祇園の旅館にて ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
フェローシップ事業でフランス人シェフ達を
関空に迎えに行った日から早くも1ヶ月が経ちます。
1ヶ月経った今でも「良い経験をさせて貰った」とその時の余韻に浸っている私ですが、
今回はパスカル・バルボ氏、クリストフ・ロア氏、ブラス夫妻の4人が
宿泊していた祇園の小さな旅館でのお話をしようと思います。
恥ずかしながら私は長年祇園におりますが、全くこの旅館を知りませんでした。
フランス人達が来日する前に下見に行きましたが、
最初どこにあるか分からなかったぐらいこじんまりした旅館です。
彼らはこの旅館に到着し部屋に案内された時、少し戸惑っているようでした。
1人パスカルだけは全く平気そうで、テンションは相変わらず高かったのですが。
様子を伺っているとみんな日に日にこの異空間に慣れていっているようで、
最終日には別れを惜しんでいました。
また、ここの女将さんが非常に気さくな方で
常に笑顔を絶やさずに一生懸命フランス人達に接しておられたので、
彼らはすごく感謝していたようです。
毎朝私が旅館まで迎えに行くと既に女将さんが彼らを起こしていてくれていたのですが、
最初に用意して出てくるのはセバスチャンでした。
彼は静かに2階の部屋から下りてきて靴を履き、
外で1人みんなを待っていました。
次にクリストフかヴェロニクでしょうか。
クリストフはいつも女将さんがいれてくれるインスタントコーヒーを飲んでいたようですが、
きっとフランスではいつも朝のひと時にコーヒーを飲む大事な時間があるんでしょうね。
こんなに慌しくないでしょうが。
そして最後にいつもパスカルが息を切って階段から下りて来て
元気に日本語で「おはようございます!」と言って握手を求めてきました。
こんな朝の僅かな時間の中でも彼らの人間性や習慣が垣間見ることが出来て楽しかったです。
彼らがフランスに帰った後女将さんに挨拶に言った時にこんなエピソードを聞きました。
恐らく茶花研修の日ですので11月1日の夜のことだと思いますが、
フランス人達がその日の日程を終えて帰って来た時に、
女将さんがいつものように玄関まで出て来られたのですが、
4人とも顔を見合わせながら何か後ろでモゾモゾして部屋に上がろうとしません。
おかしく思った女将さんが暫くその様子を見ていると
クリストフがどこかで買ってきた花器を取り出し、
またヴェロニクがそれに生ける為の花を取り出し、
その日に学んだことを思い出しながら(?)花を生けて女将さんにプレゼントしたそうです。
何とも粋な計らいではありませんか。
嬉しそうに語る女将さんを見ていて私も嬉しくなりました。
確か花器には紅葉が描かれていたので、
今も玄関先にはこの花器に花が生けられて飾られているのかもしれませんね。
女将さんの献身的なおもてなし、私も勉強になりました。
*写真は茶花研修の風景です。
投稿者 culin : 20:23
フェローシップこぼれ話~相互理解?!~◆ 武庫川女子大 大森いさみ ◆
今回、フェローシップに参加したことで、理解することができた!
とフランス人シェフとサービスマンたちが口を揃えて言った、
フランスのレストランでの、2つの日本人の“習癖”があります。
それは、「レストランで料理の写真を撮ること」と
「時差ボケをおしてまで、レストランで食事をしようとすること」です。
まずは、料理の写真を撮ること。
心当たりのある方も多いのではないでしょうか。
今回来日したシェフたちのレストランを訪れる多くの日本人が、
料理がでてくるたびにカメラを取り出し…なのだそうです。
そんな日本人客をみて、彼らは、内心(………)と思っていたらしい。
まぁ、カメラを取り出し…という行為はレストランのなかでは、
決して、美しい行為ではないですものね。
日本人はどうしてこんなに写真好きなのだろう?
料理の写真が何の役に立つのだろう?
とその姿をみるたびに、不思議に思っていたのだとか。
ところが! 関西空港におりたったとたん、
彼らは写真好きで知られる日本人もビックリのフォトフリークと化したのでした。
特にパスカル・バルボ氏は、「日本人よりスゴ~イ!」(←日本語で言っていた)と
自分でもあきれていたほど。
そんな彼らは、もちろん、食事のときには、料理がでてくるたびに、
「あっ、撮るの忘れて食べてしまった~」
「これは蓋も一緒にとった方が絶対きれいだよ」などと
大騒ぎをしながら写真撮影をしていたのでした。
そして、研修6日目にして、「日本人の気持ちが、よ~くわかった!」で全員一致。
その後、最新モデルのデジカメを買いに、大阪の街に繰り出したのでした。
もう一つは、時差ボケをおしてまで、レストランで食事をしようとすること。
食事中に居眠りをする日本人(とても多いのだとか!)にサービスしながら、
にこやかなに微笑みつつ、“そんな状態では、食事を楽しむことができないだろうに…“と、
思っていたらしい。
こちらも写真同様、レストランの雰囲気にとって、プラスとは言いがたいですしね。
でも、今回のフェローシップ期間中の彼らは、まさに、時差ボケをおしてまでして
レストランに行きたい日本人と同じ状況下におかれたのでした。
つまり、身体は休みたいと言っているのだけれど、気持ちはガンガンやりたい!
積極的な気持ちとは裏腹に、突如として訪れる猛烈な睡魔…。
でも、絶対休みたくはない。
ひと時だって時間を無駄にはしたくない。
大丈夫なはずなのに、とてつもなく眠い現実。
そして、彼らは理解したのです。
フランスの一流レストランのダイニングで眠りこける日本人の気持ちを。
相互理解とは、相手の立場を想像することができてはじめて成立するもの、
小学校の頃から教えられてきましたが、まさしくその通りだったのですねぇ。
また、日本人だから写真好き、ではなく、フランス人でも状況が変れば、
日本人以上の写真好きに変身するのだという、
類型化の落とし穴も、みえてきたわけであります。
でも、私はやっぱり類型化するの大好き!
学術研究とか、そんな高尚な見地からではなく、単に、面白いから。
類型化して名前がつけられることによって、それまで無関心だったことが
意識化される効果って大きいと思うのです。
多様な事象を単純化することで、反論もでやすくなるし。
だから、議論が活性化して面白くなる!
例えば「京料理」もそうですよね。
京都の人たちがつくっている料理を類型化し、
「京料理」とネーミングしたことで特別な意味を持ちはじめた。
多くの人たちが「京料理」を意識し、「京料理」について
いろいろ語ることによってうまれた、大きなパブリシティ効果。
ただ、その枠組みが、アメーバーのように変幻自在な、
包容力のあるものであることが重要で、
固定化してしまった時点で、呪縛となってしまう。
かといって、、、、。 あぁ、ブランド論になってくると、徒然なるままに、では手に負えません!
投稿者 culin : 20:25
『ユニバース・タクジ』出版!? ◆ 木乃婦 髙橋拓児 ◆
先日、東京新宿の伊勢丹で「フランス展」なる催事に出店しておりました。
えっ!フランス展?そうなんです。
今回はフランスの食材を使って、フランス人シェフと1品ずつワインと合わせて
お客様に提供するというコラボ企画でした。
そして、そのシェフは、フランス2つ星でボルドーの
「シャトー・コルディアンバージュ」のティエリー・マルクス氏(42歳)であります。
彼は、今若手でもっとも3つ星に近い人だと言われています。
さて、そんなことで現場に行ってみると、催事にしては(怒られるかな?)
かなり豪華なしつらえでした。
写真の通り、IH調理器各3台、台下冷蔵庫各4台、大型温蔵庫、
スチームコンベクションオーブン、流し台など充実していました。
氏とは、日本料理アカデミー主催のリヨンでの事業で
一緒にワークショップをしたこともあって初めは緊張しましたが、
その場の雰囲気になじんでしまうと思いっきり楽しんでしまいました。
「セップ茸・フォアグラ・海老」といったテーマ食材で、
彼は「フォアグラと桃」・「豚足とセップ茸」・「海老とジャガイモ」を組み合わせて、
アウェーでありながら素晴らしいフランス料理を作られました。
私は、「フォアグラの蕪蒸し」・「鴨とセップ茸の朴葉焼」・「海老と海老芋の餅粉揚」をベースに
ワインに合うように、アレンジしたものを作りました。
お客様に説明しながら、先攻、後攻と交互に作るので、
お互いレシピがわかります。
合間合間にツマミ食いなどして、なるほどと聞き入っていました。
彼の料理は、「コンセプト」と「デザイン」が明確で、
古典的・庶民的フレンチを現代的解釈し、レストラン級に引き上げたものでした。
品格があり、且つお客様がどう料理を楽しめばよいかすぐに判断できる料理です。
全て、とても美味しかった!
そして、最終日、彼から今度出す本を頂戴しました。
『プラネット・マルクス』と言うかっこいいタイトルで、
「宇宙的概念の料理」という意味らしいのですが、
わたしなら、言葉を変えて『ユニバース・タクジ』・・もっさいなあ~。(笑)
でも、嬉しかったのが、その本に彼の直筆サインで
「イッショニオシゴトガデキテトテモウレシカッタデスアリガトウ ティエリー・マルクス」と
スペルがかなり間違ったローマ字で書いてありました。
本当に「出逢い」は楽しく、心にしみるものです。
投稿者 culin : 20:59
我が家のお鍋 ◆ 銀水 山岸裕明 ◆
寒い季節に、やっとなってきました。
さて今日は我が家でする鴨鍋を紹介します。
京都では、鴨は川魚屋で買います。冷凍でも出回っているのですが
鴨が解禁になった時に、生で鴨が入ったら教えて、と予約します。
それを捌いてもらって胸肉ともも肉をスライスして皿にならべます。
次に切ったら蜜がでるような九条ネギを5センチほどの長さに切りそろえます。
あとは土鍋に昆布だしを底から10センチほどの水位に入れ
九条葱をだしから少し顔を出すぐらい入れて、その上に鴨肉を置いて
濃口醤油と砂糖ですき焼きより少し薄いくらいの味付けにして
蓋をして沸いたら、できあがりです。
この鍋の調理は簡単。醤油と砂糖だけです。材料も鴨と葱だけ。
非常にシンプルなので、素材の持っている味がストレートにわかります。
料理屋では腿肉は硬いので使わないのですが、噛めば噛むほど鴨の味を堪能できます。
「鴨が葱しょって、やってきた」の意味を頭でなく舌で感じてください。
投稿者 culin : 20:26
フェローシップを終えて ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
フェローシップも無事終了しました。
この期間を通してシェフ、メートル、メディアの方と
いろいろ勉強させて頂きました。
その中で同じ料理人として流石であると同時に
非常に嬉しく感じる点が随所にありました。
その中から2つ紹介したいと思います。
一見なんでもないことのようですが、
私にはなんでもないことのようには思えませんでした。
まず、彼らは関空に10月29日に到着したのですが、
ものすごい荷物を携えていました。
「いったい何を持ってきたのだろう?着替え?にしては多すぎるなぁ」と
一人考えていたのですが、その夜の日本料理オリエンテーションで理由がわかりました。
「何だと思われますか?」・・・・・
実はその大きな荷物は我々へのお土産だったのです。
それも中身は主に彼らが契約している農家で作った土付の野菜でした。
人参、ブロッコリー、ビーツ、フランスパンどれもかさ高く重たいものばかりでした。
後に通訳の方のお話を伺うと、彼らは何を持っていったら、
我々が喜ぶであろうかと凄く真剣に話をして盛り上がっていたそうです。
私はその話を聞いてとても嬉しく思いました。
普通ならフランスから来るのにあんなに重くかさ高いものを選ばず、
軽くかさの低いものを選ぶのが普通でしょう。
にもかかわらず、我々に喜んでもらおうと思って、
それを持ってきてくれたそういう彼らのハートが嬉しいと同時に、
これは今回、フェローシップを準備した値打ちがあるなと感じました。
又、当初、フェロー委員会ではワークショップの時の試食は
ほんの一口サイズの味見が出来る程度のものを考えておりました。
あまりシェフたちに負担をかけないようにとの我々の配慮でした。
ところが前日の仕込みに入ると、当日の仕上げまで、
一つずつ細かい仕事を実に真剣に丁寧に心をこめて作っていました。
うまくいかないものは何回もやり直し自分たちが納得できるまで、
妥協せずに作っていました。
人事でないですけど「もうそれくらいでええのに」と
こちらが思っても彼らはそうではなかった。
私の物差しから言うと、彼らは正真正銘のホンマもんの料理人です。
料理に対するセンス、テクニック、理論、発想は当たり前として、
それよりもまず彼らは若くして成功を収めています。
又、常にマスコミ等から脚光を浴び、非常に人気のあるシェフたちです。
しかし、それでいて彼らは全く奢ることなく謙虚で
相手に対する思いやりも持ち合わせ、
常に料理に対する向上心、勉強心を持ちあわせていました。
なかなかこういう風にはいられないと思います。
いずれにしても、そういう料理人たちと共に、
たった1週間ではありましたが料理の勉強が出来たことは
自分自身の料理に対する向き合い方に刺激を与えてくれたことを大いに感謝する次第です。
本当に彼らの料理をフランスに行って是非食べたいと感じました。
投稿者 culin : 20:47
子供達 ◆ 魚三楼 荒木稔雄 ◆
今、日本料理アカデミーでは教育委員会と共に食育に携わっております。
そんな中で子供達の笑顔がなんともうれしく、私たちを和ませてくれているようです。
会員が、朝から学校に出向き食べることの授業をしております。
日本に住んで、日本の料理をいつまでも食べてもらえるよう、
彼らが自身で食べることの大事さがわかってくれるよう日本料理を通じて教えています。
昨今、子供達の自殺、を中心にいろんなことを通じ、
子供達の現場について論じられています。
確かに彼らを取り巻く環境が、私が育った頃から考えると
格段にストレスを溜め込むような社会背景になってきたように思えます。
何か、社会自体が少しボタンの掛け違えをしているように、
社会の歪みが弱者にしわ寄せされているようにも感じます。
肉食動物は、他の動物を襲う絶好の時期は襲う動物がものを食べている時間と
何かで読みました。いちばん回りに気を使っていない時間だそうです。
また、いちばん安心できる時間らしいです。
人類もやはり動物です、本能的に、食べている時間ほど
心の安まる時はすくないと思われます。
特に子供達にとっては、両親と共に食事をする時間は
何事にも変えられないぐらい大事で、心休まる時間なのではないかと思われます。
暖かい家庭で、温かいご飯、そして、楽しい会話がたとえ一時でもあれば、
子供達にストレスを与えることが少なくなるのではと考えております。
やはり、家族の団欒は大切にしなくてはと考えております。
そして、私自身も団欒を気にかけるべきかとしみじみ思いました。
投稿者 culin : 20:41
日本料理って何だろう?2 ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
先日11月10日の日本料理アカデミーのブログの中で
辻調理師専門学校の小山先生が「日本料理って何だろう?」と言う
テーマでお書きになられていました。
私も普段から少なからず先生がお感じになられている疑問を
持っていたので私も同じテーマで本日は書きたいと思います。
(小山先生には事前に了承を取ってあります。)
「日本料理」それはいったいなんだろう?
私は学生時代あるボランティア団体の遠征事業で
日本各地から集められたメンバーと海外に行き、
成田空港に戻ってまいりました。
その時に迎えに来て頂いたスタッフの方が「久しぶりの日本でしょ。そばでも食べますか?」
と言われ、ある人は「食べましょう。」と興奮気味に。
またある人は「東京のだしは真っ黒でしょうゆの中にそばが浮いているみたいで食べれない。
そばよりうどんがいいな。」という関西人もいました。
それを聞いたスタッフの方は「関西のうどんは湯の中に
うどんが浮いてるような出汁で薄いですものね!!」と返されました。
決してお互い怒っているのでなく冗談交じりの会話でしたが。
これを読んでいただいている方の中にも「そうそう。」と
うなずいている方も少なくないのではないかと思います。
このエピソードからも解るように同じ日本であっても
「美味しい」という感じ方は違いますし、
お互い十分にその地方の食文化について理解できていない面もあります。
私はその後、修行時代に3年間、関東にいたこともあるのですが、
なれると濃い口醤油のうどん出汁もあれはあれで
醤油の旨味と甘味がありなかなかのものなんだと思いました。
もちろん関西風のだしが良くきいた方が好きですが、
関西地方以外の方も出しの良くきいたものの美味しさを
感じて頂けると決して「湯にみたい」なんて言葉は返ってこないと思います。
私事ですが、関東で修行した時に、水物で「葛きり」を黒蜜でお出しした時に、
お客様にカンカンになって叱られたことや
(関東はかならず二杯酢で食べるとおっしゃっていました。)
神戸にいたときは「しゃぶしゃぶ」に必ず「たまねぎ」を
入れると言われたこと(淡路島が玉葱の有名な産地なため?)など
今思い起こせば、修行時代ただ料理の勉強をしただけでなく、
大変興味深いことを、学ばせて頂だけました。
私は小山先生のように理論的な表現で皆様に上手く伝えることが出来ませんが、
自分が体験した中で「自分と違ういっけん奇なるもの」でもそれぞれに意味があり、
それぞれの風土や考え方をベースに存在していて、
その本質を掘り下げて理解した上で物事を判断しなければいけないと思いますし、
それを知った上で賛否を主張することもまた大事なことなのかなとも思います。
我々日本料理アカデミーは今まだ京都の会員が多いので
どうしても「現代に存在する京都で提供されている京料理」というものを前提に
話をしているのかもしれませんが、
京料理といってもさまざまで茶懐石・有職・精進・仕出しなどさまざまです。
我々京都在住のアカデミー会員の中で料理の話をしていても、
違いを感じることが多く有ります。
だからこそ面白いのであり、交流することに意味があると私は考えます。
国内外は問わずそれぞれが自分の考えを明確に持った上で
それぞれの食に対することを理解し考える。
何処がいいとか悪いとかじゃなくて、「お互いの何故?」を理解し、
そこから学んだものを自分のものとしていくことが大切と感じます。
そういう意味で私は今後、京都以外の会員が増えていくことは期待します。
先日のフェローシップのシンポジウムの中で最後のテーマが
「これからの日本料理はどうなっていくのか?」と問いに誰も明確な答えが出せませんでした。
これはもちろんのことです。何故なら誰も解からないし、
誰もが解かること事だからです。
これから時代を作っていく人々が指示していくものが
「これからの日本料理」の答えだと私は思います。
100年後、出汁を使わず米も食べない日本料理になるか?
現在のようないろいろな考えが混ざり合った日本料理になるか?
進化はしつつ一昔前の日本料理にもどっていくのか?
それは国民の皆さんが決めていくことなのではないでしょうか?
ということを読者の皆さんに投げかけて今回の結びとしたいと思います。
投稿者 culin : 15:56
嵯峨 森嘉の豆腐 ◆ 嵐山熊彦 栗栖 基 ◆
晩秋を迎えるにあたり、いよいよ冬将軍の
到来を告げる日々がふえてまいりました。
季節の変わり目であり、朝夕と昼間の
温度差が非常にめまぐるしく変わる日々です。
まさに日本特有の気候変化に古来より、
我々は生活の知恵を絞り自然と共生し、
自然が創り出す森羅万象の景観美を
眺めてまいりました。
食生活に関しても同じことが言えましょう。
春夏秋冬にあわせ我々の五感は常にそのときの旬味を求めます。
そこでこの時期、私の脳裏を掠めるものが、日頃より食している
嵯峨清涼寺門前の森嘉の白豆腐を昆布だしだけで炊いた湯豆腐であります。
ツルンとした食感、壊れそうで壊れない独特の弾力感、
その後に広がる豆乳の甘さ、いつ頂いても満足できる味です。
京都はどこにいっても町内の中に必ずお豆腐屋さんがあります。
そして昔から必ずその地域のものを求める習慣がありました。
特に豆腐は典型的な食材で昔の格言に“豆腐はできるだけ旅をさせないように”と
言われてきたものです。
それだけこの食材はシンプルかつデリケートなものであり、
製造する側のコンセプトを明確に伝えることのできる食材のように感じます。
また料理法のバリエーションとしてもシテ・ワキ役どちらにもなり
江戸時代より「豆腐百珍」なる料理書ができるくらいです。
まさに寺社仏閣の歴史と平行してその時代において形はかわらずとも、
味覚・食感については変化し続けてきたのでしょう。
そこで今さら「嵯峨豆腐 森嘉」を紹介する必要はないと思いますが、
この店が守り続けている製造工程の一つに豆乳を固める際に、
“苦汁”を使わず“すまし粉”使用するという方法があります。
これについてはよくご存知の方もおられると思いますが、
豆腐の製造が戦前と戦後で大きく変わった要因の一つであり、
これを機に京都の豆腐屋の技術と意識が向上し豆腐が
京名物として益々、全国的に有名になったと言えます。
また食べ物と風土の関係からやはり豆腐作りと水は最も大事な関係であり、
京の名水があればこそ酒や豆腐以外の食材もその恩恵にあやかり、
今日まで伝承されてきたのでしょう。
※ 文中青字のリンク先は「ウィキペディア フリー百科事典」の各項目に繋がっています。
投稿者 culin : 21:17
チャレンジ体験 ◆ 料亭旅館 清和荘 竹中 徹男 ◆
先週の火曜日から4日間、藤森中学校の二年生が二人職場体験にやってきました。
事前に先生とも打ち合わせをして、本人とも職場の事について話しました。
「働くって言う事はどういう事やと思う?にんべんに動くと書いて働くやから、人が動いて
人の為になる、つまり、はたが楽になることやと思うで。」と説いて聞かせました。
実際の職場に入って、まずは挨拶!「相手の目を見て挨拶して、ここからが大事
、頭を上げてからもう一度相手の目を見る。ここで相手が時分の事をどう考えて
いるかが分かる。」二人とも照れくさそうに頭を下げていました。
始めは洗い物から、野菜の下処理、銀杏の皮むきといろいろと体験して行くうちに
ぺちゃくちゃと無駄口が増えてきました。「うるさい!」とカツを入れても、数分
のうちに又ぺちゃくちゃとしゃべり出す。ちょっと集中力には欠けるようです。
それでも、いろいろな作業をするうちに4日がすぎ、最終日にはお座敷でお弁当を
ごちそうしました。これにはとても喜んでくれたようです。
後日改めて挨拶に二人が来てくれました。始めは何もかもが興味津々
だったけど、だんだんと単調になってきて面白くなくなったそうです。
「でも、何でも仕事はそんなもんやで!」と言い聞かせておきました。
今の和食の職場は封建的で先輩が怖いとか厳しいとか、すぐ殴られるとか
あまり良いイメージは無いようです。この辺で和の世界もこの悪習を払拭
してはどうでしょうか?
楽しく明るい職場でかっこいいユニフォームを着て颯爽と包丁を握る、それを
実践すべく職場改革に取り組むつもりです。
投稿者 culin : 15:30
紅葉の仕組み ◆ 美山荘 中東 久人 ◆
10月は暖かく、雨の量も少なかったせいで
今年の紅葉はダメかな~と思っていたら、
1週間ほど前から店(美山荘)の周りが
やけに華やかになってきました。
ここ数年、あまり綺麗な紅葉を見る事が
できてなかったせいか、私の目に映った
広葉樹は燃えているようでした。
私、38歳になりますが、産まれて此の方、
なぜ秋になると広葉樹が色づくのかと
考えた事はありますが調べた事は
ありませんでした。
自然の中に住み着いている為、
自然を自然に流してきていたようです、、、。
今回はいい機会なので、
それを明らかにしてゆこうと思います。
紅葉という現象は、木々の葉は秋になり
気温が下がってくるにしたがって
葉を落とそうとします。
落葉するにあたって葉と枝の間に離層ができ、水分や養分を運ぶ管をとざすそうです、、、
管が閉ざされるとクロロフィルが死んでしまい、
葉の中から緑色の成分が消えてしまいます。
例えば、イチョウなどの黄色く紅葉するものは、葉の中に黄色い色素である
カロチノイドという物質が最初から含まれていて、クロロフィルが
葉の中から消える事により黄色が浮き出てくるそーです。
また、赤く色づくものは、管が閉ざされ水や養分がこなくなると、
葉の中に残った糖分が使われて、アニトシアニンという
赤い色素が葉の中に広がるのです。
後は、昼と夜の温度差が激しいほど良い色をだすみたいですよ!
今の美山荘は昼は町並みの気温ですが、
夜は真冬のように寒いのでまさに綺麗に
色づく要素があるわけですねぇ~。
冬、寒さの中、植物たちも葉っぱに
養分を与えるという仕事を辞め、ゆっくりと休むんですね!
また来年も綺麗な紅葉を見せて下さい、、、。
投稿者 culin : 19:21
霜月の茶趣 ◆ 美濃吉 佐竹洋治 ◆
今月の茶趣として真っ先にあげられるのは、「茶人正月」であると思われる。
以前に「なぜ、11月なのに茶人は正月であると祝うのか?」と疑問に思い、
自分なりに検証してみました。
確かに、世間一般的に考慮すると正月は1月であるのが常識である。
しかしながら、11月は「炉開き」「口切」と二つの行事が重なるので
茶人にとっては一年で最もめでたい月であるといわれている。
「炉開き」とは新緑の5月から行われてきた風炉から炉に変わるものであり、
開炉ともいわれ、大体「柚子の色づくを見て囲炉裏に」といった言葉のごとく
11月初旬より始まるもので、5月の初風炉とともに茶人にとっては重要な行事とされている。
また、「口切」とは新茶の採れる時期に茶壷に納め、
約半年後の今頃に茶壷の口の封印を切って当年初の濃茶を点てるものであり、
一度でもこの「口切」の茶事の客となれば、大変光栄なことであるといわれている。
上記のような要因で10月は正月前であるので「名残惜しむ月」とされ、
今月から「華やかな月」となり、当然我々の業界も明るい道具の取り合わせとなるわけであるが、
これらの中で少し不明な事項がある。
その事項とは「三部」といわれるこれまたこの月独特のもので、
おりべ(織部)、いんべ(備前)、ふくべ(瓢)の3つのものを使用するのが好ましいというものである。
一方では明るい趣向に、また一方では三部を用いるべし?
この矛盾の奥はかなり深いものであるのであろうか?
投稿者 culin : 16:10
伝えるべきこと ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
こんな話を聞きました。
欧州の古い教会で、神父が野良猫を飼っていました。
神父がお祈りをする時に、この猫が悪戯をしたので、
お祈り中は猫を紐で祭壇の足につなげるようにしました。
やがてこの神父が亡くなり、二代目の神父がやってきました。
二代目神父はその猫を同じように世話して、
お祈りの時は祭壇の足につなげるようにしました。
三代目の神父は、いつも猫を祭壇の足につなげてた先輩神父のことを思い出し、
自分も同じように猫を飼って、祭壇の足につなぎました。
四代目の神父は面倒くさがり屋だったので、生きた猫はやめて、
変わりに石の猫を祭壇の足の横に置くようにしました。
五代目の神父は、床に置かれている石の猫を邪魔だと思い、祭壇の上に置きました。
そして、六代目以降の神父たちは、その祭壇の上に置かれている石の猫を見て、
猫にお祈りするようになりました。
いつのまにかその教会では、祭壇に置かれた石の猫は神聖な存在になっていました。
面白い話だと思いますが、こんなことって我々の周りにいっぱいあるのではないでしょうか?
文化やしきたり、慣習だけでなく、料理の世界においても。
「なぜそんなことをするのか?」 理由がわかっていれば、
状況に応じて、それをやめることも出来ます。
理由がわかってないと、昔からやっていることだしそうしておいたほうがいいだろうと、
実際は無駄なことまでやっているかもしれません。
人はつい、昔からやっていることを神聖化してしまうことが良くあります。
長くやってきたことには必ず意味があると思ってしまいます。
そのため、もともとの意味は伝えられず、形式だけが伝わっていくことになるのです。
「なぜそんなことをしているのですか?」と問われた時、
「昔からやっているから」としか答えられないことが、山ほどあります。
今、その理由をしっかり追求して知っておかないと、
本当はやらなくてもいいようなことを一所懸命やっていたり、
逆にやらなくてはならない大切なことをしなくなってしまったりしていきそうな気がします。
伝えるべきことは、形式だけでなく、なぜそれをするのか、
その理由も含めていかなくてはならないと思います。
ワークショップやフォーラムというのは
そのことを自分自身に気づかせるとてもいい機会だと思います。
と同時に、人に伝えることの難しさも、ひしひしと感じる場でもあります。
投稿者 culin : 21:40
嵐山も全山紅葉へ ◆ 嵐山辨慶 若主人 礒橋輝彦 ◆
京都には四季を通じて楽しめるところがあり、
季節ごとに見所や名所が点在しております。
春は桜の花見で賑わい、京の春を告げるのはおどりからともいい、
都おどりをはじめ各花街も賑わいます。
東山や嵐山をはじめ京都中が賑わい私達料理業界も忙しい時期になります。
夏はなんといっても祇園まつり、7月の1ヶ月間かけておこなわれる
日本を代表するまつりです。
洛中界隈は一年で一番忙しい時期になります。
そして京の奥座敷貴船の川床なども忙しさを極めます。
秋になると春と同様東山や嵐山含め、
京都中に観光のお客様がもっとも多く訪れる季節となりどこの料理屋さんも忙しくなります。
私が店を営む嵐山は今が最も忙しく宿泊は毎日満室が続き、
恐ろしくも来年の予約が入ってきている状況です。
お食事のお客様も紅葉の色づきとともに増え、
毎日予約以外のお客様が100名様を越える日々が12月の初旬まで続きます。
最近は各所でライトアップが開催され、
夜の観光も一つの楽しみとなり嵐山周辺では
天龍寺の塔中寶厳院でもしており、夜のそぞろ歩きも増えてきております。
12月中旬になると花灯路が嵐山でも開催され、
竹林を始め各所を花灯路の灯りとともに楽しむことが出来ます。
あ~ぁ 紅葉 花灯路 忘年会 おせち 正月 新年会
その他会議漬けの日々が1月終りまで続くと思うとゾーーッとしますが
2月の休日を楽しみに仕事に励むしかない今日この頃です。
投稿者 culin : 23:43
ジャックの熱意 ◆ 瓢亭 髙橋義弘 ◆
日本料理に多角的な視点から挑んだ日本料理フェローシップ。
その最終日に、日仏食文化ワークショップが行われました。
その中で、ジャック・デコレ氏は、お米からデザートを作られました。
彼が研修期間中に得たお米に対する感覚を様々な形で表現され、
そのクリエイションは参加者にも大変好評だったようです。
(試食されてない方はごめんなさい)
みりんをキャラメリゼし、飴状の薄い筒型を作り、
その中にお米とムース状のものを交互に重ね合わせました。
飴はとても軽快な歯ざわりでみりんの自然な甘みを伝え、
お米は、やわらかく炊いた2種のお米を組みあわせることで独特の風味を出し、
米麹を使用したムース状のものは、エスプーマを使ったきめ細かな滑らかさが
口いっぱいに広がり、お米の様々な味わいを感じさせてくれました。
筒型には蓋をあしらい、その上にはポン菓子。(←めちゃ楽しい)
一緒に添えられたのは、甘く炊きあげたほんのり暖かな洋ナシと栗、
そして、甘酒のアイスクリーム。
洋ナシと栗は、日本酒を作る工程を見学したときに、彼が感じた香りのようです。
少し暖かいものと冷たいものが一緒に添えられ、温度帯の違いも意識した、
コンセプト豊かなやさしいデザート。
ほとんどがお米からできていて、生クリームや洋ナシ・栗はあくまで引き立て役。
※ 私も完成形を食べていないので、作り方などの表記は少し適切でない箇所もあるかと思います。
茶道研修で味わった湯桶(食事の最後に出てくる、ご飯のおこげや煎ったお米を湯でふやかしたもの)がとても印象的だったようで、自分の中で表現したいものを見つけたようです。
私は今回、ジャックと厨房研修をともにすることができました。
彼は食材や料理の背景にとても関心を持っていました。
とにかく質問攻め!
「魚はなぜ同じ向きに置くの?」
「なぜ鮎は生きたまま焼くの?」
「お造りはなぜそんな切り方をするの?」
「これはどんな料理にどんな割合で使うの?」
「どうやって何代も続けてこられたの?」などなど
触ってみて、やって見せて、食べて見せて。
フェローシップ期間中とても体力的に疲れた時期だったにもかかわらず、
厨房での彼の集中力は半端じゃありませんでした。
それは彼がワークショップの前日仕込みをしているときにも見られました。
みりんの飴は、一度固めたものをパウダー状にして薄く振り落とし、
熱で軽く溶かして暖かいうちに筒型にするという手の込んだもの。
料理は環境が変わると、手法も変わることがあります。
日本は湿度が高く、こういった作業にも影響し、
なかなかジャックの思い通りにいかないようでした。
何度か失敗があり、彼も少し機嫌が悪くなっていたようです。
私は初めてその手法を目にし、彼の様子に戸惑いながら、
成功を祈りました。
気づくと彼の姿が見えませんでした。
しかし、私がパネリストの方と打ち合わせをして戻ると、
試食の分はすべて完成し、タッパーにきれいに並んでいました。
別の部屋で、数名の助手の方と作業を進めていたようです。
その筒状の飴は限りなく薄く、ほのかに網状に透かされた様子は、
とても美しく感じました。
彼はMOF(フランス最優秀職人)保持者です。
技術的に優れているとはいえ、
これを成し遂げることができたのは、
彼の料理人としての熱意だったと思います。
私はそんな彼に非常に感銘を受け、
いつか、そんな彼の静かな情熱を持った料理を食べに、
ヴィシーを訪れたいと思います。
投稿者 culin : 22:13
やってしまった~~(>_<) ◆ いもぼう 平野家本家 北村晋一 ◆
毎月16日は、私の担当なのですが、すっかり忘れてしまって、危うく飛ばしてしまうところでした(^_^;)
さて本題ですが、広報委員会に所属しているため、今回のフェローシップに記録係として同行していたのですが、11月3日の朝6時から「かつぎ」の水口さんのところで、魚の研修という予定が、急遽決まったので当日のあさ6時に水口さんのところにいくと「どないしたん?今日、中止になったでぇ~」って言われました(^_^;)
え~~そんな連絡聞いてへんでぇ~って思ったのですが、せっかく朝早くから来たんやし、普段どうやって魚を締めて各料理屋さんに届けはるのか、いい勉強になると思ったので見学させて貰ってました。
9時頃に理事長達とフランス人シェフ達が、野菜の畑を見に行く前にちょっとだけ見に来たんですが、
それがやっぱりちょっとですまないんですよね~w
水口さんに魚のことについて根掘り葉掘り、、、。次に行くところの時間があるのに~~(^_^;)
でもすごく真剣にいろんな事を聞いていて、少しでも時間があったら、何かを吸収しようという思いが見て取れたので、見習わなければ、、、。
ほかの日にも同行したのですが、すごく真剣で事細かにいろんな事を聞いる姿を見て、「ひょっとして今度、彼らのお店に行ったら日本料理が出てくるのとちゃうか!?」って思えるぐらいでしたw
投稿者 culin : 02:40
写真 ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
さて、今月は私の趣味でもある写真の事など。
アカデミーの各事業には必ず、わが広報渉外委員会のメンバーが同行します。
これは、アカデミーの活動の記録を目的として写真やVTRを撮る為です。
先日のフェローシップでも公式行事は全て記録しました。
記録した写真は事業の中でプレゼンテーション用に使ったり、HPや会報などの他、
協賛企業や助成団体への報告書にも添付されます。
マスコミ関係の方からも写真資料を分けてくださいとのお話も来ます。
もちろん、我々の本職はプロのカメラマンではないですし、その技術を持っている訳でもありません。
素人が四苦八苦しているものを恥ずかしながら、報告書やマスコミの方へお配りすることになります。
HPなどで掲載する写真と違って、商業印刷などで使う場合の写真は非常にシビアです。
撮影はデジカメで行いますから、あとで修正も可能ですが元の写真の時点で
ダメなものはやはりダメですから結構プレッシャーです。
私の場合は4年ほど前に体調を壊した時に、趣味としてカメラを始めました。
それ以前にもデジカメは持っていて、HPなども自分で作っていましたが画素数の少ない、
ちっちゃなデジカメでした。デジタル一眼レフを貸していただいても液晶に表示されないので
「よう撮りません」とお返しした事もありました。
今では交換レンズを何本も持ち(カメラの世界では『レンズ沼』と言うそうです)、
撮影用の照明機材や三脚をかついで現場に向かう事もありますし、
自分の店の料理などの写真を撮る事もあります。
料理組合の写真同好会にも入れていただきました。
同好会の方はみんな上手で私なんぞは機械の性能に頼ってますが
皆さんすごい写真を撮られます。私もそんな写真を撮れる様になりたいと思います。
そんなこんなで次の機会には料理写真の撮り方についてお話したいと思います。
ちなみに今日は「七五三」の日ですが食品としては「かまぼこの日」、「こんぶの日」だそうです。
「かまぼこの日」は蒲鉾が始めて文献に登場した1115年にちなんで、
「こんぶの日」は七五三の日に子供達に昆布を食べてもらおうと言う事できめられたそうです。
また、一般鳥獣狩猟解禁日でもあります。
それから今晩0時にはボジョレー・ヌーボーの解禁もありますね。
こうしてみると年間に何度も食に関する記念日があることが分かります。
我々日本人は様々な食材を色々なところから手に入れていますね。
作った人、採った人達への感謝の気持ちを忘れずにしたいものですね。
投稿者 culin : 17:06
パスカルと二人っきり ◆ 修伯 吉田修久 ◆
皆様、フェローシップお疲れ様でした。
まだ、まだ、改善すべき点はあるかと思いますが
本当に皆さんが一生懸命にフランス人の接待?
をするので本当にフランス人シェフたちは
感動していたと通訳の相原さんから
お伺いしました。
あまりにも至れり尽くせりなので、
ちょっと調子乗ってる?ってところは
少しありましたが・・・
調理場研修の合間にパスカルと
二人っきりになることがありました。
彼の性格は本当に人懐っこくて明るく、
しかもものすごく気を使う人で
(ジャックもセバスチャンもメートルのみんなも
マリアンヌもみんな気を使う人たちでしたが)
話し出すと止まらないのはみんな共通でしたが、彼はオーストラリアのシドニーで、
確か2年働いていたらしく英語も話せるので少し話をすることが出来ました。
この研修についてどう思うか質問してみると、彼はこの研修は本当にすばらしく、
どの研修もプロフェッショナルな人たちに教えてもらって質問をしても的確な答えが返ってくるので、
このような経験は何度も日本に来ているが初めてだと、本当にすばらしいと言っていました。
ただ、研修の時間が少なく、ゆっくりと質問ができないと言っていました。
それは、あなた達が短い期間にたくさんの事をやろうとするから時間がないと言うと
笑いながら納得していました。
疲れてはないかと聞くと、パスカルは、まったく疲れていない、
ほんとに毎日が楽しく、いろんなことが学べてすごく嬉しいんだと言っていました。
ジャックは少し疲れてるように見えるよと言うと、彼らは若い時から
今も一日12~16時間ぐらい働いていて少しぐらい疲れていてもぜんぜん大丈夫だ、
あまり気を使わないほうがかえって良いんだと言いました。
彼らの貪欲な向上心はほんとに学ぶべきことが多くて、どんなことにも真剣に取り組み
一生懸命にこなしていく姿はまるで子供のようで、
料理人は興味のあるものの前では子供になるんだと改めて思いました。
彼らの味覚、嗅覚は本当に鋭く、丹波のマツタケの中の良い香りのものと、
そんなでもないものを当の八百屋でも分からないのに、どちらが良いかと聞くと
ずばり当てることが出来たし、特に旨味成分にはものすごく敏感で、
4種類の良いウニもそれぞれの特徴を簡単に説明することが出来ました。
彼らが、今回の研修で学んだことをどのように消化していくのか、
ぜひフランスの彼らの店に行って彼らの料理を食べてみたいものです。
セバスチャンの店はパリから電車で3~4時間、
そこから車で3時間らしいのでちょっと無理そうです。
他にも有名パティシェの裏話なども聞きましたが、それはまた別の時に・・・
投稿者 culin : 22:09
本日のぼやき その4 ◆ 滋賀 比良山荘 伊藤剛治 ◆
毎日、朝晩が冷え込む季節となってまいりました。
ほんまに、丁度良い気候はアッという間に過ぎて行きます。
ウチらみたいな山ん中は、ぼちぼち冬の準備。アーいやや、いやや!!
そやけど、“備えあれば憂いなし”昔の人は上手に言わはる。
ソヤソヤ、そんな諺で感心してる場合やない。
世の中は“憂いなし”どころか、“憂いばかり”でございます。
テレビを付けると毎日毎日、少年犯罪、イジメ・・・
あっちで殺人、こっちで殺人、
そうかと思えばあっちで自殺、こっちで自殺、
いったい世の中どないなってまんねん。
おかしいにも程があるんとちゃいまっかぁ。
少年犯罪の多くは、空腹時に起こっているそうです。
人間、腹が減ったらろくな事を考えない。それは、今も昔も同じです。
そして、彼らの普段の食事を調べてみると、
インスタント食品やコンビニ弁当を主食とする子が多いそうです。
最近では、添加物を多く含む食品は、肉体的にだけでなく
精神的にも害を及ぼすと懸念されております。
しかし、その少年たちの食事に私が一番の問題と感じるのは、
添加物が多く含まれている事よりも、
親の愛情が少しも含まれていない事であります。
お母さんが、わが子に作る料理に込める愛情と、
我々がお客様への料理に込める愛情には少し違いがあるのかも知れないが、
いつも、「どうしたらお客様が喜んでくれはるか?」と思う心は、
何処となく似てるような気がします。
今さら当たり前の事やけど、食事とは、腹を満たすだけの行為ではない。
家庭でも、料理屋でも、人と人との心が通わんようになったらおしまえ(おしまい)や!!
生意気に、こんな事思てます。
投稿者 culin : 18:48
野菜話 もう一つ ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
トマトで永田農法の有用性を証明した永田照喜治さんから教わった話だ。
トマト畑作りは原産地の環境で作るという。
原産地の南米、アンデスの高原は水分と栄養分が極端に不足した土地柄だ。
トマトは僅かな水分を地中に求めざるを得ない。地中深くまで水分を探して根を張る。
それでも水分は足りない。
トマトは茎、葉、実の至る所に羽毛を生やすことを思い立った。
金色に輝く羽毛だ。これで、なんと空中の水分を摂るのだ。
この羽毛をしても、まだ水分は不足している。
トマトは茎、葉裏から蒸発する水分を押さえることを考えた。
出費の節約というリストラの最終項が始まる。
自ら粘性の強い液体を作り出し、全身を覆ったのだ。
すべては次の世代を生み出すためトマトの実一点に集中した。
前回の葛と同様野菜には、どこかに目があり、耳が…、そして必ず脳がある。
なぜそう思えるのか?
この粘性の液体だ。不足しているのは、水分だけではない。栄養分もだ。
いわばトマトは喉が渇いて、腹ぺこの状態だ。
この環境に住む昆虫たちもまた同じ運命を背負っている。
精魂のすべてを込めた真っ赤なトマトを見つけると飛びかかる。
手も足も出ないトマトにはなすすべがない?
いや、トマトは手放しで諦めはしない。粘性の強い液はトリモチの役目をする。
ただ昆虫を茎や葉裏に貼り付けて、動きを封じるだけで終わらない。
黄金に輝く羽毛が動く。水分が吸える羽毛は昆虫の栄養も取り込むことができる。
トマトは食虫植物になった。
昆虫に食われて未成熟のまま腐っては、生まれてきた甲斐がない。
いや、トマトの事情が許さない。
というのも、滋味に加えこの生命力も得難いうまみになる。
「うまい」はトマトが生き残る重要な条件なのだ。
うまいから動物が食いに来る。
そう、行動範囲の広い動物に食われるため、即ち死ぬために、
必死に生き抜く努力を重ねてきたのだ。
こういうことだ。食われたトマトの種は消化しない。
種は糞に混ざり、高原にばらまかれる。
糞という栄養源を添えてだ。
そして、トマトがとても行けそうにないところまで運んでくれる。
糞も行動範囲も小さい昆虫はそのため拒否されたわけだ。
どうしてトマトがこのことを悟ったかは謎だ。
ただ確かなことは、アンデスの高原をトマトで埋め尽くすという夢を見ているのだ。
投稿者 culin : 18:06
フランス人シェフ近又に宿泊 ◆ 懐石・宿 近又 鵜飼治二 ◆
来日2日目に私どもの近又に4人のシェフと奥様2人計6名が宿泊されました。
外人の宿泊は普段多いですが、現代の設備が充実している日本の宿の中で
近又の昔ながらの宿に外人が宿泊することは、自分勝手ながら
日本の庶民文化に接するには格好の場所ではないかと普段から考えております。
彼らも玄関に入ったところからわくわくしてくれまして、
、廊下の音や、、坪庭の美しさ、座敷の趣を肌で感じ取ってくれたと思います。
夕刻6時よりスポンサーのキッコーマン株式会社広報・IR部長中村隆晴氏、
理事長村田吉弘氏、常務理事高橋義弘氏とジャーナリスト、
通訳をまじえ夕食前に「日本旅館と料亭」と題して講演をさせていただきました。
その内容を少しご紹介させていただきます。
「日本旅館と料亭」
●近又紹介
創業1801年 薬商人の定宿からの始まり
建物【典型的な明治の町家】 国の登録有形文化財
現在七代目 料理旅館
●旅館業と社会の変化のかかわり
日本の経済成長による国民の生活水準の向上
旅行社の拡大と、脅威
日本旅館の個性の破壊
設備投資 消防法ゆえの廃業(マル適マーク)
特徴のない統一された設備
日本人の流されやすい新物好きの性格の暴露
プライバシー、音、
明治の建物維持のためには近又の旅館業の継続の困難
料理屋への変更
●20世紀の食の変革
流通のスピード化に伴い食品の鮮度や価格のみを追求するあまり、
その素材の持つ本来の味を忘れさせてしまった。
つまり食品の長期保存と価格破壊
これは今後もさらに研究されることと思われる。
その他、海の汚染や大気の汚染。住宅事情などによる本来の生産農地の移動
●21世紀
個性の時代へ
食品の素材本来の味を発見、知る、そして追求する。
付加価値の魅力
●日本人の食の変化
子供たちの食育に力を入れ、大人が子供たちに責任を持って
日本人としての正しい食生活を教え、物を大切にする心、
食材に感謝、作り手に感謝、おもてなしのこころなどを教育する
必要性が出てきた。
我々の料理店もお客様に満足していただけるよう
間違いのないものを提供したいと考えております。
もちろん調味料も伝統ある会社のものを使いたえず連絡を取り合うことが必要です。
フランスの事情も食材の違いは合ってもこのような社会の過去からの変化による
食の影響は大きく日本と変わらないのではないかと思われる。
また、彼らもそのように受け取ってくれたようです。
アカデミーの国内事業部の食育担当の私としてはこのことが非常に気になるところです。
この後夕食をともにし、懐石を食べていただいたのですが、
その中で夕食に子供連れの客が着たときはどのようなものを出すのかという質問があり、
日本の子供は海老の天麩羅や、茶碗蒸し、出し巻き玉子などが好きだと答えると、
出し巻きに興味を持ち、早速食べていただきました。
そして、その鍋を見せたところ、鍋が四角いことと巻き方に驚いていらっしゃった。
ちなみに、フランスの子供も玉子料理は好きだそうです。
夕食後、皆で散歩に出かけられ、翌日、京のおばんざい朝食を食べて、
機嫌よく次のスケジュールに向かわれました。
投稿者 culin : 11:52
日本料理ってなんだろう? ◆ 辻調理師専門学校 小山伸二 ◆
1999年から2002年まで、私はフランスのリヨン近郊で暮らしていた
(日本料理アカデミーの第1回フランス遠征の舞台になった、
辻調フランス校「シャトー・エスコフィエ」に勤務していた)。
海外に住んだ経験のある人なら、誰しもが感じることだが、
自分の出自、自分の国というものについて、
さまざまなことを思った3年間だった。
日本という国。日本語という言語。
そして、もちろん、日本料理といわれている料理。
それらは、いったい、何なんだろう、って。
帰国してから4年。
その問いかけは続いている。
だから、京都で、大勢の料理人さんたちと話しをしているときも、
いまここで話されている「日本料理」は、
いったい、いつの、どの地域の料理について話されているのか、
と、議論から脱線して頭のなかで考えたりしてしまう。
トマトがアメリカ大陸からもたらされる以前と
以後のイタリア料理(イタリアという国という概念も近代以降のものだが)と同じように、
干した出し昆布や洗練された形で加工された鰹節が開発される以前と
以後の日本料理は、違うのかどうなのか。
仏教渡来以前・以降、茶の移入以前・以降、幕末・維新期以前・以降、
近いところでは、関東大震災以前・以降、
第二次世界大戦(日中戦争、太平洋戦争と呼ぶべきか)以前・以降。
日本に限らず、ぼくたちが、外国のことや、現在とは違う時代のことを語り、
考えるとき、ときとして、フェアーな遠近感を失うことがある。
あるいは、定型的な、一面的なものの見方に足をすくわれることがある。
その典型が、日本人はこう、アメリカ人はこう、
そして、フランス人は、こうだ式の、例の見立て。
すこしでも、外国で生活したことがある人なら
だれでも知っていることかもしれないけれども、
法律的な国籍や生理的な国籍で人間はなかなか区分しがたい、ということに。
自分の主張を一歩たりとも譲らない日本人。
異文化をリスペクトできて弱者に限りなく優しいアメリカ人。
そして、協調性があり時間厳守もできるのに自分の意見が言えない、
あるいはそもそも個というものがないへなちょこなフランス人。
そんな人は、いくらでもいる。たぶん、少数だけど。
だから、いくら少数といって、実際にそういう人を知ってしまうと、
以降、軽々に、だからアメリカ人は、とか、まったくフランス人は、とは言えなくなる。
こんなこと当たり前ですが。
東京人がみんな地方出身の田舎者でないように、
大阪人がみんな明るくないように、京都人が、いや、ここらでやめましょう(笑)。
もちろん、ものごとを単純化することで
大きな物語や哲学や理論を構築するということは、
近代西欧が産んだ英知には違いないが、
その英知が、アウシュビッツやパレスチナ問題を同時にうんでいることも、
おおくの人が知っていることだ。
つまり、こういうことだ。
ひとは、身近に直面していることは、なかなか俯瞰的に見られない。
だから、日々、直面していることに、つい不用意に、十把一絡げ
(話が脱線するけど、この「十把一絡げ」という言葉は美しいですね)に、
日本料理は何々だとか、フランス料理は何々だとか、
アメリカ料理は何々だとか、断言してしまう。
日本料理を、高級料理も大衆料理も、都会も田舎も、
関東も関西もいっしょくたに話してしまうことは、
フランス料理でも、おそらく、どこのエリアの、どの時代の料理にもいえるに違いない。
だからこそ、ひとと意見交換をしたり、議論するときには、
前提になる対象の定義が必要不可欠になる。
これは、めんどくさいことだ。
めんどくさいことだけど、お互い、かぎられた時間を無駄にしないためには、
どうしても踏むべき手続きなのだ。
日本料理とは何か? この問いかけに出会ったとき、
ぼくたちは、この南北に長い列島のさまざまな時代や地域、
そしてさまざまな時間や場所での、
高級/大衆、伝統/革新、さまざまな局面での日本料理に思いをはせながら、
そのときどきで、対象をしぼりこんで、
相手と、とくに異文化に属する人とは、議論を共有したいものだ。
大阪で、京都で、パリで、ニューヨークで、
ぼくたちは、さまざまな価値観と哲学をもった友人たちと、
じっくりと、なんどでも、日本料理とは何か、語りあいたい。
投稿者 culin : 15:22
禅研修…後 ◆ ぎをん 梅の井 三好 徹 ◆
今日は119番の日
1987年(昭和62年)に自治省消防庁が消防発足40年を記念して設けた日で、
一般の人にもっと防火・防災の意識を高めてもらおうというのが狙い。
11月9日にしたのは消防のダイヤルナンバー119にちなんで。
空気が乾燥してきました。私たちも火の元には十分に気をつけましょう。
皆様、フェローシップに大変お疲れ様でした。
私も『禅研修』にお付き合いさせていただきまして大変勉強になりました。
ありがとうございました。
天龍寺様には本当にお世話になり、
また長い時間をお付き合いいただき本当にありがとうございました。
研修の内容は事業報告もあるので、その日の後のお話を少しいたします。
天龍寺を後にして
クリストフ・ロア氏・マルティーヌ・デコレ氏
ヴェロニク・ブラス氏・マリアンヌ・コモリ氏
通訳の脇田さん、辻井さん と
錦市場に行ってまいりました。
女性方の一人が化粧ポーチを無くしたというのでドラッグストアーに立ち寄り
化粧品一式を買ってらっしゃると思ってたら、女性の方々はお手洗いを借りに
大丸百貨店へ…
クリストフ・ロア氏と二人取り残されること数分
脇田さんがもどってこられて
『大丸の中で買い物されるそうです。先に錦市場へ行ってください』
『えっフランス語出来ないんですけど。』
『大丈夫、クリストフ・ロア氏は英語が話せます。』
『どうゆう すぴーく いんぐりっしゅ?』
『まっええか、なんとかなるわ』
さすが女性の方々、買い物したいよなぁ
と思いつつ二人でいざ錦市場へ
お昼に天龍寺で精進料理をいただいたので、市場の中で今日の献立の材料の紹介をしながら
なんと市場の中を3往復!『何かほしいのですか?』と聞いていても半信半疑。
と、そこに大いなる助け舟が…
『大森いさみ』さんが駆け付けてくれました。
よく話しているうちに『のれん』がほしいとのこと
今度は、新京極、寺町と歩きまくり、とあるお土産屋さんでやっとこのことで
見つける事ができました。
二人はうれしさと安堵感でしばらく握手した手を離せませんでした。
クリストフ・ロア氏は手染めののれんを3本買い、とても満足そうでした。
その後、みなさんと合流しつつもまだお土産を買っておられました。
一日大変だったけど、すごく面白い経験をさせていただきました。
言葉が通じなくても、目的意識がはっきりしていることで
なんでも通じ合えるのだと、あらためて感じました。
感謝
投稿者 culin : 19:14
私の好きな言葉2 ◆ 鶴清 田中信行 ◆
前回、教育に関する山本五十六の言葉を載せさせていただきましたが、
今回は教育に対する私の考えを述べさせていただきます。
日本料理アカデミーでも現在、小学生に食育活動を行っていますが、
これはただ子供達に食の大切さを教えるだけでなく、
食を通じてのマナーや、動植物の命を頂いているという
食物連鎖など道徳的なことも絡めて教育していこうとしています。
学校では勉強を教える事も大切なのですが、
それよりも「人として」という道徳的な教育が
今の日本には大切なのではないかと思います。
昨今、凶悪的な犯罪が増えていますが、
これらは道徳心の欠落からきているのだと思います。
この道徳心を子供のうちからしっかりと植え付けていかなければ
日本の未来はないのではないでしょうか。
この道徳心を植えつける為には、周りにいる大人達一人一人が、
しっかり愛情をもって教えていかなければいけないと思います。
少年犯罪も年々増えてきていますが、これは子供達が悪いのではなく、
周りにいる大人達に原因があると思います。
しかし、少年犯罪が起こると「親は何をしているんだ、学校は、教育委員会は、」と
言いますが、誰かのせいにする前に、自分にもできる事があったのではないかと
考えていただきたいと思います。
必ずあなたにも出来ることがたくさんあるはずです。
教育は、子供達を教育する前に、大人達がしっかりとした道徳心を
持つことから始まるのだと思います。
投稿者 culin : 20:14
江戸時代から続く 「江戸野菜」 ◆ 東京 日本橋ゆかり 野永 喜三夫 ◆
野菜でも地方々の伝統野菜が有り、
見た目、味、食べ方、保存方法などが
色々とありますが、
今回はあまり知られていない東京産の野菜、
江戸野菜を紹介したいと思います。
今回は、これからが旬、
今は幻の大根「練馬大根」を紹介します。
東京都 練馬区で栽培している東京伝統野菜、
特徴は細く長い大根、主に昔から漬物用
として使われ、歯ごたえと味のよさで
江戸時代より昭和の中ごろまで
よく見かけられたそうです。
最近はいつのまにか店頭から消え、
今では幻の大根になってしまった。
もともと練馬は江戸の食の需要にこたえる身近な野菜の生産地だったそうです。
なかでも大根は幅広く使われ沢庵、切り干し大根に料理したり、煮たり、焼いたり、揚げたりと
あらゆる料理に応用がきき、大量に出荷されていたようです。
しかし、昭和三十年ごろからを境に生産量が減っていったようです。
練馬も都市化の波で宅地化が進み農地、農家が減りましたし、
病気に強く栽培しやすい青首大根に比べ、練馬大根はむずかしいそうです。
長いものは1メートルにもなるうえ、葉も大きく育つので40センチぐらいの間隔が必要とか。
普通の大根なら25センチぐらいで十分、それだけ収穫数が減ってしまうし、
青首大根なら65日ほどで収穫ができるが、練馬大根は90日から100日はかかるそうです。
また食生活の洋食化に変化するなども減少の原因だとか。
しかし、最近見直されつつあります。
本物でこだわりぬいた安心の商品、マジメに作った昔懐かしい味の大根、
栽培に手がかかる練馬大根ですが、水分が少なく繊維質が強く旨味が詰っていて
沢庵にはピッタリの大根だそうです。
9月上旬ごろまでに種をまき、収穫は11月~年末にかけて行い、
長いうえに真中のあたりがふくらんでいるので抜くのに一苦労、
抜いた大根はその日のうちに昔からのサメ皮を使い大根の皮をこそげ落とし、
水洗いして干しだいたい1週間ていどで干し上がり、糠(ぬか)と塩だけで漬け
着色料を使わずに干した大根が、糠でほのかに染まった色と味は天然で
自然の力で仕上げた練馬大根の沢庵の魅力です。
最近は店でも江戸野菜をたくさん使うようになりましたが、
千住葱、亀戸大根、小松菜、滝野川牛蒡や、滝野川人参、金町小蕪、
独活、山葵などなど調べたらずいぶん有りました。
今回の練馬大根は、根は風呂吹き大根に、葉は一度湯がき刻んでおじゃこと甘辛く炊いて
お酒の肴や熱々ご飯に合せて食べましたが、この葉がまたうまいの何の!!!
京都はこれから千枚漬けや、すぐき漬けがおいしいですね。
投稿者 culin : 17:09
茶道研修 ◆ 右源太・鳥居宏行 ◆
フランス人の若手シェフとメートルの皆さん。
「日本料理フェローシップ」お疲れ様でした。
お蔭様で、私達も素晴らしい体験をさせてもらいました。
茶道研修では、菅田宗匠のお手伝いをさせて頂きましたが、
実は内心、非常に心配していました。
茶事となれば4時間位かかるのに、座ってられんのか?…
懐石の作法が窮屈なんちゃうん?… 濃茶飲めんの?…
ディズニーランドやハロウィンでさえ受け入れようとしないお国柄の人達に、
正式な茶事が理解してもらえるのか?…
私がお招きしたわけでもなく、亭主でもないのにとても不安に思っていました。
料理方の木村君も時間ぎりぎりに来てヒヤヒヤさせるし…
御飯が炊けるまで “間” が持たへんやんか!…
茶事が始まったとたん、それまでの研修同様、質問攻撃が開始されました。
私は亭主に続いてお運びをするだけですが、
フランス人の反応が気になってしかたがありませんでした。
和気藹々とした雰囲気の中にも、仏人からの
「茶の湯がどれほどのもんか見極めてやるで!オーラ」を勝手に感じていたからです。
私からも、笑顔の奥から「ディズニーランドとは違うんやで!オーラ」が
発射されていたのかも知れません。
途中、仏人達が、この場所は宗匠の自宅兼稽古場
であることを知って、空気が変わりました。
私は以前、茶の師匠から、「欧米では、その家庭で、家族団欒の中、
手作りでの接待が最高のもてなしである。」という話を聞いた事があります。
また「茶の湯は、暮らしのなかに美を具現しようとする文化である」と教えられました。
茶の湯では、部分的には手伝い人や職人に依頼する所はあったとしても、
全て亭主の指図で作られます。何もかもが亭主手作りのもてなしといえるでしょう。
仏人達は「日本人の家庭に招かれているんだ!」という気持ちになって、
さらに、亭主自らが御膳を運び、お酒の給仕までされる姿を見て、
「俺等は心からもてなされてるぞ!オーラ」を出し始めました。
その瞬間、心が通じました。
私からも、「本当に良く来てくださいました!オーラ」が
発射されたのは言うまでもありません。
フランスと日本では、姿形は違えども、
おもてなしの心と誠意では通じるものがあるのだと思いました。
今回の茶事は、私にとって忘れられない一期一会となりました。
機会を与えて下さった皆様方に感謝いたします。
投稿者 culin : 21:19
日仏食文化ワークショップ ◆ 菊水 髙橋 正人 ◆
本年度の日本料理フェローシップも本日の
「日仏食文化ワークショップ」をもって無事終了しました。
フランス人シェフ・メートル達は明日、日本を発ちます。
広報渉外委員長としてこの8日間、
ほとんどの公式事業の記録を行っておりましたが
改めて今回のシェフ、メートル達の日本料理、
日本文化に対する関心の高さと
我々が予想していた以上に彼らが知識を持っていたこと、
何よりも今回のフェローシップ事業に参加して少しでも
多くの事を学ぼうとする姿勢には驚かされました。
非常にエネルギッシュで積極的に質問をされ、
過密スケジュールの中、空いている時間も
新たに勉強したい事柄、見学しておきたい場所などを
我々に要望してこられました。
果たしてどのぐらい彼らの要望に答えることが出来たかは
分かりませんが、これをきっかけとして新たなフランス人シェフを
来年も招聘出来ればと思いますし、かの地で日本料理、日本文化を
伝えていただく一助となれば幸いです。
すでに来年に向けて当アカデミーとしても水面下で動いております。
近いうちにご披露できるかと思います。
今回のフェローシップに関しましては近日中にHP上にてご報告させていただきます。
また、助成・協賛・後援を頂きました各団体・企業様には改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
投稿者 culin : 23:05
フランスで茶畑? ◆ 平等院表参道 竹林 下口英樹 ◆
ずいずいずっこばし ごまみそずい
茶つぼに追われて トッピンシャン
抜けたら ドンドコショ
この歌は、江戸時代に茶壷道中の時の様子が
どんな風だったかを思い浮かばせる歌ますなぁ
まぁ 今はこんな童謡は耳にしませんなぁー
うちらの小さな頃は、何らしか、聴き覚えがある歌ある
(うちは宇治やから、特によく聴いたのかもなぁ)
今年は十月一日が茶壷が口切りされる宇治の茶祭り、
秋になって、今年に取れたお茶の葉が少し熟成され
新物のお抹茶が楽しめるんですなぁ
昔は秀吉公が宇治橋の三の間で水を汲ませ、
石臼で挽きたての新物の抹茶を伏見に持ち帰らせ、
大茶会などお抹茶を満喫↑↑てな感じです。
十月に茶祭り?何て思われる人も多いのでは?
《八十八夜は緑茶や玉露の香りを、秋は抹茶を楽しむ》
日本人って、とても初物好きやなぁ
でも、一番おいしいのはヒネになった今頃の古茶(1年前の物)
がおいしいんやけどもなぁ
昆布でも一緒でアミノ酸の分泌の量ですなぁ
お茶屋さんの言い癖でよく聴きますやんかぁ?
「お茶と○○○は腐る前が一番うまい↑↑」と
日本の常識?お茶屋の常識?宇治だけの話?僕だけかなぁ?
先日、フェローシップの研修で茶農園に案内して
お茶の話や試飲をしたり、楽しく勉強会。
とても興味があったらしく、真剣なまなざしで聞いておられました
そんなに聴いてお茶屋でもするの?と思うぐらい
そして、茶の木を栽培するのか?枝を折って持って帰る気満々で
大事そうに抱いていましたなぁ
お茶の葉はどんどん腐っていくのに...
近い将来、フランスでも茶畑が見られるかも...?
投稿者 culin : 21:22
文化の日 ◆ 岡庄 岡 豊雄 ◆
11月3日は皆様ご存知の文化の日ですね。
(自由と平和を愛し、文化をすすめる)ことを趣旨とした休日です。
そして、この日を中心に文化庁主催の芸術祭りが開催されており、
菊花の最も見頃とされている時期です。
本日は日本の国花でもある菊のお料理を作りました。
日本の国花は2つありまして、ひとつは菊で、
もうひとつは皆様ご存知の桜でございます。
桜は3月3日の(桃の節句)で用いますし、
菊は9月9日の(重陽の節句)で菊酒などの形で用います。
先日、梅の井さんのお話にもありましたね。
ちなみに、先日より行われてきました
フェローシップでの交流先のフランスの国花はユリとアイリスです。
ジャーマンアイリスといったほうが皆様にはなじみがあるのではないでしょうか?
菊は本当にすばらしい花のひとつだと思います。
鮮やかな黄色ということもあり、料理を引き立ててくれる食材で、
見た目の美しさだけでなく、食材としても独特の風味があり、
和え物にもってこいの食材といえます。
私はとても気に入っておりまして、よく用います。
菊花をそのまま食べると苦いので、さっと湯がいた後に水でさらし、味付けをします。
本日は菊花を甘酸っぱく味付けをしてみました。
(出汁5:味醂3:薄口醤油2:酢3:砂糖2)の割合で2時間漬けておきました。
水菜を湯がいたものと、松茸を焼いたものと先程より
漬けておいた菊花をあえて、浸しの地(出汁7:薄口醤油1/2:濃口醤油1/2:味醂1)で
味を調えました。
今日の晩御飯でいただきます。
(9月3日の梅酒は少し若かったので)
一ヶ月後の10月3日に開けた梅酒でいただきたいと思います。
投稿者 culin : 22:15
器への興味、熱意 ◆ 下鴨福助 安念尚志 ◆
昨日はフェローシップの取材に広報渉外委員として行ってまいりました。
祇園の新門前にある梶古美術さんで器の講習がありました。
400年くらい前からの器の説明から始まったのですが、
最初の方の器(中国から来た器で白磁の青の模様が入ったもの。)は
フランスの人たちはあまり興味を示しませんでした。
彼らは陶器と磁器の違いには引っかかっていました。
厳密には差がないそうで、そう答えると納得されていないようで、
結構あとあとまで引っ張っていました。
そんな中で興味を持っていた器は、
花瓶で大きくひびが入って隙間があいているもの。
そのひびがシンメトリーに入っているものではないので、
このひびを入れたのが意図的なものかどうかにこだわっていました。
昔の人のつくったものなので偶然できたものなのでしょうが、
後で話しますが、どうも最後まで印象に残っていたようです。
ところがだんだんと年代が新しくなるにつれて興味がわいてきたみたいです。
伊万里焼のような金や赤をふんだんに使った作品はフランスの方には
ピンと来たようで、この器はどこで買えるのか、
値段は、など現実的な話にもなっていましたね。
そのあと清水焼団地にいきました。そこで各々自分のイメージする作品を
作ってもらいました。結構これがうまいんです。びっくりしました。
ろくろをまわして器も作ってもらいました。
みんな真剣なまなざしで作っていました。
変わったところではエッフェル塔をつくっていた人がいましたね。
最初から欠けたような隙間を入れて作っていたひともいました。
よっぽど梶さんのところでみた、欠けている器が印象深かったのでしょうね。
今回の取材で感じたのは彼らが予備知識を持っていて
いろんなことを吸収しようとする姿勢。
今回のプログラムはフランス人側の要望を取り入れているのですが、
彼らの熱心に質問している姿がかなり印象的でした。
いろいろ趣向を凝らして組んでいるプログラムからいろんなことを
吸収してもらえればすばらしいワークショップができるなと、わくわくしています。
投稿者 culin : 21:52
「茶道研修」と「器研修」 ◆ 杢兵衛 寺田慎太郎 ◆
昨日はフェローシップ3日目、「茶道研修」と「器研修」の日でした。
フランス人達はスーツに身をくるみ、ネクタイをビシッと締めて(女性も正装で)、
「どのようなおもてなしを受けるのだろう」という期待感でシェフ・メートル共に
テンションが高かったようです(いつもの事かもしれませんが)。
表千家菅田宗匠の指導の下、正午の炉の茶事がスタートしました。
最初はやや皆の表情が固かったようにも思えましたが、そこはさすがに宗匠。
皆をリラックスさせ、徐々に和やかなムードになり、
いつものように質問がよく出るようになりました。
亭主の、または、正客の動作を注意深く見つめ、
疑問を感じると直ぐにその動作の意味合いを質問していました。
「茶の湯」の本質を色々な質問から探り出そうとしていたのかもしれません。
研修終了後に玄関で宗匠と一緒に写真を撮っていた
フランス人達の表情は喜びで満ち溢れ、
宗匠への感謝の気持ちで一杯だという感じでした。
大成功だったのではないでしょうか?
茶道研修を終えて、「梶古美術」に移動し「器研修」を行いました。
「茶道研修」でやや疲れたような感じでしたが、
始まると目の輝きを取り戻して、陶器や漆器を実際に手に取り
真剣な眼差しで観察していました。
やはり器に関する知識もすごく豊富で、
質問は土の成分や焼成温度、時代的背景などにまで及び
非常に奥深い所まで知りたがっていました。
彼らが一流と言われる所以はここでも見て取れました。
さらに「清水焼団地」に場所を移し、作陶を行いました。
この研修で私は彼らの違う側面を見る事が出来た様に思います。
この研修風景は小学校の授業風景の如くで、
笑いが絶えず起こり本当に無邪気に土を捏ねたり、轆轤を回したりしていました。
けれど自分の作品は帰ってから使うつもりなので、
一生懸命試行錯誤しながら作品を作りあげていました。
フェローシップ3日目も無事終了することが出来ました。
別れ間際に私に手を振ってくれる彼らの表情には
充実感が漂っていました。
また次の研修に大きな期待を寄せている事でしょう。私も充実感で一杯です。
投稿者 culin : 19:41
メタボリックシンドローム ◆ 学校法人 大和学園 仲田 雅博 ◆
この頃、テレビや新聞・雑誌等でよく見聞きする言葉です。
先日、京都新聞社主催の「“食”からはじまる健康生活」で
パネラーとして出演する機会がありました。
よく言われています通り、ウエストが男性の場合で85センチ、
女性で90センチ以上の人が要注意となります。
私は90センチを超えるウエストなので、
もしかして“患者代表”ではないかと
一抹の不安を感じながら参加しました。
この時の基調講演は、京都府立大学の東あかね教授の講演で
大変勉強になるお話でした。
その内容で一番私の心に残りましたのは、
「私たちの体は、縄文時代から農耕民族として世代を交代している民族で、
一長一短に私達の体がこの日本という土地になれているのではない。
私達日本人の体は、穀物や野菜を多く摂取して体を作ることに適している」
と言う事です。
特に日本料理で野菜を多く取る食習慣は、
私達の体に合っていて大変良いということです。
日本料理は健康で長生きをするためにも、
理にかなった食習慣であるのです。
ぜひ大切に継承していきたいと思っております。
また、世間では、「地産地消」や「スローフード」と
言葉ばかりが先行しているのが現状のように思います。
今、我々が行っている食育指導においても、
日本料理の良さや文化の継承をアカデミーとして
実施している事の重要性を改めて再認識させられた講演でもありました。
私たちは、ただ長生きだけが目標ではなく、
健康で快適な暮らしができる未来を作るためにも、
日本の食材を愛し、大切にしていかなければならないと思っています。
講演の後は、別添資料の通り、原田伸郎氏、平松あゆみ氏、
東先生と私の4名で「“おいしい”健康生活」と題して
1時間程度のトークセッションを行いました。
内容については、資料を読んで頂きましたらご理解頂けると思います。
今後、私達が注意しなければならないのは、
健康な体作りが間違った食生活から生まれてしまわないようにする事と、
若い人達が外見だけにとらわれ過ぎる事無く、
真の健康的な体を正確に理解する事だと思った次第です。
私も50歳を過ぎ、今後はさらに健康を意識して食事を取りたいと思っております。
投稿者 culin : 19:25