氏の言葉を載せようと思います。
「他人から学ぶ」という当たり前のような言葉なのですが、
なかなか難しいように思います。
また、色々な方が言っておられるみたいで、
誰かは分からないのですが、「我以外皆我が師」という言葉も
これに似た言葉のように思えます。
自分の尊敬する人が言っていることならすんなりと入ってくる言葉も、
あまり親しくない方に批判されたりすると受け入れられない自分がいます。
また、父や母などの身内の人間の言葉もなかなか
受け入れられないものだと思います。
また、お客様からのクレームなどは非常に落ち込みます。
しかし次に同じクレームは来ないように努力し
改善していけるために言ってくださっていると思い、
感謝の気持ちを持って誠心誠意対応する必要があると思います。
このようなちょっとした当たり前の言葉でも、
よく考えると奥が深いものだと思います。
どんな人の言葉でもめんどくさがらず、耳を傾けようと思います。
※ 文中青字のリンク先は「ウィキペディア フリー百科事典」の各項目に繋がっています。
投稿者 culin : 20:41
都心のド真中にキャベツ畑! ◆ 東京 日本橋ゆかり 野永 喜三夫 ◆
11月22日、東京都新宿区新宿副都心
都庁前の広場に突然!キャベツ畑が出現した。
何と都庁前の広場一面に2千株ものキャベツが
ずらり並び、まるでどこかの高原に来ている
ような風景だったそうです。
いや~キャベツもまるでアート作品のように
なるなぁ~という意見もあり。
展示を終えたキャベツをゆずってもらい店へ。
近くで見るとこれまた!でかい、
根付きで植木鉢付きなので
回りの葉が広がり見事なキャベツで!
今も枯れずに元気ですが・・・
たまにお客様がそのキャベツうまそうだなぁ~!
それ~食わせろと我がままを・・・
それでも食べられずに
今でもお店の飾り棚に置いてあります。
このキャベツ企画は年々都内の農地や生産者、
後継者不足などの状態を深刻に思い、
そこで都市の元気な若手の農家さん達が手塩に育てた東京育ちの安心で安全で
美味い野菜(キャベツ)などを皆様方にもっと知ってもらうためにとピーアールイベントしたものです。
これからは東京でもおいしい野菜ができることを皆様へ知ってもらうために
農家さんだけでなく、何か僕らがお手伝いするなら京都のように
東京の料理人達も東京野菜「江戸野菜」を
一緒に積極的に料理に使いアピールし、地域の伝統文化を守って京都、京野菜みたいに
お互い活性化して行くのが夢ですね。
ちなみにこのキャベツは展示後、都内の小中学校や幼稚園などに無料で配られ
キャベツはこんな風に土から力強く生えるんですよ~と説明し最後は給食などに使われたとか・・・。
これも食育、食育。
投稿者 culin : 20:55
冬仕度と猿と鹿 ◆ 右源太・鳥居宏行 ◆
少し前の事になりますが、茶室の炉と客室の囲炉裏を開きました。
茶室では夏の間、熱い炭火を少しでも遠ざけるために炉を閉まって、
風炉釜を茶室の隅に追いやって使っていたものを、元に戻すのです。
この作業は兄弟子に指導してもらいながら、
そのご子息にも手伝ってもらい進めました。
①まず、炉の部分が欠いてある畳と入れ替えます。
うちの茶室は大正時代に曾祖父が作ったもので床が真っ直ぐではありません。
(八畳間の端と端で高さが5cmずれている)床板に畳の切れ端を敷いたりして
高さを合わせるのに一苦労です。
②半年間隠れていた炉が出現します。そこに灰を少しづつ入れていきます。
③五徳(三徳?)を置いて…
④ベストポジションが決まったら、灰を整え、釜を置きます。
⑤炉開き完了!(兄弟子とご子息、ありがとうございました)
同時に、ここ貴船では狩猟&鍋のシーズンが始まりました。
客室も“鍋仕様”にする為、「炉開き」ならぬ「囲炉裏&掘りコタツ開き」をします。
畳をめくって掘りコタツを出現させ、百キロ近い重さのカバ桜製囲炉裏テーブルをセットして、
五徳と灰を仕込みます。
小部屋に仕切る為に建具を入れて、各部屋にダイヤル式の4号黒電話をセットして
小人数用の堀コタツ囲炉裏の間が5つ出来ました。
準備万端!そろそろ、猟師仲間が良い獲物を仕留める頃やな~と思っていたら、
鹿のセセリ身を大量に貰いました。(本当は猪が欲しかった!)
前にも書きましたが、最近は本当に鹿が多い!この辺の道路では昼間は猿が
夜間は鹿が大手を振って歩いています。それに慣れてしまう自分も怖い。
とりあえず当分の間、賄いは鹿ハンバーグでんな~
投稿者 culin : 19:15
流れ行け ◆ 京都吉兆 徳岡 邦夫 ◆
古来より日本人は、季節の移り変わりを感じられる感性を大事にしていきました。
その感覚が優れた人が才能のある人と認められてきました。
ストレートな表現ではなく、自然の移り変わりを人の気持と重ね合わせて
表現する習慣があったからだと思います。
勝ち負けをわかりにくくすることで、もしくは自分の気持をわかりにくくすることで、
決定的な争いを避けれたのだとも考えます。
その事は、和歌や茶道、香道などあらゆる日本文化の根元となっています。
日本料理においても、そういう手法が今尚使われています。
他の料理屋さんでは、華美に飾り立てる事を嫌う風潮もあるのですが、
私共では、その表現方法で情熱をお客様に伝える事を大事にしています。
当然、日本料理と言っても様々な考えがあっても良いと思います。
私の中では、茶事の中の懐石の考え方が基本となっています。
しかしそれは、桃山時代の形を真似る事ではありません。
現在の方に伝わる方法でなければ意味のないものになってしまうからです。
当然、レシピで置き換えられるものでもありません。
「八寸」という日本料理カテゴリーに関する背景について考えてみました。
「八寸」と言う言葉の語源は茶の湯の大成者利休居士が
京都洛南の八幡宮の神器からヒントを得て作ったといわれるもので、
そもそもは、八寸角の杉のへぎ木地の角盆を意味しました。
やがて、それに盛られる酒肴のことを意味するようになり、
現在では献立の名称となっています。
献立名である「八寸」とは、一期一会の好機を得て主となり客となった喜びをこめて、
亭主と客が盃をかわす場面でだされるものをいいます。
正式には八寸四方の杉のお盆を使い、酒の肴として、海のもの(生臭もの、海の神)と
山のもの(精進もの、山の神)を合わせて出すことが決まりとされています。
それは、神器の上に海の神と山の神を合わせて、
海と山を合わせて森羅万象を表現していると思います。
「八寸」は、八寸四方の杉の木地のお盆を十分に湿らし、
流儀によって違いはあるのですが、表千家の場合、右向こうに海のもの、
左手前に精進のものを盛り、手前に両細の青竹箸を濡らし、露をきって添えます。
また、客の数よりも多く(通常、お客さんの人数+御代わり1名分+亭主用1名分)
盛り付けるようにします。
もう少し食したい、飲みたいという お客様の気持ちに、
即座にこたえる事が出来るようにです。
懐石の献立には、向付、煮物、焼物、強肴、湯とう、など色々な料理がありますが、
亭主と客が親しく杯をかわして閑談するのがこの「八寸」の時で、
最もくつろぎの一時であると言えると思います。
また、「八寸」は、コース料理の中で特に視覚を刺激する料理ですので、
他の料理とのコンビネーションが大切です。
つまり、聴覚、味覚、嗅覚、触覚に特化した他の料理との組み合わせや、
献立全体を通した場合の起承転結も考える必要があります。
茶事の中で花を最も貴ぶのは、次の瞬間には消えてしまう自然の中の生命だからです。
弘法大師が「流れ行け、流れ行け…、生の流れは逝いてとどまることがない。
死ねよ、死ねよ…死は全てのものに来る」と言ったように、
最終的には生きるもの全てに「死」が訪れるわけですが、
それはつまり、「変化」だけが唯一の「永遠」と言え、この変化するものを愛しむ
輪廻の考えに通ずるものであると思います。
同じように、花や自然の中にも、そして自分自身もやがて消えてなくなる儚さを
見ることが出来るからこそ、茶事の中で、自然の中に存在する花を尊い存在と
位置付けたのだと思います。
現在の京都吉兆料理では、その自然の中の瞬間を切り取りデフォルメする事により
亭主が、客を思う気持や情熱を伝える方法が「八寸」なのです。
つまり、「人間である自分自身も自然の一部で、花と同じではないか。
それは、客も亭主も皆同じである。従って、考えが違ったり、行動が違ったりしても、
同じ人間として、自然の一部として共通部分を見つけだし、
互いに助け合っていきましょう」と言う事を暗示しているのです。
そしてその気持は、一方向ではなく、互いにやり取りが在るから
明日への生きる活力になるように感じています。
投稿者 culin : 19:45
ピンチ↓ 松たけぇ~ ◆ 平等院表参道 竹林 下口英樹 ◆
「お客さん、今年も国産の松茸が少なくなって、
どんどん値上がりしてます。今年がこの値段で
食べられる、最後の丹波の松茸かも
わかりませんでぇ」
「あら、そうなの 何だか寂しくなるわねぇ↓↓」
こんな話をお客さんとし、松茸のシーズンは
試行錯誤の仕入れをしながら電卓を毎日、
何回もたたく 頭が痛い時が終わって
『ほっ』としたのも束の間の1ヶ月前
「ちょっと、うちの庭の松、
葉の色が所々黄色くない!!」
「いやぁ~ 秋やし、松もたまには
紅葉しとるんちゃうかぁ」
「あぁ~ なるほどねぇ。
うん???そんなわけないやんけぇ、
早よっ 造園やに電話しな
あかんやんけぇ」
「頭領、どないでっかぁ」
「あぁ~ 深刻やねぇ もう75%が枯れとるなぁ」
「でも、まだ葉は青いですし新芽も所々出てきてますやんかぁ」
「いやぁ あかんやろうなぁ 松とか先の葉が年中青い木は 難しいんやぁ
素人目で 黄色いとか枯れかけてる?と思った時は、ほとんどが
もう枯れとるや 正月の門松やら、料理に使う松葉もそうやろ
切ってほっといても、何日も青々しとるやろ、それと同じことやぁ
今年は特に山や庭の 枯れる訳のないところの松なんかが
以上にあかんようになってるんやぁ
日本の気象情況の変化やろうなぁ 今年だけじゃないやろなぁ」
ショック、菊屋の時からあったであろう200年以上も経っている
自慢のでっかい五葉松、これが枯れてなくなる?
信じられない… というか受け入れられない↓↓
とりあえず、全力を挙げて、HB-101から活性炭のシートを巻いたり
神様、仏様に頼んでみたり、尽くしてまいりましたが、
いよいよ、12月になって五葉松も所々、黄色い枝が明らかに目立ってきました
何だか、「ガン」を宣告された、我が子を見る思いでかなり落ち込んでいます。
「あぁ 来年はこの松が見られなくなるかも知れへんねんなぁ↓↓
そういえば、山の松もすごく枯れているらしいから、
来年はもっと、地の松茸が取れなくなるなぁ、
何だか寂しいようなぁ 頭が痛いような 松に縁のない秋やったなぁ
落ち込んでいてもしょうがないから 次の代に替わる松でも探すか?」
暇を作っては造園やなどを見て回り話をしましたが
五葉松のそのサイズは滅多に無なく、
有ったとしても200万~300万以上はするんだってさぁ (笑)
笑うしかない しかし 「松たけぇ~」 痛いなこれ
誰か松が生き返る方法おしえてぇ~
PS 今年の様に春が寒く、根の活発になる時分が少なくなり
すぐに梅雨に入り雨が多く、夏にはものすごい猛暑となる
今年のような気象情況には、くれぐれも庭の手入れを大切に!!
来年はあなたの庭の木々が失われるかも...
※ 上が5月の元気なときの写真、下は枯れてきた時の写真です。
投稿者 culin : 19:22
慶事 ◆ 岡庄 岡 豊雄 ◆
お祝い事はたくさんありますが、
今回は子供に関することで書かせていただきました。
まず帯祝いです。
安産と子供が丈夫に育つことを祈願し、
腹帯を巻く習慣を帯祝いと言います。
五ヶ月目の「戌の日」に行います。
次に出産祝い
親しい人たちに出産を知らせます。
出産祝いを贈るときは子育てをバックアップするものが喜ばれますね。
子供の衣服などを贈るのがいいのでは、
また、現金を贈ったりするのもひとつですね。
お七夜
子供が生まれてから七日目の夜をお七夜と言います。
最近はあまりされない傾向ですが・・・
以前はこの日までに名前を考えたみたいですね。
お宮参り
子供がはじめて産土神や氏神にお参りします。
親子で写真を撮ったり、お祝いの食事をしますね。
だいたいは、男子は生後三十日、女子は生後三十一日目ですね。
食べ初め
食べ物に困らないようにと願いをこめて、
初めて子供にご飯を食べさせる行事です。
だいたい生後百日目前後に行われることが多いようです。
ご飯茶碗と汁碗、皿、湯のみや箸などをお膳にのせ、
お赤飯や尾頭付きの鯛、香のものやすまし汁、などの祝い膳を調えます。
この膳に小石を乗せた小皿を置いて、丈夫な歯が生えるように祈る風習があります。
少しだけお祝い事を書きました。今日はなにげに私の32回目の誕生日でした。
鯛のお料理と、前に作った梅酒でお祝いします。かんぱーい!!
投稿者 culin : 17:11
こだわりの包丁を語る 第四弾 ◆ 下鴨福助 安念尚志 ◆
今回は包丁に関連して研ぎの話をしようと思います。
小刃って知ってます?包丁の刃先の先端のことですね。
最初聞いたとき何のことかわかりませんでした。
僕が包丁に興味を持って堺の包丁屋さんに
いろいろ教えてもらったことのひとつがこの「小刃合わせ」です。
「小刃(糸刃)あわせ」とは包丁を仕上げ砥石で研いだ後に行う作業のことです。
刃を少し立てて2,3回さっと研いで刃の返りを取るを作業のことです。
このひと手間を加えることによって刃先の強度が増して長切れするようになります。
最初教えてもらったときは刃を立てて研ぐのにはかなり勇気が要りました。
せっかく研いだ刃が欠けそうに思いますから。
おそるおそる砥ぐとなかなか良い刃がつきませんでした。
慣れてきて思い切って研げるようになると小刃のよさがわかるようになりました。
ところで人造砥石でこの切れ味がでるのなら天然砥石では?と思って
同じように研いでいたら思っていたような結果がでません。
いろいろ試してやっても駄目だったので包丁屋さんに聞いたら
天然砥石には必要のない作業だったのです。
天然砥石と人造砥石とは研ぎ方が微妙に違うことがわかりました。
人造砥石は使う前に10分ほど水につけてから使いますが
天然砥石はその必要はありません。
包丁を研ぎ終わっていつも不思議に思うというか
天然砥石のよさを実感できることがあります。
それは手がきれいなんです。
人造砥石で研いだ後に手をきれいに洗っても
爪の間に砥石の粉が入り込んで指先は真っ黒のままなんですが、天然砥石はちがいます。
まったく汚れていないということはありませんが人造砥石ほど指先が汚れません。
やはり自然のものだからかなと思います。やっぱり自然の物はいいですね。
投稿者 culin : 17:09
日本料理就職希望者の少なさ ◆ 学校法人 大和学園 飯 聡 ◆
本日は専門学校教育の現場から、ここ数年の
日本料理就職希望者の少なさについてお話ししたいと思います。
ご存じの通り、京都という土地柄、
多くの日本料理店が営業しそれぞれに繁盛しています。
求人件数も大変多く、各料理店の本校への期待の高さを伺わせます。
しかしながら、それら日本理料理店への就職を希望する者が大変少なく、
日本料理店からの負託に応えられない状況が続いています。
具体的な数値を言えば、本年3月に卒業した学生の就職分野での日本料理店就職率は
22.2%の結果に終わりました。
残念ながら本年度もほぼ同数値に推移しそうです。
どうして日本料理への人気が伸びないのでしょうか。
本校の授業科目に料理理論がありますが、
授業で日本料理を「食べた」経験を聞いてみたところ、
各クラスの平均が40%という結果となりました。
ここで言う日本料理とは、高級料亭や割烹だけでなく、
うなぎやふぐなどの専門店、回転ずし以外のすし店、
料理店調製のお弁当も日本料理としました。
また、京都以外の出身の学生も多いことから、
京料理店だけに限定することもしませんでしたが、
日本料理を食べた経験の少なさに驚かざるを得ません。
本校入学前の学生の多くは高校生であるわけで、
高校生が連れ立って日本料理店に外食することは想定できません。
両親に連れられた経験もないのであれば、
就職分野に日本料理を希望するはずのないのも当然なのでしょうか。
日本に生まれて、白御飯と漬物のおいしさをわかっているはずなのに、
お造り、てんぷらや焼き物、味噌汁やおすまし、
茶碗蒸しなどのおいしさもわかっているはずなのに、
日本料理を就職分野としないのは、なぜなのでしょう。
日本人で生まれたことの良さをもっと伝え、
日本文化のすばらしさを伝えれば、このことは改善するのでしょうか。
教員としての苦悩はまだまだ続きます。
投稿者 culin : 13:45