地の果て ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
毎年子供たちの夏休みに家族旅行に出かけます。
なるべく子供たちに自然の雄大さ、美しさ、素晴らしさに触れさせたく、
それが可能なところを目的地に選んでいます。
と言うわけで今年は「地の果て」シリエトクへ。
そうです、「知床」へ行ってきました。
北海道へ行くのも初めての私にとって、「知床」は写真やテレビ
或いは「知床の岬にハマナスの咲く頃、思い出して~♪♪」と
歌でしかわからない未知なるところでした。
流氷によって侵食された海岸線は断崖絶壁となし、
数十キロになって続いているのです。
遊覧船から見る夏の太陽の照り付ける知床半島はまさに圧巻でした。
しかしながら季節によっては想像を絶する冷たく凍るような風が吹きつけ、
波が大きくうねり、或いは流氷が押し寄せるのかと想像すると、
自然の凄さ、或いは恐怖さえ感じさせてしまうようなところでありました。
そういう男性的な景色とは反対に、半島の突端は穏やかな丘陵地帯となって
草原のようになっているのがとても女性的で何とも不思議であり、
何かほっとしたような感覚を覚えました。
断崖絶壁のところどころに岩を割って流れ出たように見える滝、
又湧き出たお湯が流れ落ちる滝。今まで自分が見たことのない景色でありました。
このような所でさえ、海岸が浜になっている所々に小屋があります。
番屋と呼ばれるもので漁師さんたちが、昆布、スケソウタラ、鮭等の漁をする拠点だそうです。
おそらく私も時としてその昆布、タラ、鮭等を使っているのかと思えば、
五観の偈(ごかんのげ)の「一つには功の多少を計り、彼の来処を量る」
「二つには己が徳行の全欠を忖って、供に応ず」という文句が頭に浮かび、
料理人として何かある種の使命のような責任のようなものを感じました。
旅行中の楽しみの一つは食事です。
現地で情報を仕入れて羅臼の寿司屋さんへ行きました。
寿司屋では大将にお任せで家族皆同じものを握ってもらいました。
他の土地の寿司屋で何が出てくるかすごくワクワクしながら待つのはとても楽しいものです。
ネタの入った冷蔵庫を見ているとその中に見かけない海老を見つけました。
「あっ・・・、それってひょとしてぶどう海老(※1)ですか?」
大将曰く「そうですよ、これも握りますからね。これが一番大きいサイズなんですよ」
そういえば羅臼はぶどう海老が取れる漁場として有名であったことをすっかり忘れていました。
まさか食べれるとはこれっぽちも思ってもいませんでしたので、
「これはいい体験が出来るわ、羅臼まで来て正解やったな」と心の中で喜んでいました。
皮を剥いた身の色はさほどぶどう色をしているわけではありませんでした。
身は車海老より柔らかく、甘エビよりはしっかりしていますが、
口の中でとろけるような感じで、とても甘みがあり、車海老より濃厚な旨みがあり、
大変奥深い味わいがありました。
表現力のない私にはこれ位しか書けませんが、思わず顔が綻びました。
嫁や子供たちの顔も同じように満足げでとても嬉しそうな顔をして
「おいしー」と言っていたのが凄く印象に残っています。
その他にもぼたん海老、メンメ(キンキ)、さめ鰈の縁側等等、
知床の自然の恵みをたくさん味わせて頂ました。感謝―。
帰りに市場に立ち寄りいろいろ見ていますと、
先ほどのぶどう海老が並べられておりました。
思わず買おうと思いました。
が、よく考えてみると、1日数キロ程度しか獲れないような
知床が育んだ幻の海老とまで言われるような貴重な物を
わざわざ京都へ送って食べても「ホンマの値打ちがあるのかな?」
それより知床に来て、知床の自然のすごさ、美しさを見て、
感動して食べた事を大事にした方がより値打ちがあるのではないか?と思い、
ぶどう海老を買うのをやめました。その代わりと言っては何ですがホッケをたくさんかって帰りました。
今日のブログは少し前に仕事を終えて、
そのホッケを食べながら知床を思い出し、考えたものです。
※1 「ぶどう海老」...ブドウ色をしているので通称「ぶどう海老」と呼ばれていますが正式には
ヒゴロモエビと言うタラバエビ科の海老です。正式に「ブドウエビ」と言う名前の海老もいますが
別の種類の海老で生息地域も異なります。
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投稿者 culin : 2006年08月26日 10:54