涼感と温もりと ◆ 村田吉弘@菊乃井 ◆
日本料理は季節感を大切にするとよくいうが、日本に限らず四季をめぐっている国で
季節感を自分たちの食べ物に反映させないような民族はいないと思う。
ただ日本料理の場合は自然を愛でるだけでなく、
そこに空気の流れを必須とする点で異色と言えるだろう。
たとえば季節によっての極めつけの仕上げの色使いがある。
色づけというより香り付けに近いかもしれない。
晩秋から冬にかけての日本料理といえば柚子の黄色に尽きる。
夏は青柚子の香りと青柚子の色、春は柔らかい緑色をした木の芽の色ということになる。
青味と香りが共通で、しかも香りは空気がないと香らない。
空気の存在こそがものを生き生きとさせるのである。
空気の流れが料理をも躍動させる。
いくらきれいでも空気の流れのない絵のような料理は
作ってもしようがないとすら思うのだ。
日本料理、とくに京料理は最後はやはり香りと青味だと思う。
青味は料理全体を引き締めて食欲を刺激すると同時に、清涼感につながる。
一方、香りが加わることによって食欲がわく。
なぜ青味なのかと考えた時期がある。
日本人は緑をも含めて青という。
日本人にとって青は最も基本的なベースの色だったのではないか。
青の色に対して日本人は特に敏感で、
そのわずかな濃淡によって季節を感じることができる。
それはどこから来ているかと考えると、ひとつは木々の重なり、
緑の重なりを一色と見ていないところにあるのではないかと思うのだ。
それを料理で言うと、無地に見える重ねの色ということになる。
そこからものの深みが出てくるのだ。いわば素なる玄とでもいおうか。
重ね色にすると温かそうな水色や、涼しそうな赤などができるのも不思議である。
水の色に近いものが涼しそうに見えるとか、
火の色に近いものが暖かく見えると一般にいわれるが、
赤が熱いかといわれると、僕は涼しい赤も見たことがあるし、
熱い青も見たことがあると言うしかない。
火色が入った焼き締めの信楽の皿は水に濡らすとこれほど涼しそうなものはなく、
そこに青い葉でも敷かれているといっそう涼を感じるものである。
とはいえ味に劣らず、色もきわめて変容性に富む。
そういう意味では、同じ色でも受け手によって違って感得されることが大いにあり得るのである。
料理は作って半分、食べ手側が半分だと思う。
作る側としては何色に見てほしいと思うだけで、
それを何色に見るかは受け手の力だと思う。
料理を楽しもう、暑いから涼を楽しもうという気持ちが
その料理を涼しい料理にするのだとも言える。
涼を求める心が涼を呼び、温もりを求める心が温もりをもたらすのだと言えようか。
投稿者 culin : 09:20
ルーツ ◆ 寺田慎太郎 ◆
フェロー委員会副委員長の寺田慎太郎と申します。宜しくお願いします。
今年の2月に東京国立博物館で「書の至宝展」が行われました。
私はこの展覧会を見に夜行バスで東京まで行ってきました。
開門前から行列が出来ていた事に驚きましたが、見終わってから納得しました。
目に飛び込んできた書は信じられぬものばかりでした。
王 羲之(おう ぎし)や王 献之(おう けんし)の拓本や摸本、
壊素(かいそ)や蘇軾(そしょく)、虞 世南(ぐ せいなん)といった超著名人による書、
また寸松庵、升、継色紙のいわゆる三大色紙をはじめ太田切や高野切といった古筆切、
大燈国師や一休宗純による墨蹟等々中々見る事の出来ないものが
惜しみなく展示されていました。
すごい展覧会だなと思いながら見ていますと、
ある一人の書家の字の前で立ち止まり動けなくなりました。
「米芾(べいふつ)」です。米芾(べいふつ)の書から放たれる
威圧感みたいなものに私は瞬きを忘れ、空いた口が塞がりませんでした。
体に寒気が走り、心の底から沸き上がる感動は今でも忘れる事が出来ません。
この時ふと同じような感動を学生時代に味わった事を思い出しました。
バチカン市国のサンピエトロ寺院の中に納められている
ミケランジェロの「ピエタ」像を見た時です。
もう10年以上も前の話ですが、その前に立ち尽くし
暫く見入っていたのを鮮明に憶えています。
おそらく今回と同じようにただならぬ威光が
ピエタ像から放たれていたのでしょう。
日本料理の世界に足を踏み入れてから日本の文化や芸術に興味を持つようになり、
月に5回以上美術館に行くことを常々の目標にしていますが(あくまで目標)、
考えてみたらその興味のルーツはピエタ像にあったのかもしれません。
同じような感動を無意識の内に探し求めて、
飽く事無く何度も美術館や寺院に足を運んでいる、そんな気がします。
これは私にとって大きな喜びであり、これからも変わることは無いと確信しています。
※文中青字のリンク先は「ウィキペディア フリー百科事典」の各項目に繋がっています。
投稿者 culin : 08:49
メールマガジンとHP ◆ 事務局 和泉志穂 ◆
子どもたちの天国“夏休み”に入ってから、急に天気が回復しましたね。
「恐るべし!子どもパワー」といったことろでしょうか?!
梅雨明けもしていないというのにこのお天気・・・。
日傘と日焼け止めクリームで日々紫外線と戦っております。
(残念ながら抵抗も無駄だったようで、肌はこんがり狐色ですが…)
と、前置きはさておき、
今年度、事務局をさせていただだいております和泉志穂(いずみしほ)と申します。
今回は事務局の仕事について少しだけお話させていただきます。
私の仕事内容としては色々ありますが、
今回は、主に力を入れている仕事を2点、挙げてみます。
まず第①に、HPのコンテンツ追加やインターネットへのアップロード作業。
会員の皆様から提供していただいた記事をHP用に加工をして、
インターネット上にアップロードします。
新着情報があれば、その都度、いち早く皆様にお届けしたいと思っておりますので、
お時間のある際には、アカデミーのHPへアクセスしていただけたらと思います。
第②に、メールマガジンの配信です。
今月から、隔月25日発行で日本料理アカデミーのメールマガジンを配信することとなりました。
そのメールマガジンの記事集め・HP上でのページ作成・フォーマット作成など、
今月はゼロからのスタートということで多少作業に手惑いましたが、
7月25日に無事、創刊・配信をスタートさせることができました。
ご尽力いただきました皆様、本当にありがとうございました。
次回の発行は9月25日となっております。ご期待ください!!
興味を持たれた方はアカデミーのHPに詳細を載せておりますのでご覧ください。
メールアドレスを登録していただきますと隔月で配信させていただきます。
もちろん無料ですので、お気軽に登録していただけると幸いです。
以上、新米事務局員で至らない点も多々あるとは思いますが、日々精進したいと思っております。
皆様、是非、アカデミーのHPやメールマガジンをチェックしてみてくださいね♪
投稿者 culin : 14:15
京都人とフランス人 ◆ 武庫川女子大学 大森いさみ ◆
日本料理アカデミー会員で圧倒的少数派である非京都人です。
かつてNHKで料理番組をつくっていたというご縁から
(が、何故このような「くされ縁」になってしまったのかはよくわかりませんが)、
日本料理アカデミーの企画・運営のお手伝いをしています。
フランス人シェフとの交換事業を2年間やってきて、気づいたことがあります。
「京都人とフランス人はよく似ている!」
というわけで、ここからは、独断と偏見にみちたお話です。
フランス人と京都人(料理人、しかも、私が知る範囲の人たち限定の話です)の3大共通点は、
①講釈をはじめるのが大好き
②たらいまわしと言い訳で、とにかく時間がかかる
③実はアバンギャルド好き
言い換えれば極端な「中華思想」であるということです。
“フランスは好きだけれども、フランス人は嫌い”
“京都は大好きだけれど、京都人は…”という声が多いのも仕方がありません。
私もはじめはうんざり、あんぐりしました。
が、強烈な郷土愛に由来すると思われるこの独特の「文化」が、
京都が京都でありつづける所以なのだろうなぁと思うのです。
古いものも、新しいものも、すべて自分のメジャーでとらえて、
自己都合よく変換をし、ぐちゃぐちゃ言っているあいだに、
ちゃっかりと享受してしまう「中華思想」こそが、
京料理を育んできたのだろうと。
たぶん、フランスについても、同じことがいえるのではないかしら?と思います。
そんな京都人とフランス人が一堂に会して、
11月5日に日本料理フェローシップの一般公開ワークショップが開催されます。
料理だけでなく、彼らの「文化」も皆様に堪能していただければと思っております。
※写真は2005年3月 フランスリヨンでのワークショップ風景
投稿者 culin : 12:35
大好物 ◆ 木乃婦 髙橋拓児 ◆
「最後の晩餐に何を食べたい?」という問いかけに、
皆さんはどうお答えになりますか?
「贅沢なもの」とか「お茶漬け」とか「美味しい一杯の水」とか、
人に聞くと色々な答えが返ってきます。
私は、即座に「桃」と答えます。
これは私の地球上で一番の大好物で、
幼稚園の時から一貫して変わりません。
はっきり言って「桃フェチ」です。
今日はそんな「「桃フェチ」から、桃の美味しい食べ方をご紹介させて頂きます。
これから出回る桃の代表格、「清水白桃」はそのまま食べるのが一番ですが、
それにもコツがあります。
1、全体が乳白色で果梗のあたりの青さが無くなり、香りも際立ち、
手のひらで包み込んだ時、なんとなく柔らかく感じるようになるまで、
常温で風通しの良いところに保存すること。
2、冷蔵庫で冷やさずに食べる直前に氷水で10分ほど冷やし、冷やし過ぎないこと。
(冷やし過ぎると甘みを弱く感じる為)
3、皮を剥いたところは手で触らない。(変色する為)
この3つを守って、器に盛ってそのまま召し上がって下さい。
これが素直に一番美味しいと思います。反対に晩生の「川中島白桃」などは、
甘みは十分あるのですが、やや種の周りが硬いので
コンポートにして食べる方が個人的には好きです。
「桃のコンポート」の作り方ですが、
1、まずよく洗って産毛を取ってから桃のおしりに包丁を入れ、
種の周りを一周します。
2、熟していれば軽く手で包み込んで捻るだけで半分に割れます。
種を取って、そのまま白ワイン・水・グラニュー糖・レモンを入れた鍋で
皮をつけたまま桃を焚きます。
3、桃の種を割って中の白い「仁」を入れると杏仁の香りがして風味が良くなります。
私は更にバニラビーンズと焚きあがりに桃のリキュール・ミントを入れ、
二重にラップをして氷水で急激に冷やし、香りの流出を防ぎます。
焚いた後の地もジュレかグラニテにして上からかけると直一層美味しいです。
私はこれで京都の蒸し暑い8月を幸せに過ごしています。
♪皆さんも是非一度お試し下さいませ♪
投稿者 culin : 00:04
お誕生日の鯛 ◆ 銀水 山岸裕明 ◆
三歳になった娘がいます。
7月25日が誕生日だったので、お鯛さんを焼きました。
つぼ抜きをして魚串をうって化粧塩をして・・・
そういえば、うちでは家族の誰かの誕生日には必ずお鯛さんを焼いて
みんなでお祝いをしていました。子供の頃は僕のおじいちゃん、
おばあちゃん、おじさん、おばさん、父に母と僕、妹それに従兄とが
住まいは別でも店に拠って生活をしていました。
おじいちゃんは博打好きの昔の職人タイプだったのですが、
家族というものをとても大事にする人だったので
誕生日に全員でお祝いをするというのはルールで、絶対でした。
そのおかげでいろいろな季節の鯛の味を舌の記憶で覚えさせてもらいました。
あと「鯛の鯛と呼ばれている胸鰭の付け根の骨を乾かして
財布にいれておくとお金が溜まる」とか教えてもらいましたが、
紙に包んで入れておくのですが、1年間もいれておくとバリバリに割れてるわ、
骨から油が出てコベコベになってるわでえらいことでした。
でも、おじいちゃんやおばあちゃんが亡くなったり、
いろんなことがあり、いつ頃からか集まらなくなっていました。
それが、もうすぐ5歳になる息子ができて食べ初めや初節句などでまた集まり、
笑顔でお祝いするようになりました。
下に娘もでき、途絶えていたものが復活しそうです。
まあ昔と違いみんな忙しいのでちゃんとするのは子供達のお祝いだけなのですが・・・
そんなことを考えながら、娘のお誕生日の鯛を焼きました。
投稿者 culin : 21:55
・・・鮎・・・ ◆ 相伝京の味 なかむら 中村元計 ◆
7月も下旬に差し掛かりちょっと落ち着いてきた京都の町ですが、
今年は雨がよく振りますね。いまだに梅雨が明けません。
この頃になると毎年今年こそは久しぶりに鮎釣りに行こうと思うのですが、
なんやかんやと用事があり、3年ほどは行ってないでしょうか。
この鮎という魚は全くもって人間の為に生まれてきたような魚で
何か可哀想だなぁと感じます。
しかしながら、釣っておもしろく、食べてもおいしくと2度楽しめるどころか、
場合によってはお客さんに出して喜んでもらえると3度も得をしたような気がする魚です。
オトリの鮎をうまく操作して縄張り鮎のいそうなところへ自然に泳いでいるように見せかけ導く。
頭に水中のイメージを浮かべて楽しむ。
その途端、手にブルッブルッという感触とともに水中にキラッと2匹の鮎が光り、
ギュギュギューとさおを絞り込まれるような感覚。
何とも言えないうれしさが込み上げます。これが忘れられません。
釣りに行くのは当然店が休みの日で、釣って持って帰って
「こんなええ鮎、塩焼きにしてお客さんに出したら喜ばはるやろなぁ」と思っても、
自分か家族で食べるしかなかったのですが、
ある時からいい鮎の時は自分で食べるのはもったいない、
何とか使いたいと思うようになりました。
それからは干物にして鮎ご飯として「これは○○川の鮎でございます」と言って
お出しするようになりました。お客さんにも喜んでいただき趣味と実益を兼ねておりました。
同じ鮎でも河川によって味、香り、魚体等、異なりそれぞれ特徴があります。
初めての川に行って「ここの鮎はどんな味やろう?」と思いを馳せ、食べるのも面白いものです。
私の経験ではやはり水がきれいで、水温はやや低めの川の方が良い様に思います。
それ以外に、渇水中でアカ(石についた苔)が腐っている時、
増水で濁りがある時の鮎も味は少し落ちるように感じます。
釣行した河川の数は20河川程と少ないですが、
その中で一番印象に残っている川は15年ほど前に行った奈良県の天川です。
その昔弘法大師が天に通じているような美しい川といわれた川だそうで、
見ているだけで惚れ惚れするような趣のある川です。
釣り上げた鮎は手に取るやいなや、西瓜のような強烈なえも言われぬ、
良い香りがして魚体には青みがっかった透明感があり、
追い星(えらの横の黄色いところ)はまっ黄色で背びれ尾びれともに大きく美しく、
又、塩焼きにして食べると鮎独特の香と良質の旨みが口の中一帯に広がり、
最高においしかったことを覚えています。
今年こそは久しぶりに行きたいなぁと思うこの頃です。
※写真の鮎は 7月21日に中東さんが書いておられます
松上げの行なわれる辺りの上桂川上流の鮎です。
投稿者 culin : 11:00
料理講習会 ◆ 魚三楼 荒木稔雄 ◆
日本料理アカデミーの専務理事をさせていてただいております荒木稔雄(あらきしげお)です。
今日は、他から依頼のあった料理講習の講師をさせていただきました。
日ごろ厨房で包丁を握り、日々、日本料理を調理している私ですが、
本日は誠に勝手が違い、とまどうことの多さ、
そして、講習に見えている方々の多さに上がる一方で、
何を話していいのやら包丁は手につきませんし、本当に恥ずかしい思いでした。
しかしながらやはり、体は覚えていてくれたようです。
鱧の骨切りもうまくいきましたし、料理の盛り付けも綺麗に仕上げられました。
やっぱり、 キャリアの力強さを感じましたし、
日本料理の技法のすばらしさを痛感できたと思っております。
鱧の骨切り、京都の料理人が考え出した最高の料理技術だと思います。
小骨の大変多い普通に調理できない魚を骨切りすることにて、
一風変わった食感ではありますが、
今では夏の京の食感と言わせるまで美味しく食べられるよう考えた調理技術、
本当にすばらしく、日本を代表する食文化に値するように私は思います。
鱧の骨切りだけでは食文化とはいいがたいと思いますが、
昔からの食文化、そして、今後花咲く食文化が碁盤の目のように融合し、
認め合うことにてこれからの日本の食文化が、
より一層発展するのではと考える本日となりました。
本日の料理講習、本当は、一番勉強できたのは、私のように思います。
投稿者 culin : 22:46
私が感じた、国際交流とは・・・ ◆ 萬重 田村 圭吾 ◆
私、今年度地域食育振興委員会副委員長をさせて頂いております、田村圭吾と申します。
先日、委員長の園部より当委員会の「食育」についてお話が有りましたので、
本日は私が感じた「国際交流とは」についてお話させて頂きたいと思います。
今から15年前、私が大学卒業後カナダのトロントに語学留学をした時の出来事です。
私自身、英語が不得意な人間でしたが、(今でもダメですが)・・・
「世界の人とコミニケーションをとるのなら、英語は不可欠」と思い留学いたしました。
そこで出会った多くの他の国の留学生が自国のことをしっかり理解した上で
海外に出てきていて、彼らはそれぞれ自分自身の明確な意見を
持っていることに驚かされました。
私も料理屋の息子ですので、日本のことを多少は知っているつもりでしたが
彼らの自国に対する理解度と投げかけられる質問についていくのが
やっとだった記憶があります。
その為、自分の明確な意見が無く、自国に関して無関心な日本人留学生は
相手にもされていませんでした。
この時「もっと自国のことを知り、自分が目指す料理のことを勉強し、
そして京都のこと、日本のこと、世界のことを知らなければならない。」
と強く思ったことを記憶しています。
昨年はフランスでワークショップに参加させて頂き、
現在は京都市教育委員会様と食育に取り組まさせて頂いていますが、
日本料理アカデミーの活動を通して、私が15年前感じた
「真の国際人になるには自国のことを知った上で他国を知ろうとしなければ、
本当の意味での国際交流はない。」と感じたことが、
自分が仕事としてさせて頂いている「料理」を通じて学び、考え、
国内外の人々と相互理解を図ることができると信じているからです。
現在も多くのことを、多くの方との出会いの中で、
また食育を通した子供達から、日々教えて頂いていることの連続です。
願わくば我々と共に学んだ子供たちが「和食」を通じて
日本の食文化や自国のことに興味を持ち、少しでもこの国のこと理解し、
世界の人々とコミニケーションを取る為の手段を身につけて頂ければと思っております。
今後も日本料理アカデミーの活動を通して皆様と真の相互理解ができればと思っております。
投稿者 culin : 10:18
日本料理アカデミー“FOODJAPAN事業”について ◆ 嵐山熊彦 栗栖基 ◆
青山緑水是我家・・・京都は昔から山紫水明の地として、
いたるところに自然の景観をただよわせています。
特に初夏から盛夏にかけては樹々や清流の緑がいっそう濃く感じられます。
私の住む嵐山もひと際、自然の息吹を感じさせる時期です。
自然はたえず、今、ここにあるがままの姿をみせてくれます。
すでに過ぎ去ったもの、これから生まれて来るものすべてを包み込み、
自然は、今、をもっとも美しく生きております。
いや生かされていると言うべきでしょう。
我々、人間も先人が示されたように、自然を友とし共生できるように
日々の生活に感謝をし、精進していかなければなりません。
前置きが長くなり申し訳ありません。
このたび“FOODJAPAN委員会”で委員長を務めさせていただいております栗栖です。
以後よろしくお願いいたします。
当委員会では今期、日本料理アカデミー事業の1つとして、
また、アカデミー事業の総決算と考え、事業規模、社会性を重視することにより
郷土食文化の再発見、日本料理のグローバルスタンダード確立を
広く社会に普及させることを目的とした「食の博覧会」のようなものを企画し、
実現に向けて活動しております。
我が国、日本の特色である南北に渡る豊かな風土文化を活かし、
食文化の伝統の継承と新しい食の提言を目指して、
料理人・地域・生産者それぞれの英知と創意を結集し、
相互の資質向上を図り、日本料理の“今ある姿”を探求します。
とは言いましても現実は事業イメージばかりが膨らみ
明確な計画案は暗中模索の状態で、
委員会を開きましても他の委員会の事業報告ばかりが先行し
委員長としましては日々、焦燥感に苛まれますが(少し大袈裟かも)
目の前にある嵐山の雄大な自然を前にすると
私の悩み事など真にチッポケなもので、逆に自己嫌悪に陥り、
再び自然から活力をもらい元気づけられると言うような繰り返しです。
つまり、それだけゴチャゴチャ考える暇な時間があると言う事で、
今しばらくは、地道に前を向いて頑張りますので、
今後ともご声援よろしくお願いします。
投稿者 culin : 00:01
伏見百景 ◆ 竹中 徹男 ◆
伏見というと「清酒」をイメージされる方も少なくないと思います。
実際に伏見にはまだまだ多くの酒蔵が存在し、
美味しい清酒を作り続けています。
「伏見の女酒と灘の男酒」という言葉を
お聞きになった方も多いのではないでしょうか?
これは何も伏見のお酒は女性が作り、
灘のお酒は男性が作るという意味ではありません。
清酒の元になる井戸水の性質上、男性的なやや辛口のお酒と
女性的な優しいお酒が自ずから作られているという事です。
伏見の水は軟水で、まろやかな中に甘みのあるお水です。
そのお水から作られた清酒は辛口に作っても柔らかな優しい後味が残るのです。
これが伏見の清酒の大きな特徴だと思います。
そんな中、数年前から伏見港付近で十石船が航行するようになりました。
ご存じのように古来、大阪から運ばれた品物は伏見の港でこの十石船に積み替えられ、
京の都まで運ばれました。
そのために伏見は港町として独自の文化が生まれ、
都とは違った文化が育まれてきました。
その十石船が再現され、観光用として使われているのです。
酒蔵の杉板塀の立ち並ぶ水面を、柳の枝が風に吹かれるのを
眺めながらこの舟に乗るのは格別です。
その後大倉記念館で伏見の清酒についての展示をご覧になり、
町並みを散策されては如何でしょうか?
伏見の新たな面を発見出来るかも知れません。
清酒の試飲も出来ますよ!
詳しくは伏見夢工房のホームページをご覧下さい。
投稿者 culin : 23:59
松上げ ◆ 美山荘 中東 久人 ◆
私、京都の鞍馬の奥の花背という自然豊な土地で
料理旅館を営んでおります中東久人と申します。
今日は、毎年8月15日にこの地で行なわれる“松上げ”という火祭りについて
お話させていただきたいと思います。
「松上げ」は、若狭街道に沿った山間の村々に伝承されて来た、
愛宕信仰による献火の行事ですが、長い年月の間にいつしか
お盆の送り火とも接合して火祭りとなって定着しました。
「若狭の民族」という本によると若狭に於ける愛宕信仰は、
17世紀頃から小浜、高浜、大飯、名田庄などの各地に伝わり、
それぞれの愛宕社、愛宕山に「松上げ」の行事が
「愛宕の神に火を奉るなり」として鎮火の願をこめて行なわれ、
又 その殆どが竜蔵院、大善院等 京都愛宕山の山伏たちの唱導によるもので、
村々に愛宕進行を広め火祭りを指導し火伏せ願いを施して
村人と融和して来たものと考えられています。
又、山伏の介在を伝える記録は当地にはありませんが、
美山荘がある大悲山は有名な洛北の行場であり、
ここを訪れる修験者の中には愛宕の山伏が居た事も十分考えられる事です。
昔は8月23日深夜から24日に掛けて行なわれ、
無事終了すると愛宕社に参拝し、惣堂で村中の戸主が愛宕講を行なうと共に
夜明けまで踊ったとされていますが、今は、8月15日に変更されました。
松明を、10mくらいの高さにある大きな籠に投げ入れ
最高潮に燃えているところをそのまま倒すのですが、
川を隔てて居る観客に熱風が感じられ、なかなか興奮しますよ。
是非、皆様もお時間があったら見にきてくださいね♪
投稿者 culin : 13:54
土用の丑の日 ◆ 美濃吉 佐竹洋治 ◆
「土用」とは、一般的に春、夏、秋、冬の土用と年4回あり、
それぞれ立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間のことです。
これらの中で農耕や普段の生活など、生活に密着した様々な
行事がある夏の土用が一般的になっています。
ちなみに今年の土用の入りは本日の7月20日よりはじまり、
土用の丑は7月23日になります。
この土用の丑の日に「鰻」を食べる習慣はあまりにも有名ですが、
一説によりますと、江戸時代の蘭学者「平賀源内」が
あまり売れなくて困っている鰻屋さんを宣伝するために
看板を書いたことが始まりだそうです。
年中で最も脂がのっている「鰻」の旬は冬場であり、
土用の頃は脂がかなり落ちており身も淡白で売れない
「鰻」を売る為の対策だと思われますが、
実は「鰻」にはビタミンB類が豊富に含まれているため
夏バテ、食欲減退防止には効果的であり、
そういった面からみるとこの時期に「鰻」を食べるのは
理にかなった習慣であると感じられます。
この「鰻」以外でも「う」のつくもの(梅干、うどん、瓜、牛など)を食べると
夏痩せしないといわれております。
このように、日本料理にはこの時期に食すると
無病息災になるなどといった文化性をもった食材が数多くあり、
約10年前にある食通の方から教えていただいたことは
「日本料理は茶道と一体化しており、最大の共通点は連想ゲームであることだ。」
ということです。
確かに、茶会にいった際に床の間にかかっている掛け軸をみて様々なことを連想し、
その席の趣向などを想像しますが、日本料理においても同じことをいうことができます。
こういった伝統的なものを守るということをコンセプトにして今後に生かしていきたいと思います。
投稿者 culin : 23:59
食育のこと ◆ 園部晋吾 山ばな平八茶屋 ◆
祇園祭の山鉾巡行の日は大雨で、これで梅雨もあけるのかと思ったのですが
どうやらもう少しかかりそうな気配です。
今年度、アカデミーの地域食育振興委員会で委員長を
務めさせていただいております園部と申します。
よろしくお願いいたします。
昨年6月に食育基本法が成立し、食に携わっている者、携わっていない者を問わず、
「食育」という言葉がしきりに飛び交うようになってきました。
この法律の施行を受け、全国いたる所で「食育」を行なおうといろいろな団体や学校、
企業までもが動き出しました。
大手のファーストフードやスナック菓子メーカーも学校の食育授業に参画しはじめました。
「おやつは適切な量を食べ、食べ過ぎには注意すること。
量やカロリーを確認する時は、袋の裏の表示を見て下さい。」といったことを
出前授業で教えているようです。
また、先月6月24日には大阪で第1回食育推進全国大会が開かれました。
1万人以上の人を集め、盛会だったようですが、「どう食育を推進していくのか」という
根本的な問題に触れた展示や発表は見られなかったということです。
どこもが「食育」について模索しており、何をしていいのかがわからない中、
我々は、昨年から京都市教育委員会と連携し京都市内の小学校で食育の授業実践を行い、
食育カリキュラムの作成に取り組んでおります。
我々が目指す食育は、簡単に言うと、「食べ物に対する感謝の気持ちを養い、
食べ物の良し悪しを見分けられ、自分たちで調理して食べられるようになる」ということを
日本食を通じて教えていくというものです。
なかなか難しく、一機に進むものではないですが、地道に継続してやっていきたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
投稿者 culin : 22:56
祇園祭のかげで・・・ ◆ 磯橋輝彦 嵐山辨慶 ◆
ちょうど祇園祭の中のブログスタートということで祭りネタでスタートしましたが
あまり詳しくないのに祇園祭ネタで迂闊に深く語って
後で>詳しい方に注意されると怖いので
今日は嵐山の鵜飼の話でもしたいと思います。
私の店がある嵐山は、四季折々の風情で年中賑わっておりますが
やはり人が多いのは春の桜と秋のもみじの季節です。
しかし、知らない人も多いと思いますが夏に鵜飼が開催されております。
嵐山は渡月橋の架かる上流の大堰川で夏の7月1日から9月15日まで毎晩開催されております。
鵜飼は、海鵜を飼いならして鮎などの川魚をとる漁法で、その歴史は古く嵐山の鵜飼は
千年の昔から行われていました。
かがり火が川面に揺れる幽玄の世界を楽しんでみてはいかがですか?
川岸で鵜飼を見物する浴衣姿の女性が「涼」を誘います。
渡月橋の上からよりもやはり川面から見る方が独特の風情があってお奨めです
鵜匠の手につながれた鵜は、船子(かじこ)のかいの音に反応して身を翻し
水面の上と下を行ったり来たり。白く光るアユを次々と鵜匠の手に戻します。
今も昔も変わらぬ 鵜匠の装束は、いにしえの貴族の風雅な趣そのものです。
また、いにしえの貴族文化のころ渡月橋より上流は貴族しか立ち入ることの
できなかった特別な地ですが、現在は料亭が軒を連ね嵐山対岸で料理文化をも育んでおります。
屋形船を貸切、料亭の料理を仕出しして、舞妓ちゃんや芸妓さんらと上流に船を進めると
嵐山の自然と虫の音だけが・・・。
こんな夏の涼を楽しむ贅沢・・・。
嵐山に住んでいても一度してみたい贅沢です。
なんて優雅なお話をしましたが現在大雨で川は増水し、
道に溢れんばかりの濁流となっており1週間近くは復旧できないかな・・・。
投稿者 culin : 21:44
粽(ちまき) ◆ 髙橋義弘 瓢亭 ◆
蒸し暑さも厳しくなってきた京都では、今日が祇園祭の山鉾巡行です。
私の家は、山鉾がある町中からは少し離れているので、
祭りといった賑わいではありませんが、この時期いつも子供の頃から
気になっていることがありました。
それは、家の玄関や店の軒下にぶら下がっている粽です。
粽はお菓子と思っていたので、「なんでこんなとこにあるんやろ?」と思い、
親に「あれ食べたい!もったいない」とか言っていたのを思い出します。
(ホントは疫病神が家に入ってくるのを除けるため。食べ物ではありません。)
私も毎日、仕事で粽を巻いていますが、とても日本的な手仕事で機械ではできない、
味わい深い仕事だなあ、とつくづく感じます。お菓子はもちろん、お寿司もおいしいですね。
鯛や鱧・えびや穴子で握ったお寿司が笹の葉とイグサで程よく締められ、
ネタとシャリに一体感が出ます。
なんといっても笹の独特の風味が食欲をそそり、味に変化をつけてくれます。
見た目も味もどこか涼しげな様子は、献立にも欠かせない一品です。
笹の葉は、いったん天日で乾燥させたものを湯がいて使います。
すると、しわしわだった葉が伸びて元の葉の色が現れ、
驚くほど素晴らしい香りが調理場中に広がります。
なんとなく気持ちも癒されるような...。
粽は、多いときで一日何百本と巻くこともあるので皆で巻いていますが、
店に入って1,2年の者は、中々巻くことができません。
握りすぎると寿司が団子になり、ネタもつぶれてしまうので
制限時間を決めて試験をし、合格してから巻かせています。
「ピシッと巻けよ~」なんて偉そうなことを言いながら、
毎回自分が納得のいくように巻くのは難しいものです。
投稿者 culin : 16:13
今日は、宵山! ◆ 北村晋一 ◆
祇園祭も、いよいよ明日の巡行日を控えた、宵山になりました!
祇園祭は八坂神社の祭で、日本三大祭のひとつです。毎年7月1日から7月31日までの約1ヶ月にわたり神社や氏子・町衆を中心に、京都市全体の祭りとしてくりひろげられています。
今からおよそ1100年前、清和天皇の御代のおり京洛に疫病が流行り、庶民の間に病人、死人が多数でました。これは、牛頭天王(ごずてんのう・素盞嗚命ともいわれている。)の祟りであるとし、疫病退散を祈願、その祟りを沈めるために祇園御霊会を行ったのが始まりと伝えられています。
再三中断、再興を重ねながら人々の熱意に支えられ約1000年の長きにわたり、京都の歴史とともに歩んでまいりました。
せっかくの巡行日、お天気がよければいいのですが、、、。
「あ~した、天気に、なぁ~あれ!」
※写真は、長刀鉾です。
投稿者 culin : 02:41
徒然なるままに...はじまり。 ◆ 髙橋正人@広報渉外 ◆
日本料理アカデミーHPにアクセスいただいている皆様、ありがとうございます。
本年度より広報渉外委員長をおおせつかりました、菊水の髙橋と申します。
本年度、日本料理アカデミーは村田吉弘新理事長のもと、
「日本料理のグローバルスタンダード化」に向けて、より一層の努力をもって
幅広く活動を進めてまいりたいと考えております。
そのひとつとしてこの度、アカデミー日替わりブログ、
「徒然なるままに...アカデミー。」をスタートする運びとなりました。
毎日日替わりでアカデミーの会員がブログを担当いたします。
アカデミーの活動、日本料理に関する話題はもちろん、
食とそれを取り巻く日本文化や風土、身の回りの話題など、
いつもとはちょっと違った会員の書き込みにご期待下さい。
投稿者 culin : 10:41