地蔵盆で再認識したこと ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
送り火も終わり、本来なら涼しくなり秋を感じさせるかのように、
赤トンボをちらほら見かける時期なのですが、
夜なおアブラゼミがミンミン鳴き、先日の甲子園の決勝戦のごとく
暑さが引かないのは今年の梅雨明けが遅かったしでしょうか?
子供の頃、五山の送り火が消えていくのを見ながら
「そろそろ夏休みの宿題しなあかんなあ。」と思いつつ
(習慣とは恐ろしいもので何故かこの年になってもそんな気分になります。)
甲子園の決勝戦を見てしましい、
「閉会式を見終わってさてそろそろ本気で宿題をしなやばい!!!」と思った時期に
「カン。カン。カン。おやつですよ。」という子供の鐘の音が。
そう22・23日は「地蔵盆」の日なんですね。
他府県の方々には少しなじみは無いかも知れませんが、
京都にはお町内お町内(だいたい一町内50から70軒ぐらいでしょうか)に
お地蔵さんがおられ、この二日間、子供の守り神として
常にお守りいただいているお地蔵さんをお祭りし、
町内総出で子供たちに今で言うところのイベントをする日です。
最近は少子化や町内の方々の関係上、
この二日間に近い土・日にされるところが多いようで、
町内によっては一日しかされないところも有りますが
今なお京都の庶民の行事として生き続いているのが嬉しいところです。
これも京都独特の「釜戸金」の考え方のおかげなのでしょうね。
釜戸金とは地域で何かするときは関係のある人たちだけでなく、
釜戸すなわち町内の所帯すべてがお金や労力を出し合って
ひとつのことを成し遂げようする考え方があるからです。
私は4年前に実家を離れ別のお町内に引っ越しました。
今年は都合がついたので朝から地蔵盆の準備を手伝ったのですが、
いつも静かな町内からどれだけの人が出てくるのかと言うぐらい、
お年寄りも高校生もお手伝いの人々が出てこられました。
お飾りするお家の格子をはずし(京の町屋は格子がはずれて簡単に言うと
道に面した表の間が、オープンスペースになります。あまり想像つきませんでしょうか?)、
お飾りを始めたのですが、町内の年配の男性の方々から若手に飾りを教えて頂いたり、
女性は提灯の飾りやほこらの掃除をしたりと、
みなでワイワイしながら1時間ほどで準備ができました。
私などこの町内では新参者ですが、その最中いろいろ声を掛けて頂いて
知らず知らずのうちにお町内の方々とお知り合いになっていきました。
よくよく考えてみると「地蔵盆に限らず京都はこうして近所づきあいができたり、
年配の方々からものを教わり、それを受け継いでゆくことが自然とできるシステムが
習慣的にできてるんやなあ。」と改めて感じ、
それの習慣が残るこの町に感謝の念でいっぱいになりました。
これに限らず良き習慣をわれわれも受け続けていけるように努力したいものです。
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投稿者 culin : 2006年08月24日 10:15