古き良き物 伊勢志摩にて ◆ 天喜 石川輝宗 ◆
私は、車の免許を取って以来、毎年一回は伊勢神宮に参拝しています。参拝して心も洗われますし、また、伊勢には美味しいものがたくさん有り、更に‘きす釣り’にもいい砂浜があるからです。
結婚して初めての遠出も伊勢神宮でした。伊勢神宮、二見浦というのは私のような京都人にとって、もっとも身近な観光地だからです。私が小学生の頃は、小学校の修学旅行といえば、伊勢神宮参拝、二見が浦の旅館に宿泊、鳥羽水族館、おみやげに赤福餅、これが定番でした。昨年でしたか、テレビで‘華麗なる一族’を見ていた妻が、「志摩観光ホテルに死んだおばあちゃんに連れてもらった。」と言い出したことから、私の厄年落とし、子供の入園の祝いもかねて、「それなら、伊勢神宮参拝に行こうか。」となったわけです。
それに、志摩観光ホテルは、私にとっても思い入れの深いホテルです。そのホテルの高橋徳男シェフは父の友人であり、また、和食の料理長とも、ご一緒にお仕事をさせて頂いたことがあるというご縁で、私も小さい頃より、祖母に連れられて行っておりました。その時に大変美味しいものを食べさせて戴いたという記憶があります。
志摩観光ホテル『ラ・メール』の高橋シェフといえば、鮑のステーキ、伊勢海老のビスクがスペシャリテです。昨年出来たベイスイートの『ラ・メール』では、今流のフレンチ、また旧舘の『ラ・メール』では高橋シェフのレシピが忠実に守られています。久しぶりにシェフの堂々たるフレンチを頂きました。ミシュラン東京で星を取るような最新の技術、機具を使った分子科学フレンチも良いですが、バター、生クリームをのせてくるクラシカル・スタイルの重厚なフレンチも、また素晴らしいものです。
日本料理においても温故知新、伝統を守り、さらに進化させるということは、非常に難しいことだと思います。
今回の伊勢旅行で、式年遷宮で生まれ変わろうとする伊勢神宮に参拝し、また美味しいものを食べ、本当にいい休息になりました。子供も、松坂の回転焼肉というユニークなスタイルのお店で大ハシャギといった一幕もありました。
写真は、志摩観光ホテルの屋上から撮った景色、それと鮑のステーキです。
投稿者 academy : 10:58
プロ意識が宝を生む! ◆熊彦 栗栖 基◆
先日、地元の地域活性化商業ビジョンを語り合う会に出席してまいりました。地域を支えておられる様々な商店の、料飲・物販の代表者をはじめ、寺社関係者・学識者・地元の学生諸氏の方々がフォーラム形式で地域の活性化と将来像について意見交換をされました。
そこで私も料理屋と言う立場から、地域活性化のビジョンについて所信を述べさせていただきました。以下、その時の内容について要約してみました。
今の世の中を見回しますと、本物と偽物、良品と粗悪品、必要なものとそうでないものが氾濫しており、消費者にとって本当に必要なものはどれなのか、選択視が多すぎて目移りすることが多々あります。
仏教の教えに、物心一如と言う言葉があります。
物質的なものと精神的なものは、常に表裏一体として存在することが望ましいとされています。
本来、人間社会に役立つ物とは、人が自己と他者の関係を深く理解し、自己の利便性だけを追及せずに、他者を思いやる精神を持ち、卓越した技術と自分の仕事に誇りを持つ人達が長い時間をかけてクリエイトしたもの。
つまり物質性と精神性のバランスが飛びぬけて良い物が、社会的に見ても精度の高いい評価受けることが出来ると思うのです。
私は食に携わる仕事をしており、常に当店に来客された方々に満足していただけるよう、日々努力を続けておりますが、料理屋に対するお客様の要求は千差万別で、個々の嗜好や願望を満たすことはとても難しいことであり、一生涯を通じて自分自身が満足の出来る仕事は皆無に近いと考えております。
日頃より、私は、プロ意識を自覚して日々、仕事の向上を心がけております。
つまり、昨日の仕事に満足せず、今日を迎え、今日の仕事を明日に繋げていく普遍的なプロ意識を持って仕事と向き合っております。
その結果、毎日がチャレンジであり、より良い仕事を模索する連続なのです。もちろん、その基礎となる先代から受け継いできた、知識や技術はありますが、それ以上に現状に満足せず向上心をもって仕事をしております。
プロとは自分の仕事に対して誇りと執着心を持ち続け、基礎をしっかりと身に着けているので、軸がぶれず、本物を見る目を持っています。又、失敗した経験を次に生かすことが出来ます。そういう人が働く店にはどこか品格があり来店するお客様に安堵感を与え、又、生産者として作り出す商品は消費者に長く愛され、次代のニーズに対応できる柔軟性を持っています。
京都を代表する観光地で店舗を構えるということは、必然的に多種多様な目的意識をもったお客様をもてなすことになり、とても高いハードルが要求されます。
しかしその目的意識を高く設定すればするほど、個々にプロ意識が芽生えその中から生まれてくるものは、各個店の宝物となり、その一つ一つの蓄積がより永く地域に愛される店舗に成長し、多方面から格式のある店として認められるのです。
サービス業に拘らず、そのような意識を共有できる店舗が増えれば増えるほど、地域全体の活性化につながると信じております。
と言うような、話をさせていただいたあと、出席者全員でディスカッションを行い、私見として以下のようなまとめになりました。
「地域を活性化するということは、ある意味において魅力ある街づくりをすることである。つまり京都に憧れを持ち、この地を訪れる人はその街が持っている魅力に浸りたい一心で訪れ、その街が持っている歴史・文化・風習・景観などに触れてそこに住む人々と生活を共有してみたいと考える。そこには個々の日常生活にはない魅了的な時空間がひろがり、特異な生活文化が存在する。その反面、地域住民は対照的な生活に憧れ、その地域に残る郷土性を有効利用できていない。その土地で育まれてきた、景観・地域に根ざした生活文化・様式などを今一度、見直しその中から次代が必要とする宝物を発掘していくべきであり、それを見つける為には個々の仕事に対するプロ意識が不可欠なのである。」
地域の活性化とは、まずその土地に住む人が地域を愛しその街を大切に思い住民同士の相思相愛な心境が生まれることが望ましい、そのような地域は外から見ても魅力的で多くの人々が訪れます。そしてその街は物心両面から成長を遂げることができ、その街全体が宝物となるのでしょう。強いてはそのような思想や行動が愛国心として国の宝になると考えております。
投稿者 academy : 16:11
日本料理フォーラム ◆懐石いっ木 一木敏哉◆
先日、京都にて柴田日本料理研鑽会主催の「日本料理フォーラム」が開催されましたので、受講して参りました。2日間にわたり、1日目は「11月の献立」をテーマに実演講習。2日目は、「牛肉」「かぶ」をテーマに講師の方々がオリジナル料理を紹介し、試食及び、ディスカッションを行うという内容でした。私は日程の都合上、1日目のみの受講となってしまいましたが…。
講師の方々
「菊乃井」村田吉弘氏 「たん熊」栗栖正博氏 「美山荘」中東久人氏
「魚三楼」荒木稔雄氏 「山ばな平八茶屋」園部晋吾氏 「天喜」石川輝宗氏
「瓢亭」高橋義弘氏 「木乃婦」高橋拓児氏
実は私も、自店にて月に1度、料理教室を開いております。
どうしたら?解りやすく説明できるのか?
どうしたら?スムーズに進められるのか?
どうしたら?より興味を持って聞いてもらえるのか?
どうしたら?よりよく受講生の皆さんに楽しんでもらえるのか?
どこをどおしたら改善&進化できるのか?
そして、現時点の自分の行っている料理教室はどうなのか?
その答え(ヒント)がなんらかつかめるのではないか?
それには受講生(生徒)になってみないと。と、いうことで受講しまして、
この体験した日本料理のすばらしさを少しでも地元の方々に伝えることができればと、
地方での日本料理に対する理解度は、数十年前の海外の方から見た程度のすし、天婦羅程度の理解しかないように思います。(私が地元に帰り感じたことですので個人の見解とご了承ください。)
昨今では逆に海外の方々のほうが日本料理(日本文化)に対して理解が深いのではないかと思うくらいです。(全ての方がそうというわけではございません。)
そんな世界に誇るべき日本の文化である日本料理これを世界に広めることももちろん大切なことであります。しかし、根底である日本の人々にも伝えていくことがより必要ではないかと、郷土の食事を郷土の魚介、農作物を郷土の文化をより大切にすることが重要ではないでしょうか?
これは各地方の食に携わる者の責務では?郷土料理、郷土の伝統的農作物、海産資源、そして、郷土の食文化が失われてしまわないように、言い方がおおげさかもしれませんが、現状の食をとりまく環境を考えると臆病になってしまう。
毎日のようにメディアに露出している汚染食品、偽造食品、機械的に破棄される賞味期限切れ食品、温暖化による生態系の変化、時間に追われる現代人の食生活に経済問題、近い将来、食事はサプリメントと栄養ドリンクにとって変わられ、食事は楽しみから栄養補給のため仕方のないことになってしまうのではないか?
「食」に対してもっと皆さんに楽しみと理解を深めていただける場を提供するために今やれること、やってみたいこと、やったほうがよいことをやるしかない。「人」が感じる感動や楽しみはよりよく活きていくために必要であるから。
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投稿者 academy : 15:36
「第六の味覚の可能性」 ◆ 菊水 高橋正人 ◆
先日、ネットのニュースで「第六の味覚」と言うのを見ました。
米フィラデルフィアで開催された米国化学学会において、
カルシウムの味を感じる受容体が、マウスの舌に存在するという
報告がされたと言うことです。
さらにその報告では、ヒトとマウスには共通する
遺伝子情報が数多く存在するため、ヒトにも「カルシウム味」を感じる
受容体がある可能性が示唆されています。
1907年に池田菊苗博士が第五の味覚”うま味”を発見して以来の
新味覚の発見となりうるわけですが、果たしてカルシウムの味が
第六の味覚としてどう言う意味を持つのかは未知数です。
カルシウムの味と言うのは分かりにくいところですが、
カルシウム分の多い水は確かに美味しく感じられません。
5つある味覚の中ではある意味、苦味と同じく、
”美味しくない”ほうに分類出来るものだと思います。
でも、苦味をうまく使うことによって、料理を引き立たせることは出来ます。
もしかしたら、カルシウム味というものも、工夫次第で
料理に生かされて行くかも知れません。
今日、料理を取り巻く世界でもどんどん科学のメスが入ってきました。
それは栄養学や生化学、広く考えれば心理学までもが含まれていると言えます。
そのことをある人は
「なんでも科学で解明してしまったら面白くなくなる」と嘆くでしょうし、
別のある人は「さらに料理の新しい可能性につながる」と目を輝かせるかもしれません。
古来より、料理と言うのはその土地でとれるものを工夫して、
美味しく食べる努力を積み重ねることで発展してきました。
毒のあるものを毒を処理して食べる技術や
加熱方法の研究によって生まれた料理も有りました。
科学的な裏付けは無くとも、経験や研究によって新しい料理が生み出されたことは
間違いのないことで、これを否定することは人類の歴史の否定とも言えます。
そして、それに対してやっと科学が追い付いてきた。
これからは科学を追いかけて料理が生み出されて行く、
それも一つの歴史なのだと思います。
長々と述べましたがいずれにせよ、そのカギを握るのは我々料理人だと思います。
その評価は何十年も先のことかもしれませんが、
先人たちが様々な料理・調理法を編み出してきたように、
我々も挑戦する気持ちだけは忘れないでいたいと思います。
投稿者 academy : 11:29
富良野の自然塾 ◆梁山泊 橋本憲一 ◆
富良野に自然塾というのがある。倉本聰さんが始められた。
ゴルフコースを50年、100年かけて森に戻す計画が中心になっている。
その土地に芽生えた実生の木々を育て、コースに戻して行く。地球にもとの森としてお返しする。
倉本さんはその森を見ることはない。しかし、次来る世代に森を伝えたいと考えておられる。
倉本さんは森が命の根源だと考えている。
それは、木々の葉っぱたちがその担い手だ、という。
動物に不可欠の酸素は葉っぱの光合成によって供給されている。
それに、雨粒が無数の葉っぱの間を転げて大地に落ちていく。
ゆっくり大地が雨水を飲み込める時間を葉っぱは調整している。
赤子にビールの一気飲みのようにミルクを与えると、本来命をつなぐものが、命を落とすものになる。
それと同じだ。
短時間に大雨が降ると、雨水は大地に染み込む間もなく、地表を滑り鉄砲水として猛威をふるう。
木々の葉っぱは命の源である酸素と水を受け取りやすい丁度の形で供給してくれている、という。
そして、「森は海の母」である、と言われている。
森に代表される植物たちは人間が吐き出す有害物質までも浄化してくれるという。
河川のアシは界面活性剤を分解して、海に戻している。
海のプランクトンが育つ酸素と、川魚が出す滋養まで届けている。
これがコンクリートで固められた堤だと、川底に土砂がなくなりアシや川草が育てない。
そう雨が降れば激流で、あとは渇水状態になる。川草や川魚が生きる環境がなくなるわけだ。
悪いことに、コンクリートの為に河川に流れる込む生活排水は海に直結する。
毎日吐き出される排水は海の自浄能力を超え、無酸素海域が生まれ、
その面積は増加の一途を辿ることになる。近海の魚介類は棲めなくなる。
陸も海も住める環境がなくなってくる。
話を自然塾に戻そう。
460メートルの元ゴルフコースを使い、歩きながら地球の誕生から現代に至る
歴史を学ぶというのがある。
地球の歴史は46億年。10メートルの間に1億年の歴史が詰まっていることになる。
人間が現れたのはゴール手前ほんの1センチほど。
なんと本当に新参者が、勝手気ままに暴れまくっている。
地球に申し訳なくなる。
そいう説得力がこのコースにはある。ゴール10メートルほど手前には、バンカーがある。
倉本さんが教えて下さった。
「あのバンカーさぁ、恐竜の足跡に見えないかい?」
「そういわれれば…」
「でさぁ、反対側に木立が並んでだろう。ほら、あそこだけ、先チョがなくなってるだろ?
この大きさの足跡の恐竜があの先チョを食ったんだよ。足跡と先チョをつなぐと恐竜が
食ってる姿がうかぶだろう」
機械や電気を駆使した人工的なテーマパークでなく、個人の想像力を駆使して
地球を感じるように考えられていた。
他に、アイマスクをして闇を作り、石畳や草の上を歩きながら、
五感を呼び戻すコースなど、素晴らしかった。
食は健康な自然なくしてはどうしようもない。
これからの料理人は地球環境に誰よりも敏感に感じる必要があるようにおもえた。
倉本さんのように、環境問題を仕事の一つと考えることが大切に思えてきた。
余談だが、10月9日からフジテレビ系列で夜10時から、
倉本聰さん脚本の「風のガーデン」とうドラマが始まります。
「人は最後に何を求め、何処に帰って行きたくなるのだろう。
風は生命を運び、風は生命を散らす」と書いておられます。
投稿者 academy : 13:53