2006年11月19日

伝えるべきこと                   山ばな平八茶屋 園部晋吾

こんな話を聞きました。

欧州の古い教会で、神父が野良猫を飼っていました。
神父がお祈りをする時に、この猫が悪戯をしたので、
お祈り中は猫を紐で祭壇の足につなげるようにしました。

やがてこの神父が亡くなり、二代目の神父がやってきました。
二代目神父はその猫を同じように世話して、
お祈りの時は祭壇の足につなげるようにしました。

三代目の神父は、いつも猫を祭壇の足につなげてた先輩神父のことを思い出し、
自分も同じように猫を飼って、祭壇の足につなぎました。

四代目の神父は面倒くさがり屋だったので、生きた猫はやめて、
変わりに石の猫を祭壇の足の横に置くようにしました。

五代目の神父は、床に置かれている石の猫を邪魔だと思い、祭壇の上に置きました。

そして、六代目以降の神父たちは、その祭壇の上に置かれている石の猫を見て、
猫にお祈りするようになりました。
いつのまにかその教会では、祭壇に置かれた石の猫は神聖な存在になっていました。

面白い話だと思いますが、こんなことって我々の周りにいっぱいあるのではないでしょうか?
文化やしきたり、慣習だけでなく、料理の世界においても。

なぜそんなことをするのか?」 理由がわかっていれば、
状況に応じて、それをやめることも出来ます。
理由がわかってないと、昔からやっていることだしそうしておいたほうがいいだろうと、
実際は無駄なことまでやっているかもしれません。

人はつい、昔からやっていることを神聖化してしまうことが良くあります
長くやってきたことには必ず意味があると思ってしまいます。
そのため、もともとの意味は伝えられず、形式だけが伝わっていくことになるのです。

「なぜそんなことをしているのですか?」と問われた時、
「昔からやっているから」としか答えられないことが、山ほどあります。
今、その理由をしっかり追求して知っておかないと、
本当はやらなくてもいいようなことを一所懸命やっていたり、
逆にやらなくてはならない大切なことをしなくなってしまったりしていきそうな気がします。

伝えるべきことは、形式だけでなく、なぜそれをするのか、
その理由も含めていかなくてはならないと思います。

ワークショップやフォーラムというのは
そのことを自分自身に気づかせるとてもいい機会だと思います。
と同時に、人に伝えることの難しさも、ひしひしと感じる場でもあります。

投稿者 culin : 2006年11月19日 21:40