文化の継承 ◆ 山ばな平八茶屋 園部晋吾 ◆
「へんべとり」。奥飛騨温泉郷のとある食事処で、
ふと目に留まった貼り紙にそんな言葉を見つけた。
何かの方言か? お店の人に尋ねると、この地方に伝わる獅子舞だそうだ。
平安時代から伝わるその獅子舞は、今は村の重要無形文化財となっている。
ちょうどこの日は村の夏祭り。
夜の8時半から「へんべとり」があると聞いて、急いで宿に向かい、
早めの夕食をすませ、獅子舞が行なわれる広場へと向かった。
広場にはすでに人が溢れ、車座に座った人たちがビールを片手に
今か今かとその獅子舞を待っていた。
水銀灯には夏の虫が群がり、絡み合う音と人の熱気で夜風が遮られていた。
笛や太鼓の音に合わせ、車座の一端から大きな獅子舞が現れた。
勇敢に舞うその獅子舞の周りで、3頭の小さな子獅子舞が舞う。
小学生だろうか?舞を舞うにはあまりにも未熟な子供たちが
一人ずつ小さな獅子をかぶり、真剣な面持ちで大獅子の真似をする。
「へんべ」とは、この地方で「へび」のことを指すそうだ。
獅子が果敢に毒蛇に立ち向かい、最後は毒蛇を捕らえて
飲み込んでしまうという珍しい舞だ。
舞いもクライマックスを迎え、大獅子が蛇を飲み込んだ後、
子獅子たちもようやく小さな蛇をくわえ、お囃子とともに舞は終わった。
拍手の余韻の中、一人の村人が話し始めた。
この獅子舞の謂れやこの地方に伝わる毒蛇伝説。
そして、幼いうちからその獅子舞に携わり、
未熟ながらも観客に見てもらうことでやりがいを感じていく子どもたちのこと。
この子供たちが大人になる頃、きっとすばらしい獅子舞が舞えるのではないかと思った。
完成するまでずっと懸命に舞台裏で練習を重ね、
完成したのち晴れの舞台に立たせるというのも1つ。
未完成のまま舞台へ上げて、舞台の上で観客から学んでいくというのも1つ。
獅子は自ら自分の子を谷底に落とすという。
それまでではないにせよ、小さい時から文化に携わらせ
未熟ながらも人前で自分たちの文化を披露していく。
やがて大人になり、次は、自分たちの子供に子獅子を舞わせる。
文化の継承は、受け渡す人と受け取る人、
そして、それを見守る人たちによって、引き継がれていくのではないだろうか?
少しずつ人が引き始め、涼しい夜風が広場を横切った。
投稿者 culin : 2006年08月19日 11:07