2006年11月24日

日本料理って何だろう?2                  萬重 田村 圭吾

先日11月10日の日本料理アカデミーのブログの中で
辻調理師専門学校の小山先生が「日本料理って何だろう?」と言う
テーマでお書きになられていました。

私も普段から少なからず先生がお感じになられている疑問を
持っていたので私も同じテーマで本日は書きたいと思います。
(小山先生には事前に了承を取ってあります。)

「日本料理」それはいったいなんだろう?

私は学生時代あるボランティア団体の遠征事業で
日本各地から集められたメンバーと海外に行き、
成田空港に戻ってまいりました。

その時に迎えに来て頂いたスタッフの方が「久しぶりの日本でしょ。そばでも食べますか?」
と言われ、ある人は「食べましょう。」と興奮気味に。
またある人は「東京のだしは真っ黒でしょうゆの中にそばが浮いているみたいで食べれない。
そばよりうどんがいいな。」という関西人もいました。

それを聞いたスタッフの方は「関西のうどんは湯の中に
うどんが浮いてるような出汁で薄いですものね!!」と返されました。

決してお互い怒っているのでなく冗談交じりの会話でしたが。
これを読んでいただいている方の中にも「そうそう。」と
うなずいている方も少なくないのではないかと思います。

このエピソードからも解るように同じ日本であっても
「美味しい」という感じ方は違いますし、
お互い十分にその地方の食文化について理解できていない面もあります。

私はその後、修行時代に3年間、関東にいたこともあるのですが、
なれると濃い口醤油のうどん出汁もあれはあれで
醤油の旨味と甘味がありなかなかのものなんだと思いました。

もちろん関西風のだしが良くきいた方が好きですが、
関西地方以外の方も出しの良くきいたものの美味しさを
感じて頂けると決して「湯にみたい」なんて言葉は返ってこないと思います。

私事ですが、関東で修行した時に、水物で「葛きり」を黒蜜でお出しした時に、
お客様にカンカンになって叱られたことや
(関東はかならず二杯酢で食べるとおっしゃっていました。)
神戸にいたときは「しゃぶしゃぶ」に必ず「たまねぎ」を
入れると言われたこと(淡路島が玉葱の有名な産地なため?)など
今思い起こせば、修行時代ただ料理の勉強をしただけでなく、
大変興味深いことを、学ばせて頂だけました。

私は小山先生のように理論的な表現で皆様に上手く伝えることが出来ませんが、
自分が体験した中で「自分と違ういっけん奇なるもの」でもそれぞれに意味があり、
それぞれの風土や考え方をベースに存在していて、
その本質を掘り下げて理解した上で物事を判断しなければいけないと思いますし、
それを知った上で賛否を主張することもまた大事なことなのかなとも思います。

我々日本料理アカデミーは今まだ京都の会員が多いので
どうしても「現代に存在する京都で提供されている京料理」というものを前提に
話をしているのかもしれませんが、
京料理といってもさまざまで茶懐石・有職・精進・仕出しなどさまざまです。

我々京都在住のアカデミー会員の中で料理の話をしていても、
違いを感じることが多く有ります。

だからこそ面白いのであり、交流することに意味があると私は考えます。
国内外は問わずそれぞれが自分の考えを明確に持った上で
それぞれの食に対することを理解し考える。

何処がいいとか悪いとかじゃなくて、「お互いの何故?」を理解し、
そこから学んだものを自分のものとしていくことが大切と感じます。

そういう意味で私は今後、京都以外の会員が増えていくことは期待します。

先日のフェローシップのシンポジウムの中で最後のテーマが
「これからの日本料理はどうなっていくのか?」と問いに誰も明確な答えが出せませんでした。

これはもちろんのことです。何故なら誰も解からないし、
誰もが解かること事だからです。

これから時代を作っていく人々が指示していくものが
「これからの日本料理」の答えだと私は思います。

100年後、出汁を使わず米も食べない日本料理になるか?

現在のようないろいろな考えが混ざり合った日本料理になるか?

進化はしつつ一昔前の日本料理にもどっていくのか?

それは国民の皆さんが決めていくことなのではないでしょうか?

ということを読者の皆さんに投げかけて今回の結びとしたいと思います。

投稿者 culin : 2006年11月24日 15:56