お 野 菜 ◆ 梁山泊 主人 橋本憲一 ◆
カタクリの花をご存知だろうか。
紫色の花弁がそりかえり、花心に種子が目立つ。
カタクリの語源は、「鱗茎からデンプンが採れ、かたくり粉といって食べた。
しかし、今のかたくり粉はジャガイモのデンプンである。
古名の「カタカゴ」が「かたこゆり」になり、
さらに転じて「かたくり」になったと言われる」(日本の野生植物 平凡社刊)。
いや、カタクリの説明をしたいわけではない。
種子がおもしろいのだ。
その種子だが、これにはアリが好むエライオソームという物質が
僅かだがついている。
種子が熟して地上に落ちる。
アリはこの物質のために餌と間違えて、巣に持ち帰る。
巣に置くが、食えない代物だった。
邪魔ものを巣の外に捨てに行く。
種子は一人歩きできないが、
アリのおかげで、広範囲にばらまかれることになる。
「種の保存の法則」だ。このあたりまでなら、さして取りたてることはない。
問題は、これからだ。
どうしてカタクリはアリが好むエライオソームを知ったのか。
そして、その物質を合成できたのか。
そして、何故アリだったのか。
他の動物でもよかったはずだ。
いや、アリでなければならない理由がある。
かつて山火事は日常茶飯事に起こっていた。
アリを選んだのは、巣が地下にあり、火災の難を回避できるからだ。
さて、鎮火は雨にたよるしかない。
雨水と灰が混ざるといい肥料になる。
焼き畑農業の仕組みだ。
肥沃になった土地に、最初にアリがカタクリの種子を蒔く。
カタクリはこのことを知ってエライオソームを作った。
不思議だ。そう、山火事でカタクリも燃えつきたのに、
どうしてアリの巣が地下にあることを知り、
次世代のカタクリに伝えることができたのか。
巣の種子に書き込むことはできないはずだが、LANを構築していた…。
植物は確かに目も、手もない。ましてや頭脳もない、ように見える。
しかし、これは動物の物差し見る限りだとしたら。
植物が動物に負けず劣らずの仕組みを持っているとしたら。
形態やシステムが全く異なるために認識できないだけだとしたら。
目を持たずに、アリの行動を分析し、
触れることなくエライオソームという物質を解析し、
自家で再合成できる能力が備わっていることは、事実である。
我々が毎日扱っている野菜もまたこの類の能力を持った仲間であると考えたら、
大根の葉とて粗末にはできない。
彼らには彼らなりの人格、いや野菜格を尊重しなければならないだろう。
立派な命なのだから。
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投稿者 culin : 2006年09月12日 17:57